『還るもの』②
ベネディクト・コーレル。
彼は何もしていないわけではない。だが、戦時下において大きな役割を果たしたとか、何か大きな天変地異が起こり、神がかり的な対応をしたというわけでもない。そんな彼は歴代宰相の中でも群を抜いて謎であり、彼個人を扱った歴史書や子供向けの伝記は存在しない。どんな媒体にでさえ、彼自らの姿を残そうとしなかったのだから、作者たちも彼を取り扱おうとしなかったのだ。ただ、彼を人々はこう記憶する。
『トワディアン史上、最も不遇な宰相』
彼に関する史実で唯一残っているのは彼が仕えたカルロス王の即位後、数年で何者かに暗殺されたことだけ。
『何者か』という部分さえ分かっていないのだが、人は『暗殺された』という事実だけで噂話を作ることはできる。そのため、『何者か』という部分はあまり重要視されなかったのだ(もちろん、国王の最側近なのだから、上層部は調査したのだろうが、平民にとってみれば上が誰であれそんなに気にしないだろう)。
これは史実での宰相ベネディクト。
『シュガトリ』内でのベネディクトも似たような存在だ。
彼はほとんどの攻略対象のルートでは、チュートリアルで名前と立ち絵が出た後、すぐに殺される役回りであり、皇太子ルート以外では彼の死についての真相を解き明かすというのが、主題となっている。しかし、隠し攻略対象である彼(フリョと違って攻略対象かどうかも伏せられていた)のルートではそもそも彼の暗殺事件が起こっていない『if』から物語が進んでおり、各攻略対象の過去を解き明かす、というのが物語の主題となっている。
ちなみに彼のハッピーエンドでは、リーゼベルツ駐在大使としてかの国へ向かい、前作『ラブデ』のヒロイン・ベアトリーチェとその夫クリスティアンと出会うという前作ファンにとっては二つ目のクスリ要素が待っている。
そんな彼のゲーム内での姿は、今のアンジェリーナとかけ離れた姿だ。だから、『彼』が目の前に現れた時、全く気付かなかったのだ。
「――――――――――私が、消える?」
ベネディクトから発せられた言葉に、アンジェリーナは膝から崩れ落ちそうになった。
「ああ。お前は消える。たとえ正解したとしても、な」
非情な言葉と哀れみの視線を消さない彼に、絶望しか感じえなかった。
「――――――――――気が変わった」
しばらくの沈黙の後、ベネディクトはため息をつきながらそう言った。微かな希望をもって彼を見たが、結末は変わらんぞ、と釘を刺された。
「この塔の根本的な仕組みついては省かせてもらう。
だが、正しい過去だけ教えておいてやる。どうやらカルロスのやつとかフリョに変なことを吹き込まれたみたいだから、な。
まず、百年前。カルロス王が即位する前、一人の少女が王宮内を騒めかせた。
少女の名前はナターリエ・スベルニア。
そいつはスベルニア皇国から派遣された大使の娘であり、そして、スベルニア皇国皇位継承権第5位をもっていた。あいつは行儀見習いと称して王宮に上がり込んだが、行儀見習いというよりもまるで恋愛を極めるために入り込んだ、と言ってもよかった。
次々と男たちを陥落させていった。
初めはアマーソン伯爵。王太子妃の座を射止めるために実家の縁戚から攻めていった。あいつも何か野望があったからか、簡単に落ちた。そして次はゲオルグ皇太子。なんであいつを狙ったのか、最初は意味分らんかったが、おそらくカルロス王太子に嫉妬させるためじゃなかったのか、と思えるんだよな。まあ、純粋に考えりゃあいつは馬鹿だよな。なぜなら、仮にヨハネス皇太子と結ばれた場合、トワディアンにとって最悪の事態だ。ホイホイ男をひっかけている奴を信用できるかって。情報を漏らしていないかどうか心配でたまらんさ。フリョもヨハネス皇太子と同時にお付き合いしていたみたいだな。まあ、それがバレてフリョは南方戦線に送られた―――――ああ、あの頃はまだ南部の小競り合いは続いていた。で、まあ、そんな事件のおかげでヨハネス皇太子も一時は皇太子返上しろってことを言われていたみたいだがな。で、ナターリエも結局、皇国側から皇位継承権の返上、父親の大使職のはく奪、強制帰国が待ち受けていた。その後、すでに四十を超えていたベルッセルナ公爵に側室として呼ばれ、こちらに来たらしいな。そん時はすでに、カルロスも国王について安定な世の中だったから、誰一人としてあいつの噂をする者はいなかった」
