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第二話 姫子お姉ちゃん

楓真視点

 柊真(しゅうま)楓真(ふうま)


 僕たちは双子。

 ママは、僕たちを産んで天国にいったとパパが言っていた。


 みんな、僕たちをみると「可哀想」って言う。

 でも、可哀想って?


 最初からママの存在を知らない僕たちは、何が可哀想なのかわからない。

 僕には柊真がいるし、柊真にも僕がいる。

 ちっとも、可哀想じゃない。


 ある日、柊真が変な言葉使いをしだした。

 テレビで知った言葉で“関西弁”というらしい。西の方に住んでいる人が話している言葉。

「どうして?」と聞くと、「俺が兄だから」とそっぽを向いた柊真。


 御揃いの服を着せて、同じ髪型にしているのは大人たち。

 そして、手を叩いて喜んでいる。


「まぁ、可愛い」


 なのに、僕たちを見分けられないって文句を言うんだ。

 そんな勝手な言葉に泣いている僕の為に、柊真が考え抜いた策だった。


 大人たちは、子供の言葉遊びと思って最初は笑っていた。

 しかし、いつまでたってもやめない柊真に何度も自分たちが使っている言葉を教えたり、テレビを観せるのをやめさせようとして、終いには「ママが居ない子は……」と言い出したんだ。


 みんな、勝手な奴らばかり。



 義姉の姫子に初めて会ったのは、4歳の時。


 父が再婚をするというので、ホテルのレストランに連れていかれた。

 今日から僕たちに「ママ」と「お姉ちゃん」が出来るとぞと、口ぐちに言った。


「良かったね」

「これで、寂しくないね」


 意味が分からない。


 新しいママと呼ばれた人は、とても愛情深い人だった。

 警戒していた僕たちを笑い飛ばし、柊真のエセ関西弁をも豪快に笑った。

 お化粧を落とすと、別の顔になるのにもビックリした。

「女の戦闘服なのよ!」と お化粧の事を教えてくれる。

 ……女の人って、すごいなって思ったのもこれが初めて。



 新しい義姉は、最初見た時には着物だけが目立っていた。

 顔も口だけが赤く、全体的に白い。


 変なの。


 それが、僕たちの感想。

 つい、口からポロリと出た言葉に、目の前の白い義姉が修羅となり、僕たちを恐怖のどん底に落とした。



 義姉の恐怖政治が始まった。


 お菓子は大きいモノをよこせと言う。

 チャンネル権は義姉のモノだと言う。

 義姉を尊敬し、慕えと言う。


 むちゃくちゃだ。


 今まで、周りの大人がどれだけ僕たちを甘やかしていたのか身に染みた。


「あんな姉ちゃん、いらんわ」

「本当に、どこかに捨てたいです」


 クローゼットの中。

 義姉に隠れて、僕たちの作戦会議が始まる。


「ほんまや。楓真冴えてるやん。どっかに、*ほかそう!」(*捨てよう)

「うふふふ」


 まだまだ子供だった僕たちは、義姉を捨てるなんて簡単だと思っていた。



 僕たちが5歳。

 義姉が7歳の時。


 作戦を決行する事にした。



 その日は親に連れられてデパートにやってきた。


 季節は12月上旬。

 デパートの入り口は、クリスマスツリーが迎えてくれて、チカチカとイルミネーションが眩しい。

 寒さに弱い義姉はこれでかって思うくらい、毛糸の帽子に毛糸のマフラーを巻いてコートを着込んで一人、着ぶくれていた。 一方、僕たちは、御揃いのシャツに色違いのベスト。

