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100年後だけれど、まだ乙女ゲームの真っ最中!?  作者: 鶯埜 餡
ヴィルトゥエル・ベグリッフ

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35/52

『愛されるもの』

 アンジェリーナは階段を再び下り始めた。

 相変わらず、塔の内部はろうそくの光だけしか光源がなく、少し薄暗いところだった。

「皆さんは大丈夫なのかしら」

 ナターリエはここにエルネスト王をはじめとして攻略対象の子孫である5人を引き込み、アンジェリーナの答え次第で世界が変わる、とも言った。そして、カルロス王はアンジェリーナが正解したので、エルネスト王を元の世界に戻す、と言ってくれた。

 もちろん、現実世界のトワディアン王国とスベルニア皇国の人間が砂嵐によって5人ほど行方不明になっているので、彼らの言葉を額面通りに受け取るのであれば、彼らはここに引き摺り込まれたので間違いないだろう。しかし、彼らの無事を確認していないので、本当に彼らがここに引き摺り込まれたのか、そして、もし仮に本当に引き摺り込まれていた場合、エルネスト王が無事に現実へ戻されている確率は半々だ。

(信用勝負、って言ってもいいくらいだわね)

 アンジェリーナはナターリエやカルロス王の言葉を信用するかどうか決めかねていた。

 そして、しばらく歩いていると、前方に人影が確認できた。

(あれは、()か――――――)


 彼とは髪型や顔のタイプが違うとはいえ、燃えるような緋色の髪の毛にスベルニアグリーンと呼ばれる皇族だけが持つとされる色の瞳を持つ男。先ほどのエルネスト王とカルロス王ほどではないが、やはり彼らも同じ血をひくものだからかどこか似ている。髪色と瞳の色さえ彼と同じであれば、ゲオルグ皇太子とも似ている。

「初めまして、ヨハネス帝」

 アンジェリーナは近くで立ち止まり、彼に挨拶した。

 近くで見る彼もまた、ゲーム内で見た彼よりも数十年、年を取った姿だった。しかし、彼の髪色と瞳の色に黒い軍服のような正装は良く似合うと今でも思ってしまう。

 彼は近づいてくるアンジェリーナに気付かなかったのか、彼女の呼びかけに驚いていた。

「―――――――ああ、はじめまして、お姫様」

 彼はゲームで見た時と同じような声で、アンジェリーナに手を差し伸べた。彼のその細やかな所作にときめいたのか、今、置かれている状況をすっかり忘れ、そもそも彼推しではなかったアンジェリーナもうっかりときめいてしまった。

「え、ええ」

 だが、触れ合う寸前で我に返ったアンジェリーナは手を引っ込めた。少しヨハネス帝の顔に寂しさが浮かんだので、心の中だけでアンジェリーナは謝った。


 ゲーム内での彼はこんな設定だった。

 ヨハネス皇太子――――――本名:ヨハネス・スベルニア。

 彼はステファン帝の第二皇子として、すでに兄が立太子されている状況で生まれてきた。そのため、周囲からは兄と比較されなくても、政治の駒としての利用される可能性もあった、という事情により、周囲はあまり目立つようなことはせず、常に兄を引き立てるように努力していた。そのおかげか学問も武術も成績は非常に良く、兄でさえ他の文官以上に彼をそばに置いていた。

 それくらい異母兄のアウグステ皇太子本人とは仲が良かった。

 しかし、ある時、皇太子は皇帝に反逆を企てたとしてその地位を廃された。しかし、その内容は兄が考えたとは思えない方法だったこと、そして、皇帝の改革の真っ最中というかなりいいタイミングでその断罪が行われたため、ヨハネスは原因の一端がトワディアン王国にあるのではないかと考え、王国に来る、というところからゲームが始まる。

 ちなみに、この皇太子ルートを選んだ際は、ゲームの中では唯一、宰相ベネディクトの暗殺がカギになっていない。彼ルートの場合はこの兄の反逆事件がカギとなる。

 最終的に、兄は実際には反逆を企んではいなかったことが明らかになる。しかし、彼の実家は実母を含めて非常に浪費家が多く、彼が皇帝になった時のことを考えた後の行動だった。しかし、ただ単に彼が辞退しただけでは、あの手この手を使って彼が皇太子から退くのを防がれたり、たとえ辞退することに成功したとしても再び担ぎ出されたりする可能性が高いので、あえて、自分に瑕疵を作ることによって、その可能性をつぶしたという。

