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夜明けの光を待つ  作者: 池田 ヒロ
第二章
33/112

不遇を憂う

[5720.56]

おとうさんとおかあさんが死んだ。

きょう、おばあちゃんと家にいたとき、ぐんじんさんがきた。

ぐんじんさん、こわい顔をしてなにかを言っていた。

それにおばあちゃんは、かなしい顔をしていた。

おばあちゃん、言っていたよ。

「きょうから、ふたりだけでくらしていくんだよ」って。

ぐんじんさんに、なんでおとうさんとおかあさんが死んだのかきいた。

そしたら、「ふりょのじこでなくなられたんだ」って言ってた。

わけがわからなかった。

おとうさんとおかあさんにはもう会えないって言われて、わたしはとてもかなしかった。


でも、いつかはまた会えるとしんじたいです。

わたしがもっといい子にしていれば、ふたりは帰ってくるよね。

ぜったいに帰ってきてね。

わたし、ずっとまっているから。

おばあちゃん、どこにも行ったりはしないよってやくそくしてくれたから、いっしょにまっているよ。


みずがみさま、どうか、おとうさんとおかあさんに会わせてください。ひとりにしないでください。よろしくおねがいします。

 大切な人を失う悲しみ、つらさ。それらを味わうのはもう嫌だった。絶対に嫌だった。だからこそ、一緒にいたかった。ずっと、大好きな人と。


「おばあちゃん……」


 嫌と言うほど涙があふれてくる。涙のせいか、周りが滲んでよく見えないが、自分の祖母だけははっきりと見えている。血まみれで目を閉じているその姿はどこからどう見ても “死” 同然だった。それをアクアは認めたくなかったのである。だからこそ、感情は大きく膨れ上がる。どんどん、大きくなっていくラクリモサに目もくれず、彼女はただ泣くだけ。


「嘘」


 周りの景色が大嵐に巻き込まれたかとでも言うような状況に、ソナはようやく気付いた。我を忘れてクソ変態の死について考えていたら、もう取り返しがつかないような状態だったのだ。アクアとサルターを取り囲うようにして、ラクリモサがこちらを威嚇してくる。

 何が原因かは己がよく知っていた。自分の意志が折れてしまったからである。インペリウム帝国の崩壊までは我慢すると決めていたのに。


【もう無理だよ】


 あの一言がいけなかったのだ。諦めようとしていたから。だとしても、先ほどと今の状況は何一つ変わってはいない。それに、死者を目前とする誰かに慰めの言葉なんて見つかりっこないのである。

 呆然と大嵐を見つめるソナに、ラクリモサは攻撃を仕掛けてきた。避ける暇も気力もないから、簡単に吹っ飛ばされる。彼女が歯を食い縛りながら嘆いていると――。


「いいか。狙うなら、らくちゃんだけだからな」


「うるせぇな、わかってるよ。そんなことは」


 頼りになりそうな二人が到着した。変態とジョクラトルだった。彼らはこの雰囲気を見てなのかは定かではないが、しかめっ面をしていて不穏な空気を漂わせていた。

 やがて、変態が一歩だけ足を踏み出し、右手をラクリモサに対してかざせば――一瞬にして水柱からただの水へと還っていくではないか。ボタボタと地面にこぼれる水の隙間から見えるのは泣きじゃくる少女の姿があった。

 しかし、これでラクリモサの脅威がなくなったかと思うのは間違いだったようである。水へと還しても、還しても彼女たちは復活する。これに変態の眉間のしわは深く刻まれる。


「あいつが妙な生き物を操作していたやつか」


 傍から見れば、大切な人を失くして涙を流す女の子であるのだが、変態〈ニンギョウ〉にとっては何とも思わないらしい。地面に横たわるサルターに視線を向けた。


――もしも、おばあさんが生き返ったら?