 一応長袖のシャツを着ているけれど、半そででも大丈夫なくらい。


「見てるだけで寒いんですけど……子供って体温高いよね」


「……お前もやろ」なんて、余計な事を言って柊真は義姉に頭をはたかれていた。

 他人には要領のいい柊真も義姉にはツッコミをいれてしまうのか、僕よりも叩かれる数は多い。


「車で来てすぐに店内にはいるんですから。暖房で暑いくらいですよ」


 着ぐるみ達磨の義姉は、すぐに僕たちとの会話に興味を失い、行く先々にあるショーウィンドーに飾られた色とりどりのケーキに心を奪われていた。


 うん。

 ムカつく。



 作戦は簡単だった。


 長距離トラックの荷台に義姉を乗せて、遠くの町まで連れて行ってもらう。


 デパートの食料品売り場の奥には、商品を送ったり運んだりするトラックが沢山止まっている場所っていう事は、リサーチ済み。


 最近、僕たちが住む家に引っ越したばかりだから、義姉も家の住所を覚えていないだろうし。名前もまだ全部漢字で書けない義姉だから、戻って来られないだろう。


「「姫子お姉ちゃん」」


 大人たちが喜ぶポーズをきめて、上目遣いで義姉を見上げてみるものの、平凡顔の義姉は眉間にしわを寄せて、手を振り上げる。


「ぶりっ子とか気持ち悪い」


 ゴツンと僕と柊真のチョップをした。

 絶対に捨ててやると、涙目で柊真と会話する。


 義姉を挟んで二人で逃げられないように手を繋いで、両親がお歳暮を選んでいる隙をついた。


「姫子お姉ちゃーーん、トイレ」

「僕もーー」 

「ええ!! ちょっと待って、お母さん呼んでくるから!」

「あかん。漏れるわー」

「ダメです。限界です」

「ええええ!!!」


 慌てる義姉の手をギューーと握って、「あっちにトイレがあった」と誘導する。

 義姉はキョロキョロと両親を捜していたが、上手く他の客の死角になって見つけられないみたいで、大人しく付いて来た。


 引きずるように店の外に連れ出し、クリスマスソングや楽しげな内装の奥の裏側。コンクリートで薄暗い場所へ急ぐ。


「ちょっと、外にしかないの?!」

「うん。来た時にみてん」

「あっちの方に、トイレのマークがありましたよ」


 すれ違う業務員の人が、子供3人が歩いているのを不審そうに見ていたけど、誰も声をかけようとはしなかった。何しろお歳暮のシーズン真っ只中。デパートの包装紙に包まれた箱を所狭しと積み上げられ 行き交う人、人、人。時間との勝負でそれどころじゃないみたいで。案外、堂々と歩いていると声をかけられないものだ。

 でも、子供好きそうでお節介なパートのおばさん辺りは、過去の経験により注意が必要。さっそく、それっぽいおばさんがいたので、荷物の影に隠れて移動した。


 バックヤードの奥に進み、お目当てのトラックが駐車されているのを発見。

 一応、ナンバープレイトを確認した。

 僕らの住んでいる所の3つくらい向こうの県みたいで、これだ! と柊真とアイコンタクトをする。



「あーーーー!! すごい! 大きなトラックやぁ!(棒)」

「柊真―! 待って下さい―い(棒)」

「ちょっ! ちょっと!!」



 柊真がトラックを指差して、トラックに向かって走る。

 僕も柊真を追いかける振りをして、そのまま走る。

 義姉の手を握ったまま、荷台に乗り込み、義姉も乗り込ませた。


「ぎゃあ!」


 ここまでは、完璧だった。


 予定では義姉を奥の方に誘い込み、ワゴンに義姉を紐で結んで動けないようにしてから、僕たち二人はトラックから降りて扉を閉める。そして、トラックは義姉を乗せて遠い所に連れて行ってくれる。


 そのはずなのに、紐がはいっているズボンのポケットを探っている時に、突然『ガチャン』という音がして、中が真っ暗になった。


「「え?」」


 慌てて、閉められた扉に向かうが、扉は重くてビクともしない。


 ひんやりとしたトラック内は、扉を閉めたとたん“ゴ――――”と唸り声をあげ、冷凍車なのか磯の香や氷特有の香りが息苦しさを感じさせた。口から出る息は真っ白に凍っている。


 柊真と僕は、暗さ、音、寒さ、匂いにパニックになり、2人抱き合った。


「楓真~、変な匂いがする」

「寒い……」


 ウソ泣きを当たり前の様にしてきた僕たち。

 トラックのエンジンの音と排気ガスの匂いに、ビクッと震え、堪えていた涙がボロボロと溢れてきた。


「このまま、俺ら知らん土地に行くんか?」

「どうしよう」


 想像するだけで、身体がどんどん震え、涙が止まらない。

 こんなハズじゃなかった。

 邪魔な義姉を捨てるだけのつもりが、自分たちも一緒に行くことになるなんて。


 デパート内では丁度よかった軽装も、この中では防寒の意味をなしていない。

 寒い! 寒い!

 鼻で呼吸すると、ツンとした冷気が痛い。

 息も真っ白で、冷たいシャツは氷の様で着ているだけで、冷たさを助長した。



 ブアッ!


 突然、僕の首に温かいもの巻き付いてきた。


「……ッ!」


 暗い中、目が慣れてきて見えたのは、頭に毛糸の帽子を被った柊真の姿。

 僕の首元には柔らかい毛糸の感触。暗がりでもわかる色は白とピンクで。


 毛糸の帽子とマフラーの色とコーディネートされた白地にピンクの花の刺繍が挿してあるポンチョを僕たち二人に纏めて被せて、三番目のボタンを窮屈そうにはめ込んだ。


「トイレは?」

「「?」」

「トイレに行きたいんでしょ? まだ、我慢できる?」

「お、おう」

「はい」

「……わかった。もうちょっと我慢して」


 義姉の防寒装備に守られた僕たち二人を、フワリと抱きしめた。僕らよりほんの少しだけ高いの義姉の温かい息が僕たちの頭に拭きかかって、ドキリと僕の心臓を撥ねさせた。


「大丈夫だから……大丈夫」


 僕たちに言い聞かせているのか、義姉自身に言い聞かせてるのか、何度もおまじないの様に呟いた義姉は、最後に強くギュッと抱きしめてきた。


「「あっ」」


 ひやり。義姉と僕たちに出来た隙間に冷たい冷気が流れ、すぐに消えた義姉の温かさに、名残惜しさを感じて、少し悔しく涙もひっこむ。


 義姉は、僕たちから離れ運転席側についている小窓を睨みつける。「すいません! すいません!」と、白い息を吐きながら、小さな手でガンガンとカーテンで閉じられた小窓を叩いていた。

