古き存在は前進をする
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S/A>R>P[D] 5726.171
【広告:第254回水の持ち上げ大会開催!】
5726年175日に毎年恒例の『水の持ち上げ大会』を開催致します。水の持ち上げ大会は254回も続く、ルシオラ連合王国にとって伝統のある国行事です。審査方法はいたって簡単。ご自身の魔法エネルギーで海の水を五メートルほどまで持ち上げてもらって、そこから発電機器に向かって落としてもらいます。そこで発電量が一番多かった人を優勝者となります。優勝者には一年分の花タバコ、もしくは花のジュースを贈呈いたします。何卒、奮ってご参加ください。
日時:5726年175日
場所:国立発電博物館
入場:無料
参加資格:大人の部① 15歳以上
大人の部② 30歳以上
大人の部③ 55歳以上
子どもの部① 5歳未満
子どもの部② 10歳未満
子どもの部③ 15歳未満
今年も〈水の舞〉を鑑賞いただけますので、参加されない方も是非ともご来場ください。
主催:ルシオラ連合王国『水の持ち上げ大会』協会
後援:国立発電博物館、ルシオラ電力カンパニー
フロースズ・ウェンディティオー、トランスポート・アッキピオ
協賛:遺跡協会ルシオラ連合王国支部、R経済ニュース、東新聞社、
クレインジ報道部、RT、SHARE:R支部
問合せ先:ルシオラ連合王国『水の持ち上げ大会』協会
営業担当 マッツ、レィブ
目を開けたとき、ここはどこだろうかと思った。慣れない明るさに目が慣れない。まさかとは思う。ここは死後の世界ではないだろうか、と。
機械の音が聞こえる。なるほど、死後の世界にも魔術工学という物は存在するのか。
そう言えば、と一つのことを思い出した。昔、母親に教えてもらったお話。人は死んでも世界という場所はない。居場所はないと言っていた。それならば、自分はまだ生きているということになるのかもしれない。
まだ死んでいなかったか、とSIPS5-58019が上体を起こそうとすると、脇腹の痛みに悶絶した。その場で蹲るが、見覚えのない手当てに頭が混乱する。目を覚ます前の記憶がひどく曖昧。どうしたんだっけか、と頭を回転させようと必死になる。
確か、変な水の生き物に追われて、戦闘飛行機からも逃げて――ああ、そうそう。この脇腹の怪我は猛スピードで突っ込んできた戦闘飛行機にぶつかって、その隙をつかれてあの生き物にやられたんだっけ?
――あれ、じゃあここはインペリウムじゃないのは……当たり前か。こんな青い空は見たことがない。
SIPS5-58019は誰かと会話をしていたことを思い出した。黒髪の小柄な女の子。彼女は言っていた。インペリウム人とのハーフだと。こちらに対する敵対心からして、反インペリウム帝国軍であることは間違いないのだが――。
――俺って、生きているんだよな?
死んではいないはず。ここで怪我に悶絶していたことを思い出す。少し離れた場所では草木に交じって機械の残骸みたいなのが見えるから、あれは戦闘飛行機なのだろう。
――あの子ってどこに行ったんだ? つーか、俺は何しに異国へと来たんだっけか?
誰かを追い掛けていた気がする。ああ、思い出した。SIPW8-00000を追い掛けていたんだった。何のために? インペリウムがそうしろと指示を下してきたから。
――なんであいつを捕まえる必要があったんだ?
SIPW8-00000は昔の同僚。前はSIPS5-00000という識別番号があった。小さい頃の記憶とか、家族の思い出がないと言っていた相当変なやつ。それはまるで記憶喪失にでもあったかのように。
――本当、あいつって変なやつだったよな。
今一度、空を見上げた。インペリウム帝国では見ることがなかった青色の空。いつも見ていた空は真っ黒だった。あれは〈祝福の空〉である。敵国から自国を守るための防衛機関となる魔術。
――インペリウムを攻める、ねぇ。そう言えば、ウチの国で防衛戦だなんて記録情報を聞いたことがないな。あれがあるから、戦わなくてもいいって……。
「あれ?」
次々と疑問が生まれる。これまで当たり前だと思っていたことが、おかしいと思うようになった。
――どんだけインペリウム帝国は他国と敵対しているんだ?
