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第55話

 幼い頃の記憶。

 なぜか私にはそれがない。自分が柊もみじという名前だと知ったのはほんの四年ほど前のことだ。その時、私は父親とともにとある保護施設にいた。


 正直その頃の記憶すら薄れ始めてきている。覚えているのは施設の研究者達の無表情な顔ばかり。その中で父親の快活な笑顔だけが一際強く印象に残っていた。


 私の父親はヒーローだった。

 私と同じ真っ赤な髪にライオンのようなカッコいいマスクを着けた無敵のヒーロー。世界中の人々の為に戦っていた。そんな父だから一緒に居られる時間はあまり多くはなかった。でもヒーローとして人々を救う父が私は大好きだった。ヒーローとしての父の背中を見て私は育ったのだ。


 その父はもういない。三年前のあの日、私は施設の人間に父の遺書と真っ赤な髪を一房だけ渡されて、父は死んだと言われた。たったそれだけで私と父の関係は無くなってしまった。


 そして私は保護者役となる私にそっくりな顔をした女の人に預けられた。施設を離れ過ごすその人との暮らしに私は慣れることが出来なかった。何度も転々と変わる暮らし。父親を失ったストレスと引っ越しの続く生活に私は疲れ始めていた。


 そんな時だった。私がヒーロー活動と称し、人助けの活動を始めたのは。


 始めた理由は良く覚えていない。もしかしたら私は父親の幻影を追っていたのかもしれない。


 カロウ市に来ても活動は続けた。その活動のおかげで太郎さんや涼子さん、ミチルさんやシャドウプリズムさんのような暖かい人達に出会えた。私は嬉しかった。またあの頃のような幸せな日々が帰ってきたと感じていた。


 でも何故だろう。最近は酷く頭がうずくのだ。あの廃屋の騒動の時からだろうか。何か思い出せそうで思い出せない。頭の中を掻き毟りたくなるような衝動に襲われる。でも私の中でそれを思い出してはいけないと囁く声も聞こえてくる。近づくそれは禁忌の記憶なのだろうか。


 最近、自分のことを調べているうちに少しだけ分かったことがある。保護施設に匿われていたのも、各地を転々として暮らしてきたのも、全ては私に原因があるらしい。


 それを教えてくれたのは保護者役のあの人だ。

 廃屋の出来事を話した時に彼女は言った。『もう、異界に関わっちゃダメよ。それを引きつけてはいけない。あなたは隠れていなければいけないのよ』とボソボソとした声で言ったのだ。


 うずく記憶の表層で悪夢のような体験が蘇る。刹那の間、全身に感じる悪寒。フラッシュバックする父親の顔。その顔は苦痛に満ちている。


 ああ! やはり思い出せない。


 記憶がすり抜けて消えていく。でもこの漠然とした不安はなんなのだろう。いつか今の暮らしを壊すだろうという予感は一体なんなのだろう。私とはなんなのだろう。


 何故、異界と聞くと父の苦痛の表情と悪夢のような世界を思い浮かべるのだろう。


 禁忌とは私のことなのかもしれない。


 *


 突如としてもみじが豹変し黒川を追って飛んでいってしまった。

 残された僕は二人を追って走りだした。


「ちょっと待つのだぁぁぁ!」


 すると突然横から誰かに飛びつかれ僕は足を止めることになった。


「なんだお前!?」


「ボクも連れて行って欲しいのだ!」


 それはあのフードと仮面の女だった。


「ちょ、離せよ! 今はお前と遊んでいる時間はないんだ!」


「嫌なのだ! 絶対に一緒に連れて行ってもらうのだ!」


 そういうと仮面の女はカサカサとした動作で僕の体を移動し背中に張り付いてきた。


「うわぁ!」


 ゴキブリのような動作で背中まで這われた。そのことによる悪寒が僕を包む。


「さぁ、行くのだ! 黒川のもとへ! ボクはカメラマンだから状況を撮影しなきゃいけないのだ! 早く進むのだ!」


「うぅっ! こいつ離れない!」


 背中に手を伸ばして仮面の女を剥がそうとするも妙に鋭い察知能力でするすると避けられてしまい剥がせない。


「いいから早く行くのだ。早くしないと戦いが終わってしまうのだ」


「畜生、お前。後で覚えてろよ」


 仕方なく諦めて仮面の女を背中に乗せたままもみじ達の行った方を走る。仮面の女は僕の背中で上機嫌にも鼻歌なんかを歌い始めたのだった。


 *


 黒川ともみじの居場所はすぐに分かった。二人は激しく衝撃音を響かせ街を破壊するかの如く暴れまわっていた。

 それを僕と仮面の女は遠くのビルの屋上からそっと覗く。本当はすぐに出て行って止めたいが仮面の女が背中に張り付いているままではあまりにも動きづらい。だからすぐに場に出るのではなく機を窺っていた。


