四十一話 『決着』
一騎打ちの勝敗はほとんど決しつつあった。
アンヘルの鋼鉄の体毛はところどころ折れ、その形は原型をとどめていなかった。
突如、とてつもない魔力の本流をセズールは察知した。
それは目の前の瀕死の狼から流れるものではない。円方からこちらをじっと見つめる桃井色の髪の少女からでもない。
その後ろ、エルフの村の奥から迸るその魔力の本流にセズールの注意は惹きつけられた。
いる。この戦場に、自身の命を脅かすであろう存在が。
そう、セズールは直感で理解した。
・・・
「カミラ様…成し得たんですね。」
サクラは背後から感じる強大な気配に、作戦の成功を直感した。
経験値の分配を一任されたサクラは、始め最もステータスが高いアンヘルに分配を行おうと考えていた。
だが、そこでふととある考えがよぎった。生まれ落ちる種族は選べないが、進化は選ぶことができる。
カミラが人間の姿になったのは、前世が人間だからと言うのが大きく関係しているだろう。
同様に、アンヘルは薬売りのコボルトの記憶の一部を受けつぎ、種族を狼の姿をもつ魔物に進化させた。
本人の思いや感情、生い立ちが進化先に関わると仮定する。
その時、この戦いで最も有利な進化を遂げられるものは誰か?
この戦いに対し、最も強い感情を持ったものではないだろうか?
オーガ族に対して。
己に対して。仲間に対して。
誰よりも怒り、絶望し、感謝した者こそ、その進化を受け取るにふさわしいのではないだろうか。
「お姉様…これは一体…」
振り返れば、そこにはプラムの姿があった。
だが、その容姿は、見慣れたものとは明らかに異なっていた。
普段の衣服の代わりに全身を覆っていたのは、髪と同じ深い赤紫のドレスだった。長い髪と裾の境目は曖昧に溶け合い、遠目には、頭の先から足元まで一色に染まった細い影のように見える。血の色とも、熟れきった果実の色ともつかない、濃い赤紫。先の戦いで失われたはずの左腕も、元通りにすらりと伸びている。
そして何より、その身から立ちのぼる魔力が、桁違いだった。
これまでの彼女の魔力は、いつもどこか控えめで、輪郭の内側に慎ましく畳まれていた。それが今は、抑える素振りもなく溢れ出し、周囲の大気をゆらりと歪ませている。陽炎のように揺らめくそれは、触れずとも肌をひりつかせるほどの密度を孕んでいた。
プラムは、自分の掌をゆっくりと開いては、閉じた。
戻った左腕の感触を、確かめるように。溢れ出す魔力を、御しきれないように。何が起きたのか、まだ理解が追いついていない——その横顔には、覚醒の高揚などなかった。ただ、あまりに急に大きくなりすぎた"自分"を持て余す、幼い戸惑いだけがあった。
「……これは、一体…?」
掠れた声が、こぼれ落ちる。
その隣で、サクラはそっと目を細めた。彼女は知っている。これが、身を挺して稼がれた経験値の行き着いた先だと。最もステータスの高いアンヘルではなく、この戦いに誰より怒り、絶望し、そして感謝した者へ——分配を託された自分が、選んだ答えだと。
「カミラ様からの、最後のプレゼントですぅ」
囁くように言って、サクラはプラムの背に、そっと手を添えた。
「リベンジ、頼んだですよ。ーープラム。」
とん、と。
その手が、迷いごと押し出すように、プラムの背を送り出す。
「ーーー!」
赤紫の裾が、翻った。
戸惑いを振り切るように踏み出したその一歩が、大地を打つ。揺らめいていた魔力が、進む先——セズールへと、まっすぐに束ねられていく。
送り出された少女は、もう振り返らなかった。
・・・
「お前…やあっぱり、死んでなかったか。」
セズールは、自身の方に向かってゆっくりと歩いてくる赤紫の髪の女を見つめ、吐き捨てるようにそう口にした。
ただ穏やかな足取りで歩く彼女を、戦場の誰一人として邪魔する者はいなかった。
その場にいる全員が、彼女の圧倒的な気配に圧倒されていた。
気づけば、オーガとエルフたちの怒声にあふれていた戦場は、しんと静まり返っていた。
誰もが、目の前の争いの無意味さに気づいていた。
今から始まるであろう、その女と、セズールの戦いの結果が、そのまま戦場の勝敗に関わることを、誰もが察していた。
「前見たときよか、派手な見た目になってんなあ。仲間の血でも浴びたのかい。」
軽口をたたくセズールは、目の前の女の魔力量に内心下を巻いた。
(何があったか知らねえが…こいつから感じる魔力の強大さ、お頭に近いものすら感じる…!)
