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ジャックとランタンが出会う~眠れるアリスとアカシャの鍵~ 下


 夢を、見ています。

 日常、それは夢の中の彼が望んだこと。

 平穏、それは彼女が久しく感じていなかったこと。

 人として求めて当然の幸運を彼らは過ごしている。

 けど、日が射す所には必ず影が出来る。

 それは摂理だ。

 やがてその影が、二人を引き裂こうとするだろう。

 どうか、その影を打ち消すほどのさらなる光を、手に入れて欲しい。

 私は、そう願うことしか出来ないけど。



                    4


「いや~美味かったの~お主本当に料理が上手いの!」

「そりゃどうも」

 会話をしながらも食器を洗う手は休めない。

 結局、家に着いた時間からして昼食とゆう時間ではなくなっていたので目標を夕飯に切り替えた。

 そこで、黒のドレスに着替えたランタンに何が食いたいか聞いたところ。

「カレーが食べたいのじゃ!」

 このような元気な返事をもらい、カレーを作ることになった。

 料理に関して妥協はしないため、今日の味も申し分なかったランタンも満足したようだったので一安心だ。

「そうじゃ妾も洗い物くらいなら手伝えるぞ」

 最初はどうしようかと迷ったが、やる気を出しているのに水を差すのも申し訳ないので手伝ってもらうこととなった。

「悪いな、客なのに手伝わせちまって」

「いいんじゃよこれくらい、今日は泊めてもらうんじゃからこの位せねばな」

「そうか」

 それからは他愛もない話をしながら、洗い物を片付けていき二十分ほどですべての洗い物を済ませた。

「紅茶飲むか?」

「いただこう、妾のは砂糖三つ入れてくれ」

「コーヒーじゃないのに、そんなに入れるのか?」

「乙女の妾は、甘党はなんじゃよ」

 それにしても限度がある。

 まぁ本人がいいとゆうのだから別にいいが、こいつはかなりの甘党だとゆう事を覚えておこう。

 そして手早くお茶の準備を済ませ、リビングのテーブルでくつろいでいるランタンの所に入れたての紅茶を持っていく。

「お主といいリオンといい紅茶を淹れるのがうまいのう」

 ティーカップに口をつけたランタンが、小さく感嘆の声を漏らす。

「元々俺は、リオンさんに教わったからな」

「なるほど、道理で旨いわけじゃな」

 そう言って再びカップに口を付けるランタンを見ながらかねてからの疑問を聞いてみる事にする。

「そういえばお前、何時リオンさんと知り合ったんだ?」

「昔、ここに住んでおった時に世話になったんじゃよ」

 すると、ランタンの纏っている空気が少しだけ冷たくなった。

 怒ったとゆうよりは、少し悲しそうだ。

「ここに住んでいたのか?」

「ああ、母上と一緒にな……もう昔の話じゃよ」

 その愁いを帯びた顔を見て何も言えない自分が情けない。

「そうか……父親は?」

 しかし……踏み込むべきではないと分かっていても、その悲しい顔だけは何とかしてやりたい。

「分からん、物心ついた時から妾には母上しかおらんかったからの」

「兄弟は?」

「おらんよ、まぁ他の家を見ていて欲しいと思ったことはあるがな」

「兄弟か……俺は妹しかいなかったから、男兄弟ってゆうのには少し憧れた」

「妹では不満か?」

 わずかに口角を釣り上げてからかってくる。

「そうじゃないよ、むしろ歩兎が妹で本当に良かったと思っている」

「なら今度は、妾が妹になってやろうか?」

「遠慮しておくよ、歩兎より手が掛かりそうだ」

「どう見じゃそれは!」

 紅茶の香りを楽しみながら、ランタンとの会話を弾ませていく。

 彼女の顔は、もう愁いを帯びてはいなかった。

 他愛無く楽しい会話に気を取られていて、気づけば時間はもうすぐ八時になろうとしていた。

「お前、風呂はどうする?」

「お主が先でよい」

「分かった、じゃあ先に頂くよ」

 リビングを後にし、洗面所に行く。

 すでに風呂は沸かしてあったのですぐに湯船に浸かる。

「はぁ~いいな~」

 湯加減を人肌より少し熱めに設定したのでとても気持ちがいい、今日の疲れが透き通る湯に溶けていく。

「本当は、こんな事をしている場合じゃないと思うんだけどな~」

 鍵の意味や出生の話からして決して予断ならない状況のはずだ。

 なのに、あいつといるとそのペースが崩される。

 いや、元に戻っていってしまう……歩兎が居たころと同じペースに。

「結局、墓参り行かなかったな、今年も……」

 でも、歩兎は死んでいなかった。

 肉体的には死んだのかもしれないが、魂が本当にあるのならそれは今、俺の中にある。その事が分かっただけでもよかった。

「でも、お前は俺に何を望んでるんだ?」

 お前が自分の命を投げて俺を守るために鍵になってくれたのは嬉しいし、申し訳ないとも思う。

 でも、それだけじゃない気がする。

 もっと、何かが隠されているはずだ。

「もう一度会えれば、分かるのにな……」

 でも、そんなに都合よく会えるわけじゃない筈だ。

「明日、もう一度リオンさんに話を聞きに行くかな」

 明日は休みだし丁度いい。

「さて……明日に備えて寝るかな」

 そう思い、湯船から上がる。

 ランタンはとゆうとテレビに噛り付いていた。

「ランタン、上がったぞ~」

「おぉ分かった、すぐに行く」

「お前、着替えは……ある訳ないか」

「そうじゃな、下着も妹のものを借りるがいいか?」

「分かった……寝巻も好きなのを使って構わないよ、それじゃあ俺は寝るから」

「もう寝るのか?」

「今日は色々疲れた、明日はリオンさんに話を聞きに行くけどお前はどうする?」

「妾も行こう、それで……」

 すると、部屋に行こうとする俺の前に立ち塞がると、胸の前で指を絡め上目遣いにこちらを見てくるランタン。

 何か、お願い事があるようだ。

「今日案内してもらった、駅前のデパートに行って見たいのじゃが……ダメか?」

「……分かったよ、リオンさん所に行く前に行ってみるか?」

「よいのか! ありがとう、トウヤ!」

 勢い良く抱きついてくるランタン、いきなりの事だったので倒れないようにするのが精一杯だ。

 全身を擦り付ける無邪気な甘えに思わず赤面してしまう。

「わ、分かったから、抱きつくな!」

 ランタンの肩に手を置き引き離そうとした。

 掴んだ彼女の肩は、驚くほど細く女の子らしかった。

 すると、ランタンが俺の胸の中でキラキラした目で見上げてくる。

「約束じゃぞ! 破ったら承知しないからな」

 そう言い残して勢いよく風呂場の方に向かうランタン、その笑顔を苦笑いで見送り自分の部屋のベッドに倒れ込む。

「今日はいい夢、みられるかな~」

 信じてもいない事を口にして、ゆっくりと目を閉じた。





「はぁ~いい湯じゃの~」

 ゆっくりと湯船に浸かる、思えばこれほどゆっくりと湯船に浸かったのは神秘になってからは無かった。

「トウヤ、不思議な男じゃ」

 妾を助けてくれた男を思い浮かべる。

 たった一日しか一緒におらぬのに、もう何年も前から一緒にいる気がする。

「じゃが妾は神秘、地獄からも天国からも見放されて自由と安息の地を求めて彷徨う……哀れな魔灯だ」

 何時までもここには居られない。

「はは……変じゃの、今まで一人が当たり前だったのに、今は……一人になるのが少し怖いの」

 人の温もりを忘れるためにずっと一人で旅を続けてきた、忘れられたと思った。

 でも、忘れられなかった。

 いや……思い出してしまった、誰かに笑いかけてもらう温かさを。

「トウヤ」

 意味もなく彼の名を呟いた。

 そうすると、胸の奥が温かくなった。

 風呂から上がり寝巻に着替えて部屋に向かう。

 その途中、トウヤの部屋の扉が少し開いていた。

 その隙間から部屋を覗く、彼はすでに寝てしまったらしく妾の来たことに気付いていないようだ。

 起こさぬよう、静かに扉を開ける。

 そして改めて、寝顔を見る。

「まったく、気の抜けた寝顔じゃな」

 とてもリオンの話を聞いていた時の顔じゃない、夢を見る寝顔じゃ。

「神秘が襲ってきたら、どうすつもりなのじゃ?」

 鍵の加護が付いているから大丈夫じゃと思うが、それでも放っておけない。

 鍵の力に目覚めたばかりで制御しきれないかもしれない。

「だから今宵は、妾が守ってやろう」

 そう呟きながらベッドに潜り込んだ。

 そして、もう一度トウヤの顔を見つめる。

「お休み、トウヤ」

 胸に顔を埋め、妾も眠りについた……その月夜は暖かくて、優しい夜だった。



 兄さん……朝だよ。

『何処からか妹の声が聞こえる、これは夢か?』

(歩兎?)

 そう、私よ。

(ここは?)

 ここは夢の中、私は兄さんが夢を見るときだけお話しできるの。

(鍵の、力か)

 そうだよ、兄さんが持つ力。

 そして……私が兄さんを守るための力、その鍵の正体は私で私が鍵守の中に入ったことで兄さんは完全な〝アカシャの鍵〟になったの。

(でも、これからどうすれば……)

 今はまだ分からないことだらけだろうから、私もいてあげる。

 でも、時が経てば兄さんが運命を決めていくことになる、それが鍵の宿命なの。

(運命を?)

 そう、だから今は……ゆっくりと今の時間を大切にして、私も兄さんの中で見守っているから。

(……一つ聞いていいか? どうして俺の目の前で死んだんだ?)

