不自由な自由
ラズベリーナ・ナビラス侯爵令嬢は、筆頭王太子妃候補だと噂されていた。
蜂蜜色の髪と紫水晶の瞳を持つ才女と言われ、顔立ちは父侯爵に似ており、髪色と瞳の色は侯爵夫人の色を持って生まれた。
美しさは既に13歳で完成したと言われ、周囲の令嬢からは憧れとやっかみを受ける立場である。
愛されて育った娘には10歳年上の既婚の兄がいたことで、何れは何処かに嫁ぐことになる。それが王家となれば、非常に素晴らしいことだと親族達も無責任に騒いでいた。
その声はラズベリーナにも届き、彼女は期待のままにたゆまぬ努力を続けていた。
(今度こそ、失敗はできないの。幸せになってみせるから!)
彼女にはいつも焦りがあった。
彼女はまだ婚約者がいたことはないのに、今度こそといつも思うのだ。
両親は彼女に、王太子妃になることを望んではいなかった。思い込んだら視野が狭くなるほど集中する娘には、権謀術数渦巻く王宮は向かないと思っていたからだ。
何と言うか、要領が悪いことに気付いていたからだ。
努力をして知識を吸収することは可能だが、苦手な分野ではかなり無理をしていたことも知っていた。
周囲が思う才女とは遠い、努力の人だった。
悟らせない取り繕いだけは何故かうまく、辛さを晒さないのが痛々しく感じるほどで。
「ベリーナ、よく聞いておくれ。お前の兄ルグランは王家筋である公爵家のタマミを妻に迎えているし、家は政略結婚など不要なのだ。だから、好きな人を選んで伴侶にして良いのだよ」
「そうよ。王太子ってちょっとクセが強いし、お母様は苦手だわ。優しいお婿さんが良いなぁ~」
父公爵であるマルクスと母ラルミーは、ラズベリーナに優しく話す。わざわざ重責を背負うことはないのだと。
ルグランより10歳下のラズベリーナは、彼ら夫婦に楽しい思い出をくれた愛しい娘だ。幼い時は無邪気に笑っていた娘は、社交界(子供のお茶会など)に参加してから変わっていった。
見ていて痛々しいくらいに。
「でも私が王家に嫁げば、家の繁栄に繋がるのではないですか? それともお父様は、私には無理だとお思いなのですか?」
ラズベリーナの目には涙が溜まり、絞り出すような言葉はまるで悲鳴のように聞こえた。
「まさか……そんな訳ない。俺は、俺は、あいつの女グセが許せないんだよ。金と権力に靡いてくる女達を、自分が格好良いからだとか思ってるナルシスト野郎が! 女達は金目の物を貰えば、すぐに消えるようなアバズレばかりなのに、何故気付かんのか? ああ、バカだからだろうな。 良いか、ベルーナ。俺は王太子妃になる為に努力するお前には不足なんてないと思っているよ。でもなあ、王宮は伏魔殿だし嫌な奴が多い。下手をすると言葉だけでなく危害を加えてくる奴もいる。特に高位貴族は逆らえない寄子貴族を使って、責任も取らずに仕掛けてくる悪いのもいるんだ。そんな地獄に送りたくないんだよ。だから泣くな」
父マルクスの方が泣きそうである。
いや、ちょっと涙が溢れていた。
誤魔化せないくらいに。
それに母ラルミーからも、王太子であるブルーギルトや国王ザットンへの暴言が続く。
「お母様も、王家の人間って嫌いなの。親も親なら子も子だわ。節操なしなところがそっくりよ。本当にマジで危なく、国王 (ザットン)の3番目の側妃にされそうだったんだから。大して大きな国でもないのにさ。マルクスが『もう婚前交渉が済んでるから、側妃は無理です!』って断ってくれたから逃げ切れたのよ。あ、それは嘘だったのよ。彼って奥手で、その時はキスもまだだったんだから。一応名誉の為に言っておくわね」
「ちょっとラルミー、余計なことは言わなくて良いから」
「いや、だって。父親が軽い男だと思われたら嫌でしょ?」
「それはそうだけど……。ゴホンッ、えーと、まあ、そう言う訳だから、王太子妃はやめておきなさい。女グセだけでなく、バカ王子はおつむも壊滅的だから。仕事も押し付けられる未来しかないぞ!」
