第二章 死者からの(ムチャな)伝言〈6〉
「つむぎのために中学受験をあきらめてくれたって。つむぎはそのことを気にしていたけど、でも嬉しそうだった」
やっぱりバレていたらしい。ぼくは頭をふって正直にこたえた。
「別に後悔とかないです。今の中学も楽しいですし、ずっとつむぎのそばにいられてよかったかなって」
唯一心のこりがあるとすれば(つむぎのお母さんも同じだろうが)いまわの際を看とってやれなかったことくらいだ。
それがどんなにつらく哀しいことでも、最後くらいはそばにいてあげたかった。ひとりぼっちで旅立たせたくなかった。
「……本当云うとね、トシくんには今日とかつむぎのお葬式にも参列してほしかった。でも、おばさんはトシくんに亡くなったつむぎじゃなくて、元気だったつむぎのことをおぼえていてほしかったの。だからつむぎと〈お別れ〉してほしくなかった。……やっぱりこれって、おばさんのエゴよね?」
つむぎのお母さんは、ぼくが子どもだからつむぎの葬儀に参列させなかったのではなく、生前のつむぎをおぼえていてほしくて死の儀式から遠ざけたのだ。
一般的常識的感覚ではないかもしれないが、ぼくにはつむぎのお母さんの気もちもわかるような気がした。
「あの……大丈夫です。つむぎはぼくにとって妹みたいな存在って云うか、もうある意味、家族だったんだと思います。だから、つむぎの笑顔は一生忘れません」
ぼくの言葉につむぎのお母さんの瞳から涙が一筋こぼれ落ちた。哀しみと喜びの入りまじった涙だった。
「ありがとう、トシくん」
つむぎのお母さんが涙をぬぐうとドアホンが鳴った。つむぎのお母さんが応答すると、無粋なことに(?)新聞の集金だった。
「ちょっとごめんなさいね」
そう云って席を立ったつむぎのお母さんが、財布片手にパタパタと玄関へ向かう。
つむぎのお母さんの死角に入ったことを確認したぼくは、つむぎの部屋へ足を向けるとクローゼットを開けた。
半信半疑でクローゼットの天板を押し上げると、丸められた大きなシーツがごそりと落ちてきた。ぼくはそれをあわてて受けとめ、つむぎの部屋のドアのすぐわきに置いておいたスポーツバッグへつめこんだ。
ぼくがなにげない顔でリビングへもどると、つむぎのお母さんも折りたたまれた新聞リサイクル用の紙袋を手に玄関から帰ってきた。
「ごめんなさいね、話のとちゅうで……」
「あ、いえ、別に。長居してもなんですし、そろそろぼくもおいとまします。ごちそうさまでした」
ケーキと紅茶をたいらげたぼくは、刺繍地図の入ったスポーツバッグを肩にかけると、興奮と緊張を押し殺しつつ、つむぎの家を辞した。
……つむぎの夢告は真実だった。
しかし、ぼくはひとつだけ忘れていた。
つむぎが机のひきだしへしまっておくと云っていた折り紙の〈奴さん〉をもち帰ることを。
5
日づけが変わっても、雨足はおさまるどころか、いっそう激しさを増していた。TVやスマートフォンの天気予報を確認すると、ところどころで大雨警報が発令されていた。
6月22日・午前1時40分。
ぼくはレインスーツを身にまとい、つむぎの刺繍地図を入れた布製のバットケースを肩にかけると、冥く寝しずまった家をこっそりとぬけだした。
外はバケツをひっくりかえすどころか、イグアスの滝に打たれているかのような大雨だった。
冥闇の中、あえかな外灯に照らしだされた雨が、時おり強風にあおられてザアザアと蛇のようにのたうちうごめく。
アスファルトをバシャバシャとたたきつける雨粒が白いしぶきをあげる。こんな中を出歩く酔狂な者はいまい。
ぼくはだれもいない美雲パークタウンの敷地を横断して8号棟へ駆けこんだ。ほんの数分走っただけで全身はびしょぬれ、ジョギングシューズの中まで雨水がしみこむ。
黄色いLED灯で煌々(こうこう)とかがやく8号棟のエレベーター(エントランス)ホールは、さしずめRPGで云うところのセーブポイントのように思えた。
ぬれていようがいまいがあまり関係はないが、一応、バットケースに丸めこんだ刺繍地図のあることを確認する。
つむぎの刺繍地図。それはつむぎのお母さんが風景画と誤解したのもうなずけるような絵地図だった。
絵地図と云っても、インターネットで見られる3D地図のように精巧なものではない。遠近法や縮尺を無視して縫い描かれたものだった。
地図としてはどうかと思うが、1枚の絵画としては素朴派やアウトサイダー・アートを彷彿とさせる、おおらかで味のある見事な作品と云えよう。ひらたく云えば、ヘタウマっぽい。
つむぎの言葉どおり、表がわの地図のまん中には、大きな木と小さな石の祠が刺繍されていた。そのまわりにはのどかな田園風景がひろがり、森や民家や寺社が縫い描かれていた。
犬や猫や鳥やネズミの姿にまじって3本足の八咫烏の姿も見える。
四隅を赤い糸で縫いとめられた裏がわの刺繍地図は、美雲パークタウンを中心とした麻蒜間市のものだった。美雲パークタウン中央に位置する立体駐車場が、表がわの地図の大きな木に重なる。
ちょっと不気味だったのは、立体駐車場のところに赤い糸で一筆書きの星型、すなわち五芒星が上下さかさまに刺繍されていたことだ。
つむぎが口にした中2病ワード〈さかさ五芒〉とはこれをさすようだが、それの意味するところまではわからない。
ぼくは夢の中でつむぎに云われた通り、2枚の地図のまん中を数種類の金色の糸で縫いとめておいた。どれかひとつくらいは正解があるだろう。
バットケースの中の刺繍地図を確認したぼくは、エレベーターホールわきの階段室から最上階をめざしてのぼりだした。




