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100年後だけれど、まだ乙女ゲームの真っ最中!?  作者: 鶯埜 餡
ヴィルトゥエル・ベグリッフ

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回想《無自覚》

『男たちから体を使って情報を得て、嫌いな貴族を追い落とすための材料にしている』

『彼女を飾る宝石は貢がせたもので、すでにそれは家一軒分の量がある』

 とか、

『確実に王妃の座を手に入れるために、同僚の女官たちを脅して王宮を下がらせた』

 などという噂は有名であり、最初に彼女が王族付き秘書官になる、という話を聞いた時、ベネディクト・アマーソンは面倒だな、碌でもない女が来るのか、としか思えなかった。





 が、それが眉唾物であることが分かった時、土下座した。

「いや、すまない。いえ、申し訳ありません」

 身分、は彼女の方が上なので下手に出るしかないのだが、それ以外のもの、年とか、職歴とか諸々を考えても自分が悪かった、と彼女に謝罪した。

 国王じきじきの命令で彼女がこの秘書職に着任した当日、現れた彼女は天使のようで、噂のばかばかしさが際立った。

 元は貴族だったらしいが、何らかの事故(・・)により爵位をはく奪されて、平民として暮らしている彼は、貴族らしい優雅さはない代わりに必死に勉強して、王の最側近という立場まで手に入れた。そんな彼にだってやっかみはあるが、ここ最近、それ以上に悪名を轟かせていたのは彼女だった。普段、貴族を信じない彼だったが、その噂は妙にリアルで信じてしまったのだ。

「いえ、全く気にしていません」

 彼女はベネディクトに対して苦笑いながら言った。

「よく言われることですし、彼らの想像力じゃそんな程度のものにしか思いつかないのでしょうから」

「よく言われるって――――――――」

 よく言われるって、なんて下世話な人が多いものだと、噂好きな貴族たちに怒りを通り越して呆れを感じてしまったベネディクトだった。


「ええ、よく言われます。この前も誰だったかしら、どこかの伯爵子息さんに王宮の四阿で情報提供してもらっただけなのに××をしたとか、こちらも名前は忘れましたがちょっとお使いを頼んでしまった騎士さんにお土産を渡そうとしただけなのに、○○をしたって言われてしまったんですよね」


 呆れているベネディクトを目の前に彼女はつらつらと、過去に言われてきた言葉をぶちまけていた。かなり赤裸々な言われようなのだが(噂でも一歩間違えば公序良俗に違反するようなことを言われていたが、それ以上だった)、全く動じずに明かす彼女にも惧れをなした(無自覚なのだろうか、無自覚ならば余計に怖い)。

 ベネディクトの心中などお構いなしに、彼女はぐい、と顔を近づけてきた。不意打ちに慌てふためいてのけぞったが、彼女は余計に近づいてきた。

「ねえ、先輩。○○って何だと思います?」

 彼女からの質問にベネディクトは固まった。あかんやつだ。こんな子が知る必要のない単語を記憶させたのはどこのどいつだ。彼女にそんな単語を言わせるなんて、虫けらの方がまだましな存在だ。

 心の中で得体のしれない相手を呪いながら、彼はどのように説得するか悩んだが、良い案は思いつかなかった。

(あぁ、クッソ。誤魔化せないんだけれど)

 彼女は目を輝かせながら待っているので、逃げようがない。どうする、俺。

「あのな、こういうことだ」

 面倒になったベネディクトは彼女を抱き寄せ、ドレスのホックを外そうとした。だが、彼女は抵抗しない。

「ったく―――――」

 ベネディクトは外そうとした手を止め、彼女を離した。彼女は少し驚いたのか眼を瞬いているだけで、怒っているそぶりも恥じらうそぶりも見せない。

「少しは抵抗しなさい」

 敬語も何もかも抜いてしまったが、それすらも怒るそぶりがない。参った。彼女はきょとんとしている。参った。本当に参った。これのどこが男どもを手玉に取った悪女だよ。

 そう思いつつ、彼女の髪を整えた。抱き寄せた時に少しほつれてしまったのだろう。彼女を近くの椅子に座らせた後、彼女の髪をほどいて緩やかにまとめ上げた。どうだ、これで嫌なら女官を呼ぶから、と鏡で見せてやると、ずいぶんと満足そうだった。彼女はこれから国王に呼ばれているとかで、実家のメイドに結ってもらった髪が不満だったらしい。