両親共に、不敬罪レベルに口が悪い。
それでも大丈夫なのは、侯爵家の使用人みんながフレンドリーだから。
両親共に外面は完全武装で完璧だが、侯爵家にいる時は素が丸出しだ。
当主と使用人と言う感じではなく、仲間みたいに暮らしている。
来客があれば、完璧に主従を演じているけれど。
母ラルミーが辺境伯家出身で、嫁入りの時連れて来た使用人は男女共に全員軍人だった。
ラルミーLoveの父は、家の使用人の統率を母の使用人に任せることにした。その結果王家やらライバル貴族からの間諜を調べあげ、簡単な冤罪を被せて追い出したのだ。
残ったのは心から侯爵家に忠誠を誓う者(老家令と彼の息子の執事、ベテランの侍女長と数人のメイドのみ)と辺境伯家の者となった。
結果的に仕事も碌にしない高位貴族関連の使用人を追い出し、団結が強まったベストな形だ。
追い出した者への罪の捏造は完璧である。裁判をしても勝てると確信している。
実際に諜報行為(重要文書の盗み読みや使用人に賄賂を渡して、侯爵家家族の行動記録を聞き取るなど)を確認していた為、罪悪感も皆無である。
「警ら隊に引き渡さないだけ感謝することだ」
卑劣な行為には、卑劣な手段で返した父マルクス。
もし警察沙汰にでもなれば、派遣先の高位貴族達から殺されかねない為、逆らうことなく撤退していった敵側の使用人達。
こんな感じでまったり空間を築いたのだから、気を抜いちゃうのも致し方ないだろう。
初めて聞く情報に、驚きで瞬きながらラズベリーナは放心した。けれど何とか意識を取り戻し、父マルクスに尋ねる。
「でも、実際に候補の一人として城で学んでいるのですし、突然辞退するのは不評を買うのではないですか?」
父マルクスは心配する娘を優しく見つめ、「心配することはない。策はあるし、最悪国を捨てて辺境に渡っても良いんだ。お前の兄ルグランと嫁のタマミも武闘派で、辺境に渡り魔獣を狩れるなら、地位はいらないと言っている。何なら何もなくても辺境に行っても良いくらいなんだ。
ただお前は貴族らしい貴族だから、辺境は辛いかもしれないと思っていたんだ。頑張っているのも知っているからな。
だから選択肢はたくさんあるんだ。無理だけはするな」と、ラズベリーナを抱きしめた。
「そうよ、ベルーナ。元々この侯爵家は、他国との戦争や魔獣討伐でのし上がった武人家系なのよ。お母様とマルクスが出会ったのも、辺境での魔獣討伐だし。あ、言ってなかったっけ? 私はマルクスの戦う姿に惚れたのよ。そうじゃなければ王都になんか来ないわよ。あっはっは」
(え、えー! キャラ変わってませんか、お母様。だっていつもは、もう少しお淑やかでしたよね)
またまた驚いていると、「辺境から連れて来た侍女のアガサに言われたのよ。『母親までガサツにしていたら、お嬢様の幸せを逃しますよ』って。でも、そうかなって思って、頑張ってたのに」と、暴露の内容が酷かった。
「あはっ、あははははっ。何てことでしょう。全然気付きませんでしたわ。ふふふふっ」
「まあ、こんなものよ。だから無理はしないで。たぶんベルーナの血も武人の成分が多めだから、鍛えれば最強に近い女戦士になれるわよ」
「奥さま。その選択肢しか残さないとまずいから、今まで抑えていたんですよね? 全部無にする気ですか?」
壁際に控えていたアガサが、辛抱たまらず苦言を呈した。
「だって。王太子と結婚するより1000倍マシでしょ? 何か良い婚約破棄方法とかあるの?」
「……良いか悪いかは置いておけば、ありますよ。ちょっとだけ痛いですが、お覚悟があれば」
「穏便に婚約破棄できるの? それならお願いよ、アガサ」
「待ってベルーナ。アガサはちょっとおかしいから「勿論ですわ、ベルーナ様。お任せください」内容も聞かないで頷いちゃ駄目よ、ベルーナ」
