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乳がんとともに  作者: 蒼井 つばさ


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環境の変化。病状の安定。

CVポート抜去後、しばらくは病状は落ち着いていた。

浮腫(ふしゅ)の方も、徐々に落ち着いていた。


…今となっては、一時的なものだったが。


どちらかというと私よりも、“保育園の洗礼”を浴びていた娘。

彼女の方が、なかなか体調が安定しなかったのだ。


GW直前にウイルス性の腸炎になり、保育園を欠席した。

それからというもの、数日欠席をし回復して保育園に登園できたと思えば、また2日ほどするとお迎え要請。

何日か欠席して、病児保育のお世話になる。

やっと回復したと思えば、また2日程でお迎え要請…


そんなことの繰り返しの数ヶ月だった。

そしてほぼもれなく、私にも感染るという状況だった。


そして秋も過ぎ、娘の体調も安定し始めた。

そんな冬の足音が聞こえ始めた11月。


主治医からは肺や骨、リンパ節、肝臓、乳腺の転移等もほぼ消えていた。

また、新たな転移も見られないという診断をもらうことができた。


また、脆くなっていた骨の治療として、打っていたランマークという注射。

これも、4週毎から6週毎。

6週毎から12週毎に変更しても大丈夫だと言って貰えたのもこの頃だった。


このランマークという注射が皮下注射なのだが、これがまた滅茶苦茶に痛いのだ。

看護師からは

「脂肪があるところの方が痛みはマシだから、腕よりお腹の方がまだマシだと思うよ。」

と、言われてはいた。


だが、打たれているところが見える位置に打つのが怖かったのだ。

私はガンとして腕に打ってもらっていた。


それでも、この注射を打つのが憂鬱だったのだ。

12週毎の接種になってホッとしたのを覚えている。


そして12月。

歩行補助で使っていたピックアップ歩行器から、普通の杖も導入して数ヶ月。

杖は近距離の移動にと使っていたもので、長距離は車椅子移動だった。

その車椅子から離れるための、所謂シルバーカーを導入することになった。


ケアマネ(ケアマネージャー)PT(理学療法士)とも相談しつつ、電動アシスト付きのものを使うようになっていった。


この歩行器は、座面の付いているタイプのものだ。

そのため、歩行途中に休憩を挟む時にはここに座ることもできた。


訪問看護や訪問リハビリの時には、その歩行器を使って外へ出かけていた。

お散歩という名の、歩行訓練である。


その成果もあってか、少しずつ一度に歩ける距離が伸びていた。

その事実が嬉しかったのだ。


そんな風に過ごしながら年が明けた2025年1月。

クリニック側の事情で、担当PTが変更になる事になった。


また、一からの信頼関係づくりだ。

不安にならなかったと言えば嘘になる。


だが、それもすぐに払拭できた。

今では体調確認や世間話だけではなく、おすすめの飲食店や映画などの情報を交換出来るほどになっている。


当時、そのPTが交際中だった彼女との結婚に向けた話を色々聞かせてもらえた。

それが楽しかったし、嬉しかった。


こうして、体調や病状は順調に回復傾向にあったのだ。


この時点では。

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