凪の魔女
ギッギギィッ
風が吹き荒れて家が軋み悲鳴を上げている、昨日の天気が嘘のようだ
幸い雷雨を伴っておらず、風だけが暴れている・・そんな風に感じる
この体で外に出たら風で飛ばされるんじゃないか?
この手が物を掴むことが出来たなら傘を手に取り空を飛べるか試して見たいところだ
今日はこの強風の為、通りには全く人が歩いていない、営業している店も殆どないだろう
うちも例に漏れず店を閉めていた。
俺はというと自室(屋根裏)で鬱屈した心を抱えながらゴロゴロしている
というのも昨日出会った親子の事が気にかかっていたからだ
何が出来る訳でもないが明日もう一度訪ねて見よう
そう決心したとき突如家の軋む音が消えた
コンコン
家の戸を叩く音がする
「はぁーい、どなたですか?」
ユアが扉を開けてパタパタと小走りにお店の方に入っていく
「ちょっと待ってくださいね・・・えっ!?お、お、お婆ちゃん!」
ユアの声にただならぬ気配を感じ、ローザ婆は慌てて椅子から立ち上がるとユアの元に駆けていく
俺も不安になった為急いで屋根裏から下りてローザ婆の後を追う
その先で見たのは、ウィルと呼ばれた昨日の子供とその母親、そして驚いた顔でその母親を
見つめるユアとローザ婆の二人の姿だった。
「貴方は・・・シルフィ!?」
ローザ婆にしては珍しく声が大きくなっている
「ええローザさん、ユアいつもお薬有難うございました、それとこの子がお世話になったようで」
「治ったの?でも貴方魔瘴病で・・!」
「ええ、ですが昨日良いお薬を頂きまして」
そこで何かに気付いたようにローザ婆とユアが同時に振り向き俺を見る。
状況がいまひとつ分からないので取り敢えず惚けようと思い、右前足で顔を洗う
「あ!ネコさん見っけ」絶好のタイミングで俺を指差しウィルが大きな声で叫ぶ
不覚にもビクッとしてしまい顔を洗う手が止まってしまった
ユアとローザ婆の視線が痛くて顔を上げることが出来ない
言い逃れ・・・ムリかな?
でも別に悪いことした訳じゃないし、ただヒゲあげただけだし
すでに俺の思考回路は自己防衛に入っている
「改めましてネコさん・・・いえ神獣さん」
母親は俺の目を見て笑顔で話しかけてきた
あの~神獣ってバレてるんですけど・・・なぜに!?
少し心配になったのでユアを見てみると額に手を当てて考え込んでしまっている
その隣ではローザ婆も全く同じポーズをとっていた
流石は親子素晴らしいシンクロ率だ
いや、じゃなくて何でばれたんだろ?
「タ、イ、ガーちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
ユアの顔はいつも通りの綺麗な笑顔だが少し引きつって見えるのは気のせいだと思いたい
「昨日どこ行って何してきたのかな~」
観念してヒゲを上げた件を身振り手振りで表現する。
「ふう、別に責めはしないんだけどね、貴方は特別なのよ」
そんな特別な俺を放し飼いしているのは問題じゃないのか?
責任転嫁したい俺にとって思うところはあったがそれで室内飼いされるような事になったら
堪らないのでその思いには蓋をする
「幸いシルフィが元気になったから良いけど下手したら大変なことになっていたわよ」
大変な事が何を意味するのか気になる所だが傍にウィルが居るので言葉を選んでいるのだろう、
ローザ婆の言葉を受けて少し反省する。
「神獣の血肉は精製すれば薬になるけどそのまま摂取したら普通は毒になると言われてるのよ
だからシルフィには精製して治験した後にお薬を上げるつもりだったのよ」
ユアが続けて言葉を入れてくるが、まだその辺りの配慮が出来なかったようである
ユアの言葉を聞きウィルが驚いた顔を見せ、シルフィの顔を心配そうに見上げる
「そう、ね、そういう意味でも私はとても運が良かったみたいね、貴方がユアの家に
居たこともウィルと出会って家に来てくれたこともヒゲを貰って回復不可能と言われた
重度の魔瘴病が一晩で回復して何も副作用が無いことも」
「お母さん本当になんともないの?」
「ええ、体はなんともないわ、後は魔法を試して見ないと・・・ね」
シルフィがじーっと此方を見つめている。
なんだろう・・・すごく嫌な予感がするのですが・・・
「あなたまだ魔法を使えないでしょう?私の魔法の実験を兼ねて教えさせて貰えませんか?