 …………最後はやっぱり、兄さんに見守られて逝きたかったからかな。

(歩兎……)

 最後にこれだけは忘れないで兄さん、私、兄さんを恨んだこと一度もないよ。


 私は兄さんの事――大好きだよ。


「歩兎……」

 そう呟いて目が覚めた、そこに歩兎はいない。

 代わりに居たのは――

「え!? ラ、ラン――」 

 慌てて距離を置こうとしたところ、そんなに広くないベッドから転げ落ちた。

「いって……」

 寝起きの頭には効く一撃だった、でもお陰で目は冴えた。

「なんて恰好で寝てんだよ……」

 明らかに寝巻の恰好じゃない、何せ(まと)っている服はワイシャツ一枚である。

 サイズが合わないのかワイシャツに着られている、そこから延びる足は健康的な肌色を帯びていて控えめな谷間も目に入ってしまった。

「まったく……ほぼ下着姿で潜り込んでくるなよ、てか――いつ潜り込んできたんだ?」

 ぼやきながら、毛布を掛け直してやる。

 あんなに大きな音がしたにも関わらず、スヤスヤと寝息を立てている。

「まだ時間あるし、寝かせてやるか」

 静かに部屋を後にしようとする。

 すると、閉じていた(まぶた)がゆっくりと開き、その黒の瞳が俺を捉えた。

「トウヤ……」

「悪い、起こしたか?」

「あれ? ここは?」

「俺の部屋だ、起きたならちょうどいい、それ誰のワイシャツだよ……ブカブカだぞ?」

 尋ねるところは色々あったが、とりあえずその恰好を何とかしてもらわないと目のやり場に困る。

「?」

 眠そうに目を擦っている。

 どうやらこいつ、低血圧らしく朝は苦手のようだ。

「そうじゃ、昨日、守ろうと思って布団の中に入って――」

 未だに寝惚けているのか訳の分からないことを言いかけて、自分の体に目を落とし次に赤い顔をして目を背ける俺に目をやった。

 そして……。

「きゃあああああああああああああああああああ!!」

 大声で、(さけ)ばれた。

 そして数分間、自分の部屋が修羅場と化した。

「いや……すまなかった、トウヤ」

 あの後、錯乱状態に陥ったランタンがどこからともなく箒を取り出しあっとゆう間に一昨日の鎌に変化をさして襲いかかってきた。

 逃げる以外、成す術ない俺はひたすらランタンを説得できるまで逃げ回る羽目になった。

「まったく、見た俺も悪いが、ちらりとしか見えなかったし、そもそもあんな恰好で俺のベッドに潜り込んできたお前が悪いんじゃねえか」

「すまん……」

 しゅんと落ち込むランタン、だが大事が無かっただけマシとゆうものだ。

 朝食を用意し終えて、ランタンの対面に座る。

 今日の朝食は、アジの開きに自家製味噌の味噌汁、そして白米にホウレン草のお浸しだ。

「すまない、俺も言い過ぎた……もういいよ、過ぎたことだし気にするな」

「うん……」

 一向に元気の出ない、今回は本気で反省しているらしい。

「ほれ、さっさと朝飯食うぞ、今日は一日、お前に付き合ってやるから」

「あれ? リオンの所に行くのではないのか?」

「別にいい、いつでも聞けるしな、それにお前だろ? 街を案内しろって言ったの」

「いいのか?」

「遠慮するなよ、らしくない」

「ありがとう、トウヤ!」

 ランタンに笑顔が戻る。

「やっぱお前は、笑顔が似合うよ」

「ん、はにかいっはか(なにかいったか)?」

 ご飯を美味そうに頬張るランタン。

「なんでもない、それより少しは落ち着いて食えよ」

 ハンカチで口を拭いてやると何故か赤い顔をしている。

「な、何をする! 妾を子ども扱いするでない!」

「はいはい、そうゆうのは口の周りを綺麗にしてから言え」

 騒がしい朝食を終えて、快晴の道をデパートの方に向かう。

 ランタンは昨日とは違う浴衣を引っ張り出していた、今日は落ち着いた黒の無地に映える黄色の帯でまとめ髪もポニーテイルに縛ってある。

「歩兎の奴、こんなに浴衣持ってたんだな」

「ああ、まだまだ種類はあったぞ?」

「まったく、いつの間に買ってたんだか」

 すると、噴水のある公園に差し掛かった時、陽気に歩いていたランタンが突如止まる。

「トウヤ、あれが食べたいんじゃが……」

「ん? クレープか……分かったよ何が食べたい?」

 さっき朝食を食ったばっかりだろに、甘い物は別腹らしい。

「ん~苺がいいの~」

「分かった……買ってくるから、場所取りしといてくれ」

 甘い、いい匂いが立ち込めている屋台の前でクレ―プが出来上がるのを待っている。 数分して戻るとランタンは屋台に一番近い席をとっといてくれていた。

「ほれ、苺だ」

「ありがとう、お主は何を頼んだんじゃ?」

「ブルーベリーだ」

「おお~そっちのも、美味そうじゃの~」

「自分のがあるだろう」

「固い事を言うでない、一口だけでいんじゃ」

「ダメだ、自分のを食え」

「む~……そうじゃ! 妾のも一口食わせてやるそれならいいじゃろ?」

「何がいいんだよ……大体それ――」

 関節キスだぞ、と言う前にランタンの顔がすでにクレープに届いていた。

 まだ食べてないクレープに、小さな歯型が付いている。

「あ! こら!」

「ん~ブルーベリーもなかなかいけるの~」

「まったく……」

 これを食えと、屋台のおやじがニヤニヤしながら見ている中で食えと?

「……」

「どうじゃ、美味いじゃろ?」

「そうだな……」

 周りの視線が痛すぎて味なんて分かるか。

「ほれ、お返しじゃ」

 そう言って半分以上食べてあるクレープを差し出してくる。

「いいよ、お前が食え」

「遠慮するな、ほれ、あ~ん」

「…………え?」

 いやいや、何この人……公衆の面前で同じ事を俺にやれと?

「いや、それは……」

「ほれ、早くせんか」

「あの……」

「は・や・く!」

「あう……」

 どうやら逃げ道はないらしい、仕方なく出来るだけ残っている部分を小さくかじる。

「まったく……男がそんなに遠慮するな、これは元々お主が買ったんじゃぞ?」

「そうゆう問題じゃないんだよ」

「ではどうゆう問題なんじゃ?」

「…………何でもない」

「変なやつじゃ」

 口の周りをクリームまみれにしながら残りのクレープを嬉しそうに頬張っているランタンを溜息交じりに見守る。

 黙々と食べること数分で全てをたいらげた。

「さて食い終わったんなら、そろそろデパート方に行くぞ」

「そう言えばそうじゃったな」

「おい、それがメインで来たんだぞ?」

 指を未だに口の周りのクリームをすくっている。

「ちょっと来い、顔拭いてやるから」

「だから、妾を子ども扱いするな!」

「朝食の時も言ったけど、そうゆうのはさっさと口の周りを拭いてから言え」

「むぅ……」

 不満そうにしながらも大人しく拭かれている。

「ほい、いいぞ」

「礼は言わん」

「別に、期待はしてない」

 軽口を言い合いながら屋台を後にする。

 公園を出て駅前に近つけば、休日とゆうこともあり人で溢れかえっていた。

「はぐれるなよ、探すの面倒だから」

「大丈夫じゃよ、妾は神秘だぞ? そんなへまはせん」

「そう言えばそうだったな」

 人混みに揉まれながらも数分でデパートに到着した。

 大きなガラスの扉を潜れば一階から五階まで吹き抜けの見晴らしのいい空間が出迎える。

 何度も足を運んでいる俺にとってはなんてことないが、はじめてきたランタンは驚きの表情をしていた。

「どうだ? ここに来た感想は?」

「外から見た通り、やはり中も広いの」

「まぁ、この辺で一番大きな店だからな、てかお前……ここで何を買いに来たんだ?」

「買いたいものはない」

「じゃあ何で来たんだよ」

「ただ見てみたかっただけじゃ」

「何だよそれ、冷かしもいいところだな、ここは買い物に来るところだぞ?」

「妾には必要ない、服すら買う必要なんてないんじゃからな」

「それもそうか」

 まてよ、服を買う必要はないって事は……。

「お前、ずっとあのドレス着ているのか?」

「そうじゃ」

 何か、話を聞くと物凄く不健康な生活をしているようだ。

「お主は何か勘違いしてないか、神秘に汚れるなどの概念は無いんじゃ、妾は元々が人間じゃから服を着替えるとゆう概念を知っているだけで人間界に溶け込んでおる神秘以外は服なんぞ必要ない」

「なるほど理解した、じゃあお前は当然無一文なんだろ? いつも野宿なのか?」

「いや、たまに透過の神秘を使って、ホテルに泊まらしてもらっておる」

「へぇ~……な、何でもありかよ」

 そうぼやきながらデパート内の店を冷やかしてはぶらぶらと散策する、ランタンの興味は尽きないらしく次々と店を変えては目を輝かせている。

「これで子ども扱いするなって言われてもな」

 説得力に欠ける。

 でも、昔は誰でも無邪気な時はあった、俺にも歩兎にも……母さんが笑って、親父が頼もしく見える幸せ。

「幸せが当たり前にある、幸せ……か」

 きっと神秘になる前のランタンは、こんな無邪気に笑えなかったのだろう。

 神秘になる経緯を語ろうとした時の顔がとても寂しそうで、過去(その)の話を聞けなかった。

(こいつの過去を背負ってやるのは、俺には無理だ)

 ただでさえ自分の事で精一杯なのに、他人の過去まで背負う自信はない。

(そうだ、自信と言えば……)

 花蓮さんの告白にも答えてない、あの人にも悪いことをしていると思う。

 だが、余裕がないのもそうなんだが……正直な話、俺はその手の感情に疎いらしくどこからが恋愛における好きなのかが分かっていない。

(こんな中途半端な事で、あの告白に答えるわけにはいかないよな……)