 人を生き返らせること。それはこの〈ニンギョウ〉がやってのけたこと。それが可能であるならば――是非とも、サルターを生き返らせてあげて欲しい。あんな心優しい少女が悲しい傷を負う必要はないのだから。

 ソナがそう言おうとしたときだった。


「ダメっ!」


 変態とアクアたちの間にカーリーが勢いよく飛び込むようにして、割り込んできたのである。彼女は輝く紫色の目でしっかりと彼を見つめていた。


「私、言ったよね? 人の命を軽く見ないでって」


「どけよ。そいつを生き返らせれば、あの面倒な生き物はもう出てこなくなるんだから」


 それでも、カーリーは一歩も引かないらしい。じっと二人の視線が交差していると、アクアが「お願いよ」と真っ赤に腫れた目を彼らに見せてきた。


「おばあちゃんを生き返らせて。独りなんて、嫌だよ」


「当人はそう言っている。だから、そこをどけ」


 アクアの願いを叶えようとするアーク。カーリーは苦虫を潰したような表情を浮かべると、その場を退こうとする――わけもなく、彼に向かってビンタをするのだった。それは何もアークだけではない。アクア自身にもである。


「人は死んだら、生き返らないっ! 私は何度もあなたに言った! それをあなたの耳は何度も聞き入れているはずなのに、どうしてなの!?」


 段々と目に溜まってくる涙を「私だって」と袖口で拭った。


「私だって、父さんや兄さんが生き返って欲しいよ! 独りは嫌だよ! 約束したのに……一緒に夜明けを見ようねって……!」


 今度はカーリーが泣き喚く番である。目を赤くしながら「どうしてわかってくれないの」と怒るのだった。


「大切な人が死んだら、悲しい気持ちがあるのは当然だよ。二度と会えなくなるなんて嫌だって思うよ。でも、私たちは人間なんだよ? 操り人形じゃない。誰かの命令で生きる存在でもない。きちんと命を持っている存在。だから、〈フラーテル・アウローラ〉たちは戦っている。私たちは生きているんだって!」


 反対をするカーリーにアークは怪訝そうな面持ちで「それなら」と口を開いた。


「あんたは今すぐ死んだ父親と兄貴のところに行きたいってか?」


 首を強く掴んできた。だからこそ、息が苦しいと思う。アークは殺す気なんだなって思った。だとしても、死ぬのであるならば本望である。元より、死にたかったということもあるから。〈顰蹙の空〉の外で死ねるならば、嬉しいに越したことはない。

 カーリーは鼻を啜りながら頷く。


「殺せるなら、殺せばいい。すでに死んだ私の命なんて、生きている意味がないから」


「言っていることが矛盾しているぞ、カーリー」


 そう言うのはジョクラトルであった。アークの後頭部に術式魔法変換杖砲〈ゲヴェーア〉を突き付けているのだから。いざというときは発砲する気満々のご様子。


「言ったはずだ。お前の常識は〈顰蹙の空〉の外でも通用しないって」


「海での出来事はどうだってんだ」


「そうだな、俺の立場的には滑稽な話ではあるだろうな。だが、これ以上誰かの命を改ざんしてみろ」


 周囲を見た。ルシオラ連合王国軍人たちが術式魔法変換仗砲を手にして、いつでも発砲できる構えをしているではないか。なんだ、なんだ? 今からパーティーでも始まるのか? そいつは嬉しいことだ。


「俺を殺すってか?」


「参謀部より命令が下った。一時的にお前を拘束し、軍事裁判に掛けると」


 一人のルシオラ連合王国軍人の裁判という言葉にアークは片眉を上げた。目玉をぐるりと回し、傍にいたパティに「説明」と促していたが、彼は《それどころではないと理解した方がよろしいですよ》と説明する気はないらしい。アークはわざとらしい舌打ちをした。


「ンなことして、何になるってんだ?」


「防衛ラインでの出来事は、映像ですでにルシオラの軍部にバレている。これ以上、この国の守護者たちにちょっかいを出そうものならば、自分の立場は危険だと理解しろ。これでも俺はお前の安否をしてやっているんだぞ」


「そうには見えないけどな」


 なんて肩を竦めると、カーリーの首から手を離した。彼女は苦しそうに咳き込むが、アクアに「あなたも」と言う。


「大切な人を失ったっていう気持ちはわかるよ。でも、ほら――」


 ルーメン民族の女の人が指を差す方向に目を向けた。そこには――会場に一つの水柱があった。これは「らくちゃん?」

 アクアとソナの声にラクリモサはゆっくりこちらへと近付いてきた。そうして、彼女たちの周りを悠然と漂う。この行為は確か――。


「あたしも慰めてくれるのか?」


 もちろん、ラクリモサがそう言っているような気がした。ソナが撫で終えた後、彼女はアクアのもとへとやって来て、小さく鳴いた。何度も鳴いていた。ラクリモサが何を言いたいのか、それを一瞬で理解できた。


