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勇者です。うちの美人僧侶がドSすぎて、魔王より怖いです 〜治してはくれるけど、助けてはくれません〜  作者: キョウ


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第1話 うちの僧侶は、なぜか回復してくれない

「リラさん! 回復! 回復お願いします!」


 森の中に、俺の情けない叫び声が響きわたった。


 右腕は痺れ、脇腹からは血が流れている。

 俺の目の前では、鋭い爪と灰色の毛並みを持つ巨大な魔狼が、低く唸っていた。


 この魔狼が、今回の討伐対象だ。

 森の向こうには村があり、逃がせば被害が出る。


 なにより、俺は勇者だ。

 さっきから情けない声を上げてはいるが、これでも一応、勇者なのだ。

 普通の冒険者なら三人がかりで挑むような魔狼でも、俺なら一人で倒せる。


 そう、思い込んでいた。


 だが、実際はどうだろうか。

 満身創痍、というやつだ。


 既に俺と魔狼は、もう何度も剣と爪をぶつけ合っている。

 俺の剣は魔狼の胴を裂き、魔狼の爪は俺の肩と脇腹を深く抉っている。


 つまり、俺だけではなく、魔狼も既にボロボロの状態なのだ。


 普通なら、ここで僧侶が駆け寄ってきて、

 「大丈夫ですか、勇者様!」

 とか言いながら治癒魔法をかけてくれる場面だろう。


 ……だが、うちの僧侶は、そんなに甘くない。


「あら、ダメよ。まだ動けるでしょう?」


 少し離れた木のそばで、うちの僧侶――リラ・ノエルは、白い手袋をはめた指先を唇に添え、甘く囁いた。


 艶のある長い黒髪に、明るい小麦色の肌。

 そして、伏せ気味の薄紫の瞳。


 黒いヴェールをまとい、白と黒を基調にした修道服に身を包んでいる。

 肘まで覆う白い手袋、太ももまで伸びた白のニーハイ、足元には黒いヒール。

 神に仕える僧侶のはずなのに、神聖さよりも、まず色気の方が目に入る。


 顔だけ見れば、聖女と呼ばれてもおかしくない。 


 いや、正直に言おう。

 俺はその顔がめちゃくちゃ好きだ。

 だからこそ困るのだ。


「いや、リラさん。俺、けっこう血が出てるんですけど」


「ええ、出ているわね」


「分かってるなら治して!?」


「その子を倒したら、治してあげる」


 リラさんは、俺の眼前の魔狼を指し示した。


「いやいやいや、今の俺とあいつ、どっちが先に倒れるか勝負みたいになってますけど!?」


「いいじゃない。見応えのある良い戦いだわ」


「観戦するな! あんた、うちの僧侶だろ!」


 うんうん、とリラさんは頷き、口元だけで笑った。

 その笑い方が、やたらと綺麗で、やたらと怖い。


「ねえ、ルカ」


 甘い声が落ちてくる。


「あなたがどこまで耐えられるのか、私に見せて」


「僧侶ってそういう職業じゃないよね!?」


「安心なさい。本当に危なくなったら、ちゃんと治してあげるわ」


「もう十分危ないんですが!?」


 叫んだ瞬間、魔狼が強く地面を蹴り、地面が抉れる。


 速い。

 出血のせいで足元の感覚は鈍いけれど、避けられないほどではない。


「ほら。まだ動ける」


 後ろから、なぜか嬉しそうな声が聞こえる。


「動けるか動けないかで、判断しないでください!」


「あんまりすぐ治すとルカの成長につながらないからね」

 

 正直に言えば、リラさんの判断は間違ってはいないのだ。


 ものすごく腹立たしいことに、俺はまだ戦える。


 爪の軌道も、牙の角度も、次に踏み込む足の癖も、少しずつ読めてきている。


「くそっ、やってやるよ!」


 この魔狼をここで逃がせば、森の向こうにある村へ向かうだろう。

 村には、剣を持てない人間がいる。逃げる足の遅い老人も、泣き叫ぶ子どももいる。


 だから、俺は負けるわけにはいかない。


 俺は、顔の良い僧侶に振り回されているだけの、ただの男ではないはずだ。

 たぶん。

 きっと。

 そうでありたい。


 魔狼の爪が右から迫る。

 俺は半歩だけ下がって外し、崩れた体勢へ全力で踏み込んだ。


 魔狼は賢い。

 俺の足が鈍っていると見て、正面から押し潰しに来た。


 なら、そこが勝ち筋だ。


「くそっ!」


 魔狼の爪に引き裂かれた肩から、焼けるような痛みが広がった。


 それでも剣は止めない。

 踏み込みを殺さず、身体を半身にずらし、魔狼の勢いを利用する。

 真正面から力で勝てないなら、相手の重さごと斬ればいい。


「おらぁっ!」


 俺の刃が、魔狼の胴を深く切り裂いた。


 魔狼が地面に倒れ、俺もその場に崩れ落ちる。

 指先から剣が滑り落ち、血が土に広がった。


「あ、やば……これ、ほんとに……」


 全身の力が抜けていく。

 木々の隙間から差し込む光が、妙に白く見えた。


 その時、ようやくリラさんが近づいてくるのが、足音でわかった。


「ほら。ちゃんと勝てたでしょう?」


 低く、甘い声だった。


 リラさんは俺のそばに膝をつくと、白い手袋の指先を傷口の近くへ伸ばした。


「私、あなたが本当に折れるところまでは見誤らないもの」


「その見極め、もう少し早めにしてもらえませんか……?」


「最後の一撃、とてもよかった。立派な勇者様だったわよ」


「褒めるより……先に治してください……」


 リラさんは、まるで大切なものでも扱うように、ゆっくりと血の跡をなぞる。


「ふふ、いっぱい出たわね」


「聞いてます?」


 ぞくりとするような声。


 見上げると、リラさんは恍惚とした表情を浮かべている。


 半分閉じた薄紫の瞳。緩く上がった口元。

 まるで、とてつもなく美味しい酒でも味わっているみたいな顔だった。


 けれど、その手つきだけは妙に丁寧だった。

 大切に扱われているはずなのに、なぜか背筋が冷える。


 少しだけ、嫌な予感がした。

 

「リラさん」


「なに?」


「その顔、僧侶がしていい顔じゃないです」


「口だけは元気ね」


 リラさんは、くすりと笑った。

 その微笑みが、ひどく魅力的だった。

 こんな状況でなければ、きっと見惚れていたと思う。

 いや、もう既に見惚れていたかもしれない。


 やがて、リラさんの指先に治癒魔法の光が灯る。


 ようやく。

 本当にようやく、俺は治してもらえるらしい。


 だが、リラさんは俺の傷を見下ろしたまま、ひどく綺麗に微笑んでいた。


 その笑顔の本当の意味に、俺は気づくことができなかった。


 俺と魔狼との戦いは、まだ終わっていなかったのだ。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


「ルカ頑張れ」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや★★★★★評価で応援していただけると嬉しいです。


感想やレビュー等もお待ちしております。

作者の励みになりますので、引き続きよろしくお願いします。

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