 自分にほんの少し余裕が出てきて、今までの自分の行動を振り返ってみると駄目人間さが浮き彫りになってきて自己嫌悪になりそうだったりするのだ。

「トウヤ!」

「え?」

 大きな声に呼ばれて我に帰る。

 深く考え込んでいて、ランタンが傍に来ている事に気付かなかったようだ。

「どうした? フグみたいな顔をして」

「そう言いたいのは妾もじゃ、深刻な顔をして人の話を聞いておらんかったな!」

「すまん……で、なんだよ」

 確かに、一緒に買い物に来ていて深刻な顔されたら誰だって不安になる。

「あそこは何の店か聞いたのじゃ!」

「あそこは指輪とかイヤリングとか装飾品を売ってるところだな」

「ほう~道理で煌びやかなわけじゃな」

「確か、手頃な値段の奴もあったし、寄ってみるか?」

「もちろんじゃ!」

 機嫌を直したのか意気揚々と店内に入っていく。

 店内には豪華な装飾品がショーケースの中にずらりと並んでいる。

 値段を見てみれば、どれも高校生の財布には痛い値段の物ばかりである。

「なんで、こんな骸骨のアクセサリーが五万円もすんだよ」

 普段着飾らない俺の感覚がずれているだけなのかもしれないが、それにしたってぼったくり過ぎだと思う。

「トウヤ! トウヤ!」

「ん?」

 声を弾ませながら走ってくるランタン、その耳には小さなイヤリングがはまっていた。

「どうじゃ、似合うか?」

「いいんじゃないか、シンプルだし」

 値段を見てみれば千円と割と手ごろな値段だった。

「仕方ない、買ってやるよ」

「やったー!」

 店内ではしゃぎ回るランタンを窘めながら、会計を済ませて店内を後にする。

「ありがとうトウヤ、大切にする」

「ああ、そうしてくれ」

 こんなプレゼントでこんなに、喜んでくれたら買ったこっちまで笑顔になれる。

 もうしばらく散策を続けようと歩き始めた時だった。

(見つけたぞ)

「!?」

 隣で歩いていたランタンが突如歩みを止め、黙り込んだ……その視線は、前の宙を捉えて動かない。

「ど、どうしたんだ?」

「……」

「お、おい……なんか言えよ……」

「……」

「弱ったな~」

 途方に暮れていると、突如ランタンが俺の手を掴んで走り出す。

「な、何だよ突然!!」

「逃げるぞ」

 何時になく真剣なランタンの声に、思わず一昨日の事が蘇る。

「まさか、敵か?」

「ああ……それもサラマンダーとは格が違う」

「そんなにまずい奴か?」

「姿を確認していないから断言は出来んが、恐らくここに妾たちがいたら確実に被害は広がるじゃろうな」

 手を引かれながら三階から一気に一階に降りてくる。

 そのままの勢いで外に出た時、そこは既に敵の手中にあった。

「これは……」

 あの時と同じで辺りに人はいない、すべての文明の利器を残し、消え去っている。

「神秘はな、純度の高い物からしか力を得ようとはせんのじゃよ、この前のサラマンダーもそうじゃったろ? あれだけ人がおったのに残ったのは妾とお主だけじゃった」

「つまり、おいしいところだけ食ってるってことか?」

「そうゆう事じゃ」

「じゃあ、食われた人間はどうなる?」

「何も起こらん、世間ではただの行方不明者として処理されるだけじゃ」

 また相手の空間によって隔離されているため、俺達の居た空間には被害は出ないらしいがそれでも激しい戦闘になれば安全の保証は出来ないらしい。

「それに無闇に喰らっていては〝(きょう)(かい)〟に見つかってしまうしの」

「〝協階〟?」

「その説明は後でする、早くここから離れるぞ」

 走りだすランタンの後を追う。

 浴衣のくせに、やたらと足が速いランタンを目の前に見つつクレープを食べた公園を抜け、さらに来た道を戻るが一向にランタンが止まる気配はない。

「おい、どこまで走るんだよ」

「おかしい、どうして壁が見えてこないんじゃ」

「壁?」

「そうじゃ、お主たちの居る世界とこの空間とを隔てている壁が何処にもないんじゃ」

「そんな壁、サラマンダーの時には見えなんだぞ?」

 いや、まさか……あの時の赤い壁か?

「あの時はまだ、お主の(コード)が完全に目覚めてなかったからじゃ、だが今は違うお主のその目はあらゆる力を読み取ることができるはずじゃ」

「そんな事……」

(そうだよ、兄さん)

「歩兎か!?」

(兄さん、目の前に壁がある、そう思って前を見てみて)

「壁が、ある?」

(難しく考えないで、兄さんならきっと出来るから)

「……分かったよ、やってみる」

「どうした、何故止まるんじゃ」

「ランタン、今から壁を見つける」

「力の使い方が分かったのか?」

「出来るかどうかは分からないが、やってみるしかないだろ」

 イメージは壁、恐らく蛇が吠えた時に見えた波動が恐らく壁の正体、それはドーム状の形だった。

 それに敵が俺たちを見つけたのがデパートなら、そこを中心に広がっているはず。

「目を凝らせ、今の俺に見えないものなど、ない」

 ゆっくりと目を開ける。

「見つけた」

 そこにあったのは、黒くて分厚い壁、それなのにわずかに外の風景が透けて見えていた。

「妾には見えんぞ?」

「そうなのか?」

「恐らくな、壁を作ったもの以外は見えない様にしておるみたいじゃが今のお主には通用しないみたいじゃな」

「じゃあこれを壊せば、外に出られるのか?」

 そう聞いた瞬間、全身に違和感が襲う。

「熱いのに、寒い?」

 後ろを振り返れば、そこにあったには蜃気楼だけのはずそれなのに全身の毛が逆立つのを感じている。

「やはり、ある程度はその目の力を使いこなしているようだな」

「お前は‼」

 その声は空から響いた、見上げたその先にいたのは漆黒の翼を纏ったニーズだった。

 降り立った瞬間に舞った黒い羽は雪ように落ち、溶けていった。

「約束通り、貰いに来たぞ」

「約束した覚えは、無いんだがな」

 相変わらず冷汗は止まらない、正面に立った時から分かった。

 本能が伝えてくれた。

 今度こそ、こいつは俺を殺す。

「お前らの目的は何だ?」

「貴様に話す事はない」

 ゆっくりと片腕を上げる。

 得体のしれない何かが口を開けていて、そこに吸い込まれるような感覚。

 根源的な恐怖が心から沸き上がる、いや……あの夜に奴が植え付けたのだ。

「さらばだ、鍵はこのニーズが貰い受ける――」

「二人でなにを盛り上がっているか知らぬが、妾も混ぜてくれんかの?」

 その時、一陣の風が吹いた。

 視界を移せばいつの間にか箒を鎌に変化させていたランタンがニーズの首めがけて横に薙ごうとしていた。

 格好も、浴衣の上から闇色のマントととんがり帽子を纏っていた。

「やれやれ、大人しくしていれば見逃しておいたものを」

 すると瞬時に、俺に向けていた手の平をランタンに向けた。

「そんなに死にたければ、お前から殺してやろう〝徘徊の魔灯〟」

 すると、突き出した手の平から黒い弾丸が放出された、ほぼ零距離にいたランタンは成す術なくそれを受けた。

「消えたか、跡形も無く――」

「どうした? 妾の残像に用なのかの……」

 その時、何故かランタンの姿が何故かニーズの後ろに見えた。

「なに?」

 ニーズが驚愕しながら気付いた時にはもう遅かった。

「(断罪の力ジャッジメントコード)〝黒血(こっけつ)水面(みなも)〟」

 限界まで後ろに引き絞られた鎌を一気に振り下ろす。

 その時に見えた軌跡は、銀ではなく黒、斬撃ではなく刃そのものが黒色に変化していた。

「くぉ!」

 防ぐことも出来ずにまともに食らったニーズは近くにあった建物へと激突した、派手な音と共に土煙を舞い上がらせた。

「やった――」

「まだじゃ! トウヤは早くここから離れろ!」

「ちょっと――」

 待てとゆう前に、ランタンにきつく睨まれて、言葉を失った。

「今回ばかりはお主の我が儘に付き合ってはおれん、お主を庇いながら勝てるほど奴は弱くもないし甘くもない!!」

「…………」

 引き下がるしかない、反論できるだけの言葉もない。

「早く行け!」

 言い淀んだ言葉以外、何も言えずに壁に目を向ける。

 そして、壁に向かって意識を集中した。

(イメージは風穴、異界と日常を、繋ぐ架け橋)

 すると意外なほど簡単に穴が開く。

 その向こう側には、何時もの日常が広がっている。

「……お前は、どうすんだ?」

 振り返らずに問う。

「心配するな、適当に時間を稼いでうまく逃げる」

 嘘だということは、分かっている。

「ここから出たらリオンの所に行け、あそこならこいつでも手を出しにくい筈じゃ」

「分かった」

(無事でいろよ)

