後日談Ⅱ 彼女が怖かった理由
――セレスティア・アルヴェイン視点――
私は昔から、間違えやすい。
感情の出し方を。
距離の取り方を。
そして、好きという気持ちの扱い方を。
「アルヴェイン様は完璧ですわね」
そう言われ続けて育った。
だから私は、完璧でいようとした。
正しい姿勢。
正しい言葉。
正しい微笑。
間違えなければ、誰も困らないから。
けれど。
レオンハルト・ヴァイス様に出会ってから。
私は、ずっと間違えている。
◇
最初に気づいたのは、入学式の日だった。
彼は目立たなかった。
むしろ目立たないようにしていた。
けれど。
困っている下級生に自然に手を貸し。
誰にも見られていないと思っている顔で安堵していた。
(優しい方だ)
そう思った瞬間。
視線を外せなくなった。
それが何なのか理解するまで、三日かかった。
理解した瞬間。
(どうすればよいのですか)
本気で困った。
恋愛経験。
——ゼロ。
教本にも載っていない。
◇
話しかけようとして、三回失敗した。
一回目:タイミングを逃す。
二回目:視線が合って逃げる。
三回目:近づきすぎて侍女に止められる。
(なぜ距離が分からないのでしょう)
結果。
私は観察することにした。
……それが怖がられているとも知らずに。
◇
第4話の日。
彼が距離を取るようになった。
挨拶は丁寧。
態度も完璧。
——けれど遠い。
胸が静かに痛んだ。
(嫌われました)
理由は明白だった。
距離を間違えた。
見すぎた。
近づきすぎた。
当然の結果だ。
夜、初めて眠れなかった。
◇
それでも諦められなかった。
隣に立ったときだけ。
彼は少し安心した顔をする。
それを知ってしまったから。
だから私は。
勇気を出して、何度も声をかけた。
怖かった。
毎回。
断られるかもしれないと思った。
氷の公爵令嬢。
そう呼ばれる私が。
こんなにも臆病だとは、自分でも思わなかった。
◇
そして、あの日。
中庭。
「誰かを好きになる自分が怖かった」
彼の言葉。
胸がいっぱいになった。
同じだったから。
私も。
好きになるほど、間違える自分が怖かった。
嫌われる未来ばかり想像していた。
だから。
気づけば袖を掴んでいた。
本当は手を取りたかった。
けれど、それはまだ早い気がして。
……勇気が足りなかった。
◇
現在。
学院の中庭。
彼は隣で本を読んでいる。
時折、難しい顔をして。
私はその横で、同じページを三回読み直している。
内容は全く頭に入っていない。
(近いでしょうか)
少しだけ距離を測る。
すると。
彼の肩が、ほんの少しこちらへ寄った。
偶然ではない。
分かる。
胸の奥が温かくなる。
「……レオンハルト様」
「ん?」
「本日は、穏やかですね」
意味のない会話。
けれど。
彼は笑った。
「そうだな」
その笑顔を見るたびに思う。
完璧でなくてよかった。
間違えてよかった。
距離を何度も失敗したから。
今、ここにいる。
私はそっと袖に触れる。
彼は何も言わない。
離れない。
それが答えだった。
恋とはきっと。
正しく振る舞うことではなく。
隣にいたいと、思い続けること。
私は小さく息を吐いた。
そして心の中で、初めて言葉にする。
——好きです。
まだ声には出せないけれど。
きっといつか。
この人となら、間違えながら言える気がする。
だから今日も。
私は少しだけ距離を間違える。
彼の隣で。
終。