ラルミーとアガサが言い争っていると、ラズベリーナが「お願いします。私、やるわ!」と返事をしてしまう。
「分かりました、すぐに準備します。アガサにお任せです!」
「あぁ、もう。酷いことにならないでしょうね。このサディスト」
「ご心配なさらないで、ラルミー様。辺境伯の血を引くお嬢様なら、問題ナッシングですよ」
「貴女、軽いのよ。軽いのに解決方法がアレなのよ。でも作戦は完璧なのよね~」
「褒めすぎですよ」
「あんまり褒めてないけど……。まあ、穏便に頼むわ」
「ラジャー♪」
敬礼スタイルをするアガサに、「それ、何処の国の挨拶よ」と突っ込むラルミー達は笑い、なかなかお喋りが止まらないようだ。
姦しい二人のやり取りを見る父マルクスとラズベリーナは目を合わせ、同時に笑い出すのは自然現象だった。
ラズベリーナは久しぶりに心から笑い、両親が考えていたことを少しだけ理解した。
(私を女戦士にしないように、頑張ってたってこと? それなのに私は……何を空回っていたのかしら? こんなことなら勉強なんかより、もっとたくさん話をすれば良かったわ。まだ遅くないわよね)
ラズベリーナは時々脳裏を過る、『今度こそ失敗はできないの。幸せになってみせるから!』と言う声に、引きずられていた部分があった。
「あの声は何だったのかしら? 幼い時に誰かに何か言われた影響だったのかしらね。もう気にしないわ!」
ラズベリーナはこの夜、数年ぶりにゆっくりと眠りに就いたのだった。
◇◇◇
風の爽やかな午後の日。
今日は侯爵家に、王太子であるブルーギルトを招いたお茶会が開かれていた。他家に来るというのに、ブルーギルトは浮気相手の艶っぽい女性を腕に絡ませている。
嫉妬を煽る目的もあったのかもしれないが、ラズベリーナにすれば知ったことではない。
薔薇や季節の花達に囲まれた庭園のガゼボは、蜂蜜色の木製の素材で作られた落ち着くものだ。けれど地味な色合いは、派手好きなブルーギルトには不評だった。
「白く塗り直せば良いものを。ナビラス侯爵家は優美さが足りないな。フフン」
「そうですよね~。ミユもそう思います。ウフッ♡」
「さすが、ミユだ。俺が好きになるのも無理はないな。ウヘヘッ」
ミユと呼ばれる女性は当然のように彼の隣に座り、彼の指に自分の指を絡ませて妖艶に微笑んでいる。
(うはぁ~。王太子妃を辞退しようと思ったら、真実が見え出したわ。以前は王太子妃を目指してたから、軽く王太子フィルターがかかってマシに見えてたけど、鍛えてもいないだらしない体にみっともない鼻の下。最悪だわ。両親が目を醒まさせてくれて感謝ね)
そんなことを思うラズベリーナは、周囲の様子に気を配っていた。
「ガサリ」と花畑から音がして、そちらに目を向けると2メートルを超える茶褐色のアオダイショウが姿を現した。
アオダイショウのターゲットは、王太子の連れて来たミユだった。
「シャー、シャー」と威嚇音を出して、彼女に迫る。
「きゃーっ、助けてブルーギルト様。怖いです!」
「で、でかい蛇が。誰か来い、これを駆除しろ。早くしろ!」
喚くだけの2人は、恐怖のあまり動くことも出来ない。
護衛が近付くより先に、アオダイショウがミユに飛び掛かかろうと移動した時、ブルーギルトは彼女の後ろに身を隠した。
「俺は次期国王だ。何かあれば国政に関わるのだ。許せミユ」
「そんな、イヤよ。死にたくない!」
そこにラズベリーナが、ミユを庇うように前に出た。
「ぐあっ、痛い。……ブルーギルト様はご無事ですか?」
ラズベリーナはアオダイショウに噛まれて踞りながらも、ブルーギルトに声をかけた。
「あ、あぁ。平気だ。お前は大丈夫か?」
「は、はい。平気でございます」
そこにアガサと女性の護衛達が駆け付けた。
「お嬢様、失礼します。患部を確認致します」