 そう心で願いつつ、土埃が轟音と共に舞い上がるのと同時に穴の中に消えた。




 夢を、見ています。

 夢の中の彼は逃げてしまった。

 突き付けられた現実から、突き付けられた虚勢から。

 逃げることが、かさぶたの出来た自分の心の傷を広げると知っているのに。

 夢の中の彼はまだ気付いていないのです。

 自分には運命を変える力があることに。

 それを、教えてあげるのは君の役目だ。

 頼んだよ歩兎、夢の中の彼を導いてあげて。

 私の夢をここで終わらせないで。

 私はまだ、この夢を見ていたいから。



                    5


 七月十五日 午後三時三十分


「全く、手間の掛かる奴じゃ」

 トウヤが消えていった穴を見つめる、そんなに心配した顔をされたら罪悪感でいっぱいじゃ。

「妾だって無茶をする気はないんじゃがな――」

 黒い刃の鎌を構えつつ、舞い上がった土埃に意識を集中する。

 その中から出てくる化け物に少しでも気を許せば、あっとゆう間に呑みこまれる。

「解せんな〝徘徊の魔灯〟」

 重い声と隠しきれない怒気と共に、起き上がったニーズが声を上げた。

「何故そこまであの鍵に固執するのだ? 見たところ殺して鍵を奪う様子も無かったぞ?」

「何故かの、あの腑抜けを放ってはおけんのじゃ」

「やはり、神秘に選ばれたといっても所詮は人の子だな、その甘い感情が自らの命を落とすことになる」

「さて、命を落とすのは妾とは限らんぞ?」

「〝契約者〟を持たぬお前に、負ける道理はない!」

 咆哮と共に間合いを詰めるニーズ、睨まれる重圧が近付く度に圧し掛かってくる。

「じゃが、妾とて引くわけにはいかん!」

 引き縛った矢のように全身で重圧を押し返しながら進む。

 真横に構えた鎌を強く握り直す。

「お前に問おう、お前はこの世に満足しているのか!」

 叫びながらも黒いオーラを纏った右拳の初撃が飛んでくる。

 それを柄で受け流しつつ、その勢いを利用し回転分の勢いと共に斬撃として叩きつけるがその攻撃も残った左で止められてしまう。

 ニーズの腕は生身であるにも関わらず金属同士が衝突したかの様な甲高い音が響く。

「ああ、満足しておる!」

 刃を押し込む力と押し返す力が一歩も譲らない状態を作る。

「それは満たされた者だからだ! 本来人として死ぬはずだった運命を神秘によって救われたお前の傲慢だ!」

「確かにそうだ、妾はあの時に死ぬはずだった! じゃが母上が妾を生かしてくれたこの命を傲慢の一言で片付けるな!」

「は! お前はその母の命を吸い取り己の存在を神秘へと昇華したさせた、自由になりたいその願いの為に唯一の肉親の命を奪ったんだろ? 自由を得たかったのはお主だけではなかったはずだ」

「やれやれ、人の過去を盗み見とは趣味が悪いの!」

 競り合っていては体格差でこちらが不利になる。

 なら、やるべきことは一つ。

「〝魔女の血涙〟」

 刃に(コード)を込めて、赤き波動を零距離で放つ。

「甘いわ!」

 しかしそれを読まれていたのか強引に攻撃をずらされてしまった。

 赤き波動はニーズの体を掠めることもなく、天空へと消えていった。

 そして、体制が崩れガードの空いてしまった腹部めがけて、ニーズの拳が放たれる。

「〝毒炎(どくえん)息吹(いぶき)〟」

 嫌な音を立てて骨の砕ける音と突き刺さった拳で臓物が捻じれる。

 生き場を失った何かが喉にせり上がってくる。

「くぁ!」

 体が九の字に曲がったまま吹き飛ばされ、地面を何度も転がる。

 だが、勢いが弱まってきた頃合いを見計らって体勢を立て直す。

 あれだけの衝撃だったにも関わらず浴衣に変化はなかった、だが服の中が焼けるような感覚がある。

「くっ! ちょっと不味いの……」

 口から垂れる赤い雫を拭う、ニーズはその場から動かない。

「意外じゃの、間髪入れずに来るかと思ったが?」

「その必要はない、なにせ我が何もしなくてもお前はいずれ死ぬ」

「何じゃと?」

 思考を巡らせた瞬間、腹部の傷が熱を持ち始めた。

 それは瞬く間に、濃い黒色に肌が侵食される。

 それと同時に焼け石を押し付けられたような激痛が走る。

「うぅ……な、何じゃ?」

「我が炎は毒のように広がり受けた者をじわじわと焼いていく、いずれお前も業火に焼かれて朽ち果てる」

 その事を証明するように腹部の火傷はますます広がっていく、恐らくあと数分もすれば腕の方にまで及ぶだろう。

「ふっ……流石は〝嘲笑(ちょうしょう)虐殺者(ぎゃくさつしゃ)〟の異名を取るだけの事はあるの」

「では諦めるか?」

「誰が諦めるものか、トウヤは絶対に殺させは、せん――」

 鎌魔を支えにようやく立ち上がる。

「ならば、この場で朽ち果てよ」

 起き上がったのと同時に、ニーズが止めを刺に来た。

 右に左と両手に加え、蹴りも混じった攻撃を何とか柄を細かに動かして防ぐ。

 だが、腹部の傷に加え、拳を食らってはいけないとゆうプレッシャーも加わり大幅に体力が消費されていく。

「やはり〝契約者(けいやくしゃ)〟のいないお前など、敵ではない」

「ふん! その妾に不覚を取ったお主がそれを言えるのか?」

 右の蹴りが飛ぶのと同時に、体を後ろに反らして十メートルほど後ろで膝を着いた。

「(断罪の力ジャッジメントコード)〝許し(ゆるし)こう数多(あまた)なる亡者(ぼうじゃ)〟」

 (コード)と共に出てきたのはコウモリの形をした使い魔達、その一個一個は鎌魔(かま)の切れ味と他の(コード)強化に使われる〝黒血の水面〟が掛けてある。

「ゆけ!!」

 号令と共に十匹のコウモリ達が一斉に襲いかかる。

「使い魔か!」

 使い魔に気付いたニーズが一匹一匹叩こうとするが、コウモリの一太刀を受けるたびに(コード)で鋼の肉体と化しているニーズであるにも関わらず深く肉が抉られていく。

 やがて、一つの小さな竜巻の中に入ってしまったかのような状態になった。

(じゃが、これは今の妾では、そう長くは使えん)

 決着を、つけなくては。

 これで、妾が消えたとしても。

「すまんトウヤ、約束は守れそうもない」

 自分のすべてを鎌魔に集中させる。

 (コード)も、意識も、体重も、周りの空間も…………己が心も。

「!! しまっ――」

 コウモリから解放されたニーズが戦慄と共に睨む。

 このコードの名を読めばすべてが終わる。

「(断罪の力ジャッジメントコード 終焉(ロスト))――」

「ランタン‼」

「え?――」

 声に気を取られてしまい名を(つむ)げなかった。

 その為、貯めていた(コード)が消えてしまった。

「馬鹿者! 何故来たのだ」

 その者の名を口にしようとした時、ニーズの毒炎が剥き出しの腕にまで進行してしまっていた。

「くそっ……」

 たまらず、倒れそうになるのを全身で包んでくれている。

 その感触に、安堵と同時に怒りがわいてくる。

「トウヤ……なぜ、きたのだ……」

 見上げる視界に映る男、鬼火 灯夜を睨みつけた。





 穴を()けた時、俺は立ち尽くしていた。

 そこに広がっていたのはいつもの日常、人で溢れているとゆう日常だった。

 反射的に振り返ってみれば、そこに穴は無く戦いが起きている所にも平気で家族連れが笑いながら歩いている。

「図書館、行くかな……」

 とりあえず、ランタンの忠告通りに図書館に向かって歩く。

 何も考えず、ただ足を動かしている俺は、壊れたブリキの人形のようだ。

 しばらく歩いて、再び止まる。

 それを繰り返しながら自分に問い続けた。

「でも、こんな俺でも出来る事はある筈だ」

 そう思っても、足は早歩きにはならない。

「俺に、何が出来る?」

 自問は続く。

 今は何かを考えていなきゃ、あいつを置いてきた自責で潰れてしまう。

「まずは、館長に昨日の続きを聞く」

 あの人の話の中に何かヒントがあるかもしれない。

 この、力の使い方が。

「出来ること探すことしか、今は出来ない、あいつを助けてやる事も今は出来ない」

 だから、今は……あいつを助けるためにリオンさんの所へ、急ごう。

 駆け出した足は何故か軽い気がした。

「どうしたんですか? そんなに慌てて」

「はぁ――はぁ――馴れない全力疾走したせいですかね」

 高校に上がる時以来だな。

 でも、お陰で町外れにあるこの図書館に着く時間を短縮できた。

「リオンさん、聞きたいことがあります」

「話でしたらお茶を用意いたしますので、飲みながらでも――」

「今、ニーズとランタンが戦っています」

「……」

 お茶の用意をしていた館長の手が止まる。

「そうですか、ならランタンがここに来るよう指示を出したんですね?」

「そうです、ですが俺はここに隠れているつもりはありません」

「とゆうと?」

「俺に……鍵の使い方を教えてください」

「何故です?」

「それは……」

 顔を伏せたまま、記録の間に入る。

 リオンさんも、何も言わずに聞いてくれている。

「どうして助けていのか、その答えを知りたいから助けに行くんです」

「答えを、知るため?」

「はい」

「そんな曖昧なことを言うなんて、貴方らしくありませんね」

「俺らしくない?」

 疑問を投げ掛ける館長は、何故か笑っている。

「自分でも分かりませんか……なら尋ねますが貴方はどうして彼女を家に泊めたのですか?」

「それは……」

 戸惑いが俺の言葉を鈍らせる。

 しかし、何故と問うリオンさんの顔は……なぜか柔和な笑みを浮かべている。

「一昨日出会ったばかりの少女でなおかつ人間じゃないのですよ? 今までの貴方ならそんなリスクを負う事はしなかった筈です」

(確かに、どうしてそんな事を俺はしたんだ、何故? どうして?)