 しばらく叩いて反応がないので、今度はワゴンの台車に積んである箱を開けて、中から大きなシェケを取り出し、ガンガンと窓に打ち付け、「すいません! すいません!」と、時には足を使って、どんどん蹴っていた。


 必死な形相の義姉を、僕たち二人は、ただ茫然と見ていた。




 ガコン



 そんな時、後ろの扉の開く音がした。

 光と新鮮な空気がはいって、眩しさに目を細める。


 扉を開けたのは、僕たちがさけていたパートのおばさんで、後ろには両親の姿があった。

 おばさんは、案の定僕たちの事に気付いて気にかけていたようで、手が空いたら話しかけようとしてくれていたとか。 で、僕らの姿が見当たらなくなり、アナウンスで迷子のお知らせを聞き、迷子の特徴とさっきまでここにうろうろしていた僕たちの特徴が同じという事に気付いたおばさんが、捜してくれていたらしい。

 発進していると思っていたトラックはまだ、倉庫内にあり、コンテナ内で聞いたエンジン音は別のトラックのものとわかった。


 大人たちの姿を確認し、安心しきった僕たちは、いつもの様に、少しでも叱られないように無邪気で何も分からない子供の振りをしようとした。

 さっきの怖さを思い出せば、簡単に涙もでてくる。

 大人が可哀想と思うように泣いて、その場を過ごせばいい。

 両目いっぱいに涙をためて、まずは義母にすがろうとした時、僕たちの後ろで大きな唸り声が聞こえた。



「うわあぁぁぁぁぁぁあん!!!!」



 大きな声に、両目に溜めた涙も引っ込む。

 後ろを振り返ると、眉毛をハの字にし、顔を真っ赤にして涙をいっぱいに流した彼女の姿だった。


「怖かった! 怖かった! うあああぁぁん」


 明るさを取り戻したコンテナの中でみた義姉――彼女。

 彼女のお気に入りだったであろう、ピンク色のワンピースは鮭の鱗にまみれ、ところどころ血の色がついていた。

 そして、手は冷たい鮭を掴んでいた両手が真っ赤になってブルブルと小刻みに震えていた。


 ヨタヨタと僕たちの横を通り過ぎ、一直線に義母に飛びついてギュッとしがみつく彼女の姿を見て、なぜか義母がとても羨ましく、僕たちを一目でも見ない事が苦しかった。


 ゴッ


 頭に衝撃がはしり、引っ込んだ涙が薄らと出た。

 見上げると父の姿。


「なんで叩かれたか、分かっているな?」

「「……はい」」


 この頃になると、再婚して余裕がでてきた父には、僕たちの猫かぶりがバレバレになっていた。

 彼女のポンチョで纏まっている僕たちを、いっぺんに抱き上げ、コンテナからおろしてもらう。


 巻かれたマフラーが温かくて、甘い――お菓子の匂いがした。




 思えば、あの日、初めて彼女の涙をみた。



 泣きやんで落ち着いた彼女と僕たち。

 彼女がお歳暮の鮭をだめにしたのが見つかって、3人纏めて叱られて、両親は色々な人に頭を下げていた。


 その日の夜は、鮭三昧。

 しもやけになった両手包帯をグルグル巻きにしている彼女は、用意されたスプーンを親指と一指し指に挟んでなんとか食べようと悪戦苦闘していた。

 ちらりと義母を見上げたので、慌てて僕たちは椅子を移動させた。


「おかぁ……」

「ほら」

「はい、あーん」


 僕たちで彼女を挟んで、彼女の御茶碗と皿をとる。

 柊真がご飯を口に運び、僕が鮭を切り分け口に運ぶ。


 彼女は、怪訝な顔をした後、口を開けた。

 パクパクと素直に僕たちから給飼される




 ある日突然できた僕たちに出来た義姉は


 大きなお菓子は我が物顔を取って意地汚いし

 チャンネル権を当然の様に自分のモノだという。


「どや?」

「美味しい?」


 横暴で、理不尽で、平凡顔――でも


「うむ、苦しゅうない」


 ニコリと笑う顔は、僕たちをとても温かくさせたんだ。




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