緊急時だとスカートを少し捲り、噛まれたふくらはぎを露出させた。酷く出血し腫れた状態であるのが、少し離れたブルーギルトの目にも映った。
「こ、こんな危険な場所にはいられない。か、帰るぞ」
「は、はい、ブルーギルト様。ラズベリーナ様、ごめんなさい、ごめんなさい」
ブルーギルトは顔面蒼白となり、ミユは涙で顔をぐしゃぐしゃにし、何度も頭を下げながら侯爵邸を後にした。
ブルーギルトは出血を見て酷く恐怖した。ラズベリーナから顔を逸らし、駆け付けることも気遣う言葉もないままで。
「お嬢様、ご無事ですか? 何とも痛々しい」
「平気よ。本当にチクッとだもの」
「でも雑菌が入っては大変ですから、綺麗に洗い流しますから」
「ええ、よろしくね」
ラズベリーナは侍女達に、その場で患部を洗浄され処置を受けていく。
「それにしてもあのチキン野郎、こんな嘘も見抜けなかったわね。腰巾着の若い側近達も、怖がって近くに寄って来なかったし」とラルミーが呆れた声を漏らすと、マルクスが素早く頷く。
「ああ。いくら平和と言えど、役立たずしかおらんようだ。頭は良いのだろうが、あれでは暴漢一人にも対処出来まい」
それにアガサも続ける。
「ここに来る前にレストランでチキンを食べ、平民のミユはドレスにいろいろと落としていたようですね。アオダイショウはその臭いに惹かれたみたい。せっかくだから王太子を狙おうと思ってたのに、残念です」
「ご苦労様でした。作戦成功ですね」
処置を終えたラズベリーナが、アガサに声をかけた。
「お嬢様スミマセン。足にかけたトマトケチャップが少し多すぎて、ベタベタしたでしょう。本当の出血は僅かなので、用意しておいたものをかけようと思っていたのですが、手が滑り全部落としてしまいました。普通は蛇に噛まれてあんなに血は出ませんから、ヒヤヒヤしましたよ。ワハハッ」
「フフッ、平気だったみたい。怖がらせるのには効果的だったわよ」
「そっか。じゃあ、良いのかな。アハハッ」
「適当過ぎよ。蛇に詳しい護衛がいたらバレてるわよ」
「は~い。今度から気を付けます」
「本当かしら。まあ、結果オーライね」
「ああ、そうだな。アガサ、ご苦労様だった」
「旦那様の寛大さに感謝です。今後も精進致します」
「アガサはいつも陽気だね」
「まあ、アガサだしな」
「通常運転だな」
「「「違いない。アハハハハッ」」」
そんな様子を見て、ラズベリーナは思った。
(ふふっ。娘が蛇に噛まれても平気なんて。普通は慌てるところよね。でも両親は魔獣と戦ってきたせいか、こんなの平気みたい。常識って各家で違うと言うのは本当なのね)
改めてナビラス侯爵家のことに、理解を深めるラズベリーナだった。
◇◇◇
その後。
ナビラス侯爵家では、訪問した王太子ブルーギルトを危険に晒したことをマルクスが国王に詫びた。
その際にブルーギルトが連れた平民のミユが衣類に肉料理を溢したせいで、大蛇の臭覚を刺激させて関心が向いたであろうことも。
さらに大蛇に噛まれたラズベリーナは毒で足が腫れ、治癒後も軽い麻痺が残ると医師に診断された為、王太子妃を辞退したいことも伝えた。
あそこにいた誰もが、一瞬の出来事で蛇の種類が分からなかった。だがラズベリーナの傷を目撃したブルーギルトから、かなりの出血を確認したとの証言もあり、毒性があったと判断された。貴族や民衆にも、蛇に気を付けるようにお触れが出されることにもなった。
国王ザットンは「優秀な令嬢であったのに残念だ」と言うものの、候補者が他にもいる為未練もないようだ。
ナビラス侯爵家には咎めはなかったものの、ブルーギルトが逃げるように怯えて帰ったことを言わないようにと条件が付けられた。
「賜りました。寛大な処遇に感謝致します」
マルクスは心で舌を出しながら、(やったぞ、ベリーナ。ノーダメージだ。ワハハッと)恭しく礼をして城を後にしたのだった。
