回想《守り姫との出会い》
それは、偶然だった。
『自分』がこの世界以外の記憶を有していることに気付いたのは。
そして、現状を思い出しため息をついた。なんで、この世界でも自分がこんな立場にいるんだろう、と。
エルネストはトワディアン王国の国王であり、カルロス王と非常に容姿が似ていると言われ続けてきた。そのため、国内外から高い期待を背負い、玉座についた。
「欲しいんならくれてやるよ、こんな王座」
不穏分子による自身の暗殺計画について書かれた書類を見ながら、誰かが聞いていたらかなり面倒なことになる言葉を呟いた。
彼にとって、この書類はデジャブな記憶だった。
彼は国王になる前からすでに何かを経営する、というのは難しいことだと知っていた。なぜなら、彼は前世というものを持っており、前世での彼の職業は某大手服飾関連会社の社長であったから。そして、そんな彼が、自身の暗殺計画を知ってデジャブなものであると思ってしまったのは、彼が前世では彼を狙ったテロ行為に遭い、そこで命を落としたからだ。
だが、彼が信頼できるものはほとんどこの王宮にいないことも知っている。現在の王宮は文官武官問わず、ほとんどの貴族たち、役人たちは派閥争いに必死であり、あまつさえ反王家とされているベルッセルナ公爵家の動向が不明な部分なのも大きい。そのため、彼はある程度自分の身を守るすべを持たなければならず、そのための訓練も怠ってはいない。
「だが、不安であるな」
国王の元には女官の姿もいない。彼女たちもまた、争いに明け暮れ、姿が見えないのだ。
そんな一人の国王のもとに、侍従がやってきた。
「陛下、お時間でございます」
今日は建国祝賀会のパレードが行われる。国民たちは華やかな光景に大はしゃぎしているが、当の国王は気分が全く乗っていない。さぼれるならこのままさぼりたいと思えるほどに。
「わかった。すぐに行く」
だが、そんなわけにもいかないこの職業。本当に誰かに変わってもらえるなら、変わってもらいたい、と切に願いながら、仕上げのサッシュを着け、部屋を出た。
「コレンス刑部官は?」
比較的国王に忠実、といわれているコレンス刑部官は、今日のパレードの国王の護衛でもあり、本来ならば、すでにエルネストを待っている身であるはずなのに、彼の姿が見えなかった。
「《お姫様》が何者かに刺されたらしく、少しだけ遅れるとのことでした。―――――ああ、彼女の命には別条ありません」
侍従の言葉にエルネストは驚き、付け足された言葉に安堵した。コレンス刑部官の《お姫様》はなかなかとんでもないお姫様であると知っていた。彼女が来るまでは無表情の塊だった刑部官が豹変したきっかけになった少女だから、最初その様子を見た時、エルネストはコレンス刑部官の別人格説まで疑ったほどだった。しかし、育ての親の教育の賜物なのか、彼女は聡明に育ち、また、あらゆる人から情報を得ることに関して一流であった。そんな彼女の様子は養父であるコレンス刑部官だけでなく、女官職を束ねる女官長からも聞き及んでいた。しかし、その彼女の存在を疎むものも数多くいるという。
そして、その彼女が何者かによって刺された知らせを受けて、エルネストは今すぐにでも駆け付けたくなった。
「そして、《お姫様》から伝言です」
そう言いながら侍従が差し出した手紙を読んだエルネストは壁に手をついた。
「――――――――――――っ」
あの馬鹿め。なぜそうならば、先に相談しない。相談してくれれば何らかの対処もとれたのに、と。
今すぐにでも彼女の元へ走りたかったが、この立場が絡みつき、むやみに動いてはならないことは理解しているため、こぶしを強く握るしか、このもどかしさをやり過ごす方法はなかった。
少しの間、そこでじっとしていたら気分が落ち着いてきた。これならいつも通り行事をこなせるだろう、そう思った彼は侍従に声を掛けた。
「行くぞ」
そんな彼の後姿を見て、安堵した侍従も彼についていく。
