『還るもの』①
銀色の髪に緑色の瞳。
髪色さえ違えば、まるで若返りの鏡を見ているみたいだった。彼は差し出した手をひっこめた後、アンジェリーナに対して彼女の方が年上にもかかわらず不遜な口調でしゃべりかけた。
「お前は何のためにここに呼ばれたか、想像つくか」
女性みたいな容姿を取りながらも、声はれっきとした男性の声。そんな彼はアンジェリーナを思いやることもなく問いかけてきた。
「分からない、分かるわけないじゃない」
アンジェリーナは聞かれた問いに、消え入りそうだったがはっきりとした口調で答えた。
「―――――――分からない、か。まあ、そうだよな」
彼は同意するように頷いた。
「ここ、『女教皇の塔』は世界と世界をつなぐ橋なんだよ」
彼の答えにアンジェリーナは首を傾げた。
「橋?」
「ああ、橋だ。あまり詳しいことは言えないが、俺から言えるのはあとはそうだな――――――ああ、この『塔』にお前たちを召喚したのは、ここに呼ばれた全員の『元の世界』で言うヒロインじゃない」
彼の言葉にアンジェリーナは目を少し見開いた。
最初にナターリエはこの塔、そして六人の召還者についてこう言っていた。
『アンジェリーナのために作られた塔』
『トワディアン王国を取り巻く世界のために、人質になってもらっている』、
『アンジェリーナを引き摺り込むために有効なのか考えた』
『アンジェリーナの答え次第で、『世界』が変わる準備はできている』
それを考えるとナターリエが何かしらの理由があって、『世界』を変えようとしているのだと受け取れたが、そうではないらしい。だが、それと同時に彼女の言葉にもそれが示唆されていたような気がした。
『すでに死した身であるナターリエでさえ、理解できていない』
あの時にそう言われていたはずなのに、いきなりここに飛ばされたことでよほど何も考えられなかったのだろう。その矛盾に気付かなかった。そして、ここに呼ばれた『全員』とはアンジェリーナ以外にエルネスト王、ゲオルグ皇太子、エミリオ、ニコラス、ベネディクト、その全てなのだろう。すでにエミリオとベネディクトについては転生者であることが分かっているが、他の人たちもそうなのかと思ってしまった。まあ、ここで思案することではないのだろうが、と頭の中を切り替え、彼の言葉に何か返答しようとしたが、
「まあ、それよりも肝心なのは『あの男は一体誰』なのだろうか、ということだ」
彼は目を細めてそう言った。アンジェリーナはその言葉に微かに頷いた。
「お前も気づいているだろうが、あの男の精神はサンドロ・アマーソン元伯爵であり、肉体はアラン・バルティアだ」
そこまではアンジェリーナも分かっていたので納得できた。しかし、次に言われた言葉には開いた口が塞がらないほどだった。
「だが、あのアラン・バルティアはお前が知っているアラン・バルティアじゃない。別『世界』のアラン・バルティア、そのなれ果てだ」
彼の言葉にしばし、時が止まったような感覚に襲われた。
「まあ、そうだろうな。お前の知識のアラン・バルティアは公爵子息、放蕩息子という印象が強いだろう」
にべもない言い方だが、その言い回しは間違っていないだろう。
「だが、さっき現れたアラン・バルティアはまるで違う。そうだな、言ってみれば君主のような威圧を感じたんじゃないのか?」
彼の言葉に頷くアンジェリーナ。
「そうだ。正しい歴史ではアラン・バルティアは一人の公爵としての生を終える。だが、何が起こったのか、いや、おそらく引き摺られたんだろう。この『塔』を作ったやつにな」
彼の結論に頭が追い付かなくなってきた。しかし、ここで倒れては元も子もなかった。
しかし、彼はそこでふっと表情を緩め、アンジェリーナに視線を合わせた。
「まあ、俺はそんなことはどうだっていい」
その表情はどこか軍師のようなものだった。
「お前は、もしもう一度会いたい人に会えるって言われたら、会いたいか?」
それは蠱惑的な誘いだ。彼女に会いたい。だが、すでに互いに死んでいるのだ。しかも、彼女がこの世界に転生しているとは限らない。そもそも転生しているかどうかさえ分からない。そんな誘いに乗ることはできなかった。
「――――――――――いいえ。会うことはできないわ」
一瞬だけ生じた、一瞬でも生じてしまったその誘いに対する迷いはアンジェリーナの心を大きく占めた。その迷いは彼女を俯かせたが、その迷いを見透かすように彼が微笑む気配を感じ取った。
「そっか。ならば忘れろ。その代わりあんたに質問しよう。最後の問いだ」
彼の言葉にアンジェリーナは頷いた。
とうとうこの時がやってきた。
「『本来ならば空虚でしかないが、現世に銀として現れ、玉座の礎として存在しているものは何だ』」
だが、なんとなく想像していた質問とは違った。
「え――――――――」
サンドロ以外は攻略対象に関わる、それもごく近くに存在した人物が答えになった。
しかし、彼の問いも分からなかった。サンドロ伯爵、アラン・バルティアの時以上に理解できなかった。
なぜなら、彼の生涯は謎に包まれている。そもそも大きなことを成し遂げた人物、というわけでもない彼は、子供向けの伝記さえ一冊たりとも無い。さらに、もう一つアンジェリーナには引っかかるところがあった。
彼の年齢だ。
今までは大体50歳くらいから60歳くらいの高齢。すなわち、歴史上での寿命を終えたくらいの年齢だ。彼はゲーム内では物語序盤で殺され(というより、彼の死がないことには物語が始まらない人もいる)、アンジェリーナの知っている歴史書ではカルロス王の治世前半に死去したと書かれていた。件の改変された歴史書でも彼は死んでおり、こちらもカルロス王の治世前半に死去している。
そのため、その時点で『宰相』職となっていることから、彼の死去した時の年齢と今目の前にいる彼の年齢の違いはおかしいのだ。
「一つだけヒントをやる」
アンジェリーナの逡巡に彼はにやりと笑いながら言った。その笑みに彼女の背筋は冷えた。
「この答えを知った時、世界は存続する。だが、お前は消えなければならない」
それはこの世界の理だ。
そういう彼の目にはアンジェリーナに対する哀れみが浮かんでいた。