 この時、彼に入れ知恵したのは元皇族であるヒロインの父親、クリストであり、ハッピーエンド以外では全て彼が皇族に復帰、皇帝になる、というエピローグを迎えている。


 ただ、現実では彼が皇帝になっている、ということはすべてが上書きされた、というわけではないだろうが、ゲームとしてはハッピーエンドを迎えたのだろう、と考えられた。そして、物語(ゲーム)内での彼同様、普段はおとなしい性格のようだ。

「彼らは迷惑をかけていないだろうか」

 ヨハネス帝は少し疲れたように問いかけた。

「―――――ああ、ゲオルグ殿下とカール様のことですね。あの二方でしたら、迷惑はかけられていませんよ。むしろこちらが迷惑をかけてしまって」

 アンジェリーナはヨハネス帝の言う『彼ら』が誰を指すのか、一瞬分からなかったが、可能性のある二人をあげると、そうか、とだけ言った。どうやらアンジェリーナの読みはあっていたみたいだった。

「ただ、カール様には出会ったその場で求婚されましたが」

 アンジェリーナがそう付け加えると、ヨハネス帝は思い切り顔を顰めて、平謝りした。

「――――――――――――――すまない」

 彼のその言葉に、アンジェリーナは少し呆気にとられたが、すぐに気を取り直し、いいえ、構いません、といった。事実、あの時も、すぐにアンジェリーナの的を射た拒否によって、事なきを得ている。

「そうか。ならば、その言葉に甘えさせてもらうことにしようか。しかし、この塔は陰鬱だと思わないか」

 ヨハネス帝はアンジェリーナに同意を求めるように尋ねた。

「君は知らないかもしれないが、私は晩年、ある罪によってここに似たような建物に捕らわれた。もちろん、その罰は真っ当なものであるから、私を幽閉したものに恨みはない。だが、死してもこのような場所に呼び出されて、いささか気が滅入ってね」

 ヨハネス帝の言葉に、アンジェリーナは驚きを隠せなかった。

 彼女の知るヨハネス帝は、ゲーム内での彼であれば、冷静沈着であり思慮深い性格、そして、過去の人物として、であれば、閉鎖的なスベルニア皇国内の中では穏健派―――――ある意味では保守派ともいうが――――――の代表格である彼がまさか何か罪を犯しているとは信じられなかった。

「もちろん、対外的には都合が悪いから、私は病気静養のために政務から引退した、と発表された」

 彼は取り乱すこともなく淡々と説明した。そんな彼の死の真相について、アンジェリーナは気になったが、今はそれを聞くべきところではないと口をつぐんだ。

「そこで、君に質問だ」

 ヨハネス帝は静かに問うた。アンジェリーナはこの時が来た、と顔をあげる。ヨハネス帝と目が合い、その瞳に吸い込まれそうになるのをこらえた。


『陰に咲き、陽にあたらず散っていくものとは何か』


 静かな問いが彼女の脳内で駆け巡る。

「陰に咲き、陽に当たらず当たらない―――――?」

(先ほどと同じならば、おそらくこの質問はヨハネス帝にかかわってくるもの、もしくは人物)

 ナターリエはそもそもアンジェリーナの『答え』といっただけであるので、このように続きで過去の人物に遭うとも思っていなかったし、質問されるとも思わなかった。そして、カルロス王の時は『生き様』と質問の中に含まれていたので、人物だと想像できたが、今回はそういうわけにもいかない。質問の答えが人物であるとも限らないし、無機物であるかもしれない。

「雪、と答えたいけれど、スベルニア中部以南はほとんど雪の降らない地帯。もし、あなたが本当に離宮に幽閉された、というのであっても山奥に離宮は過去も含めて存在しない。だから、おそらく雪という答えにはならない」