とにかくインペリウムに反する者は駆除せよという命令を受けてきた。それはその国が我が国に仇名していたからと考えるが――どう考えても、孤立無援と化しているのは自国だけ。ほとんどの他国が敵視するのには何かしらの理由があるはず。それも、インペリウム帝国が悪い方向で。
――というか、なんでこんなに俺は考えているんだ?
色々と浮かんでくる疑問に戸惑いを隠せない。これまでは多少の疑問があったにしても、ここまで自国に対する疑心が出るとは思わなかったから。
「どういうことなんだ?」
SIPS5-58019が頭を抱え込んでいると「気が付いた?」そう、どこかで聞き覚えのある声が聞こえてきた。そちらの方へと振り返ってみれば、あの黒髪の女の子がいるではないか。
「俺は腹の痛みで気絶をしていたのか?」
「いや、ボクが傷付けてまで気絶させた」
「え」
何という恐ろしい子。流石は反インペリウム帝国軍ではある。
「だって、君はインペリウムを裏切ったんだからさ」
「それとこれに何の関係があるんだって言うんだ」
国を裏切ったから、気絶させた。文章に起こして見れば、どこかおかしい内容。意味の説明が欲しいという前に、反インペリウム帝国軍の女の子は「呪いを解くためだよ」と答えた。
「〈ニンギョウ〉には各々の脳にとある呪いが掛かっている。それが、インペリウム帝国に忠誠を尽くすための魔術。ボクはそれを解除するために、一度君の意識を失わせた。」
そのような説明を受けて、SIPS5-58019は目を丸くした。インペリウムに忠誠を尽くすための魔術だと? それが自身の頭に――脳に仕掛けられていたと?
反インペリウム帝国軍の女の子はこちらの表情を見て、肩を竦めた。
「あの〈ニンギョウ〉が無知ってわけじゃなかったみたいだな。〈ニンギョウ〉全員が知らされていなかった事実ってわけか」
「どういう意味だよ。俺だけに掛かっている魔術じゃないってこと?」
「そう言ったよ。そりゃあね、聞き分けのいいお人形さんみたいなやつが欲しければ、そうするよ。独裁者って」
何も言えなかった。これまで、インペリウム帝国に忠実になっていたのは己の意志ではなく、国自身だったなんて。操られていたなんて。
――だからなのか、疑問に思うな。何も考えるなって……。
そうさせないようにするための補助となる魔術。末恐ろしいものである。いや、本当に恐ろしいことを反インペリウム帝国軍の女の子は言い放った。
「それに、その魔術は位置特定できる仕様にもなっているからね。ここに逃げたとしても、すぐにバレるよ。魔法エネルギー云々よりもね」
「嘘だろ」
「嘘だったら、気絶させない。そのまま、君を殺していた」
自分はただ単に逃げるための援助をしただけだ。そう言う反インペリウム帝国軍の女の子は「ショックだった?」と訊いてきた。
「君が追い掛けていた〈ニンギョウ〉もそれを知って、ショックそうにするかと思っていたら、そうでもなかったって聞いたけど」
「こっちはショックだよ。今まで、自分の考えだって信じて疑わなかったんだから」
もはや、笑えるなと大きなため息をつく。さて、これからどうしようか。位置特定をされないのは嬉しい限りではあるも――正直な話、知らない土地で、しかも自分が知る常識が通じなさそうな国で生きていける自信がないのである。つまり、行く宛がないということ。つい、独りで生きていくと息巻いていたが――。
――その気分じゃない気がする。普通に自殺できそう。
だったら、手当てをしてもらうべきではなかったな。そう思っていると、反インペリウム帝国軍の女の子が「どうせなら」と手を差し伸べてくる。
「裏切って、帰ることができないんだ。それなら、君が追っていた〈ニンギョウ〉と同じように、〈フラーテル・アウローラ〉に入らないか?」
「は?」
「どの道、今の〈フラーテル・アウローラ〉は不安定過ぎるし、派閥争いも起きているんだ。グローリアの援助ありでどうにかこうにか体制が保たれている形だけの組織として在る状態」
「そこに、元〈SIPs〉の俺が入ったところで、どうにもならないと思うが」
