袋のネズミ
全速力で逃げるワイト。
追いかける謎の男。
謎の男はかなり大柄な体格であり、すぐに追いつけると考えていた。
しかし、
――何て速さだ!
結果はまるで逆。
二人の距離はぐんぐん開いていく。
素の走りでは全く勝負になっていない。
謎の男は舌打ちすると加速のカードを取り出した。
――加速!
加速で一気に距離を詰めようと一歩を踏み出した。
瞬間だった。
目の前で、パリンッ、と何かが割れるような音がすると、ワイトから何かキラキラと輝く物が空中に放たれた。
――これは!
謎の男の目が捉えた物。
それは何の変哲も無いただのガラス片だった。
しかし、高速でガラス片に突っ込むという事は、止まっている自分に対してガラス片が高速で突っ込んでくるのと全くの同義。
「うおおっ!」
加速で空中に飛び出していたため、躱すことが出来ない。
――超反応!
謎の男はすぐさま超反応でガラス片の一つ一つを見極め、マントや手刀で弾いていく。
しかし、超反応は自身の行動が速くなるわけではない。
見えていても、対応できる量には限界がある。
――くっ!
謎の男は対応しきれない分をマントで凌ぐ。
しかし、その間当然スピードは落ち、角度が悪いガラス片はマントを突き破り、謎の男の体を切りつけた。
ようやくガラス片を凌ぐと、謎の男はマントを投げ捨てた。
もう自分の正体を隠すために動きにくい物を見に付けている場合ではない。
マントの下の姿は情報屋が睨んだ通り、紅の爪の大幹部の一人、グレイ=エアスネイクだった。ただでさえごつい体格に加え、軍服のような格好をしており、さながら、海外の特殊部隊の軍人のような姿だった。
グレイは黒のカードを取り出す。
――小賢しい真似を!
そして、そのカードをワイトに向けて発動する。
――〇.五秒の行動停止!
全速力で走っている時に〇.五秒も行動が止まってしまえば確実に転ぶ。
しかし、ワイトは白色のカードを取り出し、その場でくるりと回転しながらカードを発動させる。
――無効化!
ほんの一瞬よろめいたワイトだったが、すぐに体勢を立て直し再び走り出した。
――何だと!
ワイトにはカードの力は殆ど残っていなかった。
にもかかわらずワイトには行動停止が効かなかった。いや、厳密には、百パーセントは効かなかった。
ワイトは残りの力では相手の攻撃を完全に無効化出来ないとすぐに悟った。しかし、自身の走りに影響が出ないレベルまでならば無効化出来るとも悟った。そして、必要な分を弾き飛ばし、残りは敢えて受ける。それによってほんの一瞬、停止によってふらつくだけで再び走り始めることが出来た。
――何なんだこの男は!
グレイは驚きを隠せなかった。
ワイトは二回とも全く振り向かず、最小限の消費で窮地を凌いだ。
まるで、後ろに目が付いているかのような絶妙な対応。
ランカーとか実力がどうというより、カード使いに対する対応が異常な程こなれている。
――しかし、もう無効化の力すら残っていないだろう!
グレイは別の黒のカードを取り出す。
永続型の電撃のカード。
――くたばれ!
グレイが電撃のカードを発動させようとした瞬間だった。
ワイトはひょいと空中に何か投げる。
それは金属製で穿孔がいくつもある直径五センチ程の物体だった。
――これは!
爆弾か? ガス弾か? 閃光弾か?
いずれにしてもまともな物体でないのは間違いない。
機械仕掛けの物であれば、電撃を仕掛ければ誤作動してしまうかもしれない。
グレイは電撃のカードを収め、近くの柱の陰に隠れた。
爆弾や閃光弾の類なら、一旦回避する。
ガス弾の類ならすぐに加速で突っ切る。
ボールが地面に落ちた。
しかし、数秒待っても何も反応が無い。
――な……に?
それは何の仕掛けもないただの金属球だった。
ワイトの姿はもう見えなくなってしまった。
「クソがァァッ!」
グレイは吠えると、すぐに目を閉じた。
グレイ程の実力があれば、あれほど猛烈な力を放つ赤のカードは、たとえ高性能の箱に入っていたとしても、サーチを使わずとも、近くにあれば居場所が分かる。
――まだだ!
ワイトの場所を突き止め、すぐに後を追う。
(俺を撒いたとしてもどうやって脱出する?! 下の階にはまだ大勢のカード使いが残っている。あの銀髪の女に多少やられたかもしれんが、全員は絶対にありえん。上に逃げるなど論外)
グレイはすぐに全員に対して最大限警戒するよう指示を出す。
(見たところ、奴にはカードの力は殆ど残っていない。そんな状態ではたとえ小手先の手段で一人や二人撒けたとしても全員を撒くなど不可能だ!)
グレイは全力の加速でワイトを追いかける。
やがて、ワイトが非常階段に辿り着いたのを察知した。
そして、
――なに?!
グレイは一瞬、自分の感覚を疑った。
――上に逃げている!?
再度念入りに場所を探る。しかし、間違いない。
――バカめ! 焦ったか! 袋のネズミだ!
グレイはそう感じながらも警戒した。
――聴力強化。
ヘリでも呼んでいるのか。
そう考え、音を探る。
マンションの中であるため、外の小さな音までは察知できないが、ヘリのプロペラ音ならさすがに分かる。
しかし、ヘリが近づいている様子は無い。
――よし!
グレイは勝ちを確信した。
まず、このマンションは屋上に出るためには、扉のパスワード付き電子錠を解除しなければならない。仮に電子錠を解除出来たとしても、カードの力が残っていないワイトには屋上から逃げる手段がない。マンションはグレイ達が場所を確定してから、怪しい人間は誰一人近づいていない。よって、事前の仕込みなども無理だ。このマンションは内廊下方式であるため、どこかの部屋を開けて突っ切らない限り外に出る手段もない。途中、展望室はあるが、そこのガラスを破って外に出るなど、屋上から飛び降りるより危険だ。
――さあどうする?!
グレイは勝ち誇った顔で笑いながらも全力で追いかける。
やがて、グレイが睨んだ通り、ワイトが屋上の扉付近で止まったのを確認した。
――よし!
グレイは凄まじい勢いで階段を駆け上がる。
――黒焦げにしてやる!
グレイは電撃のカードを取り出す。
カードは獲物を待ち侘びているかのように、バチバチッ、と軽く力を放つ。
しかし、グレイが屋上まであと三階、二十七階を通過した所で、ワイトが再び移動しだした。
――なんだと!?
ここまで来れば、周りが静かなため、もはや聴力強化を使わなくても分かる。
今、確かに上から扉が開く音がした。
――バカな!
グレイは電撃のカードを収め、再び全力で屋上に向かう。
屋上の入り口に辿り着くと、扉は全開になっていた。
グレイは、なぜ電子錠を解除出来たのかという疑問を捨て、すぐに屋上に出る。
辺りを見回すと、なおも走っているワイトの姿を捉えた。
――捉えた!
グレイは急加速する。
――さあどうする?
ヘリも、見たところ、パラシュートの類も無い。
袋のネズミ。
完全に追い詰めた。
ギリギリだった。
今度こそグレイは勝ちを確信した。




