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第41話 プロローグ

決めた。


早川君に、好きだと言う。


そう決めたら。


あとは言うだけだった。


――その、言うだけが。


ものすごく難しいのだけれど。


弁岳君と別れた次の日。


私は大学へ向かいながら、ずっとそのことを考えていた。


どこで言おう。


いつ言おう。


なんて言おう。


好きです。


うん。


それでいい。


余計なことは言わなくていい。


私は早川君が好きです。


それだけ。


……いや。


無理。


いきなりそんなことを言える人間なら、こんなに苦労していない。


そもそも。


早川君には好きな人がいる。


告白したところで、たぶん振られる。


でも。


それでも言うと決めた。


流留君も弁岳君も、私に好きな人がいると分かっていて、それでも自分の気持ちを伝えた。


竹下先輩だって、好きになったことまで、なかったことにする必要はないと言った。



だったら。



私も。


好きなものは、好きでいい。


問題は。


早川君をどうやって捕まえるかだ。



*



捕まえた。


正確には。


図書館から出てきたところを待ち伏せした。


「早川君」


「あ、綾瀬さん」


いた。


当たり前だけど。


本人だ。


急に帰りたくなった。


ダメ。


何のために待っていたの。


「今、時間ある?」


「あるけど」


「話があるの」


「うん」


早川君が少し驚いた顔をする。


その顔を見たら。


心臓が一気にうるさくなった。


場所。


場所を変えよう。


ここでは無理。


学生がたくさんいる。


「ちょっと歩かない?」


「いいよ」


大学を出た。


並んで歩く。


どこへ行くかは決めていない。


とにかく歩いた。


早川君も、何も聞かなかった。


こういうところ。


好き。


――じゃなくて。


今から、それを言うのだ。


前期の試験が近い。


大学へ向かう学生と、帰っていく学生。


いつもと変わらない景色。


なのに。


私だけが。


人生最大の勝負をしようとしている。


「綾瀬さん」


「はい!」


声が裏返った。


「大丈夫?」


「大丈夫」


「顔、赤いけど」


「暑いから」


「今日、そんなに暑くないよ」


「わたしは暑いの」


「そっか」


納得しないで。


いや。


して。


お願いだから今は、余計なことを考えないで。


少し歩いて。


人通りの少ないところで立ち止まった。


「ここでいい」


「何が?」


「話」


「うん」


早川君が私を見る。


逃げたい。


でも。


逃げない。


弁岳君は逃げなかった。


流留君も。


だから。


私も。


「あのね」


「うん」


「わたし……」


息を吸った。


早川君の顔が見られない。


靴を見る。


ダメ。


ちゃんと見よう。


顔を上げた。


「わたし、早川君が好き」


言った。


言った。


言ってしまった。


「…………」


早川君が固まっている。


やっぱり。


困ってる。


どうしよう。


でも。


言えた。


「綾瀬さん」


「待って」


「え?」


「まだ」


「まだ?」


「まだ話があるから」


ここで。


ごめんなさい、と言われたら。


終わる。


即、試合終了。


それだけは。


まだ嫌だ。


「わたし、早川君に好きな人がいるの知ってる」


「え?」


「知ってる」


「いや、それ――」


「だから!」


遮った。


「最後まで聞いて」


「……うん」


よし。


「別に、今すぐ付き合ってほしいとか、そういうことじゃないの」


「いや、だから僕は――」


「待って」


「…………」


また止めた。


ごめんなさい。


でも。


今日は私が話す日なの。


「わたしね、ずっと、言っちゃいけないと思ってた」


「…………」


「早川君には好きな人がいるから。わたしが好きって言ったら困ると思ってた」


早川君が何か言おうとする。


その気配がしたので。


手を出した。


「まだ」


「…………」


早川君が口を閉じた。


よし。


「でも、違うと思ったの」


流留君は、私に好きな人がいると分かっていて、好きだと言った。


弁岳君も、私に断られると分かっていて、告白した。


竹下先輩は。、好きになったことまで、なかったことにする必要はないと言った。




「だから」



私は言った。


「好きって言わないと、何も始まらないから」


「…………」


「早川君がわたしを好きじゃなくても、わたしが早川君を好きなのは、わたしの勝手でしょ?」


「まあ……」


「でしょ?」


「いや、そうじゃなくて」


「それに」


続ける。


止まったら。


負ける。


何に負けるのか分からないけど。


「まだ、断られてない」


「え?」


「早川君、まだわたしのこと振ってないよね?」


「振るっていうか――」


「だから」


私は早川君を見る。


「断られるまでは、好きって言っててもいいでしょ?」


「…………」


早川君が。


ものすごく変な顔をしている。


何だろう。


呆れている?


「綾瀬さん」


「なに?」


「僕の話も――」


「今日は聞かない」


「え?」


言ってから。


自分でも無茶苦茶だと思った。


告白しておいて。


相手の返事を聞かない。


そんな告白があるのだろうか。


でも。


ある。


今、できた。


「だって、怖いから」


正直に言った。


「ごめんなさいって言われたら、そこで終わりでしょ?」


「いや、言わないけど」


「今は言わないで」


「…………」


「もうちょっとだけ、好きでいさせて」


「…………」


早川君が眼鏡の奥で目を瞬かせた。


それから。


なぜか。


少し笑った。


「分かった」


「ありがとう」


よかった。


いや。


何がよかったのだろう。


「それでね」


「まだあるの?」


「ある」


ここから大事。


「もうすぐ前期試験でしょ?」


「うん」


「一緒に勉強しない?」


「え?」


「ダメ?」


「ダメじゃないけど」


「じゃあ決まり」


「…………」


「あと、小説」


「小説?」


「また一緒に書きたい」


互助関係は終わった。


私から終わらせた。


でも。


今度は。


違う関係で。


「早川君の小説も読みたいし。わたしのも読んでほしい」


「それはいいけど」


「じゃあ、それも決まり」


「じゃあ、今日は帰る」


「え?」


「言いたいこと言ったから」


「ちょっと待って」


「何?」


「僕は何も言ってないんだけど」


「今日はいいの」


「よくないと思う」


「いいの」


「綾瀬さん」


「また明日」


「だから――」


私は歩き出した。



「綾瀬さん!」


振り返る。


早川君が。


困ったような。


呆れたような。


それでいて。


なぜか笑っている。


「なに?」


「……いや」


早川君は少し考えて。


「また明日」


と言った。


「うん」


私も笑った。


「また明日」


歩き出す。


足が軽い。


振られていない。


まだ。


だから。


明日も好きでいていい。


明後日も。


その次の日も。


早川君が、ごめんなさいと言うまでは。


私は好きだと言っていい。


我ながら。


かなり図々しい。


でも。


それでいい。


今までの私は。


言葉にできないものを。


小説の中に書いてきた。


紗栄子に言わせた。


紗栄子に恋をさせた。


紗栄子に悩ませた。


そうやって。


私は恋を書こうとしていた。


恋なんて。


何も知らなかったのに。


でも。


今は違う。


私は。


好きな人に。


好きだと言えた。


紗栄子じゃない。


小説の中の誰かでもない。


私が。


私の言葉で。


言えた。


恋を知らなかった私が。


官能小説を書いた。


官能小説を書こうとして。


恋を知った。


そして。


ようやく。


自分の恋を始められる。


これは。


小説なら。


きっとまだ。



プロローグだ。




私の恋は。


ここから始まる。





―― 完 ――





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