第28話 うちの僧侶、魔王軍側じゃないよね?
「……」
タイラの傷は、きれいに治ってしまっていた。
俺は何も言わず振り返り、後方にいるリラさんを見る。
「ルカ。あなたが言いたいことはわかるけれど、さすがに今のは私じゃないわ」
「ですよね……」
以前の魔狼の件があったため、ほんの少しだけ、リラさんがタイラに治癒魔法をかけたのかと、不安になってしまった。
「失礼ね。あとでお仕置きかしら」
まずい、あとが怖くなってきた。
そう思っていると、すぐさまタイラが切りかかってくる。
「ルカ。ルカ。ルカァ!」
激しい打ち合いが続く。
「タイラ、目を覚ませ!」
タイラの剣は単調だ。
力は凄まじいが、冷静じゃない分剣筋は読みやすい。
俺の剣は、タイラの皮膚を切り裂き、その度に赤黒い血が飛び散っている。
「埒が開かないな」
それでも、俺が切りつけた傷は、黒い魔力に覆われ、数秒後にはなくなっている。
「ッッ!!」
剣を交えるたび、タイラの剣が俺の肩や腕にかする。
俺の傷は、タイラのようにはいかない。
はあ、はあ、と自分の息が荒くなっているのがわかる。
打ち合うたび、《蒼哭》の刀身がわずかに輝きを増していった。
その時。
どかんと。
火の玉が爆ぜた。
爆風が全身を殴りつける。
熱風が頬を焼き、思わず目を細めた。
「ルカさん! 大丈夫ですか!」
後方で、ミナの声が聞こえる。
さっきの火の玉は、ミナの魔法だったのか。
「危ねぇ……。ミナ、助かった!」
「……できれば、その前に声をかけて欲しかったけど」
びっくりしたし、まだ頬がヒリヒリする。
「はい! リラさんが『ルカなら当たっても耐えるから大丈夫』って!」
……リラさん。
爆風の中から、タイラの姿が浮かび上がる。
ミナの魔法も、あまり効果はなかったようだ。
タイラの姿が見えると同時に、もう一人、誰かが、タイラに斬りかかった。
「メルヴィ!」
メルヴィが、ノラを連れてタイラと剣を合わせている。
「ルカ! ここは一旦私に任せてお前は回復しろ!」
タイラとの剣戟、ミナの魔法で、俺の体には確かなダメージが溜まっていた。
「メルヴィさん! 私も援護します!」
ミナは杖を強く握り締め、やる気に満ち溢れた顔をしていた。
「い、いや、ミナは他の魔獣を頼む!」
「えっ? は、はい!わかりました!」
良い判断だ、メルヴィ。
ミナの魔法に巻き込まれたくないもんな。
いつのまにか俺のすぐ後ろには、リラさんが立っていた。
「《治癒》
詠唱は完了しているようだ。
リラさんの手が俺の背中に触れて、やわらかな光が俺を包み込んだ。
温かい。
焼けるようだった傷口から、すっと熱が消えていく。
「もう治してくれるんですね」
「ええ。あそこで、ルカが瀕死になったら、私が治す前に彼にすぐに殺されちゃうもの」
「……瀕死までに助けに来てはくれないんですね」
「勇者VS勇者。そんなの中々見れるものじゃないわ」
……この人、また観戦してる。
「でも、今治してくれるのは助かります」
既に身体から痛みはほとんど消えている。
「それに私、気になっちゃったの」
リラさんが、綺麗な顔で微笑んでいる。
少しだけ、嫌な予感がする。
「彼は魔族の魔法で治る。ルカは私の魔法で治す」
「なら」
少し間が開き、リラさんの口元が三日月のように曲がる。
「一体どっちが先に、力尽きるんだろうって」
……この人魔王軍側だったりしない?
「ルカ、良かったわね。ずっと戦ってられるわ」
「良くない!それに――」
街が危ない、そう言いかけて、周囲を見渡してみると、あれだけいた怪我人がもういなかった。
そして、戦場では冒険者が明らかに魔獣たちを押していた。
「もう街の方は大丈夫よ」
「なぜかわからないけど、幹部のゾルディオも、手を出さないで見ているだけ」
ゾルディオは、周りを確認しながら、書類に何か記入しているだけだ。
奴自身は、戦いに参加していない。
それが妙に不気味だ。
「だから、ルカは心ゆくまで彼と戦っていられるってわけ」
「心ゆくまでなのは、リラさんの方ですよね!?」
けれど、確かにこのままじゃ埒が開かない。
俺は作戦を考えるために、タイラとメルヴィの戦いを見ていた。
「あれ?あいつ、火傷まだ治ってなく無いですか?」
「そうね。」
けれど、メルヴィがつけた傷はすぐに治っている。
……なら。
「リラさん、回復ありがとうございました」
「一つ、頼みがあって」
「ミナをこっちに連れてきてください」
◇
「こいつはいつになったら、くたばるんだ」
メルヴィが息を荒くして悪態をつく。
ノラの毛には血が滲み、苦しそうに舌を出して呼吸を繰り返していた。
……二人とも限界だ。
「メルヴィ!」
タイラは俺を見た瞬間、凄まじい勢いで向かってくる。
「ルカァ!」
タイラの雄叫びが響きわたる。
ガギィン!
重い。
腕まで衝撃が突き抜ける。
再び、俺はタイラと剣を合わせた。
「メルヴィ!こいつは俺に任せて、リラさんとミナの方に行ってくれ!」
「わかった」
メルヴィは迷わず後方へ下がる。
「さあ、タイラ。我慢比べといこうか」
その声は、もうタイラには届いていなかった。