むしろ、悪化するのではないだろうか。そう考えるSIPS5-58019ではあるが、反インペリウム帝国軍の女の子は「その通り」と嘘はつかなかった。
「ただでさえ、慕われ、頼れるはずだったリーダーがあの〈ニンギョウ〉に殺された。新たにインペリウム帝国軍のやつが仲間に入れる状態じゃないね」
「逆に、俺が殺されそうだ」
「でもさ、黙っていれば、問題はないと思うけどね。戦闘飛行機のカメラもブラックボックスも壊しちゃ……壊れちゃったし」
そう言う反インペリウム帝国軍の女の子はSIPS5-58019に一着の服を渡してきた。それを素直に受け取る。
「助けてあげたのは同情の意味合いが半分。そして、もう一つは……君はこれまで見てきた〈ニンギョウ〉らしくないことだ」
魔術を解いて、〈ニンギョウ〉らしさが一気になくなったこと。それを見て、彼女は判断したのだ。
「SIPS5-58019だなんて。いかにも人形みたいな名前は捨てなよ」
いつの間に取ったのだろうか。反インペリウム帝国軍の女の子の手にはIDキーと〈SIPs〉を証明するものすべてが握られていた。それを圧迫術式魔法で――。
「今から君は “ザイン”、そう名乗りなよ。君は〈フラーテル・アウローラ〉のザイン。インペリウム帝国の言行すべてに疑問と嫌悪を抱く反インペリウム帝国軍の人間だ」
そのようなことを言われたSIPS5-58019は引きつった笑いを見せる。これは一本取られてしまった。ならば、仕方あるまい。どうせ、薄給の仕事場に嫌気を差していたところだ。それならば、もっとマシなホワイト企業に転職したって、偽名を使うなら問題あるまい?
「……俺の名前は “ザイン” だ。よかったら、君の名前を教えて欲しい」
「ボクはクオンだ」
一人、二人と〈ニンギョウ〉が消えたところで、向こうは何も困ることはないだろう? なんせ、国民全員がお人形さんだもんな。
◆
何やら、あの女を好きなやつがどこかと連絡を取っている様子。それがどこであるかをSIPW8-00000は気にしていなかった。まだお片付けの途中だから。
それにしても、と邪魔をしてくる水の生き物からの体当たりを避ける。一機のインペリウムの戦闘飛行機を海に落としながら思った。
――〈SIPs〉の姿が見当たらないな。
すべての戦闘飛行機を操縦しているのは〈OPERATOR〉のみ。一機が機内の残り、その他は外に出て応戦をしているのである。これにルシオラ連合王国軍は苦戦をしているが――そこまで厄介な敵ではないことは明白。前に大量のこいつらを壊しまくったから。
片付け方? そんなの訊かなくても、大体できるだろう? 収納スペースは下にいっぱいあるんだから。
――とりあえず、海の中にぶち込んどきゃいいだろっ。
壊しまくれ、発破術式魔法で。術式魔法弾で。
まだまだ魔法エネルギー放出に余裕のあるSIPW8-00000。それを見ていたのか、道具女を好きだという男は「とんでもないな」と呟いた。この声はきちんと、耳に入っている。
――とんでもないだって?
そうであるとは思わない。これが普通だと思っていた。どうやら、自分は常識外れの力があるらしい。自身の魔法エネルギー放出量過多について気にしたことはなかったが、とんでもないと言われるならば――。
――ますます、俺って何者なんだって話だよ。
そいつの呟きが気に食わない。だからと言って、もう殺す気はない。ムカつくけど、そこまでには思わない。前までは人の頭が破裂する姿が面白おかしかったのに。今となっては、そういうことをするよりも、自分の存在意義が気になり過ぎるのだ。
それだからこそ、SIPW8-00000は早くこの戦いを終わらせたかった。あのルーメン民族の女が言っていた。インペリウム内だけでなくとも、〈顰蹙の空〉の外でも自身を知る術はある、と。
最後の戦闘飛行機と大量の〈OPERATOR〉を前にして、超巨大な術式魔法弾を撃ち放とうとするのだが――
「アーク!」
名前を呼ばれたと思っていたら、あの水柱の生き物がこちらの攻撃を邪魔してきた。こいつら、まだいたの?
