すごいね君は
陸上部に入部して2週間が経った。走っていなかった1年ほどのブランクの影響は思ったよりも大きく、頭では解っていても身体は思ったようには動かない。
最近は学園祭の準備も少しずつ増えてきたし、放課後を全て部活動に費やすこともできないから尚更キツイ。
そんなことを考えながら水を飲んで休憩をしていると穂積先輩に話しかけられた。
「まだ、2週間だからさ、そんなに思いつめなくても大丈夫だぞ。まずは基礎から固めていこう」
「わかりました。あの、一つ聞きたいのですが」
「ん?なんだい?」
「先輩はインハイで優勝した経験もあってすごい選手だと思っているのですが、練習はもちろん沢山していることは分かります。ただ、思ったように身体が動かないとか気分が落ちたときとかってどうやってリカバリーしてるんですか?」
今の自分がそんな感じだから、何か良いアドバイスがあれば教えて欲しかった。
「んー、自分のルーティンは絶対に崩さないってのは一番大事なことだけどーー」
「斗稀葉の存在が結構大きかったかな」
なるほど、彼女の存在か。
「斗稀葉はさいつも俺の前を突っ走ってるっていうか、追いつきたいって思えるような存在なんだよな」
「なるほど」
「自分の走り方がわからなくなった時でも周りと顧問は心配してたけど彼女だけは常にポジティブで、悩むよりまず一緒に走ろうって言ってくるんだ」
「そんな姿を見てるとさ俺の悩みなんてちっぽけだなーって、思わせてくれるんだよね」
「先輩にとっていい彼女さんなんですね」
「まぁそうとも言えるなぁ。ていうかなんか惚気てるみたいでキモイな俺!すまんすまん!」
「全然ですよ。いい話が聞けました」
「そ、そうか。竜馬もそんな存在に出会えたらいいな」
穂積先輩とそんな話をして練習に戻る。
彼女の存在、か。
確かに落ち込んでいるとき、もちろん自分でどうにかする事が大前提ではあるがそれでもどうにもならないときに励ましてくれる近い存在が居てくれたらどれだけ心強いか。
先輩が少し羨ましく感じた。
僕は元々そこまで強い人間ではないと思っている。
良樹みたいにスーパーポジティブな人間は落ち込んだ時でも自分で自分を奮い立たせる事が出来るのかもしれないが、僕はきっとそんな時は自分に寄り添ってくれる人が必要なのだろう。
まぁ虫が良い話なんだけども。
そうして今日の部活は終わった。
毎日身体中が痛い、、早く慣れないとな。
「おっ、お疲れ!りょーま!」
話しかけてきたのは西園寺さんだ。
「お疲れ様。西園寺さん」
「あ~まだ苗字で呼ぶんだぁ」
「ごめんなかなか慣れなくてね」
「千歳のことは名前で呼んでたのに?」
急に千歳の話題を振られてびっくりした。他クラスまでその話が行き届いているのか。
「ちぃには聞いてたかもしれないけど、同じ学校の友達だったんだ。隠してたつもりじゃなかったんだけど言ってなくてごめん」
「まぁ、あの雰囲気じゃ言えないよね~。気にしてないからいーよ!」
西園寺さんの顔を見ると本当に気にしてはいないらしい。
「そういえばさ、りょーまは何部なの?」
「僕は陸上部だよ。西園寺さんは?」
「うちは華道部だよ!ん~?意外って顔してるなぁ」
はい、正直だいぶ意外でした。
「いや、、まぁ意外じゃないって言ったら噓になるけど、、」
「まぁそうだよねぇ。うち、中学の頃は陸上やってたんだ」
「えっそうだったんだ」
「怪我で辞めちゃったんだけどね。引退試合前に」
「そうなんだ、、ごめん」
「なんで謝るの!いいの別に!うちが弱かっただけだからさ」
そう言う西園寺さんはどこか寂しげな表情をしている。
「僕も中学の途中で嫌になって辞めちゃったんだ」
「そう、なんだ。あ!帰るの遅くなっちゃいそうだから歩きながら話そっか」
「うん」
そうして僕らは歩きながら会話を続ける。
「それでも中学の同級生が一緒に部活をしたいって言ってくれて、それでまた陸上を始めたんだよね」
「一回嫌になった事をもう一回始められるのはすごいことだよ!」
そんなことを言われたのは初めてだ。
そこまで深く考えたことが無かった。
「本当に、すごいね君は」
また、悲しそうな顔をする。
「うちはさ怪我する前までは結構成績も良くて、顧問からもこのままいけば結構上の方目指せるぞ!なんて言われててさ」
「期待されるのはうちてきには嬉しいしそれが原動力にもなったんだけど、同時にプレッシャーも大きくて、それで余裕なくなっちゃって試合直前に怪我して心が折れちゃったんだ」
「、、リハビリすれば復帰できるよ、また高校でも活躍できるよ、なんて言われたんだけどね。」
期待されてた事が故の出来事だったのか。
いつも強く見えていた西園寺さんの意外な一面だ。彼女でもそんなことを思うのか。
「だからね、やっぱりすごいね君は。一回折れてもまた立ち上がる事が出来て。私には出来ないことだったから」
「そうでもないよ。今もブランクのせいで周りに追いつけなくて心が折れかかってるし。頑張ってもどうしようもないんじゃないかってよく考えちゃうし。それにーー」
「そんな時に1人で立ち上がりたくない、誰かに手伝ってほしい、一緒に話を聞いて立ち上がらせてほしいって考えちゃうくらい僕は弱い人間なんだと思う」
西園寺さんはそんな僕の話を聞いて、こちらを真っ直ぐ見ながら口を開く。
「弱くなんてないよ!だって一回ちゃんと立ち上がってるじゃん!自分がどんな人間なのかもちゃんとわかってて、追いつこうって努力して、うちはーー」
「、、うちは、かっこいいと思う」
ちょっと目線を逸らしながらそう言う。
急にかっこいいと言われると、女子からそんなことを言われる耐性を持っていない僕は直ぐに返答が出来ない。
「あっ照れてるなー!うちが褒めたから!」
「いやっ、、女子に褒められることなんてそうそうないから、、」
僕も今、人に見られたくない顔をしているが西園寺さんも言えないくらいに顔が赤い。
「だから、辛いときは人を頼っていいんだよ?うちはそれが出来なくて全部一人で抱え込んじゃったから。だからーー」
「うちで良ければいつでも話聞くよ。陸上の事も詳しいし!」
「それはすごく助かるよ。ありがとう、西園寺さん」
西園寺さんがすごく嬉しそうな顔をしている。
頼られるのが好きそうなタイプだとは思っていたが。
「友達だからね!当然だよ!これうちのL○NEね!」
そうして僕のL○NEに千歳以外で初めての女子が登録された。
元気いっぱいの子だし、千歳の友達だし、何より話せばすごくいい人だ。
部活のことでアドバイスをくれる貴重な人、これは大事にしなければ。




