交渉
二人は朝食を食べ終えると、馬を繋いであった場所から外し、皇都へ向かった。
「この場所は気持ちがいいね」
道中、馬を酷使させ続けるわけにはいかなかったので、近くの池に立ち寄った時、エミリオが言った。ええ、アンジェリーナは同意した。こんな時でなければ、ぜひともゆっくりと散策したい場所だった。
それから少しの休憩を取った後、再び、馬を走らせて二人は皇都に入った。
「検問がなくなっているのに、街の様子は変わらない――――?」
どうやら、あの後、検問を廃止したらしい。一方、皇都の様子は侵攻が始まったからと言って、激変していなかった。
「そうみたいだね。あの皇帝の力だと思うとぞっとするね。でも、僕たちのやることには変わらない」
そんな普段と変わらない景色に見とれそうだったが、エミリオの声にアンジェリーナは目的を思い出した。
「行きましょうか」
アンジェリーナは前を向いて、そう言った。そんな彼女のことを、エミリオは眩しそうに見つめた。
そして、少しばかり街中を進んだ。
「―――――よく知っているわね」
アンジェリーナはエミリオの情報取集能力に呆れるとも感嘆するともつかないため息をこぼした。目の前には王都におけるアンジェリーナの実家、侯爵邸よりも小さいが、さすがは皇族に連なる家、というくらいの規模の家が存在していた。
「まあね。キュシーが僕に予定をすべて丸投げした日があっただろう?その時に、あった高官の一人と話した時に伯爵閣下もいてね。余裕があるんだったら遊びにおいでって言われていたんだ」
どうやら、アンジェリーナがエミリオに頼み込んだあの日に、家の場所を聞いていたみたいだった。でも、そんな都合よく、いるわがないでしょ、とアンジェリーナは思ったが、果たしてその屋敷に主人は在宅だった。
「来てくれたんだね」
この屋敷の主人、ゲルッテン伯爵カールは少しため息をつきながら挨拶した。目の下にも隈ができていることから、しばらくは前線の皇帝たちとのやり取りや皇宮内部のことで大変なのだろう。それでも、事情を話すと、顔を顰めながらも快くアンジェリーナたちを家の中に入れてくれた。
「そうか。で、君たちの護衛たちは無事なのかい?」
カールは自ら紅茶を淹れながらそう尋ねた。
「いいえ。彼らと別れるときに、皇都に向かう、とだけ伝えておきましたので、無事ならば、私たちの後を追うか、王国へ戻って上の判断を仰ぐか、のどちらかでしょうが」
「ええ、そうですわね。なにせ、王国からここまで馬を走らせても数日はかかりますし、なにより、この国が戦争を始めた、ということはすでに間諜たちによって各国―――トワディアンにも知れていることでしょうから、彼らが王国に戻った場合だったら、上はここへの派遣を諦めるのではないかと思います」
エミリオとアンジェリーナの言葉に、カールは少し唸った。
「そうか。では、君たちはしばらく、ここに滞在したい、ということかな?」
「ええ、そうしていただけると助かります。万が一、襲撃を受けたとしてもここなら安全だと思いますので」
カールの質問にエミリオは即答した。カールはエミリオのあけすけな言い方に眉を顰めつつも、もっともだな、と言い、
「――――分かった。だが、私は皇宮へ行くからこの屋敷を空けることが多い。だから、先ごろ、君たちが止まっていた場所に泊まれるように手配する。そこなら、かなり万全な警備だ」
と協力してくれることになった。
「だが、コレンス侯爵令嬢。あなたに一つ頼みがある」
ホッとしたのも束の間、カールはアンジェリーナに何かを頼もうとした。エミリオは慌てて止めようとしたが、アンジェリーナは、これは交渉だから、黙って、と彼を制した。カールは大したことはない、という表情で、
「ここ留まっている間、皇妃殿下のお相手をしてやってほしい。やはり、祖国との戦闘ということでかなり気がふさいでいるらしい」
と言った。アンジェリーナはそんなことか、と思うと同時にやはり皇妃にとって、祖国は彼女を縛り付けるものだったみたいだ、と思ってしまった。
「わかりました」
アンジェリーナは即答した。自分にできることは少ないが、何かできることがあるのなら、という思いで引き受けた。
「ねえ、エミリオ」
先日まで滞在していた皇宮の部屋についた途端、アンジェリーナはスベルニア皇国側の人間を追い出して、エミリオと二人きりになった。最初は驚いていたエミリオだったが、アンジェリーナの真意に気付きにやりと笑った。
「おそらくは僕たちが黒幕を探し回る程度は許されるだろうが、大規模な支援はしてくれないだろうね」
彼女が言おうとしたことを先回りして言った彼に、どうする?とアンジェリーナは笑いながら尋ねた。
「もちろん、行こう」
アンジェリーナに場所を告げてはいなかったが、彼女も頷いた。
「ええ、もう一度あの場所に。そして、ヴァンゲリス宗主猊下にも会いに行きましょう」