全身がびしょ濡れ。こういう風に水を被ることはこれまでなかったが、正直言って、不愉快。名前を呼んできたやつが「らくちゃんには気をつけろ」と言ってくる。
「どこから来るか、わからないからな」
「だったら、あんたがどうにかしてくれ。邪魔以外の何でもねぇよ」
SIPW8-00000は鬱陶しそうに水柱の生き物を術式魔法弾で掻き消した。そう言う彼にそいつは「これでも」としかめっ面を見せてくる。
「らくちゃんはインペリウム帝国軍とお前を狙っているから、邪魔にならないように阻止をしていたんだがな」
どうやら、すべてを防ぎ切れなかったとか。思わず、舌打ちをする。邪魔をしてくるやつがいるなら、その根源を断ち切ればいいのか?
「おい、こいつを操っているやつはどこだ?」
「何しに行く気だ?」
「決まっている。鬱陶しいこれをなくすため。残りの後片付けは俺じゃなくても問題ねぇだろ」
周囲を見れば、ほとんどの片付けは終わっている状態である。これぐらいならば、後は何も問題ないはずだとSIPW8-00000は考えていたが――。
「……教えない」
そう答えるやつは〈OPERATOR〉を一機だけ破壊した。
「アークが多少の〈ニンギョウ〉らしさがなくなったところで、根本的なところは変わっていない。絶対、術者を殺す気だろ」
「死なせてはならない相手なら――」
「人が生き返るような魔術は使うな」
互いの目が一瞬だけ合った。金色の髪をしたあの、強気女の妹に似た感じの女。なるほど、こいつが術者かと気付いたとしても――ルーメン民族の女を好きな男には強い意思があるようで、絶対にこちらが使用し問うと思っていた魔術を使うことを阻止していた。
「お前の常識が〈顰蹙の空〉の外でなら通用するとか思うな。絶対に」
「それなら、この邪魔者はどうする? 空の片付けはなかなか終わらないんだぞ」
「らくちゃんなら俺がどうにかする。そっちは片付けに集中してくれ」
この回答が気に食わなかったのか、SIPW8-00000は再び舌打ちをすると――。
「ポンコツ一号。原因を探れ」
《……了解いたしました》
強引に解決する気満々。そいつは「待て」と険しい顔を見せる。
「勝手な行動は止めろ。仮にも〈フラーテル・アウローラ〉の仲間だとしても、お前の考えに賛同はできない。アークはここでインペリウム帝国軍の進攻を止めていてくれ」
「ああ、そうかい」
SIPW8-00000の眉間に深いしわが刻まれた。その直後だった。空中に多数の爆発が聞こえてきたかと思えば――。
「アーク! お前っ!」
なんと自分とアークを残して――アークは他のインペリウム帝国軍とルシオラ連合王国軍を強引に発破術式魔法で撃ち落としたのである。次々と海の中へと落ち逝く者たち。これを見てか、水柱の生き物はアークの背後から迫るも――。
「俺は苛立っているんだ」
軽く手に触れただけで、動く水柱は海の中へと還ってしまう。この状況にジョクラトルは目を丸くするしかない。
「おい、あんた。生き返らせたいやつがいるなら、早いところ回収でもしてあげろ。このポンコツ一号が仕事をし終えるまでな」
こちらを見てくるルーメン民族の女を好きなやつは憎悪の目を向けている。もしかしたら、こいつ攻撃してくるかもな。ということは、だ。そうなれば、海の中に落ちたやつを助けることも生き返らすこともしなくていいというわけだ。それはつまり、自分がしたいことができるということ。
――死ぬ覚悟があるなら、いつでも来いよ。殺してやる。
何かしら攻撃をしてくるかと思われたが――。
「パティ、原因の探りを少しだけ遅れさせてくれないか」
なんて言うと、海の中へと飛び込んでしまった。その姿にSIPW8-00000は面白くないと思うのだった。
◆
水気がないような場所に逃げようとも。山の中へと逃げようにも、水柱の生き物を撒くということはできなかった。サックスが羽になってくれているおかげで、逃げるスピードは高くなっているが、それでもあの生き物の方が一枚上手のようである。
「どこまで着いてくるの!?」
《半分は魔法エネルギーで形成している存在ですからね。だからこそ、逃げている最中にあの水の解析を致しました。すると、何ということでしょう。この国の至るところに、あの水を操る方の魔法エネルギーが反応するではありませんか》
「その人、何者!?」
《SIPW8-00000と同じように、膨大な魔法エネルギーを放出できる人物のようですね。それとついでにクオン殿の魔法エネルギーも感知いたしました。近くにいるようではあります。それに、どうやら〈SIPs〉と共に行動を取っているようです》
「ええっ!? どういうことっ!?」
サックスが便利過ぎて、情報過多になっている。今現在わかることは、追い掛けてきている水柱の生き物を操る人はアークと変わらない魔法エネルギーを放出するということ。クオンが逃げまくっていた〈ニンギョウ〉と共に行動を取っていること。展開に追い着けない情報が頭に入ってくるなあ、もう!
