9.公爵令嬢は調子を取り戻す
「叔父様のいる子爵邸に戻ります」
「駄目だ。それは許さない」
家令から状況を確認したあとも、公爵とは話が出来なかった。
呼び出した家令は、まず私の前で額を床に付けて謝ると、事態が落ち着いたら謹慎する予定にあることを教えてくれた。
けれど私は、そんな日が来ないのではないかと思っている。
公爵と私がこの調子だからだ。
「もうここには来ないとは、言っていないではありませんか。また日を改めてこちらに訪問すればよろしいのでしょう?それににあちらの邸は、学院に通うにも都合がいいのです」
「これからお前には急ぎ教育を与えると言っただろう!学院ならば、私がもっと近い邸を用意したから心配するな」
「それはどちらもお断りしたはずです」
「断ることは許さん。これは命令だ!」
何度も意識を失ったからと、大事を取って、二日は学院をお休みした。
明日はその学院も休日となる。
子爵邸に戻るには、ちょうどいい頃合いだと思っていた。
それに私は、叔父とも話し合いをしなければならない。
「今さら教育など。どうして後継者を用意しておかなかったのです?私のことは除籍するおつもりだったはずでしょう?」
「あれは違う。あのときは……とにかく私の後継者はお前だ。次の城の大会議には共に出席するから、そのつもりで準備しろ」
「それもお断りしたはずです」
「だから命令だと言っている!断ることを考えるな!」
あのような別れ方をして。
今さらどうして自分の後継にしようなどと思えるのか。
それも私の状況を把握したところだというのに。
公爵の頭の中が、私にはほとほと理解出来ないでいた。
そしてまた、私は叔父の頭の中も理解出来ないでいる。
「とにかく叔父様には会わせてください。あなただって、叔父様をこのままには出来ないことは分かるでしょう?」
「あちらが悪いのだから、放っておけばいい。いつまでも私を拒絶して、話も聞こうとしないから悪かったのだ。問題を起こしても、責任は向こうにしかない」
「問題の原因を作ったあなたにも責任が生じるに決まっているでしょう?」
「それはおかしい!義兄は、お前と会うことをすでに了承済みだと言っただろう?子爵の独断で勝手なことをしたのだから、すべての責任はあいつのものだ」
「自分に責任がないなら、王都で多くの方に迷惑を掛けようと関係ないと仰るのですか?それならあなたは、あの頃と何も変わっていないのですね」
「他人に迷惑を掛けていいとは言っていないではないか。だからあいつに責任を取らせると」
「責任を取る段階では、すでに事が起きた後ではありませんか。無駄に高い権力をお持ちなのに、事前に止めないでどうするのです?」
「権力も話も通じない相手だぞ?どうしろと言う?」
「だから私が会って話してくると言っているのです。同じく話の通じないあなたとも、話したいことは沢山ありますけれどね。今は叔父様の対応が先です」
「私と話したいとは思っているのだな?」
「はい?」
「ハリマン!子爵のことはどうなっている?また何か言ってきたか?」
ハリマンとは、家令の名である。
昔からこの家令ハリマンは、言い合う私たちの側にいて、どうしようもないときには流れを変えてくれることもあった。
「また半刻前にお嬢様へのお手紙を直々に持って来られました。次にお嬢様よりお応えが返ってこなければ、騎士を使うこともやむなしと言及されております」
「なんだと?あいつは王族のいる王都で、まさか戦を起こす気か?」
「叔父様ならやりかねません。だから私が対応すると言っているのですよ」
「それだけは駄目だ。そのまま攫われて二度と会えない」
「ハリマン。急ぎ私が手紙を書きます。今回は届けてくれますね?」
「何を書くつもりだ!」
「内容はお見せしますよ」
「出来上がってからでは遅い。私の前で書け!」
長く息を吐いて、ハリマンから万年筆と便箋を受け取った。
「まずは会うつもりがあることを伝えましょう。本当は今からでも子爵邸に戻りたいところですが」
「それは許さんと言った」
「では、叔父様の予定を伺うことにいたしましょう。学院があるので、その後か、次の休日か──」
「休日だ。次の……いや、次の次の次の休日にしろ。いや、もっと先だ。さらに次の次の──」
「それは待たせ過ぎです」
「何を!私が何年待ったと──なんでもない!」
「なんでもないなら黙ってください。あとは叔父様が騎士を使う日が来ないことを、私が心から願っていると書きます。これでひとまずは安心してもいいはずです」
叔父は私のお願いに弱い。
私に母を重ねるからだろう。
願いを叶えたくなくて聞こえない振りを続けることはあるけれど……さすがに今回は聞いてくれると思いたい。
「相変わらず……あの男は……」
私が手紙を書く間、公爵が叔父に向けた文句をぶつぶつと言っていたが、相変わらずなのは、あなたもですよと私は思っていた。
そういう私も、きっと何も変わっていないのだろう。
『どうしようもない人なのよ』
いつまでも私は母を分からないまま──。
手紙には、心配を掛けたお詫びや、元気に変わりなく過ごしていること、しばらくは公爵家の用意する邸から学院に通うことなども書き綴った。
あとは叔父がどう動くか。
叔父の手紙を任せたはずの家令が、足早に戻ってきたときには、私はもう叔父が動いてしまったかと焦りを覚えた。
「旦那様。急ぎお迎えする支度をせねばなりません。たった今、先触れがございまして。その訪問日が今日ということで、おそらくは返事も間に合わず──」
「なんだと?」
叔父でなく良かったことに安堵しながら、書簡を見て焦る公爵を横目に、私は少し前に得た感覚を呼び戻していた。
家令からこれまでの詳しい話を聞いた後に、今後についても説明されて。
あぁ、なんだ、そのためだったか。
私は妙に納得してしまって、特に嫌な気持ちは抱かなかった。
それなのに、私は知らない感覚を得ている。
私の身体のどこかに大きな穴が開いて、大事なものがすーすーと抜けていくようなそれを、いっそ味わおうと思って、私は目を閉じた。
あれだけ準備までして願い続けてきたというのに、私は逃げられないのだろうか?
私のお願いに弱い叔父も、私のこの願いだけは叶えないと知っていた。
伯父も了承したという話は、書簡もあって本当のことだったから、この王都にも、侯爵領にも、どこにも私の味方となる人はいないのだろう。
願ってはいけないこと。
分かっている。
それでも私は、公爵になりたくないし、貴族でありたくない。
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