◇◇◇
ラズベリーナに後遺症はないものの、国王に嘘をついていた為、目立たぬように暫く社交を避けて過ごしていた。
その間に侯爵家で騎士と同じように武闘訓練を受け、両親と共にこっそり辺境に渡り魔獣を倒し満足感で胸を満たすことに。
「お父様、お母様。どうですか、私の腕前は」
「筋が良いわね。いつでも辺境に嫁に行けるわ」
「ちょっと待て、ラルミー。ベルーナは教養もあるから王都でも嫁げるぞ」
「あらでも、王都では狩りができないでしょ?」
「いやいやいや。俺達も王都の貴族だが、ここに来ているし。狩りが好きな男と結婚すれば良いだろ?」
「えー。いくら狩りが好きでも、妻も連れて来るかしら? その点辺境地でなら、狩りに男女差はないのよ。ベルーナはどうしたい?」
「私は狩りは好きだけど。今は結婚とかは考えられないわ。まだ15歳だもの。学校に行っている間に考えてみても良いかしら」
「ええ、勿論よ。でも貴女と一緒に狩りに行くのは楽しいわ。長期休みには、また一瞬に辺境に来ましょうね」
「コラコラ、予定を勝手に決めない。選ぶのはベルーナだよ」
「分かってるわ、マルクス。貴方との時間も大切だし、娘の自由も尊重するわ」
「ありがとうございます。お父様、お母様。私は幸せものです」
「お礼なんていらないよ、愛しいベルーナ」
「そうよ。可愛い私達の尊い宝物ですもの」
そんなやり取りに、侍女のアガサもホッコリしていた。
「今後こそ幸せになれますね、リキュア様」
◇◇◇
ここにいるアガサは、ヴァリーナの侍女となったアガサと同一人物だ。
アガサがヴァリーナの侍女となった後、ヴァリーナの息子 (トミー)と共にいたアガサと護衛達は、武装した騎士集団に襲撃された。教会から戻る道は人通りが少ない田畑が続き、叫んでも助けは望めそうもなかった。
彼らの目的は、政敵であるコスタリア侯爵家の後継者を殺害することだった。
馬車の外では護衛達の数が少なく劣性で、彼らがやられれば次はアガサとトミーだ。アガサは幼いトミーを抱きしめ、魔女に祈った。
(マーブルお母様と仲の良いアンクロッテ様。私はどうなっても良いので、トミー様をお助け下さい。お願いします)
アンクロッテは気付いていなかったが、アガサは彼女が魔女だと言うことを偶然に聞き知っていた。誰にも話さず、今まで心に秘めていたが。
けれどヴァリーナ様の大事な子だけは守りたいと、強く思い願ったのだ。
「良いわよ。でも今後200年、不老不死にするから、いろんな場所で楽しい話を聞かせて頂戴。その代わり貴女を死ななくするし、怪力にしてあげるから。じゃあ、頼んだわよ~」
もっと大きい代償を要求しても良いところだが、マーブルとマリーネには頑張って貰ってるからお礼とばかりの軽い要求だった。人間からすれば、結構重いものだけど。
「あの声は本物かしら? でも、やるしかない!」
アガサはトミーを椅子の下に隠し、日傘を手に取った。
馬車を開ける武装した騎士が、ニヤリとしてアガサを嘗めつけた。
「大人しくしていれば、気持ちよくしてから楽に殺してやる。ゲヘヘッ」
下卑た笑いに背筋が震える。
男が伸ばした手を、アガサは日傘で叩いた。
「痛ぇ! この野郎、許さねえぞ。メチャメチャに切り刻んでやる!」
「させないわ、下衆野郎が!!!」
アガサは馬車から降りて男と向き合う。
間髪入れずに首を狙うと、「ヒガッ」と潰れた声がして男が倒れた。一人目を倒したのだ。
間髪入れぬまま彼女は護衛の元へ駆け付けて、剣を交えていた敵騎士の足を狙い日傘を振り回した。その刹那に「バギャッ」と小気味良い音が聞こえる。
「ぎゃあああー、痛ええええ!!!!!」
アガサの得た怪力は敵の骨を折る威力だったので、絶叫と共にばたりと倒れていく。
(さっきのはまぐれじゃなかったのね。ヨシッ、イケる!!!)