――アクアは独りじゃないよ。


「……らくちゃん」


 再び、アクアの目には大粒の涙が溢れ――こぼれ落ちる。そして、真っ青な空に向かって泣きじゃくるのだった。


――おばあちゃん、おとうさん、おかあさん。


「私、独りじゃなかった! 独りじゃなかったよ!」


 泣き喚くアクアにラクリモサはずっと傍にいるよ、と語り掛けているようであった。


     ◆


 嵐が収まったなと、遠くからアクアたちを見るのはクオンとザインであった。彼らは状況が落ち着いたことによって安心したのか、ため息を漏らしていた。


「一応は一件落着なのかね」


「だと思う。それに君はバレていないじゃないか。厄介ごとを受け入れなければならないのはあいつだけ。運がいいのか、それとも演技力が上手いのか……」


「俺の言行が演技だって言いたいのか? それはとんだ迷惑発言だぜ」


 苦笑いをするザインにクオンは「冗談だよ」と鼻で笑った。何も本気にするなよ。そこだけは一丁真面目に元〈ニンギョウ〉らしいとは思える。


「ということは、しばらくの間はグローリアには行けなさそうということか。ならば、この国の観光でもしてりゃいいのか?」


「それなら、博物館でも行ってみるか? 興味深い魔術工学機器が展示してあったりもするぞ」


「なるほどねぇ」


 機嫌悪そうな〈ニンギョウ〉を連行するジョクラトル、アクアを慰めるカーリーとソナにラクリモサ。彼らを後目に二人はルシオラの町中にある人込みへと紛れ込むのであった。


     ◆


 五千七百二十六年百七十九日。ルシオラ連合王国の首都にある裁判所にて。SIPW8-00000は不機嫌そうに裁判官たちの前に立っていた。彼の手には魔法エネルギーの放出を抑える魔術工学の器具と――その器具と同様に魔法エネルギーの放出を抑える薬を大量投与されていた。そのせいで、身体がだるいし、気分も最悪である。


「これより、ルシオラ海域の海上防衛戦についての軍事裁判を行う」


 裁判長が淡々と防衛戦に起こった事柄を読み上げていく。それをアークはただ聞き流しているだけのようだ。妙に落ち着いたその態度に誰もが眉をひそめていた。彼の様子に不安が募るカーリーとジョクラトルの二人。彼女の膝には大人しく鎮座しているパティとサックスの姿があった。


「――であるからして、ルシオラ連合王国ではこの戦いで甚大な被害を受けたのは間違いない。しかしながら、相手は人ではない。国際軍事法では、人間以外で裁く法律が存在しない」


 それもそうだった。インペリウム帝国軍は〈OPERATOR〉のみしか侵攻してきていない。そこに人間がいたのは――インペリウム人はSIPW8-00000だけ。こちらの方へと来ていたインペリウム帝国軍人のSIPS5-58019は死亡したという報告を受けているから――。


――罠に嵌められた気分だな。


 そう考えていると、裁判長が「被告SIPW8-00000に質問をするから、偽りなく答えるように」と言ってくるではないか。


「なぜにルシオラ連合王国を宣言もなしに攻めようとしたのか」


 完全に自分が今回の戦いの責任者として罪を擦り付けようとしているな。この設問は明らかなものだった。それでも、SIPW8-00000は事情を知らない。インペリウムが何をどう考えてこちらの方に来たのかも。自分かそれともSIPS5-58019だったのか。今となってはどちらもだろうとは思うが、詳細は〈顰蹙の空〉の中にいる軍の幹部が知っているに尽きる。


「わからない」


「それならば、囮の戦闘飛行機から信号を発信した理由を教えてもらおう。一緒に来たのだろう?」


「俺が知るかよ。操縦なんてしていないし、外に出てSIPS5-58019を追い掛けていたんだからよ。戦闘飛行機に関してはあの女に訊け」


 アークがあごで聴衆席にいるこちらを差してきた。これに注目が一斉に彼女に集まるが、カーリーは毅然とした態度で自分が話せる時間まで待つことにした。どの道、証人尋問として公の場で話すのだから。