「…今更、恨みつらみを吐くつもりはないよ。お互い、やるべきことをやったまで。けど…」
プラムは一度言葉を切った。そして息を吸うと、セズールを睨みつける。
「託されたんだ、私は。悪いけど、アンタを倒す。」
「気が強い女は好きだぜ…!」
セズールが構える。それに呼応するように、プラムが魔力を開放する。そして、新たに得たスキルの名前を口にした。
「鳴命報李…!」
プラムの周囲に魔力で造られた光り輝く胞子が散布されてゆく。その一つ一つが意思を持ったかのように形を作り、気づけばそこには半透明の姿をしたエルフたちがいた。
それは、山中の戦いで散っていったエルフたちの姿をしていた。
「ハッ!死んだ仲間の幻影で人形遊びか!報われねえなあおい!」
セズールはそう叫ぶと、プラムの元へ駆けだす。
瞬く間に距離を詰めると、大ぶりの太刀をプラムに振りかざした。
ギイン、と剣同士が衝突する音がする。
その太刀を受け止めたのはプラムではなく、物言わぬ半透明のエルフであった。
(実態のある幻影ーー!これが、こいつの新しいスキル…!)
セズールは瞬時に相手のスキルに察しを付けた。
「面白え…だが、弱え!!」
そのまま全霊を込めて剣を振るえば、エルフの幻影は力に耐えきれず吹き飛ばされる。
「ちょっとひょろすぎるなあ…!束になっても負ける気がしねえ…。」
と、そこでセズールはふと異変に気が付いた。
自身の右腕に、小さな切り傷が付いている。それはいい。先ほど切り結んだ時エルフの刃先が当たったのだろう。だが、その傷口から、か細い魔力の糸がどこかへ伸びているのだ。その先を追えば、先ほど吹き飛ばしたエルフの姿があった。
「この子たちは特殊でね。」
吹き飛ばされたエルフの回りにオーガたちが集まる。だが、オーガたちの攻撃はエルフの体をすり抜け、ダメージが与えられることはなかった。その光景にオーガたちが戸惑っているのが見える。プラムはそれを見ながら言葉を続けた。
「作り出した瞬間に設定した、『対象』にしか干渉出来ない。今回の場合はセズール、あんただ。」
「しゃらくせえ。干渉出来るってこたあ、逆もまた然りだろ。俺様が全員倒せばそれで終わりだ。んなことよりーー」
セズールの顔には先ほどまでの笑みが消えていた。
(干渉云々はどうでもいい…それより問題は糸の方…!)
か細い魔力の糸は、よく見ればドクドクと血管のように脈打っている。
そしてセズールは先ほどから僅かな倦怠感を感じていた。
糸の先、半透明の剣士のエルフが、むくりと体を起こす。
その体には、先ほどよりも猛々しいオーラが流れていた。どこかオーガ族の雰囲気を放つそのオーラをまとい、剣士は再びセズールの元へと向かってくる。
それと同時、残りのエルフたちもセズールの元へと一斉に攻勢を始めた。
「切り結べば結ぶだけ強くなる人形…!しかも燃料は相手の魔力だと…?最悪のスキルだなあおい!」
そう吠えると、セズールは全身に力を籠め、達を振りかざした。集まったエルフたちはいっせいに吹き飛ばされる。だがそのいずれも、感情を持たぬように寡黙なまま起き上がり、再びセズールの元へと駆け出していく。
一糸乱れぬ連携を防ぎきれず、セズールの体には次々と小さな傷がつけられていく。そのいずれも、致命傷に及ぶような傷ではない。だがそれらは確実にセズールの魔力を蝕んでいった。それと反比例するように、攻撃するエルフたちの魔力は強く、そして荒々しいオーラを帯びてゆく。
(このままじゃあ毒みてえに蝕まれておしまいだ…!勝負をかけるしかねえ…!)
