『もう一人』の登場
「コレンス侯爵令嬢、今度は僕と踊ってくれるかな」
エミリオと踊り終わった直後、声を掛けてきた人物がいた。黒色の髪に黒色の瞳、父帝とあまり似ていない、と評されつつも、皇太子の座に就くとき、誰も反対意見を言えなかった人物が手を差し出しながら声を掛けてきた。
「ええ、構いませんわ」
アンジェリーナは周囲の視線が集まったのに気づきながらも、これはあくまでも約束だから、と自分に言い聞かせつつ、彼が差し出した手を取った。
「これでまた、周囲がうるさくなりそうだな」
踊っている最中、彼がぼそりと呟いた。
アンジェリーナもそれには同意できた。明らかな敵国ではないにしろ、スベルニアとトワディアンの関係は悪い。おそらく大臣クラスはアンジェリーナたちの正体に気付いているだろう。かなり苦々しい視線がこびりついている。そして、二人の正体を知らない人間たちも、自国の皇太子が見知らぬ令嬢と踊っているのだから、特に年頃の親たちからすると、たまらないだろう。
「またっていうことは、前にもあったのですか」
アンジェリーナは少し呆れつつも尋ねた。
「ああ、以前、母親の親戚だとかという娘がこの国に来た時に、な」
皇太子は思い出すのも忌々しそうだった。アンジェリーナはそれ以上、尋ねる気にはならなく、何も言わずに踊った。
「ありがとう」
「ええ、こちらこそありがとうございました」
曲が終わり、アンジェリーナはゲオルグ皇太子と別れ、エミリオたちが待っているところに行こうとした。しかし、突然、後ろから腕を引っ張られた。
「きゃっ」
アンジェリーナは軽く悲鳴を上げたが、その後ろの手は放すどころか、アンジェリーナの体ごと引っ張った。
体ごと反対向きにさせられた彼女は、腕を引っ張った人物の髪の色と瞳の色を見て驚いた。
「あなたは―――――」
アンジェリーナは頭の中である人物を思い出したが、顔立ちからは同一人物ではないとすぐに否定できた。
「いえ、はじめまして、カール・ゲルッテン伯爵。私に何かご用件でしょうか」
すぐに今の名前で彼を呼んだ。すると、彼はああ、と言って、次の言葉を発した。
「コレンス侯爵令嬢、初対面で申し訳ないが僕と結婚してほしい」
『そんなのおかしいでしょ』
10歳年下の少女は笑いながら奏江の言った言葉を否定した。奏江だってそれがあり得ない話だとは思うが、少女の言葉に少し傷ついた。
『だって、ぶつかった相手に『結婚して下さい』って、その男、今まで何人に告白しているんですか』
おなかを抱えて笑う彼女に珍しいものを見た、と思ってしまった。今まで何回か会った相手だが、周りが浮かれているようなイベントでも普段はおとなしい子なのだ。
『そうよね、やっぱり』
10歳下の少女に言うことではないが、普段顔を合わしている人には恥ずかしくて言えなかった。
「は――――――」
その言葉に今まで演奏していた楽団も固まり、周りの視線もかなり痛い。当然、エミリオやゲオルグ皇太子からの視線も痛い。かわいそうな目で見られている気がした。野性味あふれる男が隣国の『碧眼の毒姫』に求婚しているのだろうから仕方ないだろうと、本人でも思ってしまった。
「お断りいたします」
針の筵ってこんなものなのだろうか、と少し冷静に考えることができるようになった後、即答した。
「あなたと結婚したところで、何のメリットがあるのでしょうか。少なくとも私にはほとんどありません。そんなメリットが少ないことをしている余裕はこちらにはありません」
断った理由もついでに言うと、『やっぱり』という声があちらこちらから聞こえた気がした。
「そうでしたか。では、これから君にメリットができるように働くから、せめて婚約だけでも駄目だろうか」
ゲルッテン伯爵は笑顔でそう言ったが、
「それもお断りいたします」
アンジェリーナは即座に断った。
「あなたもご存知のように私はトワディアン王国の侯爵家の一員です。結婚は私一人の意志でどうでもなるものではありませんよ?」
