プロローグ~最後で最初の朝~
「大航海時代」この言葉が生まれたのは20世紀も後半になってのこと。ある者は富と名誉を求め、ある者は国家の繁栄を求め、ある者はあらたなる発見を求め、あるものは戦いを求め、ある者は……ある者は…………。
皆それぞれの想いを船に載せて、大海原へと繰り出して行く。これより5000年ほど前、人は海へと進出していった。人々を海へと駆り立てた物は何なのか? 何故陸ではなく海に求めたのか? その理由は単純にして明快である。そう、「ロマン」だ。「ロマン」が人々を駆り立てる原動力となったのだ。そして、ある少女の率いる船団も、思い思いの「ロマン」を求めて時代の歯車となっていったのだった。
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それはたしかに異様な光景だった。しかし、彼らにとっては日常の一部でありなんの不思議なことはなかった。
そう、明らかに身の丈に合っていないエプロンを着ながら朝食の準備をしている大男がいるとしても。それはあくまでも日常の一部だった。
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朝日の差しこむ部屋には食欲をそそる芳ばしい香りが充満し、起床した者の覚醒を程良く促している。ピンク色のテーブル掛けが綺麗に敷いてある食卓には、野菜とゆで卵の添えられたバカリャウ(干しダラ)の揚げ物、皿に切り盛りされたハムとチーズ、カルド・ヴェルデ、グラスに注がれた水が二人分置いてあり、中央には均等に切り分けられたパンがバスケットの中に揃えられている。
「おはようございます、ヴァンさん。今日もありがとうございます」
「気にするな、いつものことだ」
少しばかり建て付けの悪い扉を開け、部屋に入ってきた寝間着姿のブロンドの少女は、エプロンを着た大男に礼儀正しく挨拶をしながら食卓へと歩みを進める。食卓を挟み向かい合うように置いてある朝食のうち、日差しの差し込む窓から遠い方を選ぶ。射しこむ明かりに対面することによって気持ち良く朝を迎えるのが少女の習慣であった。
少女が椅子に座ったのを見計らってか、エプロンを着た大男がスプーンとフォークを並べられた食器の前に置く。
「じゃあ、食べましょうか」
少女の優しげな一言で二人はそれぞれ朝食に手を付ける。揚げ物は口に含んだ瞬間、衣が対面に座る相手に届く程の乾いた音をあげる。それでいて中身のバカリャウはとろけるように柔らかい。まさに外はサクッと中はふわっとを体現している。見事にマッチングした舌触りを楽しむと、今度は程よい塩加減のバカリャウの風味が口を覆い尽くす。ひとときの幸せな時間を味わっているところで、少女が口を開く。
「今日はちょっとだけ豪華な朝食ですね。相変わらずおいしいです。だけど、ヴァンさんのご飯をここで食べられるのも今日で最後なんですね」
心底美味しいという口ぶりの少女だが、その影には淋しさが滲みでている。いつの間にかエプロンを脱いだ大男――ヴァンはただ無言で見つめるだけだった。視線を向けられた少女は、頬を少し赤らめながら少しバツが悪そうに次の言葉を紡ぐ。
「そうですね。ようやく……今日が私にとって、いえ、私達にとっての大きな始まりですもんね。フフフッ、明るく行きましょう、明るく」
今度は陽気に笑う少女。それとは対照的にヴァンは少女から視線を外し、再び朝食を食べ始めた。このヴァンという男は、わけあって少女の家にお世話になっているのだが、元来無口なところがあり感情の起伏も非常に少ない質である。喋らなかったり、無表情であるからといって決して機嫌が悪かったりするわけではない。そんな性格を良く知っている少女は、それを気に留めることもなくカルド・ヴェルデを口に運ぶ。
暫く無言で食事を片付けていた二人だったが、バカリャウも残り1つというところで少女は唐突にこれまでの思い出を懐かしむように、感慨深げに話し始めた。
「本当に、ここでは色々ありましたね。ヴァンさんと過ごした時間はたった少しでも毎日が楽しかったです」
「……」
「昔から家はここにあったけど、お父さんの船に乗って色々なところについていったり、一時はロンドンに住んでたり、この家にずっといたってわけじゃないんですけどね。私がここに定住してからどれくらい経ったでしょう。1年位ですか? ヴァンさんと出会ったのもその頃でしたね。もう、最初はびっくりしたんですよ? 朝起きて郵便をとりにでたら家の前に人が倒れてて。でも、それも今となっては懐かしい思い出です」
「……」
「ヴァンさんと出会ってたったの一年間ですけど、ものすごく濃い1年間でした。思い出を振り返りたいとは思いますけど、全てが終わってからの肴に取っておきましょう。これからもっともっとたくさんの思い出をヴァンさんと、いえ、いろんな人達と作っていくんですから」
「……」
「もう、何か言ってくださいよお。私一人で喋っててなんだか恥ずかしいじゃないですか」
「別れの手紙みたいだな」
「何言ってるんですか、これからもずっと一緒ですよ! 言ったでしょう? 今日が始まりだって」
先ほどまで一人芝居を恥じていた少女が、愛の告白ともとられかねない言葉を何の恥じらいもなく言い放つ様相を見て、ヴァンは少しばかり可笑しくなり無表情の口元にわずかに笑みを浮かべ溜息を漏らす。もちろん、少女には悟られないように。
「ふうー。美味しかったー」
この間に朝食を食べ終わった少女が食器を流し台に運ぼうとしていた、だが、口ぶりと違ってその表情は少しこわばっていた。
「不安なのか?」
ヴァンはまるで自分のような僅かな表情の変化を機敏に読み取って声をかけた。少女は珍しくヴァンの方から声をかけてきたことに僅かな驚きを見せながら、動きを止めた。
「やっぱり、わかります? アハハ、参ったなあ。バレないように振る舞ったつもりだったんですけど」
「……」
食器を置きヴァンの方に顔だけ一瞬振り向いた少女は、朝日に照らされ輝いている髪とは対照的な表情をしていた。憂いを帯びたその表情は、整った顔立ちも相まって大人びて見えたが、まるで壊れ物のような印象を与えるものだった。
「でも、それ以上に楽しみなんですよ? やっと願いがひとつ叶うって思うと、ワクワクせずにはいられません。今ものすごく鼓動が高鳴ってます。だから――んっ!?」
食器を洗いながら今度は楽しげに語る少女の後ろに、いつの間にかヴァンが後ろに立っており、その頭を「ポンッ」と叩いた。そして、
「それでいい」
と、たった一言少女に声をかけた。
それは、少女を安心させるには十分過ぎる言葉だった。
表現力のなさと文才の無さで拙い文章となっておりますが、どうぞよろしくお願いします。