「それにしても凄い戦いなのだ。黒川とデッドラインの戦いもボクの目には見えないほどの凄まじい戦いだったけど、これはそれ以上なのだ」


 確かにその通りだった。二人の戦いはまるで隕石が衝突するかのような破壊の嵐だ。これでは仮面の女がいなくとも近づくことは難しい。

 もみじのどこにあそこまでの力が眠っていたというのだろう。僕には普段のもみじと今のもみじのイメージが違いすぎた。大人しく控えめなあのもみじが周りの被害を気にも留めないような戦闘をするなんてやっぱり異常だった。


「僕はあそこへ行く。お前は離れていた方がいい」


 どうせ聞きはしないだろうと思いつつ仮面の女に向けて言う。すると意外にも仮面の女は素直に僕の背中から降りた。


「ふーん。ボクの心配をするなんて君って中々良い奴なのだ」


「うるせえ」


 別に心配をしたわけじゃない。うろちょろされると迷惑だからだ。


「良い奴の君に一つだけ良いことを教えてあげるのだ」


 僕がビルを飛び降りようとした時、仮面の女が僕の背中に向かって言った。僕はそれを無視して手すりを乗り越えて下に落ちる。


「黒川の能力はもうメタモルフォーゼじゃないのだ。アイツは模倣という能力の本質を昇華させた。そしてそれは自分から一定範囲を己自身に変える能力にしたのだ。それは異界の創造と同じことなのだ。今の黒川は神に等しい。黒川のテリトリーの中ではアイツには絶対に勝てないのだ。だってそれは……」


 落下による風切り音で仮面の女の声が聞こえなくなる。


 僕は空中で転移した。そして別のビルの壁面に跳んだ。瞬きする間に連続して転移を行う。僕はビルとビルの間を跳び移り続けた。そして幾ばくもしないうちにビルがなくなり空中へと躍り出る。真下では黒川ともみじが睨み合っていた。


 *


「お前は本当に凄い女だ!!」


 黒川が雄叫びをあげる。


「……」


 無言の柊もみじの顔にはただ粘つくような笑みだけがあった。


「ウォォォォォ!!」


 黒川が咆哮し右手を突き出すと赤い霧の奥から無数の砲弾が現れ柊もみじを襲った。


「ァァァァァァァァ!!」


 柊もみじが笑う。その背後に浮かぶ泣き顔の女性が悲痛な声を上げると砲弾はすべて砂のようにサラサラと溶けて宙に消えた。


「馬鹿な!!」


 黒川が目を見開く。その背後にいつの間に移動したのか右手を振りかぶる柊もみじの姿があった。


「!!?」


 振り向く黒川。しかしその手は既に振り下ろされている。柊もみじの動きをトレースするように柊もみじの背後の女性がその巨大な体から繰り出される拳を黒川に叩きつけた。


 黒川の体が地面に叩き潰される。べちゃりとトマトを潰したような音がした。


 柊もみじの背後にいる不気味な女性が拳を上げた。地面は陥没し、その中心にぐちゃぐちゃに潰された黒川の死体があった。その死体が赤い霧に溶ける。するとどこからともなく赤い霧の奥から無傷の黒川が歩き出てきた。


「これで36回目。まさかこれほどまでの化け物だとはな。ヒーロー省はどうやってこの女を作り上げたのだ。まったく組織の数十年は先に行く技術だ」


 これまで黒川は36回殺された。その度に復活するもまるで歯が立っていないのが現状だった。しかし黒川の顔に焦りはない。もはや黒川に死の焦りはない。


 黒川と柊もみじが睨み合う。その上空から影がさした。


 そして二人の間に着地した男は田中太郎だった。



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