 アンジェリーナは頭の中で答えをまとめ始めていた。

「そして、あなたにかかわりの深い人物と考えると――――――――――まさか」

 だが、その思考は途中でやめざるを得なかった。

 彼の罪。彼が離宮に幽閉された理由。

「まさか、いえ、どうして、あなたはそんなことを―――――――」

 彼女は正しい(・・・)歴史書に書かれていたことを思い出した。

 彼が即位と同時に定めた皇妃(つま)の名前は、ミスティア。その名前には聞き覚えがある。現皇帝ステファン帝の妻も同じ『ミスティア皇妃』であるが、ヨハネス帝の妻の名前こそ、彼女(ミスティア皇妃)の名前の由来となった人物であり、悪役令嬢(・・・・)、ミスティア王女だ。

 彼女は本物の歴史では、ベアトリーチェがクリスティアン王子の妃となった時に起こった『スフォルツァ事変』で、アリア・スフォルツァ、リリス・スフォルツァ、そして、フレデリカ・スフォルツァという、血のつながりのある三人が処罰された後も、そのまま政治的思惑が働いたのかスベルニア皇国に嫁いでいる。

「あなたは、スフォルツァ事変の直後に周囲の反対を押し切って迎えたのではありませんか―――――――――そして、あの方を終生、大切にした、と歴史書には書いてありました――――――」

 アンジェリーナは気づいてしまった真実が嘘であることを祈りながら、ヨハネス帝に尋ねた。だが、その願いはむなしく、ヨハネス帝は無表情のままそうだ、と言った。

「よく気付いたな、『選択の姫』よ。だが、それは真実とはかけ離れている」

 彼は自身の手を見ながら、しゃべりだした。

「私は周囲の反対を押し切って彼女を妻に迎えた。だが、家臣どもは面倒くさい事情を持った彼女に対してうるさいのを感じ取り、彼女は私に対して心を弱らせたようにみせた。彼女のことを理解していなかったのだろうな、私は彼女が本当に心を弱らせたんだと思い込んで離宮へ移した。

 しかし、彼女が心を弱らせたのはあくまでも見せかけでしかなかった。

 彼女は私、いや質素・倹約を重んじるレゼニア教の色が強かったスベルニア皇国という国が嫌いだった。離宮へ避難したのち、彼女はどこで知り合っていたのか、スルグラン国の騎士と結託し、この国を崩壊させようとした。さすがの私もこれ以上かばいきれない、と思って彼女を殺さざるをえなかった。だが、これこそが彼女の真の狙い。彼女が結託したと見せかけたスルグラン国の騎士というのは存在せず、この国を崩壊させようとしたのも嘘だった」

 ヨハネス帝は一度、言葉を止めた。アンジェリーナは聞かされている事実にただ、瞠目するしかなかった。

「じゃあ、この『芝居』によって誰が最も得するのか、その答えはすぐに分かった。それは私の即位を良しとしない者たち、レヴェンタール大公、すなわち私の従弟であるアウグステによって追放された者、特に私の異母兄(あに)であり前皇帝の第一皇子の母親の実家の人間をはじめとした反皇帝派の者たちだ」

 ヨハネス皇帝の言葉に、アンジェリーナは理解した。彼女の表情に表れていたのだろう、ヨハネス帝は頷いた。

「そうだ。だから、私は『皇妃ミスティアを無実の罪で殺した』という罪名で、離宮に幽閉され、新たに私の甥にあたる皇帝が立った。

 だが、私はそうであってものミスティアを皇妃としただろう。なぜなら、最初にあった時から彼女は被害者(・・・)であり、私にとっては守りたい存在だったから、な」

 彼の言葉にアンジェリーナはかける言葉が出なかった。その様子に彼は微笑んだ。

「もう、私に与えられた時間は終わるようだ。

 君もいずれ分かるときが来る。君は質問に対して、正確に言えば答えてはいないが、君がこの質問が彼女のことだと理解したことまででも評価はできる」

 そう言って、ヨハネス帝もまた指を鳴らすと、金色の光が弾けた。


『ゲオルグを帰還させた。残り四人だ。さあ、行きなさい』


 アンジェリーナは彼に促され、さらに、階段を降り始めた。

 彼女は今度は後ろを振り向くことができなかった。

今週は一回のみの更新とさせていただきます。


うん。見事にカルロスさんの不遇っぷりが…( *´艸`)

前作『ラブデ』との絡み上、ヨハネスさんの方がどうしても説明が長くなってしまう存在なんですがね…

ちなみに、『転生ざまぁ』の方で実はヨハネスさん、名前だけ出てきます。お気づきの方も見えるかもしれませんが…

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