 いや、侯爵家のメイドならレベル高いだろう、それに勝ってしまった俺は侯爵家からにらまれないかな、と背筋が冷えた。確かコレンス侯爵と言えば国王のお気に入りで、今は刑部官をしているはずだ。怖い。本当に恐怖しか感じない。



 警戒心がなさ過ぎて困る彼女が国王の元へ行った後、応接用のソファに座って一息ついた後、一瞬で殺気を感じ、身を固くした。

「ずいぶんと娘に気に入られたみたいだねぇ」

 その男は音を立てずに部屋に入って来たようだった。声がした方向を確認するために、ベネディクトはギギギという音が鳴りそうなぎこちなさで、後ろを振り向く。

「初めまして、ベネディクト・アマーソン君」

 娘と全く違う男の姿に驚きを隠せなかったが、それ以上にこの男が来たということはもう娘から先ほどのことを聞いたのか。

「娘に何かやましいことでもしたのかい?」

 コレンス侯爵は人の心を見透かすように尋ねてきた。いや、無意識とはいえ、最初にやましいことをしたのはお宅のお嬢さんでは。

「何か言いたそうだね?」

 やめてほしい。その言い方。

「イエ、ナンデモアリマセン」

 片言になったような気がしたが、見逃してほしい。

 コレンス侯爵は部屋の主であるベネディクトに何も言わずに、勝手に座ると彼の方をじっと見た。いや、侯爵である以上、向こうの立場が上なのだから自分に断る必要はないんだが。

「私が来たのは単に挨拶のためだ」

 目の前に座った侯爵に珈琲を差し出すと、気が利くねぇ、と(おそらく)褒められた。一服すると、口を開いた。

「もう知っているとは思うが、娘は頭の回転が速いが、世間知らずな部分が多い。そして、常に色眼鏡で見られざるを得なかった。だが、ベネディクト・アマーソン。君はかつての伯爵、サンドロ・アマーソンの血をひいている。かの伯爵は悪い部分だけじゃない。今の文官制度の基礎を作り上げたのは彼であり、彼がいなければ今の君はここにいないはずだ」

 侯爵の言葉に何も返せなかった。その通りだったからだ。

「もちろん君に無茶難題は突き付けないつもりだが、我々の力じゃできないこともある。それを可能にするのは『すべてを可能にした男』、サンドロ・アマーソン伯爵の子孫である君以外にいないと思ってね」

 侯爵の言葉に分かりました、とようやく返せた。すると、にっこりと侯爵は笑い、

「じゃあ、手始めに君には、何件かの貴族の茶会に参加してもらおうかな」

 と言ってきた。

(早速か)

 食えない侯爵だと思いながら渡された茶会リストを見た瞬間、つき返したくなった。

(いや、伯爵程度なら何とかなるが、侯爵以上、特に公爵家とか大公家がほとんどって。いや、おかしいだろ―――――)

 そう思いながら目の前を見ると、侯爵は非常ににこやかだった。

「ま、これからも長い付き合いになるだろうから、よろしくね」

 この時点で、この侯爵を苦手な人物トップに認定した。まあ、同僚となった彼女の父親だから仕方のないことなのだろうが、つらい。



 そしてコレンス侯爵は去っていき、再び一人になったベネディクトは沈んでいた。

(まあ、彼女に罪はないしな)

 先ほどの世間知らずな彼女の様子を見ると守りたくなる。

(ああ、守るさ。どんなことがあっても)

 彼は決意した。



 この先どんなことが起ころうとも。


 例えばスベルニアの皇太子が彼女を見染めた時も。

 例えばある近衛騎士が彼女のことを命がけで守ろうとしていても。

 例えば反王家派の公爵子息が彼女に付きまとおうとも。

 例えば国王から嫁に来いと言われていたときも。


 そして、例えば彼女が自分と同じ転生者であると分かっても。


 彼女が自分たちのために過去の人物と戦っているときには、その立場を変われるものならば変わりたいと思ってしまった。誰一人としていない、彼女が来る前の執務室のような状態で、一人待つのには少しの忍耐が必要だった。

(待っている。アンジェリーナ・コレンス王族秘書官)後書きユリウス→ニコラス

エルネスト王、エミリオ:賢い彼女

ゲオルグ:きれいな彼女

ユリウス:貴族らしい彼女

ベネディクト:無自覚な彼女

という感じにとらえていたんですね、ハイ。

ベネがルシオから逃げ回るという伏線の回収も行えた…(ホッ

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