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第二章 死者からの(ムチャな)伝言〈5〉

挿絵(By みてみん)


     3



 篠つく雨の中、織機(おりはた)つむぎ49日の法要がいとなまれた。


 ぼくは例によって参列していない。中学の授業があったので織機(おりはた)家からやんわり断られた(ちなみに、うちからは母さんが参列した)。


 放課後、ぼくは部活を休んで駅前の手芸店で金色の糸を物色した。


 ぼくの不安な予想は的中した。刺繍(ししゅう)糸はなぜか色名ではなく番号表記で、あからさまにゴールドをうたう糸がなかった。


 一応、黄色と金色っぽい糸との区別こそついたものの、金色っぽい糸にも数種類の濃淡があって、どれを選べばよいのか迷った。


 ムダな出費は控えたかったが、しかたなく数種類の金色と(おぼ)しき糸を買って帰ってきた。


 一刻も早くつむぎの部屋の刺繍(ししゅう)地図を確認したかったのだが、つむぎの家は弔問客でごったがえしていた。


〈呪いのツム子さん〉に恐怖する美雲パークタウン中の女の子たちがつむぎの家へ大挙し、つむぎの仏壇へ献花し、線香をあげていったからだ。


 純粋につむぎの死を(いた)むのではなく「自分にだけは呪いが降りかかりませんように」と云うあさましい懇願(こんがん)のためだ。


 科学文明全盛の時代に迷信深いこととあきれるが、(はた)から見れば、ぼくも充分オカルトにつき動かされている。


 人ごみのどさくさにまぎれてつむぎの部屋へしのびこみ、刺繍(ししゅう)地図を奪取すると云う方法もあろうが、どうにも人目につきすぎる。


 ぼくはつむぎの家の現状を遠巻きに確認すると、ひとまずそこを撤退した。時間つぶしもかねて美雲パークタウン8号棟の下見へと向かう。


美雲パークタウン8号棟の構造は、ぼくの住む11号棟と特に変わりはない。


 屋上へいたる階段はふたつ。3号室のとなりにあるエレベーターホールに併設する階段室と、14号室前の通路から外向きについている階段である。


 自分の住んでいるマンションでも、用もなく自分の住んでいる階より上へ行くことはないし、屋上への階段室がどうなっているのかも知らなかった。


 18階建てのマンションを最上階までエレベーターホールわきの階段でのぼった。


 別に悪事をくわだてているわけではないが、なんとなくエレベーターの監視カメラに映りたくなかったからだ。


 日頃、部活で足腰を鍛えているとは云え、18階までのぼるのはさすがにシンドイ。


「これはムリか……」


 最上階から屋上へ向かう階段室は、牢屋みたいな鉄格子でガッチリさえぎられていた。カギ穴のついたドアノブをそっとまわしてみたが、もちろんしっかりとカギがかかっている。


 つむぎは「魔法の力でなんとかする」みたいなことを云っていたので、その時になればカギは開くのかもしれないが不安度はいや増す。


 ぼくは念のため、もうひとつの階段もチェックしておくことにした。


 強風で時おりバタバタと雨の降りこむ18階の通路をわたって外向きの階段をのぼる。


 階段まわりには転落防止用の鉄柵がついているが、最上階から屋上へつづく階段をかこう壁はぼくの胸くらいの高さまでしかなく、鉄柵はついていなかった。


 屋上への鉄の格子戸は2m以上の高さこそあれ、がんばればのぼれないこともない感じだ。しかし、階段まわりに転落防止用の柵がないため、一歩まちがえば確実に転落死する。


(こっちはないな)


 ぼくは雨の降りこむ階段をあとにすると、エレベーターホールわきの階段室から8号棟を下りた。



     4



「ありがとう。わざわざきてくれて」


「いえ別に。となりですし」


 日も暮れかけてマンションの通路に灯りがともる頃、ぼくは弔問客の絶えたつむぎの家を訪れた。


 つむぎの家にはつむぎのお母さんしかいなかった。つむぎのお父さんは法要のあと、やむにやまれぬ事情で仕事へでかけたと云う。こう云う時、デキるサラリーマンはつらい。


 久しぶりに足をふみ入れたつむぎの部屋には小さな仏壇がしつらえられていた。


 つむぎの机の上には、つむぎのフォトフレームと今日の弔問客からたむけられた花束やお菓子が山のようにつみ上げられていた。白いカサブランカの馥郁(ふくいく)とした香りでむせかえるようだ。


 ぼくもつむぎの仏壇へご焼香し、生前つむぎの好きだった洋菓子店『マ・フィール』のフルーツタルトをお供えした。


 さっきは金色の糸をゲットすることに気をとられて失念していたが、表向き(?)はつむぎの弔問である。


 手ぶらと云うのも非常識なので『マ・フィール』のケーキをつむぎのご両親の分もふくめて6個ほど買っていったら、


「一緒に食べましょう」


 と、お茶をすすめられた。


 つむぎのお母さんが紅茶の用意をしている(すき)に、なにげなくつむぎの部屋へしのびこみ、刺繍(ししゅう)地図を確認しようかと思ったが、さすがにムリだった。


 つむぎが生きていた頃は、時々つむぎの家で晩ごはんをごちそうになることもあったが、つむぎのいないリビングで、つむぎのお母さんとふたりきりと云うのはどこかぎこちなく緊張した。


(つむぎの夢告を打ちあけて、堂々と刺繍(ししゅう)地図の確認をさせてもらうしかないか?)


 そんなことを考えながら、ぼくの買ってきたケーキとつむぎのお母さんが煎れてくれた紅茶に舌鼓(したつづみ)を打っていると、つむぎのお母さんがおだやかな声で云った。


「トシくん。これまでつむぎのためにありがとう。本当にごめんなさい」


「……?」


 ぼくは謝られる理由がわからず困惑した。


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