 カーリーを一瞥した裁判長は「後で話を訊く」とだけ言うと、次の質問へと移った。


「被告SIPW8-00000はルシオラ連合王国軍人だけならず、民間人も殺害した。なぜに、民間人にまで手を出したのか。その理由を教えてもらおうか」


「俺は出してねぇよ。ずっと海の上にいたんだから」


 これは事実である。ルシオラ連合王国軍の戦闘飛行機に搭載されていたカメラにも映っていたし、逆に町中の監視カメラにはなかった。映ったときは、拘束状態で護送された状態である。これではどうすることもできないだろう。

 カーリー同様に聴衆席にいたジョクラトルは口を尖らせる。この審議はアークがどう答えても変わらないだろう、と。それならば、こちらがどうにかしなければとは思う。せめてでも死刑判決は免れたい。あいつが死んだと思われても、生き返りをするような魔術を使ってインペリウムに寝返ってしまえば? 実に厄介。厄介な案件だ。できることならば、どちらにも敵に回すような結果にはなりたくない。

 アークが答えていると裁判長は無表情で「ならば」と話につながらないような問い掛けをし出した。これにジョクラトルとカーリーは焦りが見える。必要な質問事項をして終わらせる気なのか、と。


「インペリウム帝国軍で戦闘飛行機を操っていたのは誰なのか。海上に落ちた機体などを調べているが、インペリウム人の遺体が見つからない。交戦をしたルシオラ連合王国軍によれば、球体の機械が攻撃してきたと言っているが、実際のところはどういう状況であったか」


「球体……あれのことか?」


 またしてもアークはカーリーの方をあごで差してきた。彼女の膝の上にはパティとサックスが大人しくしているようである。裁判長はその二機を提出するように、と彼女にそう促す。カーリーは素直に従った。


「これはインペリウム帝国の軍事兵器であるか」


「まあ、そうだろうな」


「詳細が必要だ。もう少し説明が欲しい」


「ポンコツ一号、二号説明」


 自分で話す気にはなれない。だからこそ、SIPW8-00000がパティやサックスに指示を出すが、そこは裁判長が自分で説明するようにと言ってくるではないか。というか、あまり詳しい説明ができないんだけれども。どう説明しようか。

 しばしの沈黙。ややあって「なんか便利なやつ」と返してみた。だって、それぐらいしか思い付かないんだもん。ていうか、これでいいだろ。だとしても、裁判長もそんなアバウトな説明に「はい、そうですか」と引き下がってくれなかった。そのため「どういう風に便利なのか」と訊いてくるものだから、嫌な顔をする。

 これまたしばらくの沈黙後に答えた。


「インペリウム人の魔法エネルギーで動くやつ。ネットワークにつないで情報を交換し合ったり、戦争にも加担できたりもする。大体のことは自分で考えて行動できると思う」


「では、ルシオラ連合王国を攻撃するということをこれらが決めたとでも言うのか?」


「それは知らんが、そうであるならば、多分そう」


「知らないというのはおかしな話だとは思わないかね」


 答え方に注意をされて、SIPW8-00000はもっと嫌な顔をしながら「知らないものを嘘の情報で知った気になるのか?」とどこかケンカ腰になる。


「そもそも、インペリウムの侵攻作戦を知らない俺が答えるのもどうかと思うがね。というか、なんで俺が裁かれる立場なんだよ」


「被告SIPW8-00000が主張するルシオラ連合王国軍に味方するならば、その味方を殺害したという事実があるからこそ、裁かれていることを理解しているかね? 要は、あなたはスパイの疑いがあると思っておいた方がいい」


「あれは別に生き返ったから、問題ねぇだろ」


 ああ、アークの悪い癖が出た。カーリーとジョクラトルは二人揃ってため息をつく。言ったはずなのに。人の命を軽んじるなと。忠告したはずなのに。お前の常識は〈顰蹙の空〉の外を出ても通用しないと言ったのに。

 それだからこそ、裁判長を含めた審議員たちは目を丸くしていた。この発言に不快感を抱いたことだろう。実際にその通りであり「生き返る、生き返らないという問題ではない」と言われてしまう。


「被告SIPW8-00000がルシオラ連合王国軍の者を “殺害した” という事実は消せない。味方を窮地に追い込んだということにもなる。これは罪に問われるべき案件だ」