少し痛いかもしれないけど神獣だし大丈夫よ、きっと」
「いや、教えていらないから!」
全力で首を振り、助けを求めようとユアを見る
「逝ってらっしゃい、タイガ」
ユアとローザ婆が笑顔で手を振っていた
「うあぁぁぁぁっユアのバカァァァァ!」
俺はシルフィに猫掴みされ拉致されていった。
ψ
シルフィに掴まれたまま街を出てこちらから街が視界に入らなくなった辺りで不意に
地面に降ろされた因みにウィルは家でお留守番を言いつけられ此処には俺とシルフィの二人だけだ
「この辺りまでくれば問題ないかな?」
シルフィは俺を降ろした後、数歩後ろに下がりしゃがみこみ俺と目線をあわせる
「貴方が魔法を使えるようになるのは間違いないんだから頑張ってね」
魔法を覚える気は全くないのだが、会話が出来ないのは不便で仕方がないので魔法を覚えようと
腹を括ることにした。
「取り敢えず、魔法ってものの説明が欲しいんですけど・・」
俺は科学技術の恩恵を受けて育っておりこんなファンタジーな世界の住人ではない為、まずは
そこから説明が欲しいところだ
「えっとね、魔法って言うのはね・・・」
俺の意思が読み取れたのかシルフィが説明をしようとしてくれる、言葉が通じないので
それだけでも少し嬉しくなってしまう。
「んーまぁいっか、早速だけど実践ね♪」
「全然よくねーーーっ!!」
軽いノリでシルフィが言葉を放つと同時に辺りに風が吹き荒れ、次いで体の下から強烈な
突風が吹き俺の体は遥か上空まで吹き飛ばされていった。
「しぬ、しぬ、しむーっ!」
猫が着地上手といってもこの高さでは流石に無理がある、それに俺は元ニンゲンなので
着地の心得などなく手足をバタバタさせてイヌ掻きならぬネコ掻きでもがいていた
「絶対に化けて出てやる!!」
俺の呪いの叫びを受けて遥か下ではシルフィが微笑している。
呪詛を紡ぐ間にあっという間に高度が下がり地面が近づく
確実に近づく死に慌てふためく
「魔法はね意思の力よ!この状況から助かる姿を想像しなさい!」
シルフィの声が聞こえ咄嗟に思い浮かんだのは地面に気の塊をぶつけてその反動で
空を飛ぶ方法だった、その姿を想像すると体の中を何かが巡る感覚があり、それと
同時に俺の右前足は金色の光に覆われていた
「死んでたまるか!」
夢中で地面に向かってそれを放つ
俺が放った光はまっすぐ地面に向かっていき着弾・・・
と思いきや何事もなかったかのように地面に吸い込まれていった
「「えっええええええーーーー!?」」
「くっ間に合って!!」
完全に想定外の出来事にシルフィの魔法発動が遅れる
再び巻き起こった風によって体が浮かびなんとか無事に着地した
「バカーーーッ!し、死ぬところだったよ!?」
全力でシルフィの元に駆け寄って怒りのワンツーをお見舞いする
「痛たたっごめんごめん、でもこれで喋れるようになったでしょ?」
「あ、え・・・?言葉通じてる?」
「ふふ、これで魔法を使える女の人とは喋ることが出来るようになったわよ」
「どういうこと?魔法を使えない人とは喋れないの?」
会話が通じる喜びはあれども疑問で頭がいっぱいであった
「そうよ、あと男とも喋れないわよ」
「なんで?」
「そうねそこから少し説明しよっか」
シルフィは脇に生えていた比較的大きな樹の下まで歩いていくとこちらを振り返り
おいでおいでと手招きをする
「ネコ扱いなんだ・・・」
「だってネコじゃない」
笑顔で即答された
いろいろと言いたいことはあるが大人しくシルフィの元に歩み寄る
シルフィは座り込むと膝の上に俺を乗せて優しい声音で魔法について語り始める
まず魔法を使えるのは神獣と魔物と人間の女性だけだそうだ
取り敢えず俺が会話出来るのは魔女と呼ばれる魔法を使える人間の女性だけとなる
そして魔法についてはどの魔法使いも使える魔法は一種に限られていて属性使いなら
基本的に火・水・土・風の四属性に分けられ、それ以外にも様々な魔法があるそうだが
属性使いは戦闘向きである為このご時世と相まって重用されるとのことだった
で、俺の魔法はなんだったの?と訊いて見たがシルフィにもわからないらしく結局
分からずじまいだった、ただ、これまでに確認されている神獣はその属性を身に纏っている
のが普通であり、俺にはその様子が見られず、稀有な神獣の中でも更に稀有な存在だと言われた
「でも俺の魔法って戦闘向きじゃないような気がするよね?」
神獣が捕殺対象となっていることを聞いていたので自分の身も守れそうになく不安になった
「大丈夫よ、貴方は私が守るもの」
シルフィが優しく俺の頭を撫でると同時に俺の体を包むように風が吹く
「守護の風よ、これで貴方に危険が及んだら私にはすぐ分かるわ」
おお魔法って便利と思いつつも女性に身を守ってもらうということに男の矜持が揺れるが
今は仕方ないか・・と諦め素直に感謝を述べる
「さて、と貴方も魔法が使えるようになったことだしウィルを家に残しているのも心配だから
そろそろ帰りましょう」
二人(一人と一匹)は並んで家路に就く
早く帰ってユアを驚かせよう、あ、喋れるようになるのは分かってるから驚かないか、
じゃあ魔法を使って・・・効力不明のものを使ってどうすんだ!脳内で一人ツッコミを入れつつ
自分の魔法について何が分かるか分からないがこれから試していかないとなと思った
およそ3ヶ月間の休載申し訳ありませんでした
人生いろいろですね