第二章 死者からの(ムチャな)伝言〈4〉
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目覚まし時計の小さな電子音が、今度こそまちがいなく確実に現世での朝を告げていた。
ぼくは右手で目覚まし時計のベルをとめると、目覚まし時計を手にしたまま、かけ布団の上へぱたりとその腕を投げだした。
見なれた天井をぼんやりとあおぎながら、さっきまで見ていた夢を思いかえしてみた。
夢なんてものは目覚めるまではしっかり覚えていたはずでも、目覚めたとたんすっかり忘れてしまうことも少なくない。
しかし、さっきまで見ていたつむぎの夢は、細部までくっきりはっきり思いだすことができた。不自然な状況下であったにもかかわらず、あまりにもリアルガチであまりにも生々しかった。
(でも、あの内気なつむぎが「おっぱい触らせてあげる」なんて赤面もののセリフ、冗談でも云うはずないか……)
ぼくの無自覚な妄想が見せたささやかな淫夢にすぎまい。久しぶりに見たつむぎとの夢がいささかエッチいものであったことに申しわけなさをおぼえた。
そんな煩悩を頭のなかから打ちはらうべく空いた左手を額へかざすと、すべての指に緑なすぬばたまの長い黒髪が巻きついていた。
「うぎゃああああああっ!」
ぼくの悲鳴に朝食の支度をしていた母さんが、あわててぼくの部屋のふすまを開けた。
「どうしたの、寿幸!?」
ぼくもあわてて左手をかけ布団の中へかくすと平静をよそおってこたえた。
「え? ああ、なんかこわい夢見た。なんか高いところから落ちた」
我ながらマヌケな云いわけに、母さんが肩をすくめてあきれ顔で云った。
「寝ぼけるのもいいかげんにしてよね。……今朝も雨降ってるからゆっくりでいいみたいよ」
雨が降れば野球部の朝練は中止となる。美雲パークタウンから目と鼻の先にある公立中学なので、のんびりと朝の支度ができる。
「うん、わかった。ありがとう」
ベッドに横たわったままつぶやいたぼくの返事に母さんがふすまを閉めた。
冷静になるべく少し間をおいて、おそるおそるふとんの中から左手をぬきだすと、やっぱり左手のすべての指に長い黒髪が巻きついていた。チョー気色悪い。
ふつうなら匂うはずもないが、その髪からただよっていたのは、生前つむぎが使っていたシャンプーの匂いだった。つむぎの部屋の匂いだった。
そう云えば、夢の中のつむぎは、ぼくにおっぱいを触られておどろかされたしかえしをすると云っていた。「おまじない」と云って、ぼくの左中指に緑の糸を結びつけていた。
なるほど。これがつむぎの〈お呪い〉か。……この陰険かつ無害なしかえしはつむぎらしい気もする。
にわかには信じられない話だが、落ちついてみると奇妙に符合する点がある。
今日はつむぎの49日法要だ。つむぎがこれまで〈中有〉にいたとすれば、昨夜の午前0時をもって、現世や霊界への干渉が可能となる。ぼくの夢にあらわれてもふしぎではない。
左手に巻きついた黒髪がなければ、ぼくのつましやかな淫夢と一蹴したところだが、おそらくこれはつむぎからのメッセージだ。
つむぎは、つむぎの部屋のクローゼットの天板の裏に刺繍地図をかくしたと云っていた。それが確認できれば、つむぎの夢告は真実となる。
ぼくは〈5人目〉の犠牲者がでないよう行動しなければならない。タイムリミットはつぎの満月の夜である。
スマートフォンでつぎの満月の夜を検索すると今日だった。
そして、つむぎが指定したのは午前2時。と云うことは、日づけのかわった今夜の午前2時を示している。
それは同時に〈5人目〉の犠牲者がでるかもしれないとされている6月22日をさす。
……どう考えても、時間的精神的猶予なさすぎるだろ!?