 答えは出ない……でも――

「……ここに来るまでに色々考えました、何で俺はあいつを助けたいのか? てね……」

 何故を繰り返しているうちに、自嘲するように笑ってしまった。

「親父たちがいなくなって、歩兎が死んで何もかもが嫌になりました、失うくらいならいっそ何も抱えない方が幸せだ、そう思いました」

 でも、そうじゃなかった。

「確かにあいつとはそんなに長い付き合いじゃありません、それこそ二日前に会ったばかりです、それでもあいつと一緒にいた時間は何故か懐かしかった、俺の足りないものを補わせてくれた」

 館長を見据えた。

 前を向くために。

 何より、下ばかり向いたままじゃランタンや歩兎に合わせる顔が無い。

「……そう言えば、ここの説明をしていませんでしたね」

「ここの説明?」

「そうです、昨日の話は覚えていますか?」

「〝アリスの夢〟の話ですよね」

「ええ……ですが、まずはこの本を差し上げますよ」

「この本は……」

 重みのある本を手渡される、そのタイトルは――

「鬼火歩兎? なんですか、これ……」

 本を持つが震える。

「ここに収められてある本の一冊ですよ、彼女の全てがここに記載されています」

「何で……そんなものが、ここに?」

「ここは、アリスの描いた世界が詰まった世界ですからね」

「ここが、アリスの夢の中?」

「そうです、この図書館には全ての記録が収められています、生と死の記憶……人の生み出す夢がここに詰まっているのですよ」

 唖然として宙を見上げた。

 そこに収められた本の数々が未来の人が生み出す技術だと館長は言う。

「だったら、ここにある本を閲覧すれば未来が手に入るんですか?」

「いいえ、そうではありません……言ったでしょ? 未来を決めるのはあなた達なのですよ、だから必ずここにある本すべてが使われるわけではありません、ここにあるせいぜい一・二割使われる程度でしょうね」

「これ全てが、人の可能性?」

「それだけではありません、大統領から虫一匹に至るまですべての一生が本として記録されています」

「じゃあ、これを読めば歩兎の全てが分かるんですね」

「そうです、彼女が何を思って死んでいったかもこれで分かりますね」

「……」

 迷いは一瞬だった。

「これは、今読むべきではないのでしょう」

「そうですか……」

 差し出す本を館長は何も言わずに、本を受け取ってくれた。

「でも、これからどうすればいいんですか?」

 まず、この人から鍵の使い方を聞く。

「その後は……」

 どうすればいい?

「……俺に、何が出来る?」

 ふと、自分の胸に聞いてみる、もしかしたら聞こえているかもしれない。

「歩兎……俺、どうすればいいかな?」

 返ってくるはずのない、返事を待つ。

 その時、時間が止まって見えた。

「兄さん」

 返ってきた返事は、真後から聞こえた。

 振り返ると歩兎はそこにいた。

 よく見る必要もないその姿はあの日と全く変わっていなかったから。

「兄さん、難しく考えないで」

 名前を呼ぼうとした時、遮るように喋り出す。

「もう、後悔したくないんでしょ? だったらこんな所で立ち止まらないで」

 その顔は呆れとも取れる微笑み。

「私は、兄さんに死んでほしくなんかない、でも何もしないで生きてほしくもない」

「歩兎……」

「世界を守ってなんて言わない、ただ私が生きたそして兄さんが生きている場所を守ってほしいだけ」

「だから、俺を生かしていたのか? 死なない様にしていたのか?」

「違う、死ぬ事を許していないんじゃない、私はただ振り返るだけじゃなくて、前を見て生きてほしかっただけよ」

「…………」

 くそ、泣き顔見られるのなんて、何年ぶりかな……。

「兄さん、ごめんなさい、私の死で兄さんを悲しませてしまったことは謝る事しか出来ないわ、でも兄さんはこれ以上傷つかなくていいんだよ?」

 そう微笑みながら、頬を触る妹の手は暖かかった。

「でも、どうしても兄さんが自分を許せないなら、一つ罰を与えます」

 顔を包む手が光になって徐々に消えていく、そして、最後に満面の笑みでこう告げられた。



 生きて兄さん、それが私の望む罰です。


「…………たく、妹に説教されるとはな」

 動き出した時間の中で、涙を拭う。

「そうだ、グダグダ考えるな」

 助けたいから助ける、自分に何が出来るかはその場に行って考えればいい。

「安心しろ歩兎、お前とお前の与えた罰は必ず守るからな」

 だから、まずはあいつを助けよう。

 そう思ったら、今度は確かに足が軽くなった。

「行ってきます、館長」

 駆け出そうとした俺の背中に館長が問いかけた。

「答えは出ましたか?」

「……分かりません、だから――」

「だから?」

「答えを、手に入れてきます」

「そうですか、行ってらっしゃい」

 館長の言葉に背中を押されながら、急いで境界の方に戻る。

 夕暮れになろうとする時間だけあり、そこに人影はない。

「さて……」

 息を整え、目の前に意識を集中する。

 もうイメージは出来ている、後はそれを思い出すだけでいい。

「見えた」

 その壁は変わらずにあった、黒いのに中の様子が透けて見える。

 その中のあいつは、何か大きな力を使おうとしていた。

 今の俺なら分かる、あれを使えば恐らくランタンは消える。

「ふざけんな、お前には大きな借りがあるんだ、俺に借りを作ったまま消えんじゃない」

 意を決し、中に入る、壁の中は惨状と化していた、剥げたコンクリートに、ボロボロのビル、そして、中の空気を掌握している二人の神秘。

「ランタン‼」

 大声で叫ぶと、ランタンが驚いと表情の後、怒った表情をした瞬間、倒れ込むのを全身で受ける。

「トウヤ……なぜ、きたのだ……」

「何で? 助けに来たんだよ、当たり前だろ?」

「お主に何が出来る――」

「はいはい、文句なら後でいくらでも聞いてやるから、今は喋るなよ」

 そう言いながら、火傷のような跡が胸部を覆っている。

 それは、少しずつだが広がっているのがはっきりと分かる。

「なんじゃ、じっと見て、妾の顔に何か付いているか?」

「いいや、火傷みたいのを見てたんだよ」

 確かに見上げる方からすれば見つめられているのと変わらないだろう。

 だけどその声に余裕はない、広がるたびに苦しそうに呻く。

「少し、我慢してくれ」

「な?! お主!」

 待て、と言い終わる前に、人差し指で鎖骨あたりに触れた。

「何処を、触っておる」

 大きな声を出そうとしたが、こいつを見つめる目が余りにも真剣であった為か途中でしぼんでしまったようだ。

「我慢しろ、すぐ済むから」

「何を、するつもりじゃ」

「今から、これを消すんだよ」

 そう言って、傷を睨みつける。

 すると、お腹のあたりから帯のような物が出てきた、よく見れば文字の様にも見える。

「ここが力の発生源らしいな……そうだ、触れる事が出来るなら今の俺に消す事が出来ない物も、ない」

 それを握り潰す、すると手の平にピリッとした感覚と共に闇色をした帯は光にとけるように指の間から消えていった。

「どうだ、ランタン」

 ランタンは何も言わずに体中を確かめている。

 成功はしたと思うが、それでも不安に駆られる。

「すごい、火傷が消えておる」

「そうか、良かった――」

「なるほど、毒炎の存在そのものを消したのか」

 すると、今まで静観していたニーズが声を上げた。

「それが、鍵の力か」

「らしいな、確か〝始まりの無(アイン)〟ってゆうらしいぞ?」

「だが、直接触れなければ意味はない、いくら視界に映る神秘を具現化した所で存在を維持している核を消さなければこの世から消失させることは叶わない」

「お前に説教されなくても分かっている、もっとも使い方を教えてくれたのは歩兎なんだがな」

「素晴らしい、ではのこのこ帰ってきた哀れな鍵をいただくとしよう」

 そう言って拳を突き出し、禍々しい、黒の弾丸を放つ。

 油断しきっているのか、弾丸の数は五発だけである。

「悪いが、お前に妹をくれてやるわけにはいかない」

 そう言い放ち、飛んでくる弾丸を直視する。

(難しく考えるな、今はただ、飛んでくる神秘を否定しろ)

 そう自分に言い聞かせ、(くう)で拳を握った。

 全ての弾丸は最初から存在しなかったように、姿を消した。

「馬鹿な……触れずに存在を消しただと?」

 驚愕するニーズから視線を逸らさずに、ランタンに声を掛ける。

「動けるか?」

「ああ、大分マシになったよ」

「そうか、なら一つ頼みがある」

「なんじゃ?」

「今から奴の核を探す、アリスに近い奴ほど核が見つけにくいらしくてな、さっきから見つけようとしてるんだが、中々見つからない」

「じゃから、妾に時間を稼げと?」

「ああ、そしてお前が奴の動きを封じている隙に俺が核を潰す」

「大丈夫なのか? さっきのように直接触れずに消すことは出来んのか?」

「直接触れないで消すことが出来るのは純度の低い神秘だけだ、それに……」

 そう言いかけて二の足を踏む、いい加減足に来てしまったようだ。

「どうやら、消すことが出来るのは一日三回までらしい、それ以上は俺が持たない」

「どうしてそこまで鍵の力が分かっておる?」

「あいつが教えてくれている、からかな」

「妹か」

「そうだ、詳しい事は分からんが頭の響いてくるんだよ、歩兎の声がな……」

「そうか……なら、この命、お主に預ける」

 そう言って鎌を構え直す。

「悪い、負担を掛ける」

「いいさ、褒美はお主の作るデザートで手を打とう」

「いいよ、お安い御用だ、後な……」

「?」

「お前の帰ってくる場所はここだ、それだけは忘れるなよ」

 それは、俺の心からの言葉だ。

 するとランタンは、目を丸くしたかと思えば何故か顔を赤くしながら顔を背けてしまった。

「ありがとう、トウヤ」

 こちらに聞こえないように、何かを呟いた。

「始めるぞ、準備はよいか?」

「いつでもいいぞ」

「そう緊張するな、お主には指一本触らせんよ」

 緊張が伝わっていたのか安心させようと微笑みかけてくれた。

「貴様ら、死ぬ覚悟は出来たか?」

 だが、その微笑みを打ち消すようにニーズに再び殺気が戻ってくる。

 しかし、観察してみてもニーズに思ったより動揺は見られない。

「ニーズ、随分と余裕じゃの」

「ああ、大した問題ではないからな」

「妾たちを相手にどこまでやれるかな?」

「満身創痍の神秘一匹に、覚醒して間もない鍵など一捻りだ」

 拳を前に構えながら体制を低くしているニーズに対し、ランタンは鎌魔を上段に構えて呼吸を整えている。

(よし、俺達もそろそろ行くか、歩兎)

(ええ、兄さん)

 (コード)を込めて、眼前の黒い巨漢を睨みつける。

(何処にある、奴をこの世に留まらせている核は――)

(落ち着いて兄さん、きっとあるから)