倒れた敵は護衛に任せ、別の敵を狙いに行く様はまるで女豹のようだ。次々に倒れて行く仲間を見た敵騎士達は、アガサの動きに焦り集団で殴りかかる。
護衛達は “アガサが殺られた” と胸を痛めたが、「イタタタッ。集団で女を狙うなんて、どうしようもないクズですね」と笑ったアガサは、日傘を振り回して周囲の敵兵達を殴り飛ばしていった。
頭や腕からは血が滴り落ちるが、アガサが気にする素振りもない。手でペイッと拭うだけだ。
「ば、化け物だ。魔女かもしれない!」
「失礼ですね。そんな訳ないですよ(あんな邪悪な方と一緒にしないで欲しいわ)」
魔女に助けを求めたわりには、結構辛辣なアガサだった。やっぱりそこは、マーブル達をこき使っているのも知っていたから余計に。
まあ、そんな感じで敵兵士達を倒し、トミーを守ることができたアガサ。
馬車の窓からアガサの活躍(一方的な暴力?)を見ていたトミーは、「勇者だ。アガサは勇者だったんだ!」と、トラウマよりもワクワク心が滾っていた。その後、いろいろアガサ周りで起こる不都合は彼が捩じ伏せ、彼女を目指して剣技に目覚めたと言う。
「アガサー、血だらけよ。ありがとう、ありがとうね。貴女が守ってくれたのね。うっ」
「こんなの余裕ですよ、ヴァリーナ様。それに危機を乗り越えたのは、みんなの力ですから」
「そうね。みんなもありがとう。特別ボーナスは期待してね」
「ありがとうございます。アガサ、サンキューな♪」
「なんの、なんの」
騎士の間では密かに「アガサを怒らせないように」と箝口令が敷かれた。あの時の彼女は、悪鬼羅刹のようだったと関係者は語る。
敵兵士で死んだのはアガサが首を殺った者だけで、後の者は侯爵家でいろいろしたらしい。
その間にも彼女は、貴族の面白話を郵便でアンクロッテに送る生活をしつつ、ヴァリーナの侍女を続けた。
そして老けないままの美魔女扱いで、ヴァリーナが亡くなるまで侍女として過ごした。その後はトミーに惜しまれながらも辺境に渡り、辺境の嫁姑争いなどをアンクロッテに送りながら、ひっそりと生きていた。
そこで平民の冒険者として暮らしながら、共闘して気のあったラルミーと友人となった。まさかラルミーが辺境伯家の、貴族の娘だとは思っておらず、「嫁に行くから、一緒に王都に行って欲しい」と乞われた時は驚きが隠せなかったが。
ヴァリーナが亡くなり、ちょうど100年くらい後のことだった。
そしてラルミーは侯爵夫人となり、元は貴族家で働いていたアガサは余裕で侍女の仕事を熟なしていく。
数年後にルグランが生まれた後、子宮が弱りもう子は出来ないと言われていた夫婦に、ラズベリーナが生まれた。
たぶんこれは、リキュアへの救済だと思えた。
不老不死となったせいか、アガサにはラズベリーナがリキュアと同じ魂だと感じることができた。
会話も多くコミュニケーションが多いナビラス家なら、リキュアは幸せになれると思えた。
けれど前世の心残りなのか、必要以上に頑張る姿に前世を重ねるアガサは、「また繰り返すのかな。どうして周囲を見ないのだろう」と歯痒かった。
ラズベリーナの性格を見抜き、力技で心を開かせたマルクスとラルミーには、頭が下がる思いだった。
アガサはリキュアに「あんたがいなければ、上手くいった筈なのよ。本当に邪魔、最悪。私の未来は真っ暗よ。あんたなんか、死んじゃえ!!!」と、憎しみで階段から落とされたことが忘れられなかった。
ヴァリーナを救ったことで、リキュアの人生を狂わせたのかもしれないと。
それでもアガサにとって、誰よりもヴァリーナが大切で優先する人物だったから、後悔はないと言い聞かせて生きていた。
ヴァリーナが天に還り、リキュアの生まれ変わりに会えたのは運命かもしれない。
だからこそラズベリーナ(リキュア)の為に、アンクロッテに頼んで蛇を操って貰ったのだ。
アンクロッテはラズベリーナがリキュアの生まれ変わりと知り、すごく満足していた。
「こう言うことがあるから、魔女はやめられないのよ。いつ消滅しても良いと思っていたけど、もう少し残ることにするわ」
そう言って、私への追加報酬を取らないと笑っていた。
私は少しでも、彼女のトラウマを薄める手伝いができただろうか?
