018-耐震補強 2 <地盤>
「よくわからないから聞くんだけど、何で、今さら耐震改修なんだい?」
安野の質問に橋本君は少し苦い顔をして答えた。
「うちの大学は最後の方に周ほされていたんですよ。ほら、吉備地方は大きな地震が起きないから、って。 他大学ではすでに多くの建物が改修されてますよ。」
「いや、1990年代ころから改修し始めていたことは、何となく知ってたけど。いやだからなおさら『今さら』と思うんだ。 僕はてっきり耐震改修の必用はないと判断されていたと思い込んでいた。」
「先生、甘いっす。甘いですよ。チクロのように甘いっす。サッカリンのように甘いっす。」
「そこはアスパルテームにした方が今時はわかりやすいよ。」
「それはどうでも良いんですが、1981年の耐震基準改正前に建てられた建物は、今回の改修の対象になります。 それ以前に建てられた建物のうち、改修の対象にならないのは、…本部等前の2階建ての守衛所ですね。明治か大正時代の木造建築です。」
安野は橋本君に淹れたてのコーヒーをサーブした。
「ところで、僕の研究室は今度、工学部1号館に移るんだよね。」
「そうですね。たしか南側の3階ですね。」
「今、居る大学院棟は改修の対象外なの?」
「そうですね。」
「基準改正後に建てられたから?」
「そうです。」
「ぼろぼろの工学部1号館よりこっちの方が安全そうだけどねぇ。」
橋本君は少し首をかしげてから、少し思案して言った。
「そうでしょうか?」
「この建物に何か懸念があるのかな?」
「内緒ですよ?」
と念を押してから橋本君は説明し始めた。
「ここ、地盤が悪いんです。」
安野は復唱した
「地盤?」
「そう地盤です。 先生はこのキャンパスが後ろの演習林の山の麓の扇状地にあることはご存知ですよね。」
「もちろん。環境センターの会議で井戸水の水質検査の話しを聞いたよ。」
「豊富な井戸水はこの扇状地の伏流水です。このキャンパスの地下にも何本か水脈があります。結構な量が流れています。その水脈の一つが工学部1号館の北東角から大学院棟の方へ流れています。その線上では若干の地盤沈下があります。」
「えっ? そうなの?」
「1号館北東角の階段のところに行くと、階段が一段だけ増設されていますよね。一段分は地盤が沈下したということです。 それでも、うちのキャンパスは土地が露出しているから、地盤沈下を視認しやすくて良いのですが、コンクリやアスファルトで覆われている場所は突然穴が開くおそれもあります。」
「シンク・ホールか…何か考えなければいかんなあ。」
「sink です。thinkじゃありませんよ。」
橋本君は律儀に安野の駄洒落を拾ってくれた。
「ばれたか。このことは周知されているの?」
「知る人ぞ知るですね。 でもって、この大学院棟も建築中に少し地盤が沈下しました。だから、少しだけ建物が歪んでます。」
「うっそ〜」
「ほんとですって。ほら、窓枠が同じ方向に少し歪んでいるから窓を閉めた時に上側が3mmほど噛み合ないでしょ?」
「本当だ! ピサの斜塔かな?」
「あそこまでひどくはないけど…そうですね。」
橋本君はコーヒーを啜ってから話しを続けた。
「ということで、先生が大学院棟から工学部1号館に移るというのは、そんなに悪いことではないと思いますよ?」
「この大学院棟の正面(西側)の玄関前に水たまりが出来やすいのもその地下水脈が関係しているのかな?」
「さあ、どうでしょう。でも、何かの関係があるかもしれませんね。…その辺りの古い樹木の根が上がって露出ぎみですよね。」
橋本君のコメントに安野は黙り込んだ。




