閑話-12 ヨウ化ペンタフルオロエチル
私はこの3月末で定年退職を迎える。
研究室を畳むために、試薬の廃棄を行わなければならない。最後の院生の山井君が片付けを主導してくれる。たいがいの試薬やサンプルは彼が片付けてくれた。
如月2月のはじめになって、最後にいくつかの試薬が残った。主に常温でガス状の物質である。そう、臭化メチルのような物質だ。特に私の研究室は有機フッ素化合物を取り扱っていたため、揮発性の高い試薬が多い。そのような化合物はバルブ付きのミニ・ボンベに入っている。
その日、私は白衣を着ていなかった。洗濯中であった。下着の上にワイシャツとネクタイ、その上に厚手のジャケットを着ていた。
「先生、このボンベですが…」
山井君が一本の高さ10 cmほどのボンベを私に手渡す。軽い。ほぼ空っぽだと思われる。
「どれどれ? ヨウ化ペンタフルオロエチルか…沸点は12℃。常温で気体かぁ。」
私は高さ10cmほどのボンベを振ってみた。加圧状態であれば、中身は液化している。しかし、ボンベは軽いカラカラという音を立て、中に液体がある様子はない。
「空っぽぃ音ですね。」
「おそらく空..だな。まあドラフトで開けてみよう。」
ドラフトの中で少しだけボンベのコックをひねってみた。何もおこらない。もし内圧がかかっていれば、ボンベのゴム管につないだガラス管からの噴出音が聞こえるだろう。
私は《やっぱりこのボンベは空っぽだ》と判断した。
「空っぽだな」
「空っぽですね。」
「じゃあ、ボンベを分解して捨てよう。」
私はゴム管をバルブから抜いた。その瞬間、『シュー』と大きな噴出音とともにボンベ内の液体まじりの気体が吹き出した。
「うわっ!」
私は息を止めて、ボンベを逆さまにして廃液タンクの口に差し込んだ大きなプラスチック漏斗の上に投げ込み、直ぐに後ろに飛び退き、ドラフトを背にした。文字通り『背に腹は代えられない』だ。
「うほっ!」
横で山井君のまぬけな驚きの声が聞こえた。
その後、2〜3秒?で中身の噴出は終わった。中身のヨウ化ペンタフルオロエチルは、…まあ、分子量からしても重いガスだから、廃液タンクの中に入っただろう。中の有機溶媒にとけ込めば気散することはないと判断した。
10分ほど経ってから、ボンベのバルブをプライヤーとモンキーレンチで外し、中をアセトンで洗浄し、金属ゴミに捨てた。
ゴム管からガラス管を外したところ、ガラス管ではなく口径5 mm、0.3 mLのミクロのサンプルチューブであった。サンプルチューブの底をゴム管に差し込んでめくらにしていた。だから、内圧がかかっても中身が噴出しなかったわけだ。しかも冬の寒々しい実験室の室温はそんなに高くなく、液体は少しの圧力で気化せずにいたらしい。
「まいったな!」
「驚きましたね!」
間抜けな会話の後、私は教授室に引っ込み、試薬の染みたジャケットを着替えた。しばらく放置しておけば、わずかに残った試薬も気散するだろう。
念のため、ワイシャツも着替えた。でも、下着のシャツは..《まあ良いだろう》と着替えなかった。寒かったし、昼間から上半身裸になるのははばかられた。
♬ ♬ ♬ ♬ ♬
あの噴出インシデントから一週間後、私の上半身は腫れた。皮膚が角質化してボロボロになり、ひび割れた皮膚の隙間からリンパ液が染み出した。典型的な炎症症状であった。痛みより痒みがひどかった。症状はアンダーシャツの範囲に広がり、腕もしばらくは同じ症状を示した。
「まいったな。」
ヨウ化メチルにより与えられた有機ヨウ素化合物のの呪いはあれから43年経っても解けていなかった。
♬ ♬ ♬ ♬ ♬
あれから4ヶ月、この原稿をアップロードした6月中旬の時点で、もう痒くはないけども、腕にはまだいくつかのかさぶたの跡が残っている。老人班のシミのように見えて、…イヤだ。背中は大分ましになっているようだが、まだまだ痒い。