 ここでアークへの尋問が終了した。彼はどこかで不服ながらも自分の席に戻っていく。次は証人尋問のため、ジョクラトルが席を立った。


「まず、海上でルシオラ連合王国軍人を殺害したことは言い逃れできませんので、否定はしません。それを先にお伝えしておきます」


 ジョクラトルは一呼吸を置いた後、アークの方に視線を向けた。


「わたくしは元々、〈フラーテル・アウローラ〉という組織の一員でして、インペリウム帝国の包囲陣殲滅同盟交渉についてルシオラ連合王国へとやって来ました。インペリウムには誰もが破壊できない〈顰蹙の空〉……ここでは〈黒い壁〉というもの、そんな強大な防御術式魔法が存在します。被告はその魔術を破壊できる力を持っております。向こうも彼の存在を重視していたようです。もしも、彼がいなければあれの破壊は不可能。ましてや、先ほども話に上がっていたように人間ではない軍事兵器がいるのも事実です。確実にこちら側が押される可能性もありますでしょうし……それに、今回の防衛戦でルシオラの守護者であるアクア・ヴィテさんの存在を知られてしまった。また同じように侵攻してくる恐れがあるでしょう。しかし、彼がいればそれらの脅威を退けることは可能なはずです。そうならないためにも、力のある被告の実刑を軽減にしてもらいたいです」


 この場で話すのは緊張するなと思った。だとしても、これらは嘘ではない。本来、ジョクラトルがルシオラ連合王国へと来たのはインペリウムを叩くためにその援助の依頼をしに来たことであるし、アクアの存在がインペリウムに知られてしまったことも事実。それに、すべての根源であるインペリウム帝国という国を叩くためにもアークは必要。

 この証言はただの言い訳にしか過ぎないが、その言い訳を受け入れるかどうかで世界の命運が掛かっているようなものだった。だとしても、この軍事裁判を退けられるほど〈フラーテル・アウローラ〉は強大な組織ではないため、アークたちが逃れることはできなかった。

 ジョクラトルが言い訳に近い証言を言い終えると、裁判長は「一つ質問する」と言ってきた。


「防衛戦にて、インペリウム帝国軍は全滅したはずだ。アクア・ヴィテ氏が向こうに知られたというのはどういうことか、説明が欲しい」


「その、証拠提出である機械……わたくしたち〈フラーテル・アウローラ〉は〈ニンギョウの目〉と呼んでおりますが、彼らをインペリウムが回収しなくとも、彼らが撮影する映像を画面越しで監視しているそうです。戦闘飛行機が一機ほどアクア・ヴィテさんのもとへと来ましたよね。そこでは、すでに存在が割られているはずです。あの水神様の威力を知ったならば、なおさらでしょう」


「結構。次の証人の証言を」


 ジョクラトルはカーリーに視線を向けた。彼女は大きく頷いて、立ち上がる。証言席へと赴き、自分と同様にルシオラ軍人殺害についての否定はしないと述べていた。


「私は彼、ゲヌスと同じように〈顰蹙の空〉から逃げてきました。そのときの囮として見られていた単機に乗っていましたし、信号も発信していました。インペリウム帝国軍が攻めてきたのは、あれは攻めてきたのではなくて、彼を追い掛けていました。被告はインペリウムにとって特別な存在。確かに、彼が殺したのは事実ですが……インペリウム人というのは当人の意思はありません。彼らの脳内に洗脳の魔術が掛けられていて、彼の場合はもう解いているのですが、なかなかあの国の常識やしきたりが離れないらしくて。それに彼はインペリウムにとって特別な存在だそうで、疑問を抱くな、何も考えるなと言われてきたそうです。だからこそ、人の命を軽く見る癖がついてしまっている。実際にそうなんです。これまで出会ってきたインペリウム人は味方だろうが、敵だろうが人の命は何とも思っていない。でも、もう彼はその魔術が解けているから、インペリウムの命令を受けて行動は起こしてないんです」


 それと、とカーリーは大事に持っていたID通信連絡機を提出した。


「これは私がインペリウムにいたときに使っていたIDの端末機です。これの中に覚え書きでメモしていますが……〈顰蹙の空〉の中にいる異国人の一部はどこかの施設に集められて、ただひたすら魔法エネルギーを出すだけの日々を送っているらしいです。この情報はそこにいる機械、サックスが知っていました」


 カーリーが指を差す先にはサックスが。その話を聞いて、裁判長は後で確認をすると発言し、彼女に「質問がある」と訊ねてきた。


「被告SIPW8-00000が、証人であるあなたが発言した戦闘飛行機に搭乗していたのにも関わらず、信号だけを発信したことに関してはどう説明をするのかを教えて欲しい。無線機で管制塔にでも連絡は入れられたはずでしょう?」