セズールは己のふりを悟ると、一度大きくエルフたちから距離をとった。
そのまま、迂回するようにして走り出す。
狙いは敵の本丸。一直線にしてプラムの元へと駆けていく。
「うおおおおおおおおおお!!!」
セズールが吠える。周囲のオーガも、エルフも、その様子を見守るばかりであった。
相対するプラムはまっすぐにセズールの方を見つめながら、構えをとる。赤紫のドレスが生き物化のように動くと、プラムの腕に巻かれていく。やがてそれは分離し、うねうねと形を変えると、手元には一本のレイピアが象られる。
正面から迫りくるセズールを前にして、プラムは一歩も動じることはなかった。
二人の魔族の構える獲物が、正面から交わる。周囲には大きな衝撃波が生まれ、うねりとなって戦場へと伝わっていく。
そのまま、二人は剣戟へともつれ込む。セズールの振りかざす太刀を、プラムが涼しい顔で受け止める。拮抗しているように見える削り合いは、徐々にプラムの優位へと傾いていく。
セズールの体から漏れ出てゆく魔力は徐々に小さくなる。
そうしている間に、その周囲を囲むように半透明のエルフたちが陣形を組んでいる。
セズールは攻撃の間にそれを知覚すると、静かに己の命運を悟った。
「…くだらねえ、ぽっと出の野郎どもに俺が負けるとはなあ…!」
戦いのさなか、そう口走るセズールの顔を眺め、プラムは思わず口を開いた。
「…分からないな。」
「ああ…?」
「…なんで、笑っている?」
そう言われ、セズールはふと、自身が笑顔を浮かべていることに気づいた。
先ほどまでの怒気に満ちた顔と違い、セズールは苦しいながらも僅かに口の端を歪めた。
一歩引き、プラムに剣先を向けると、そのまま口を開く。
「…本望だなんて思っちゃいねえが。---自分より強いやつに倒されるなら、それは納得がいく。」
そのまま空を仰ぐと、セズ-ルは散っていった仲間たちの顔を思い浮かべる。
「…あいつらも、毒なんかじゃなく、そう死にたかったハズだろ。」
戦いの中に生まれた一瞬の空白。
敵の言葉を飲み込むと、プラムは口を開いた。
「…そっか。つまんないこと聞いて、悪かった。」
「構わねえよ。」
ふん、と鼻を鳴らし、セズールは視線をプラムに戻す。そのままの勢いで、腰を低く落とした。
「容赦はしないよ。」
その構えから覚悟を感じ取ったように、プラムもまたレイピアの切っ先をセズールに向ける。
「…くくく。舐めたセリフ吐きやがる。それもこんなガキによ。…いつぶりだ、んなこと言われるのは。」
セズールは刹那の間に、自身の人生を悔悛した。初めて腕っぷしで負けたのが、眷属に下ることを決めた今の主との一戦である。それから長い間、徐々に大きくなっていくオーガ族の命運とともにセズールの人生はあった。
近頃はどこかその様子をおかしくさせ、半ば暴走気味になっている自身の主の姿を思い出し、僅かに後悔を残しながらも、セズールは思考に区切りを打った。
息を小さく吸うと、セズールは背後を振り返り、戦場に向かって吠えた。
「お前ら!!!!俺が死んだら必ず投降しろ!!!どれだけ恥辱にまみれてもーーー命を拾え!!!」
戦場の空気が震える。もはや瀕死といってもいい様子の魔族が放つ言葉には、その状態を一切気取られぬほど強い意志が込められていた。
「お、お頭…!」
「糞が!インチキのエルフ共が…!!」
敗北を半ば認めたといってもいい主の言葉に、オーガたちの中に動揺が走る。
その様子を眺めながら、セズールは再び前を向いた。
「あいつら、馬鹿だから言うこときかねえ野郎もいるだろうが…誇りってもんがある。精々付き合ってやってくれや。」
「…私は、そういうの好きじゃない。ーーけど、了解。」
プラムは真剣な表情のまま、こくりと頷いた。
両者の間にそれ以上の言葉はなかった。
プラムの構えるレイピアが一際強く輝き、その刀身に魔力が宿っていく。
それを見て、セズールが雄たけびとともに駆けだした。
もはや何の工夫もない、大ぶりな一撃。セズールの全身全霊を込めたそれをプラムは真正面から受け止める。ひときわ大きな衝撃波が戦場に放たれる。プラムのレイピアがセズールの太刀を跳ね返し、その巨漢の体がわずかにぐらついた。正面から自身の全力をはじき返され、セズールの表情が一瞬驚きに満ちる。
そのわずかな隙を見逃さず、プラムのレイピアが凄まじい速度でセズールの胸元へとせまる。
その切っ先がセズールの胸に触れる寸前。
永きにわたって地下世界の一角を支配したその魔族は、ふっと小さく笑みを零した。
・・・
戦場を再び静寂が支配した。胸元を貫かれ、どくどくと血液を溢す巨大なオーガと、その前に立ち尽くす女の姿が、その戦場の勝敗を物語っていた。
固有のスキルも持たず、持ち前の膂力と知略だけをもって三大勢力の位置派閥を支え続けた英雄の死。その事実はオーガたちに深い悲しみと、怒りを与えた。
結局、戦いから投降したオーガはセズールの意思をくみ取った全体の半数ほどにとどまり、残りのオーガたちは息絶えるまで戦い続ける道を選んだ。
彼らの多くは、プラムと、彼女が生み出したエルフたちの軍勢によって、苦しむことなくその命を散らしていくのだった。
投稿遅れて申し訳ありません…!
いつも読んでくださっている方、本当に本当にありがとうございます。
ブックマークや応援コメントなど大変励みになっております…!
今回を持ちまして、三章完結とさせていただきます!
長きにわたってお付き合いいただきありがとうございました!
さて、今回の話までかなり気合で書き上げてしまった分、修正箇所が多く。
大変申し訳ないのですが、一旦更新を停止して各所の修正とブラッシュアップをさせていただければ幸いです…!
1週間後に投稿再開できればと思っております!
またその際修正箇所告知させていただきます!
大変恐縮ですが、引き続きよろしくお願いいたします。