目の前の彼は彼女の言葉に少し寂しそうな顔でそうか、と呟き、
「では、一曲だけでも相手してもらえないだろうか」
と手を差し出してきた。さすがのアンジェリーナも分かりましたわ、と言い、その手の上に自分の手をのせた。
伯爵と踊っている最中、アンジェリーナは"彼"の事について考えていた。
目の前にいる彼もまた、シュガトリに出てくる人物の子孫なのが彼女にはわかった。エルネスト王やゲオルグ皇太子のように攻略対象が先祖ではなく、脇役が先祖である。しかし、その脇役は二人の先祖のルートで重要となっている。
伯爵の先祖、アウグステは生まれながらの皇太子で堅実さから非常に国民から受けが良い人物であり、異母弟であるゲオルグ皇太子の先祖、ヨハネスとも仲が良かった。しかし、ある日突然、当時の皇帝、ステファン六世に対して謀反を起こそうとしたものの、事前の準備不足により捕縛され、皇太子の位を廃された。
シュガトリにおけるヨハネス皇太子とのルートにおいて主要となる事件は、あまりにも自然すぎる元皇太子、アウグステの逮捕劇において本当の黒幕を突き止めるという内容であり、最後には主人公の父親は実は元スベルニア皇族であり、彼がアウグステ皇太子と結託していました、というオチが待っている。
そして、廃された皇太子はひとりの平民として残りの人生を送るのだが、目の前にいる彼は何故か伯爵として存在している。
もちろん、どのような事情があったのかわからないが、家名と容姿からは間違いなく彼が元皇太子の子孫で間違いないだろう。
そう、スベルニア皇室直系が受け継ぐ色の組み合わせ、燃える火のような赤髪と翡翠のような緑色――――――現皇太子ゲオルグでさえ受け継いでないその色を。
「君もしかして、この色の組み合わせに気づいていたのか」
まるでアンジェリーナの思考を読み取ったかのようにカールは問いかけた。はい、と素直に認めたアンジェリーナにカールは、
「その通りだ、僕はゲオルグ(あいつ)よりも確実にスベルニア皇族らしいと言われる」
と、こちらも素直に告白した。
「他の人は知らんが、皇太子から降ろされた爺さんも父親も母親も僕も、実家の誰も皇位は狙っていない。狙う気もない。だからこそ、君が必要だ」
カールが続けた言葉にアンジェリーナは首を傾げた。
「スベルニア皇国の伯爵位を投げ出して、僕と結婚する事によって、トワディアン王国、コレンス侯爵家の婿となる。そして、王国の一員として生きていく。リーゼベルツ出身の皇妃を持つのではれば悪手ではないかい?」
ミスティア皇妃の親戚にでもお願いできなかったのだろうか。すると、カールは顔を顰めた。
「君も知っているだろう。リーゼベルツとはすでに一触即発の状態だと」
アンジェリーナはカールがリーゼベルツを頼らない理由をようやく分かった。
「しかし、それは我が国にも当てはまるのではありませんか」
決してトワディアンとスベルニアの仲が良いわけではない。その点を突っ込まれた伯爵は笑った。
「そうだ。だが、リーゼベルツはスルグラン国と仲が良い。それは、困り物だろう?」
と、反対に彼から聞かれたアンジェリーナは言葉に詰まった。
確かにスルグラン国はリーゼベルツと仲が良い。それによってトワディアンを含めた隣接する国はリーゼベルツがいざ軍事行動を起こした時にスルグランがそれに乗じて攻めてくるかもしれない、という警戒を強めておかねばならない。そんな簡単な事を彼女は意識していなかった。
(―――――――――それでも)
アンジェリーナはミスティア皇妃の私物を借りているためか、彼女の事ばかり考えてしまう。
「まあ、今はさっきの話はなかった事にしよう。君の気が向いたら声をかけてくれ」
ちょうど曲が終わり、そのままカールは手を離してくれた。アンジェリーナは伯爵があっさりと引いた事にも驚いたが、それ以上にリーゼベルツ王国とスベルニア皇国の対立はトワディアン王国にも関係してくるのかと思うと気が重くなった。