 頭に響く妹の声を聞きながら、未だに静止しているニーズを直視する。

 二分ほどの沈黙ののち先に動いたのは、ランタンだった。

「(断罪の力ジャッジメントコード)〝(くろ)(はやて)〟」

 俺は確かにニーズだけを見ていた。

 他の一切を視界の外に流して、ただニーズの核を探すことに集中していた。

 その筈であり、ランタンは俺を庇うように前に立っていた、それなのに何故か俺の視界にニーズの正面で鎌を振り下ろすランタンが映っていた。

 あいつは、十メートル以上ある間合いを一瞬で殺人の間合いへと昇華させていた。

 だが、ニーズに動揺は見られない。

 むしろ待っていたと言わんばかりに両腕をクロスさせて鎌の斬撃を受けた。

 その時、金属同士がぶつかった様な音と衝撃が、辺りを駆け巡った。

「素晴らしい一撃だ、どうだ? 今からでもユグドラシルに入る気はないか?」

 ニーズが何かを呟いた。それを、失笑で返すランタン。

「生憎と、妾は〝徘徊の魔灯〟誰の元にも行く気はない」

「それにしては、やけにあの小僧にこだわるではないか、自分の存在を削ってまで(コード)を使用している、それほどあいつが愛おしいか?」

「分からん、じゃが、お主たちに殺させるのだけはごめんじゃ!」

「いいだろ、ならばお前の残りの力をいただき、鍵を手に入れるとしよう」

「やってみるがいい!」

 鎌に一層の(ちから)を込めて押し込む。

 徐々に、刃がニーズの腕へと食い込んでいく。

「なるほど、存在を賭けているだけある、この姿のままでは追い付けんか」

 何かを悟ったのか、ニーズが間合いを離す。

 しかし、体制を立て直す時間を与えるほど甘くない。

 再び、黒い風になったランタンが鎌を横殴りに振る。

「逃がさんよ!」

「迅い!?」

 奴が焦っても間に合わない。

 鎌で胸をごっそりと抉られ、鮮血で自らの顔を染めた。

 しかし――。

「駄目じゃ、浅い!」

 後悔も束の間、怒りに湧いた表情でニーズが睨みつける。

「調子に乗るな!」

 鎌で斬り付けた。

 だが、それでもニーズは止まらない。

 飛びそうになる体を踏ん張って堪え、無造作に鎌を掴むと力任せに瓦礫の山へと投げ飛ばす。

「ランタン!」

 慌てて駆けつける、もつれる足に喝を入れながらランタンの元に急ぐ。

「おい! 大丈夫か?」

「ああ……平気じゃ」

 鎌を支えに何とか立ち上がるが、立っているだけでやっとの状態だ。

「妾の事はいい、それよりも――」

「大丈夫だ、お前が時間を稼いでくれたおかげで、やっと視えたよ」

 俺の視界に映っている黒い点、それこそニーズをこの世に留めている根源である。

 あとは、それを消すだけだ。

「よし、ならすぐに奴の動きを――」

 そう言いかけて、支えていた鎌から滑り落ちる。

 慌てて受け止めたランタンの体は尋常なほど熱くなっている。

 呼吸も荒い、これ以上は戦えないだろう。

 意識が朦朧としているのか、虚ろな目に俺は映っていない。

(やっぱり、これ以上負担は掛けられないな)

(なら、どうするの? 兄さん)

(決まっている、直接触って、核を消すんだよ)

(………………確かに直接触ることが出来ればあいつを消すことは出来るかもしれません、ですが――)

(これしか方法がないなら、やるしかないだろ?)

(まさか、死ぬ気ですか?)

(それこそまさかさ、生き残るために自分の命を掛けるんだよ)

(…………分かりました、死なないでくださいね、兄さん)

「大丈夫だ、約束は破らない」

 懇願の声を最後に、歩兎の声は聞こえなくなった。

「さぁ、覚悟はいいか? 鍵よ」

「死ぬ覚悟を決めたつもりはない」

 強がりなのは自分でも分かっている、それでもやらなきゃいけない。

「この姿を見た後でも、同じ事が言えるかな?」

 異変はその言葉のすぐ後に起きた。

 黒の羽根を舞い上がらせ、ニーズが飛翔したのと同時に体が黒い球体に包まれる。

 その大きさは半壊したビルとそれほど変わらない、十五メートルほどもあるだろう。

 数分の沈黙の後、姿を現したのは巨漢ではなく、巨大な竜。

 手は無い、だが広げた翼はうしろの風景を覆い隠してしまっている。

 体は黒の鱗に覆われ光沢を放ち、開きかけの口から覗く舌は別の生き物のように蠢いている。

「これが我の本当の姿〝根を貪る黒竜(ニーズヘッグ)〟だ」

 姿は変わっても、その重い声だけは変わっていなかった。

 いや、姿が禍々しくなった分重みは一層増した気がする。

「はは……マジかよ」

 もはや、笑うことしか出来ない。

 その笑い声も、乾いている。

「どうだ? これでもまだ我に勝つつもりか?」

 ニーズの声は勝利を確信したように高揚している。

 気持ちでは負けていないつもりだ。

 でも、気持ちだけで覆る状況ではないことも分かっている。

(また、守れないのか?)

 反射的にランタンに視線を移す、相変わらず苦しそうに呼吸をしている姿を見て、弱気になっている自分を無理矢理に奮い立たせる。

「そうだったな、無謀は百も承知、あとの事は後で考える」

(アリス、聞こえているか? 聞こえているならちょっとでいいから俺に力を貸せ、世界を守れる力なんて要らないから、目に映る世界を守れるだけの力を!)

 そう念じながら、巨竜を睨みつけた。


 七月十五日 午後四時


 視界は白い、濁った水の中にいるみたいだ。

 妾がどうして、どうなったのか、それさえ分からない。

 このまま、寝てしまおうかの。

(ランタン)

 呼ばれてロクにない視界で前を見れば、そこに居たのはあの時の少女だった。

(お主は、何者じゃ?)

『私は歩兎』

(トウヤの、妹か……)

『そう……そして、貴女に力を与えたのも私なの』

(この地に妾を呼んだのも?)

『そうよ』

『なぜじゃ、お主は〝アカシャの鍵〟なのだろ? 何故あの時――妾を助けた――』

『それは貴女が生きることを望んだから、あの時代にいた誰よりも』

(たったそれだけの理由で?)

『そう、それに知りたいのでしょ? 自由って何なのか、その答えを』

(……あぁそうじゃ、その答えを知れて、初めて母上は報われる気がするんじゃ)

『でも、それの答えを出すのは難しいよ? ひょっとしたら、答えなんて無いかもしれないんだよ?』

(でも……答え探しを止めてしまったら、母上の死は本当に意味のないものになってしまう、それだけは嫌じゃ! それに――)

『それに?』

(トウヤと一緒にいればその答えが分かるかもしれない……何故だかわからないが、そんな気がするのじゃよ)

『なら、このまま寝ているわけにもいかないね』

(確かに、じゃが今の妾ではトウヤの力にはなれない――いや……ある、一つだけ方法がある)

『答えは出た?』

(分からん、これが最良の選択なのか……お主はアリスの代行者なのだろ? これは正しい選択なのか?)

『物事の正しいかどうかは、未来の自分が決めることだわ、確かに鍵はアリスの代行者みたいなものだけど、運命を決めているのはアリスでも私でもない、アリスはただ可能性を作り出しただけ、今の神秘達はその可能性の結果にすぎない、選んでその道を運命にしたのは人間であり、貴女なのよ』

(運命を決めるのは自分、そう言いたいんだな)

『だから、後悔しない道を選んでね、運命はやり直せないから……』


 最後に歩兎は、寂しそうに笑って光の中に消えていった。


(後悔、か……確かにトウヤを死なせることはきっと、後悔すると思う)


 だから、ここで眠るわけにはいかない。



「面白い、その最後の抵抗、我が粉々に砕いてくれるわ!」

 雄叫びが木霊した、俺はそれが俺の聞く最後の声になると思った。

「(断罪の力ジャッジメントコード)〝贖い(あがな)(くさり)〟」 

 隣から響く、声の方を向く。

「ランタン……」

「すまん遅くなった……いま奴に掛けた(コード)は捕縛用のだ、今の妾では長くは持たん」

 息は荒いが、まっすぐ立つランタンに、安堵の息が漏れる。

「馬鹿な、あの傷でどうして立てる!」

 突如、地面から生えた鎖で絡め取られたニーズが睨みつける。

「ランタン、これから――」

「トウヤ時間がない、妾と今すぐ契約をして欲しい」

「契約?」

「ああ、妾は今まで不完全な神秘だったんじゃよ、人間から神秘になった者は契約者を持たねばその存在を維持できない」

「お前、じゃあ今までどうやって生きてきたんだ?」

「過度な(ちから)を使わなければ問題はない、じゃがどうしても補充しなければならなかった時は死にかけの体に宿った魂を喰らってきた……そうして数百年の間妾は生きてきた」