「無線機連絡については、できないそうです。これもそこにいる彼らから聞きました。あの戦闘飛行機に搭載されているのはインペリウム帝国軍の諜報部にしか届かないものらしくて……」


「何ともおかしな話だ。であるが、確かに、調査報告によれば、囮単機にあるブラックボックスの確認をしたらあなたと誰かの会話が残っていたことが明らかになっている」


 裁判長は、あのときは誰と会話をしていたのかを訊ねた。これにカーリーはサックスです、と彼の近くにいるサックスたちを差した。


「彼女が戦闘飛行機を操縦していました。それに、インペリウム帝国軍の戦闘飛行機はインペリウム人の魔法エネルギーでなければ、操縦できません。彼らは被告の魔法エネルギーによって動いていました」


「なるほど。結構だ」


 これでカーリーの証言は終わった。彼女は聴衆席に座ると、大丈夫かなと心の中で思った。インペリウム帝国軍としての罪の擦り付けはできないにしても、アークはルシオラ連合王国軍人を数名一度殺害しているのだ。それも、戦いの真っただ中に。故意的に。言い逃れができない証拠はある。これから、どう好転になるかが不安だった。

 裁判官たちの判決に関する話し合いが終わった頃、アークは再び立たされた。裁判長は一呼吸を置くと「被告SIPW8-00000が起こしたルシオラ連合王国軍人殺害は非常に悪劣で許しがたい行為である」そう言った。周囲は静かに彼の声に耳を傾けていた。

 五感が鋭いカーリーでさえも、緊張故に裁判長の声以外はほとんど聞こえていないようである。


「ただ、殺害後に蘇生をしているため、罪に問おうとしても、問えそうにない。なぜならば、人を生き返らせるということに関する人道的な法律が存在しないからである。そして、被告の過去や生い立ち、現情勢における必要性を鑑みれば……被告SIPW8-00000を有罪。ルシオラ連合王国から追放とする」


 一瞬だけ、頭が真っ白になった。だが、実刑をよくよく考えてみれば、上出来な方だろうか。この結果にカーリーとジョクラトルは一安心した。だとしても、当の本人はあまり気にしていないのか、表情は変わらなかったのには、あまりいただけないなとは思うのだった。


     ◆


 裁判が終わって、カーリーとジョクラトルはパティたちと共に、アークを迎えに行った。そこではいかにも疲れたというような面持ちで彼が出てきたではないか。


「ああ、疲れた」


 そして、こちらの気も知れないでそんなことを言うとは。流石は頭がオカシイやつ。一度、殴らせろと言いたいところであるが、返り討ちに合いそうだから止めておこう。そう考えるカーリーに対して、ジョクラトルは「お前な」と呆れていた。


「自分の危機的状況を考えてくれ。俺たちの証言なんて、ほとんど言い訳に近い発言だったんだからな」


「なんだよ、別に証人にならなくてもよかったのに」


 そんなことを言うアークにパティも《何を言っているんですか》と目玉の光をカチカチと点灯させていた。


《一方的裁判をしたところで、SIPW8-00000は処刑される前に、執行人を殺害するのではありませんか? それも、魔法エネルギーを抑制したところで、強引に使おうとするはず》


「そりゃあな。まだ俺自身のことについて調べ切っていないし」


《カーリーとジョクラトル殿に感謝するべきですよ。この二人がいなければ、あなたはまた罪に問われることになりかねないのですから》


「ああ、そうかい」


 それで、とアークは二人の方を見てくると、青い空を見上げた。


「裁判が終わったんだ。すぐにここから出るんだろ?」


 その質問に、カーリーはジョクラトルを見た。彼は腕を組みながら「それもそうだが」とあごでどこかを差す。


「俺はまだやるべき案件がある。今日、外相の人と軍部の人を交えた話し合いだ。それで、帰りは明日になる。それまで、二人は観光でもしていたらいい。ただ、軍人さんと同行が条件だがな」


 なんてジョクラトルはそう言うと、どこかへと行こうとした。おそらくは会談しに行くのだろう。彼は言った。グローリアに着いたら、話を聞かせて欲しいと。そうして、ジョクラトルはルシオラ連合王国軍人を数名寄こして、この場を後にするのであった。

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