その後、パレードの開始地点の手前で彼と合流し、パレードと国外の来賓を交えた晩餐会を恙なく乗り切ったエルネストは夜半、コレンス侯爵邸にいた。
「なんで、アンタが王宮を抜け出しているんですかね」
顔合わせた一番にそう言った、国王相手に敬語を使わないその男こそ、この屋敷の主であり、《お姫様の》育ての親、そして元『笑わない男』であるルシオ・コレンスだ。彼は相当な頭の出来だったらしく、幼い時分から才能を買われ、エルネストの家庭教師になったこともある。
彼の唯一といってもいい欠点は、恐ろしいくらいの『老け顔』なのだ。年はエルネストと3つしか違わないはずなのに、見た目は一回りも二回りも上に見えるのだ。これは遺伝のせいなのか、幼い時からその威力を発揮しており、エルネストは彼と初めて会った時に、見た目に騙されてうっかり『こんなおじさん嫌だ』といってしまったせいで、当時、宮中伯(宰相職の補佐)の先代コレンス侯爵に拳で殴られた(ちなみに父王はその様子を笑うだけであった)、という苦い記憶もある。
そんな彼はエルネストの突然の訪問に、呆れると同時に追加の書類だよ、といって彼の目の前に書類を散らした。気になったエルネストはその書類を素早くかき集め、整理した。
彼が整理している間に、ルシオは手早く部屋の隅においてある棚から、グラスとビンを取り出し、ビンの中に入っている無色透明の液体をグラスに注いだ。
「――――――――何だこりゃ」
エルネストの呻きに、ルシオはしたり顔で解説を入れ始めた。
「これはアンジェリーナが手に入れた情報だ。
スウェズ侯爵とグリュンブルグ伯、ボルネゴ子爵はアンタが提案した文官登用法案に反対していただろ?それに付け込んだのがスベルニア。意味わかるな?」
ルシオの言葉にエルネストは納得した。
「スベルニアは常に領土縮小の恨みを俺に抱いているもんな。で、アンジェリーナ姫がその情報捕まえてきて、お前がその後始末に出かけているときに、姫にはその不穏分子が放った手先が向かって、相手しているときに怪我した、と」
「そういうことだ」
ルシオはため息をつきながら頷いた。これだから罪な男って言われるんだよなぁとルシオがぼやいたが、エルネストは無視した。その代わり、
「で、アンジェリーナ姫の怪我は?」
とずっと気になっていたことを尋ねると、
「アンタが気になるのか?」
ルシオは意外そうにエルネストを見た。
「そりゃそうだ。なんて言ったって、『英雄姫』だからな」
エルネストの言葉に、ルシオは笑いながら、背筋の冷える言葉を返した。
「『英雄姫』ねぇ。それ、『娘』が聞いたら速攻で殴るだろから、覚悟しておいた方がいいかもな?」
冗談とは思えないような言い方だったので、思わず身震いしたが、ルシオはまあ、冗談さ、と再び笑った。
「それは何より、さっきのアンタの質問がまだだったな」
ルシオはいきなり話題を変えたが、エルネストは『先ほどの質問』を忘れておらず、ああ、と促した。
「アンジェリーナは無事だ。ベルッセルナの倅のおかげでな」
ルシオの口からアンジェリーナの無事を聞けて良かったが、そのあとに気になる人物名が出た。
「ベルッセルナの倅?」
「ああ、アンタも知っているだろう?王宮にぬけぬけと入りやがった小童だよ」
ルシオの表現に思い出した。金髪の王子然としたいでたち、確か名前はエミリオと言ったか。
「奴がいなきゃ確実にアンジェリーナは死んでいた。感謝しなければ、な」
ルシオは目の前においてあったグラスの中身の液体を平然と飲んみながら言った。
「―――――――――そうか」
エルネストはルシオを疑っていたわけではないが、先に飲むのを確認してから、グラスに口をつけた。
「―――――――――っつ、おま、え!」
ルシオが棚から取り出したのはアルコール類であることに気付いていたし、彼が平然と飲んでいたから、そんなにアルコール度数が高くないと思っていたが、裏切られた。意識がもうろうとし始めた。
「ああ、アンタはアルコールにめっぽう弱いんだっけ?」
