ミズチの決意
二話投稿の一話目です。
海原を突き進む海蛇姿の姫に、何度も手を振るミズチ。
「ナミ姫ーーーー! 必ず、会いに行きますからーーーー!!」
姫の淡いオリーブ色の鱗は、深く青い海の中では真珠のような白い神秘的な輝きを放つ。
きらめく光の軌跡が波にさらわれ消えても、ミズチは姫を見送り続けた……。
姫に想いを告げたミズチは、三年の猶予をもらった。
しかし、姫は待ってくれるだけで、想いを受け入れると明言したわけではない。
今のままでは認められないと、姫からフラれる未来も充分あり得る。
姫にふさわしい男になるため、ミズチは自分を変えると決意した。
……ミズチが何もできずに、従者ともども天井に押し潰されそうになった時、颯爽と現れた姫はとても格好良かった。
「────そこまでにしなさいっっっ!!」
燦然と輝く鱗は美しいけれど、何よりもミズチたちを身を挺して守ってくれた優しさ、相手が龍だろうと、怯まずたしなめる強さこそが貴いと思った。
王族の鑑とは姫のことを言うのだろう。
気高い姫の生き様に、ミズチは感銘を受けたのだ。
────ならば、ぼくも誠意を見せなければ!
今回の破談の件で、愛娘を傷つけられた龍神の目も厳しい。
ミズチの努力の始まりである。
「兄上。ぼくはナミ姫を愛しています。
蛟だから、小柄で龍らしくないから。兄上の縁談の相手だからと、言い訳するのはもうやめました。……姫と結婚するのはぼくです!」
地龍に宣言するミズチ。
これはミズチなりのけじめでもある。
世界の狭い地龍を案じていたが、嫌われるのを──傷つけるのを恐れて忠告をしたことはない。
姫に頼ろうなんて考えがそもそもおかしかった。
本当なら、家族や重臣が諌めるべきなのに。
それに、今までは人当たりのいいミズチが地龍と臣下の仲立ちをしていたが、ミズチは姫の元に、海に行くと決めた。
皆の意識を改革しなければ、このままでは国が乱れてしまう。
もともと真面目な地龍は、冷静になってから己の非道を省みて、地底にめりこむほど落ちこんでいる。
ミズチを争いに巻きこんだ負い目もあり、変わっていくには良い機会といえた。
「今日は紅葉を添えよう」
改革を続けつつ、ミズチは姫に手紙を書くのも忘れない。
たわいないことも、辛かったことも逐一報告する。
姫は律儀に返してくれて、頑張るミズチの励みになった。
けれど一年が過ぎようかという頃に、姫から緊急で文書が届き…………順調だった交際に初めて影が差す。
“大変なことが起きてしまったの”
前置きもなく始まった手紙によると、姫の姉、オト姫が身分違いの駆け落ちをしたのだという。
龍神の子どもは、姉妹二人だけ。
竜宮は長子である姉姫が龍の婿を取り、跡を継ぐはずだった。
ミズチは臣従する予定で姫と話を進めていたのに、状況が変わってしまった。
“姉がいなくなったから、竜宮の跡継ぎはわたししかいない。わたしと婚姻を結ぶということは、龍神の座を継ぐことになる。まだ若いミズチ殿には負担が大きいわ”
要するに、まだ今なら約束を反故にできる、あきらめてもいいという勧告だ。
ミズチを思ってのことだとわかっても、悲しくなる。
他の種族と違って、龍は権力欲があまりない。
ケンカは好きだが、戦争といった命の取り合いは嫌いだ。
そんな龍だから、国の頂点として祀られているのだろう。
ミズチたちの父も、後継者が育ったらあっさり皇帝の座を返上して田舎に引きこもったくらいだ。
龍の性質をよく知る姫だからこそ、ミズチの重圧になるのをためらったに違いない。
ミズチはすぐに筆を取る。
“ナミ姫へ。
大変な時に傍にいてあげられなくてごめんなさい。
でも、ぼくは何があっても、例えあなたのお願いだろうと、絶対にあきらめません。今度はぼくにあなたを守らせてください。
どんなライバルにだって立ち向かい、龍神様にも必ず認めてもらいます。
ナミ姫、ずっとあなたを愛しているのです。
どうか、ぼくを信じてついてきてください”
姫はミズチの強い意志を、覚悟を受け止めてくれた。
“ありがとう、ミズチ殿。わたしは伴侶として、あなたを支えるわ”
ミズチの目指す道は険しく、より困難なものになった。
挫けそうになることも幾度となくあったが、姫の手紙を、約束の証の珊瑚をお守りにして、ミズチはいっそう研鑽に励む。
ミズチや地龍の変化はおおむね受け入れられ、実りのある三年ではあったが……とても長く、もどかしかった。
待ちわびた十六の誕生日。
────ああ、ようやくこの日が来た!
幼く頼りなかったミズチは身長が伸び、筋肉がついて見違えるほど大人びた。
水龍への進化が始まる。
まずはまっすぐ天に向かう立派な角が生え、しなやかに伸びた体は、海の色に染まったように青みがかった金の鱗に覆われていく。
咆哮を上げるミズチは、雄々しい龍そのものだ。
「…………ナミ姫。今、あなたの元に参ります」
水龍となったミズチはためらいなく海へと飛びこんだ。
水中なのに体が軽く、見通しもいい。
冷たい海水は水龍の体によく馴染む。
あの場所で姫は待っているはずだと、導かれるように水龍はひたすら泳ぎ……。
「ミズチ殿。いえ、もう水龍様ね。会いたかったわ」
懐かしい声、記憶よりも鮮やかな姿に水龍は飛びついた。
「ナミ姫! ずっと、お会いしたかった……。ぼくの真名は“コウ”といいます。どうか、コウと呼んでください」
「コウ。良い名前ね」
真名を告げるのは、全てを捧げるという龍の意思表示。
美しい珊瑚の入り江で再会した二人は、三年の空白を埋めるようにいつまでも寄り添っていた…………。
12/21(木) オト姫の物語始めましたm(_ _)m