意図
「綺麗だわね」
アンジェリーナは深呼吸した。
目の前の風景は前世でいうところの田園風景と街並みが見事に調和していた。
「ああ。あんな襲撃事件が起こったとは思えないほどにね」
エミリオはつばの広い帽子を目深にかぶり、目を伏せた。アンジェリーナもいつも着るような裾が広がったものではなく、(言い方は悪いかもしれないが)貧乏貴族の娘が普段、着るような動きやすいものである。
「―――――本当ね」
アンジェリーナも目を伏せた。二人とも口にはしなかったが、護衛騎士のことを気にしていた。
「でも、今はどうしようもない。ただ、残されたことをするしかないわね」
「ああ」
それから、二人はそれぞれ襲撃があった場所を見に行った。すでに馬車の残骸は片づけられており、血痕も残っていなかったことから、誰かが片付けたのだろう、とこれ以上の捜索をあきらめた。
そのあとは件の馬屋に行き、先日の礼と、馬を譲り受けるための交渉をした。店主は最初、渋ったが、交渉中盤でエミリオが差し出した宝石に目がくらんだのか、手のひらを返したように了承してくれた。
二人はありがたく馬を譲り受け、皇都に戻った。
襲撃現場からは収穫を得なかったが、もう一つの用事――――これ以上彼女たちが襲われないための保険を得ること―――をこなしに行くことにした。
レゼニア教の本山がスベルニア皇国にあるわけではないが、『蓮まつり』のために訪れており、スベルニアに滞在するときに泊まっている施設に行くと、まだ、彼の姿があった。
前世の歴史の授業で宗教者の腐敗ぶりを聞いたことがあったアンジェリーナは、この世界でもそうかと思っていたので、この部屋のシンプルさに少し驚いた。
「そうか。まさか、君が我に助けを求め来るとは思わなかった」
ヴァンゲリス宗主は目を細めながらアンジェリーナを見た。その宗主の目は以前、アンジェリーナから皇妃について尋ねられた時に『本物であり本物でない歴史書』を突き付けた時の目だった。
「ええ、私としても非常に迷いました。しかし、なぜ私たちが襲われたのか、いまだにわかりませんから。ですが、あなたという保険を手に入れなくては勝てない気がしました。だから、こうやって参ったのです」
ここではエミリオではなく、アンジェリーナが交渉権を持っている。彼女は宗主に対して非常に失礼な言い方をしたが、彼は何も言わずにただ黙って、アンジェリーナの方を見ていた。
「私たちはトワディアンから王家所有の馬車でこちらに来て、帰ろうとしました。普通、そんな馬車を堂々と街道沿いで襲撃しますでしょうか。私だったらそんなリスクの高いことは犯しません」
アンジェリーナは今までに考えてきたことを淡々と述べた。
「それに、彼らは私たちが逃げ出しても、反応せず、大声で『皇都に行く』と叫んでいても、ここまで追ってくる気配は感じられません。
だから、私はこれが私たちを狙ったのかわからなくなりました。
それらを踏まえて私はいくつかの可能性を考えてみました。
一つめは、依頼主もしくは襲撃者が大馬鹿者だった。
二つめは、依頼主は私たちが国へ帰るのを阻止したかった。
三つめは、依頼主はトワディアン王国とスベルニア皇国の間を完全に引き裂きたかった。
私はそのどれもがありうる話だと思っています。しかし、そのどれをとっても、スベルニアに喧嘩を売る話でありますが、今のこの国にはその余力はないですよね。だから、あなたが頼みの綱なんです、ヴァンゲリス宗主猊下」
アンジェリーンはそこまで言いきった。エミリオはアンジェリーナの考えを聞いていなかったが、彼が考えていたこととほとんど同じだったみたいで、あまり驚いた様子はなかった。
「なるほどな」
ヴァンゲリス宗主は唸った。少しの間、三人の間に沈黙が落ちる。
「わかった。その頼みを聞こう。
もし、君たちが帰国したのちは、『レゼニア教宗主』という後ろ盾をトワディアン王国に与え、君たちには帰国するときに我の護衛戦士を貸そう」
宗主の言葉に、アンジェリーナは驚いた。何かしら条件なり制約なりを付けてくると思ったからだ。一方のエミリオは訝しんだ。
「なぜ、あなた様はそこまでのことをしてくださるのでしょうか」
「エミリオ様」
アンジェリーナはエミリオを制止しようとしたが、ヴァンゲリス宗主は笑って、答えた。
「さすがは英邁の公爵子息よ。そなたの言うとおりだ。本来ならばトワディアンなど取るに足らない国だ。滅びようとも構わない国の一つ。だが、その令嬢はそなたと同じだ。その意味が理解できたのならば、我が助ける理由も見えてくるはずだ」
アンジェリーナもエミリオも固まった。
(私とエミリオが同じ?)
アンジェリーナは宗主の意味が全く分からなかった。エミリオもさっぱり分かっていないようだった。
「まあ、よい。何はともあれ、我は君たちに力を貸す。帰国するときは声を掛けなさい」
そう言って、宗主は二人を部屋から追い出した。
「君たちを襲った犯人につながる手掛かりはあったのか?」
皇宮に戻ったアンジェリーナたちはちょうど政務終わりのカールと会い、お茶がてら話をしていた。
「いいえ、全くと言っていいほどになかったわ。でも、別件でなら収穫はあったわね」
アンジェリーナは宗主の『そ』の字もにおわせないように微笑んだ。
「そうか。なら、よかったのかもね」
カールは少し寂しそうに笑った。彼らしくない笑い方にアンジェリーナは戸惑った。
「何かあったのですか?」
少し嫌な予感がした。まさか―――――
「僕も皇帝陛下や皇太子殿下の下へ行くことになったんだ」
カールがこともなげに言った一言は、思いのほか、アンジェリーナたちに驚きをもたらした。
「まあ、戦況は不利らしいから仕方ないだろうね。ああ、君たちの件はすでに陛下たちに報告してある。一応、スベルニア国内で起こった事件だから、ね」
そういって、一通の手紙を差し出した。手紙は戦場で書かれてはいたものの、明らかに皇帝からの親書であり、それを受け取って、読んでみると、『トワディアン王国と同盟を結びたい』(要約)と書かれていた。
「早く国に帰らなきゃ」
アンジェリーナのつぶやきにエミリオも同意した。
「ありがとう、ゲルッテン伯爵様」
カールに頭を下げるといいや、という声が聞こえた。
「君への謝罪の一環だから、ね」
「え?」
アンジェリーナには全く理解できなかったが、気にしないで、とカールは笑う。
「また、どこかで会おう」
その言葉には迷いなく頷けた。
「では、申し訳ありませんが、護衛をお願いいたします」
アンジェリーナとエミリオは荷物をまとめ、再びこの場所にやってきていた。目の前の人物は頷く。
「もちろんだ。では、頼むぞ」
周りの屈強な戦士たちは御意、と敬礼し、ぞれぞれの配置についた。無茶な頼みを引き受けてくれた御者は心なしか筋肉の塊に怯えている気がしたが、申し訳ないながらも無視させてもらうことにした。
そうして、アンジェリーナとエミリオは二度目の帰途についた。