ベネディクトの明かした真実に、アンジェリーナは驚いた。そんな事情があったのかと。だが、それと同時に疑問も浮き上がった。彼女は転生者で、『シュガトリ』の世界を知っているからの行動なのだろうか、と。
「言っておくが、ナターリエ・スベルニアはお前たちのように《来訪者》ではない。純粋な馬鹿だよ、あいつは」
その疑問は口に出す前にベネディクトによって否定された。
「そう、思い出したが、その前の前段階。ここ、トワディアンじゃなくてリーゼベルツで起こった出来事についても言っておく。
そうだな、大馬鹿お嬢さんが暗躍する20年前。
リーゼベルツでは大混乱に陥っていた。
ここでも一人の大馬鹿お嬢さんがいたせいでな。
アリア・スフォルツァだ。あいつは何を思い上がったのか、叔母と妹と一緒にありとあらゆる手を使って贅沢をした。あいつらのおかげで婚約していた王太子も激怒、婚約破棄してある夜会で見染めた伯爵令嬢と婚約しようとしたのに、それを阻止するために伯爵令嬢を妨害した。だが、それは余計に彼を激怒させた。妨害と激怒がエスカレートしていって、ついには伯爵令嬢を命の危険にさらした。とうとう国王夫妻もそいつにキレて、正当な手順を踏んでアリア・スフォルツァ、リリス・スフォルツァ、フレデリカ・スフォルツァの三人を処刑、その父親、マグナム・スフォルツァは爵位剥奪の上に北の辺境にある修道院にて幽閉、そこでその生涯を閉じた。最後に、母親は王の遠縁だとかで王都近郊にある修道院に幽閉されたらしいが、一年もたたずに自殺、という結末だったようだ。
だから、フリョの話は妄想、いやここに引き摺られてきた影響だな」
まだ、大きな謎はいくつか残っているが、アンジェリーナが知っている歴史書が正しいことが示された。
ベネディクトは納得した様子のアンジェリーナに目を細めた。
「ま、ここまでは余談、与太話だ。で、アンジェリーナ・コレンス侯爵令嬢。お前は答えを出せるか。
いや、答えに気付いたか」
ベネディクトの質問に答えられなかった。
「気づかないだろうな。こんなものさえなければ俺だって気づかせたくなかった。
すべてはあの《女教皇》のせいだ。
あいつが、いなければ――――――――!」
彼の叫びにアンジェリーナはもう一度、最初の違和感を思い出した。
ほかの攻略対象たちとは違った年齢で現れたベネディクト・アマーソン。
「まさか――――――――――」
彼の見た目の年齢は12歳程度。それが正しい年齢だとするのならば――――――
「そうだよ。アンジェリーナ・コレンス侯爵令嬢。俺は12歳の時に死んだ。あの女狐に殺された。そう、だから、お前は俺の子孫なんかじゃない。
お前は次の創造者として、虚空から生を受けたんだよ。王国、ひいてはこの世界を守る礎のためにな。
虚空から生を受け、国を追われた元皇女、公爵夫人という有象無象に殺された俺の代わりにな」
ベネディクトが言ったことに、アンジェリーナは答えることができなかった。
「魔術でも人工知能でもなんでもない。本当の意味で神秘の存在なんだよ、俺たちは」
その『答え』に自分の中で積み立てたものがガラガラと崩れ去る音が聞こえた。
静かな空間に拍手が聞こえた。
音の方向を見ると、まるで仙人のような麗人が立っていた。
その姿には見覚えがあった。
「その通りだ」
こちらに向ける視線は暖かいものの、その言葉は非常に冷めていた。