「……」

「どうした? 妾が怖いか?」

「あのな、口の周りも拭けないような奴を俺が怖がるとでも?」

 不安げに見上げていたランタンの頭を優しく撫でる。

「それで、俺はどうすればいい? いい加減術が切れそうなんだろ?」

 ガシャガシャと鎖をぶつけて暴れているニーズに目をやる。

 目は血走り、今にも襲ってきそうな呻き声をあげている。

「えぇ…………そうじゃの……」

 するとランタンは何故か口籠ってしまった、俯いた顔も何故か赤い。

「どうした、時間ないんだろ? 早くしよう」

「そう……じゃったの、じゃ――じゃあトウヤよ、目を閉じてくれんか?」

「目を?」

「そうじゃ、本当の契約の際にはきちんとした手順を踏んで行うんじゃが、今は時間がないから省略するぞ」

「何をするかは分からんが、全部お前に任せるよ」

 目を閉じる、するとランタンが正面に立つのが分かった、緊張しているのかほぼ密着している体が小刻みに震えている。

「そうじゃ、一つ言い忘れておった事がある」

「なんだ?」

「マリアじゃ」

「誰だ、それ?」

「妾の、本当の名前じゃ」

「本当の名前?」

「ランタンとゆう名はリオンが付けた名じゃ、妾の姿を見て思い立った名前らしい」

 そう言いながら温かな物で俺の顔を優しく包んだ。

 視界には何も映らないが、恐らく手の平だろう。

 目を閉じているため、次の行動が読めない俺は僅かに身を竦ませる。

 そんな俺を、労わるようにやさしく撫でてくれる。

「そう緊張するな、妾だって初めてなんじゃぞ?」

「何する気だよ」

 顔を両手で挟まれる状態のまま、眉を寄せる俺。

「お主、意外と鈍いんじゃの……」

 溜息を吐かれた。

 その訳を聞こうとした時、鎖の千切れる音が聞こえた。

「させぬぞ!」

 ニーズの怒声が聞こえ、動揺して口を開きかけた瞬間、自分の口に何か柔らかい感触で塞がれた。

「⁉」

 驚いて目を見開けば、ランタンとの距離はゼロであり……俺は今、キスをされていた。

「ん……」

 熱の籠った息が口の中に入ってくる、その感覚に酔ってしまったかのように何も出来ないでいると、不意に胸のあたりが熱くなってくる。

 口から入ってくる気体とも液体とも取れない、得体の知れない物が体を満たしていく。

 やがて、目を閉じていたランタンが光の粒子となって完全に消えた瞬間、周囲の空気が渦巻き始める。

 やがてそれは、一つの塊となって俺たちを守るようにニーズの行く手を遮った。

「くそ、間に合はなんだか!」

 ニーズが何かを言ったのは聞こえたが、暴風のせいで途中で掻き消されてしまった。

 暴風の中、瞳を閉じてその時を待つ。

(待っていたよ、兄さん……行こう!)

「ああ、行こう! 歩兎」

 やがて聞こえた歩兎の声、ランタンがくれた温もりとこの声に背中を押されて、目の前の風を切り裂く。

「待たせたな、ニーズ」

 姿を現したのは全身を黒衣に覆われた、一人の魔法使い。

 その姿を割れたガラスで確かめる、それはまるで、日の光の裏にある影のようだった。

「それが、真の〝徘徊の魔灯〟か」

「そうだ〝徘徊する魔人の灯(ジャック・ランタン)〟ってところだな」

 おどけた口調で答える。変わってしまった自分の体を確かめるように全身を見つめる。

「凄まじい(コード)の量だ、数百年の間、(コード)を使わずにいただけの事はある」

「そうか……だから他の連中に狙われていたんだな、こいつを食えば莫大な(コード)が手に入るから」

 (コード)が見える今なら分かる、こいつの(コード)はサラマンダーとは比較にならないほど濃く深いものだった。

(トウヤ、無駄話はその位にしろ)

 突如、ランタンの声が響く。

 どこからするのか探していると腰からぶら下がっているカボチャ型のランプから聞こえていた。

(妾たちとて、満身創痍なんじゃ、この姿とてそう長く持つわけじゃない)

「分かっている」

 肩に担いでいた鎌を両手に持ち直す。

 こんなに大きな鎌なのに全く重さを感じない、羽根を振るような感覚だ。

「さぁ決着を付けるぞ、ニーズ」

「いいだろう、お前たちをこの場で倒し我らが願いを成就させる」

「…………お前たちの願いって、何なんだ?」

 改めて、黒き巨竜に問う。

「くどい、お前らには分からないと言ったはずだ」

「そうか……ならもう聞かない、だが俺も歩兎をくれてやるわけには、いかない」

「なら、無理にでもいただくまでだ」

 宙に浮くニーズは体に黒の闘気を纏わせ、俺は腰を落とし、体と心を引き絞る。

「はぁっ!」

 短く息を吐き、黒い風となる。

 ニーズとの距離が一気に縮まり三日月の鎌を振り下ろすと、ニーズは飛翔しそれをかわす。

 すると、上空から黒い火球が降り注ぐ、それを鎌で弾く、止むことない事のない死の雨を防ぎながらも考察を止めない。

(よし、読み通りに上にあがった、上空に留まっている今がチャンスだ)

 このまま真下から、一気に決める。

「いけるか? ランタン……」

(無論じゃ、妾の事は気にするな、今はただ鎌を振ることに集中しろ)

「けど、初めて握ったのにこんなに上手く使えるのって、お前のおかげなんだろ?」

(そうじゃが、それはお主の運動性能が良いからじゃよ、不完全な契約でここまで動けるとは予想外じゃった)

「そうか、なら大技いくぞ?」

(分かった、(コード)の制御は心配するな……思いっきりやれ)

「了解!」

 そう言って鎌に(コード)を集中させる。

 技の使い方は何故か分かっている、恐らく契約した際に記憶される仕組みになっていたのだろう。

 だが、今はどうでもいい思考は排除しこの一撃を奴の胸に穿っている黒い点に当てることに集中する。

 やがて鎌が黒に満たされ、(やいば)の波紋が血の色に満たされた。

「(断罪の力ジャッジメントコード)〝黒血(こっけつ)()ちし悲願(ひがん)血涙(けつるい)〟」

 思いを込めて、鎌を薙ぐ。

 泣き叫び、許しを請う女の叫びが晴天の空を裂きながら黒炎を纏っている巨竜に向かっていく。

 するとニーズもまた、細々と撃っていた炎を止め、口周辺に作った幾何学模様の中に炎を集中している。

 恐らく、奴も大技でくる。

「〝憤怒(ふんど)息吹(いぶき)〟」

 陣を満たした毒炎が、こちらの攻撃と重なる。

 だが勝負は刹那、瞬きの間に着いた。

「グォォォォ!」

 毒炎を掻き消し、赤と黒の波紋がニーズを貫いた。

 だが毒炎の勢いが強く、掻き消した際に核には当たらず、奴の翼を引き千切るように貫いた。

 そして、ニーズは何時しか人型に戻り落ちていった。

 自らの鮮血に浮かぶニーズを、鎌を支えに霞む視線で睨む。

(大丈夫か⁉ お主無茶をしすぎじゃ)

「な……にが…………だ?」

(自覚してなかったのか、あれだけの(コード)を注ぎ込んだんだぞ!)

「そう……だったのか――」

 ヤバイ、目が霞む。

「でも……制御はお前がやっていたんだろ?」

(あのな! あれだけの(コード)を一気に注ぎ込まれたんじゃいくら妾でも制御は出来ん、暴発しないようにするのがやっとじゃったんだぞ!!)

「そんな事……言われても…………」

 もう、ダメ。

(お…………トウヤ……しっかり……)

 悪いランタン、後で幾らでも怒られてやるから、今は……寝かせてくれ。



 今は夜、辺りが(やみ)(いろ)(たれ)(ぎぬ)で覆われた夜の八時過ぎ、音もなく移動する三つの影。

 屋根を踏みしめ、重力に逆らい、高々と月光をより高い位置で浴びる。

「この辺りですね……(きり)()?」

「駄目だな……奴さん、相当上手く隠れちまって、これ以上は無理だ」

「そうですか……仕方ありません、灯夜の保護に戻りますよ」

 負傷したニーズを担いで逃走した神秘を追いかけたが、うまく撒かれてしまった。

 しかし灯夜の安否も気がかりだ、急いで戻ろう。

「トウヤ! しっかりしろ!」

 ずっと彼の傍らで泣く少女、ボロボロの浴衣の上から羽織った闇色のマント、間違いない彼女が……。

「〝徘徊の魔灯〟ですね?」

「お主は――」

 私に気が付いた彼女は警戒をはらませながら、こちらを睨みつけた。

「安心してください、私は敵ではありません、今のところは、ね……」

「今の、ところ?」

「そうです……」

 そして、腰に下げた剣を引き抜く。

 そして、しゃがみ込んでいる彼女の喉元に突き付ける、僅かな殺気を滲ませてこう告げた。

「もし、灯夜を傷つけるようなことをしたら……貴女を敵と判断します」

「お主、何者じゃ?」

「私は天原 花蓮〝聖剣(エクスカリバー)〟に選らばれし王」

「では、貴様が〝剣王(アーサー)〟か?」

「はい、貴女と彼の身柄を、一時的に〝協階〟で保護します」

(ごめんね……灯君)

 眠るような横顔を見つめながら、思う。

(間に合わなかった、君を助けてあげられなかった……)

(何時もそうだね、私は君を助けてあげられない)

 肝心な時に、傍に居てあげられない。

(そう……いつも……君が辛い時に傍に居てあげられない)

 滲む視界をごまかす為に……俯いてしまった。

(でも、後悔しても……時間は戻ってくれない)

 なら後悔しないように行動するだけだ。

(大丈夫、これからは……私が護るから、もう二度と君の元を離れないから)