それらに付け加えるようにして《おまけに》とサックスは言う。
《このまま突き進めば、クオン殿たちと合流は可能です》
「ありがとう! 本当にありがとう! サックスたちって、本当に便利だこと!」
ちょうどよかった。自分一人の魔術では後ろの水柱の生き物をどうしても対処できないからだ。反撃なんて不可能。とにかく逃げるに尽きる状況が一変できる気がした。クオンに助けてもらえば、どうにかなるはず!
「……本当にどうにかなるかな?」
段々と不安になってきた。そもそも、なぜにクオンは〈ニンギョウ〉と共に行動をしているのか。これは罠なのか。もしかして、〈ニンギョウ〉に捕まっている!? その可能性はありだ。彼女がインペリウム人とのハーフだということは知っている。それならば、クオンを利用して――。
――場合によっては、戦闘もあり得るかも。
突き抜けていく山の中。木々との間をすり抜けて――見えた! カーリーの視力でわかることは、クオンたちは横に並んで山の中を歩いていることだった。頻りにこちらの方に視線を向けているから、こちらの魔法エネルギーでも感知したか。
ある程度近付いてきて、カーリーの目には隣にいた〈ニンギョウ〉が術式魔法変換仗砲を構え出すのが見えた。ということは、こちらに対する返り討ちか。上等だ。こちらも迎撃してやる。
術式魔法弾を手に込める。いつでも準備万端状態で挑むつもりだったが――突如サックスが《頭を伏せておいた方がよろしいですよ》と地面すれすれに低空飛行をし出した。自身の鼻が地へと掠りそうになり、術式魔法弾を引っ込ませた。この直後である。
「カーリー、頭を下げていて!」
クオンがそう叫んでくる。この言葉にカーリーは反射的に低空飛行で頭を抱えた。すると、頭上を一発の術式魔法弾が通ったかと思えば――ばしゃん、と追い掛けてきていた水柱がただの水となって地面に落ちたではないか。
――これはあの水を狙っていた?
もしも、あそこにいる〈ニンギョウ〉がこちらに対して殺意を抱いているならば、二発目が来るはず。それなのに、彼はその術式魔法変換仗砲を下したのだ。疑問が頭に浮かんでくる。罠かもしれないと不安ながらも、二人に近付いた。
その〈ニンギョウ〉の服装が多少は違えども、逃げ回っていた人物であるには間違いなかった。事実、彼は驚きながら「あのときの」とカーリーのことを知っている様子。こちらが怪訝そうな顔を見せていると、クオンが「紹介するよ」と状況説明をしてくれた。
「彼は今日から〈フラーテル・アウローラ〉となるザインだ。あの〈ニンギョウ〉と同じようにインペリウムを捨てた反インペリウム帝国軍となる」
「…………」
何も言葉を返さないカーリーにサックスが《どうされましたか》と声を掛けてくる。
《放心状態のようですが》
そう言うサックスに続き、ザインと紹介された〈ニンギョウ〉は「えっと」とどこか困り顔を見せるが、それはこっちも同じ心境のはずだ。
「俺は君たちに敵意はないから」
「大丈夫。展開に私がついていけなさ過ぎているだけだから」
仲間になって、打倒インペリウムを願ってくれるのは嬉しいことに越したことはない。だが、アーク以外の〈ニンギョウ〉が〈フラーテル・アウローラ〉に入ってくれることは予想していなかったのである。
「ザインはね、この国に逃げようと思っていたらしいけど……カーリーも知っているだろ? 〈ニンギョウ〉たちには脳内に掛けられた魔術があるから、どの道インペリウムからは逃げられない。それならば、敵としてあいつらを滅ぼせば追い掛けてくる心配はない、ってね」
「……そういうことなら」
ある程度の事情がわかれば、カーリーはザインに同情ができた。今はもう人の心を読む力は持っていないが、彼は内面が似ている気がしたのだ。SIPW8-10001に。それに、普段は反インペリウム帝国軍というだけで襲撃してくる〈ニンギョウ〉が自分たちから逃げることに徹底していたから――。
――あの力がなくても、多少はわかるものなんだな。