注意しておくべきだったねぇ、とあまり反省していない口調でぼやいたルシオを傍目に、彼は崩れ落ちた。彼はグラスを回収し、主をソファに寝かせた。
「働きすぎなんだよ、陛下は。ま、だからこそ、この数年で陛下の基盤を固めることができたんだがな」
先王であるエルネストの父と、母であるその妃が暗殺されてからまだ日が浅いが、彼はよくやっていると思う。ルシオ自身はあまり権力が好きではない。だからこそ、動けることもある。そうやって教え子の命を守ることができたし、それを後継できる存在もいる。
「ま、私もそろそろ諜報官としては引退だろうな」
ルシオは再び座り、残っている液体を飲み干した。
『娘』のアンジェリーナはすでにデビュタントを済ませてある。侯爵令嬢という立場、目を引きすぎる容姿から諜報活動には向いていないが、彼女の頭の回転の良さを遊ばせておくのはもったいない。だから、エルネストに利用してもらえるように、利用した。
翌朝、エルネストが目を覚ますと、見慣れない風景が存在しており、少し考えたらすぐにその原因が分かった。
「うっ――――――あったま痛ってぇ」
起き上がろうとしたが、あまりにもの頭の痛みに転生前の口調に一瞬、戻ってしまったが、すぐに後悔した。
「お目覚めでしたか」
扉の出入り口には淡い金髪でエメラルドの瞳を持つ女性が、水の入ったコップが置かれているトレイを持って立っていた。今の言葉で不審に思われたらどうしようか、と思ったが、彼女は気にする様子もなかった。
「アンジェリーナ嬢か」
この屋敷に住んでいるのはコレンス侯爵夫妻とその『娘』、そして使用人。
使用人を除いた中で金髪碧眼であるのは、『娘』であるアンジェリーナのみ。確信をもって尋ねると、はい、と答えが返ってきた。
「けがは大丈夫か」
昨日は会えなかったため、そう尋ねると、彼女は少しだけ顔を赤らめ、ええ、と答えた。
「そうか。今は女官職だったな」
アンジェリーナは現在、女官として働いている。そう確認したのち、エルネストは一つの提案をした。
「よければ、王族付き秘書官にならないか」
その提案に彼女は驚いていた。
「情報収集をするのが君はうまいと聞いた。もちろん、女官としても十分やっていけるとは思うが、前にも襲撃されたっていう話はすでに聞いている。だから、安全確保のためにも表で働いてみないか」
できるだけ彼女の意思を尊重しようと思ったが、どうしても命令になってしまう。だが、そんなエルネストの言葉に、アンジェリーナは頷いた。
「じゃあ、決まりだな。しばらくしたら身内だけの任命式を行うから、それまでは内密に頼む」
そうして、彼女がエルネストの側付きになった。
ある日、正体不明の砂嵐がトワディアン王宮を飲み込んだ。その時、エルネストは飲み込まれ、気が付いたら金色の檻の中にいた。周りにも同じような檻がいくつかあり、その中には先に行方不明となっていたスベルニア皇国の皇太子、王子様然とした公爵子息、平民ながらも剣の腕は超一流の騎士、そして、彼女と同じ秘書官の男がいた。
だが、それ以上に驚いたのはそこから見える風景。
金髪の彼女が一人で自分と同じ姿を持つものと対峙していた。
「彼女がいる―――――――」
音声は聞こえなかったものの、彼女の存在が同じ場所にあることに驚いた。
しばらくして、片方が指を鳴らした。すると、彼の体は何かに吸い寄せられるような感覚におそわれた。
しばらく意識を失っていたのだろう、彼の瞼は重たかったかが、ゆっくり開いてみると、そこは見慣れた風景だった。
「おかえりなさいませ、陛下」
すでに宰相になった師匠が微笑んでいる。いまだに友人としての関係は続けているが、(口に出せばぶん殴られるだろうが)だいぶ彼も貫禄が出てきたのではないか、と内心ツッコミを入れたくなった。
「ああ、ただいま」
(待っている、アンジェリーナ・コレンス。無事に帰ってこい)
宰相から事情を聴いたエルネストは、塔の内部にいる彼女に届くかどうかわからなかったが、そう祈った。