 君は……私の生きる理由だから。



「鍵の方はどうでした?」

 妖艶な声が響く。

 見下ろす先には、夜に支配された街が浮かんでいる。

「遅れを取ったが、鍵の力を再確認できただけでも、僥倖だ……」

「そう……」

 ニーズの呟きに応えるようにローブに隠れた妖艶な声の主が笑う。

「片腕斬られておいて何を偉そうにしているさ」

 その隣からは軽薄な笑いが響く、歳は十代前半くらいの明るい少年の声がこの場の雰囲気にそぐわない。

「大きな口を叩くな、ヴェルク」

「なんでアンタにいちいち命令されなきゃならないのさ?」

「何?」

 少年、ヴェルクの軽薄な反発にニーズが僅かに眉を寄せる。

 険悪なムードが空気を重くする。

「オレがあんたに協力してやってるのは、そんな無様な姿を晒すためだったかな?」

「お前こそいつからそんなでかい顔をするようになったのだ? その生まれ持った力ゆえに捨てられたお前らを一族に招き入れた恩を忘れたか」

「アンタに拾われたわけじゃないさ、アンタこそ〝根〟を守っているからって調子に乗らないことさ」

「貴様……」

 緊迫した雰囲気が三人の周りを包み込む。

「ヴェルク、言葉が過ぎますよ?」

 すると、ローブの女性が窘めた。

 正確な歳は分からない、だがその若く美しい声色は幾年も年月を生きている声ではない。

「ラクスさん、だってコイツが――」

「だってじゃありません、仮にもユグドラシルの〝(いただき)〟を任されているものが、いつまでも軽薄な振る舞いをしているものではありません」

 不満を隠そうともせずヴェルクが黙る。

 そんな彼を見てラクスはローブから見える口元を歪める、その笑みはまるで愛しい我が子を見守る母親のようだ。

「さぁヴェルク、ニーズに謝りなさい」

「…………すんませんでした」

 ぶっきらぼうな謝罪。

 でも、素直に謝った彼を誉めるようにラクスの手が優しく頭を撫でる。

「ラクスさんには敵わないさ……」

 観念したのかそのまま頭を撫でられている。

「ニーズ、御免なさいね、この子はまだ子供だから」

「ふん」

「それで? 鍵が手に入らなかったってことは……」

 撫でられる格好のままヴェルクがニーズを睨みながら問う。

「ああ、〝彼〟の復活に支障は出たが、遅れはない」

「じゃあ、さきに他の駒をそろえた方がいいでしょうね」

 撫でるのを止めたラクスが顔を上げる。

「そうだな、駒を揃えている残りの同胞たちにも知らせておけ……こうなりたくなければ貴様らも気を引き締めろとな」

 そう言い残し、ニーズは闇色の空へと溶けていった。

 最初からいなかったように夜の帳に静寂が戻ってくる。

 見下ろす月は、紅い。

「さて、オイラも行くさ」

 そう言いながらヴェルクが空を歩いていく、見下ろす先には眠りにつきたい街。

 しかし、眠ろうとも眠れない〝人々(せかい)〟がそれを許さない。

「ヴェルク、分かっているわね?」

 歩いていく背中にラクスが語りかける。

「分かってる、絶対手に入れてくるさ」

「そうじゃなくて……」

「ん?」

 振り返る、そこにあったのはさっきと変らないローブ姿、でも口元にさっきの微笑みはない。

「必ず、帰ってきなさい……私の元に」

「…………分かってるさ」

 少年の様な無邪気な微笑みを残して、ヴェルクはニーズと同じく闇に溶けていった。




 夢を、見ています。

 夢の中の彼は、笑っている。

 それは歩兎、君の望んだ幸福でしょう?

 良かったね。

 これで私も、しばらくこの夢を見ることが出来る。

 これから彼等は多くの出来事に出くわしていく。

 でも、二人なら乗り越えていけるはず。

 だから、このお話はここまでだ。


 夢の続きは、また今度。



 6


「兄さん、もう、起きてよ……」

「歩兎?」

 まどろみの中で聞こえた妹の声に覚醒にはほど遠い意識が、一気に目覚めた。

「……ここは?」

 そこは見たことのない風景、何処かの草原にいた。

 頬を撫でる優しい風、自分を包む草の匂いは長らく感じていなかった気がする。

「ここは兄さんの夢の中だよ?」

「夢の中? そうかあの時急に眠くなって――」

 そこで重要な事に気が付く。

「そうだ、ランタンはどうなった! ニーズは?」

 体を起こし、見上げていた歩兎に聞く。

 すると歩兎は俺の隣に腰掛ける。

 生前と変わらない、甘い香りが鼻孔を掠めた。

「大丈夫だよ、あれからニーズは他のユグドラシルに連れていかれたよ、多分まだ生きてる、兄さんたちは〝協階〟に保護されて今は家で寝てるよ」

「協階?」

 そういえば、ランタンもその単語を言っていたような気がする。

「そう、この街と鍵の守護をしている人たち、主に神秘を受け継いできた家系からなっているんだよ」

「ひょっとして……花蓮さんの事か?」

「……変わらないね、そうゆう鋭いところは」

「いや、リオンさんと関係があるって聞いた時から何かしら関わっているんじゃないかって思っていただけだよ、でも何で助けに来なかったんだ?」

「ニーズの張った壁がかなり強くて、手が出せなかったみたいよ? それに周りにも人がいたから下手に動けなかったみたい」

 苦笑いで語る歩兎はどこか楽しそうだった。

「それで、まだ聞きたいことはありますか?」

「そうだな……」

 しばらく考え込む、そして不意に思い立った。

「髪……綺麗だな、手入れはしてるのか?」

「兄さん、もっと聞くこと無かったんですか?」

「神秘に関してか? それはもういいよ、俺たちが無事なら何も言うここは無い」

「まぁ兄さんがいいなら、いいですけど」

 それからしばらくの沈黙が流れる、前々から思っていたが俺ってかなりの口下手じゃないか?

「兄さんは……」

「ん?」

「鍵をどう使うつもりですか?」

「どう使う?」

「自覚がないようなので言っておきますが、今の兄さんは世界の運命を変えられる力を持っているんですよ? 第二、第三の鍵を覚醒させれば世界を無くすことも出来る」

「そうだな、そんな力だからユグドラシルとかゆう訳の分からない連中に狙われるんだよな」

「教えて兄さん、兄さんの願いは――」

「ない」

「…………え?」

 歩兎の間の抜けた声が響いた。

「いや、だから無いんだよ」

 真顔で答える。

「本気……ですね、その顔は……」

 妹に呆れ顔をされてしまった。

「俺、怒らせるようなこと言ったか?」

「いいえ安心しました、兄さんが……変わっていなくて」

 そう言って立ち上がる歩兎。

「おい、何処行くんだ?」

「兄さんがそろそろ起きるから、もう行かなくちゃ」

「そうか……少し残念だな、でもまた会えるんだろ?」

 振り返らずに小さく頷いた。

「また会いましょう、兄さん…………大好きだよ」

「え?」

 最後、何かを言った気がしたがその言葉を聞く前に夢から醒めてしまった。

「歩兎……」

 そう呟いて目が覚めた、そこに歩兎はいない。

 代わりに居たのは。

「え!? 花蓮さ――」

 慌てて距離を置こうとしたところ、そんなに広くないベッドから転げ落ちた。

「いって……」

 寝起きの頭には効く一撃だった、でも、お陰で目は冴えた。

(あれ? こんな事前にもなかったか?)

 そんな既視感に襲われながら、改めて花蓮さんの寝顔を見る。

「なんて恰好で寝てんですか……」

 その姿は制服のままだった、こんな恰好で何やってんだ?

「ひょっとして……」

 近くにあったテーブルの上にある美味そうなご飯が目に入る。

「看病してくれていたんだな」

 あれからそんなに寝たつもりはないんだが、どうやら日付が変わっている。

 保護してからずっと、見ていてくれていたようだ。

「ありがとうございます、そして……ごめんなさい」

「それは……何の謝罪ですか?」

「あ、起こしちゃいましたか――」

「体は大丈夫なんですか?」

「ええ、細かな傷以外は何とも」

 そう言って、ベッドに腰掛ける。

 すると花蓮さんも起き上がり、顔を覗き込んできた。

「そうですか……良かった……」

「ちょ、花蓮さん?」

 すると、すがり付くように花蓮さんがもたれ掛かってきた。

 肩が震えている、声には出してないけど、多分……泣いている。

「貴方に万が一の事があったら、私……」

「大丈夫ですよ、心配し過ぎです――」

「私はまた何も出来なかった、中で灯君が戦っているのは分かっていたのに、何もしてあげられなかった!」

「花蓮さん……」

 体は正直である、気付けばもたれ掛かっている体を優しく抱き締めていた。

「終わりよければ全てよし、ですよ」

「灯君?」

「大丈夫ですよ、俺だってこんな無茶は二度と御免です」

 見上げる瞳に優しく微笑みかける。

「それで……」

「何ですか?」

 抱き締める格好のまま、赤い顔をして聞いてくる。

「この間の返事なんですが……」

「あぁ……」

 屋上の、話だよな。

「えっと……」

(そうだ、この間俺、告白されたんだ)

 なのに、こんなことしちゃ不味くないか?

(どうしよう、何にも気の利いた言葉が浮かばない! 誰か、たす――)

「トウヤ! 大丈夫――」

 勢いよくドアが開いた、ゆっくりその方を見れば、昨日とは違う浴衣を着たランタンが固まっている。

 これはチャンスだ、ランタンに話しかけて流れを変えよう。

「よう、ラン――」

(出来るだけ陽気に話し掛けて――)

「人がせっかく心配して見に来たと思えば……」

 殺される。

 雰囲気がそれを物語っていた、よく考えてみればこの格好のままなのは確かに誤解を招く。

「いや、ランタン、これは違――」

「何が、違うのですか?」

「そうだ花蓮さんからも――」

「そう言えば……灯君?」

「え?」

 助けを求めて視線を下に移せば、何故か花蓮さんも殺気立っている。

「ど、どうしたんすか?」

「徘徊の魔灯と契約したそうですね?」

「しましたけど……………………あ」

「思い、出しましたね?」

 やべぇ、ちょう怖い。

 そして、いつの間にか握られていた西洋風の剣が喉元に突き付けられているし。

 恐怖で後ろに下がれば、反対側の首筋に鎌が付きつけられるし。

 これじゃ、どうして契約の事を知っているのかも聞き出せない。

「さぁ説明してもらうぞ? トウヤ」

「さぁ説明してもらいますよ? 灯君」

(もう、嫌だ……)

 二人の女子から物凄い殺気を浴びながら、空に助けを求めた。

 だが、空が助けてくれるわけもない。

 外は相変わらずの晴天、それは無邪気な少女が微笑んでいるような暖かな日差しだった。





 〝閉館〟


「いかがでしたか、さてこれからは少年がどのように成長していくのかを読んでいただこうと思うのですが――お客様、残念ながら閉館の時間になってしまいました……お話の続きがご覧になりたくなったら、何時でもお越しください」

 頷いた彼女は本を返すとそのまま真っ直ぐ出口に向かった。

 その背中に男は声を掛けた。

 その声色はまるで、また来る事を知っているかのようだった。

「では、またの御来館、心より、お待ちいたしております」



                                          了


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