「私の心は、少しだけ軽くなったけどね」
ちなみにラルミーが言っていた、「アガサは侍女としての仕事は完璧なのに、一度敵認定すると途端に容赦がなくなるのよ。魔獣相手じゃないだから、手加減を覚えなさい! 時々王太子にも鬼畜モードで “殺ったるぞ”的な殺気が漏れているわよ」と、王太子にアオダイショウをけしかけろ作戦での発言は事実だった。
150年くらい生きていると、だんだん自制が利かなくなるようだ。サディストと言われても、「そこまで酷くないでしょ? 過保護だね」くらいな気持ちだった。長生きするのも危ないよね~。アガサが特別なのかな?
◇◇◇
ラズベリーナの兄 (ルグラン)と兄嫁 (タマミ)はラズベリーナを大事にし、自分の子のように彼女を気にかけていた。それこそ生意気な王太子ブルーギルトを「闇討ちしてやるか」「良いわね。私も業腹だわ。殺っちゃおう! 証拠隠滅は公爵家に任せて」との話も進んでおり、ブルーギルトはかなりやばかった。
その後のブルーギルトは、恐怖心と罪悪感により覚醒した。死を目前に意識し、このままではダメだと思ったのだ。いろいろと怖かったんだろう。
まずはラズベリーナへお詫びの菓子を持参して謝罪し、不足している学問や簡単な執務も真剣に取り組み始めた。女性達との関係も清算し、「自分が不適応なら弟に王位を譲って下さい」と考えも切り替えており、周囲の重臣達は涙したと言う。
涙を堪えつつ握りしめた拳を胸に掲げたのは、少し前まで諦めムードの王妃もだった。
(もう王位は次男にするしかないと考えていたけど、そうすると隣国の王太女の婿にいけなくなる。それを機に隣国の敏腕(悪徳)宰相が経済摩擦を起こして、平和協定を破棄する可能性もあったの。隣国は我が国の金鉱山を諦めてない噂もあったし、危なく戦乱の時代に戻るところだったわ。
何より月日をかけて気持ちの通じあった、2人(王太女と次男)を引き裂いてしまうところでした。よく立ち直りましたね、ブルーギルト。私は全力で応援するわよ!)
好色でアホ国王は、そもそも戦力外で蚊帳の外である。もし仮に弟が王位に就いても、ブルーギルトは全力で支えるだろうが、彼が王位を継ぐのが一番平和だろう。
そして蛇に負けないように、武術や体術の訓練も開始している。もう女性の後ろに隠れる情けないことをしないように。
王太子の恋人だったミユは、ナビラス侯爵家のメイドになりたいと土下座して、真剣に頼み込んだ。
「失礼な振る舞いで乗り込んだ上に、助けて頂いたご恩を返したいのです」
彼女にとって自分を庇ったラズベリーナは、まるで王子のように煌めいていたようだ。
庭で鍛練する彼女を見れば、きっと素敵フィルターは加速するだろう。
ラルミーは決意を汲んで、お試しで3か月雇うことにしたらしい。
その後に本採用された彼女は、腹筋が1回もできない状態から、毎日の訓練により酷い筋肉痛を乗り越えて根性で武術を学び続けた。ちなみに戦えない普通のメイドも働いている。休日に受けている武術訓練は、完全に彼女の希望なのだ。
ラズベリーナの護衛兼侍女になるのは、近い未来かもしれない。
アガサも平民で侍女採用されており、この家では身分はあまり関係ない。まあアガサは普通に強いので、いろいろ重宝されているが。
「イヤになったら、辺境に行こう♪」
「「「「「「賛成です♪♪♪」」」」」」
武闘派のナビラス侯爵家は、ラズベリーナも含めて今も自由を求めている。内緒だけど(あんまりかくしてない)、使用人達も。
戦えない使用人達もマルクスやラルミー達と一緒にいたいので、ついて行く気満々なのだ。生きる場所は、何処でも構わないと思っている彼らは、もう家族同然だった。
と、言うことで。
いつか引っ越してしまう可能性は、ゼロではないようだ。
「私は結婚するなら筋肉が多い人が良いわ。鍛えられた肉体は、全てを守ってくれそうだもの」
今では好きなことを、以前より少しずつ言えるようになったラズベリーナ。まだまだ両親のようには無理だけど、焦燥感はほぼなくなったと微笑んでいる。
彼女の発言に周囲が頷き、長期休みは辺境行きが決まった。今度は良いパートナーが見つかると良いね。