今までは人の目を見ることはなかった。読んでしまいかねなかったから。でも、目を見ずとも表情でわかるようになった。相手が何をどう思っているかを。ザインは何かを恐れている顔をしている。それこそがSIPW8-10001に似ているという所以にもなる。
カーリーは「よろしくね」とそれでもまだ不安は拭えないようだった。
「私はカーリー。こっちはサックス」
《初めまして、SIPS5-58019……いえ、今は違いますね。ザイン殿、これからはそう呼ばせていただきます》
「よろしく。ところで、SIPW8-00000と言ってもいいのかな? あいつは?」
どうもザインが何かしらに恐怖を抱いていたのはアークからの報復だったらしい。それもそうだろう。〈顰蹙の空〉から逃げ出す前より彼に苛立っていたのだから。
「本人はSIPW8-00000でも、アークでもお好きなようにって言っていたよ。えっとね、アークは今頃海でインペリウム帝国軍勢の対処だったよ。私たちの後を追い掛けてきていたみたい」
カーリーがそう答えると、ザインは目を丸くした。どうやら、アークよりも表情は豊かな様子。これならば、自分の出身地を誤魔化せることは容易いだろう。
「インペリウム帝国軍が?」
「アークとザイン、どっちかはわからないけど……多分そう」
「……まあ、あいつが対処しているなら問題ないか」
「アークって、やっぱり軍の中では有名だったの?」
「有名っていうか、なんと言うか。元同僚だよ。昔の記憶を持たない変なやつ」
記憶を持たない。それは以前も言っていた話。記憶がないから、誰かにそう言われたから自分の存在意義に疑問を持っている、と。
「それに、あいつは〈SIPs〉と〈OPERATOR〉での総力戦を持っても、勝ち目はないぐらい強いからな」
「うん、だからこそ、アークがこちらの味方に付いているならば、私たち〈フラーテル・アウローラ〉の勝利は決まっているようなものだもん」
なんてカーリーがそう言うと、ザインは「信頼しているんだな」と肩を竦めた。魔術が解けているからなのか、それともこれが本来の彼の性格と言うべきか。何とも魔術のない状況に順応しているではないか。
ザインは自身の頭を差しながら「あいつも呪いを解いてそんなに月日は経っていないだろうに」と皮肉る。
「裏切ったふりをしたって考えを持たなかったのか?」
「私はアークと約束をしたから」
「約束を破るってことも?」
「……何だか、ザインって話をする度に元〈ニンギョウ〉とは思えないね」
ここでようやくザインの口は止まった。自分の口を手で覆い「そうか?」とほんの少しだけ眉を寄せる。
「クオンにも言われた」
「案外、魔術自体があまり強く掛かっていなかったのかもしれないね」
「だから、よく上司に言われていたのか。疑問を抱くな、何も思うなって」
おかしな話だぜ、とザインが鼻で笑うと、術式魔法変換仗砲を肩に担いだ。
「インペリウム帝国軍の対処はあいつに任せることにして、俺たちはどこに行けばいいんだ?」
その言葉にクオンが無線でどこかへと連絡を取ろうとするのだが、サックスが《お待ちください》と遮る。
《先ほど、ザイン殿が撃ち落とした水神様と呼ばれている存在を操る者について、わたくしは気になるのですが》
「ああ、そう言えば」
「らくちゃんか。そう言えば、暴走しているって聞いたけど……」
ソナに連絡を取ってみよう。そうクオンが彼女に連絡を入れようとするのだが――向こうの方からやってくる振動にカーリーは気付いた。思わず、そちらの方を見る。視線を気になる方向へと向けていると、サックスが《あちらの方からですね》と教えてくれた。
《SIPW8-00000と同様の魔法エネルギーを感知したのは》
「ルシオラの人だよね……」
クオンの方を見た。彼女は大きく頷く。
「らくちゃんを召喚した踊り子だよ」
水神様――ラクリモサを召喚した踊り子――アクアとソナに何かあったことは間違いないだろう。三人と一機は彼女の魔法エネルギーを頼りにそちらへと向かうのだった。




