油断の末路
その瞬間だった。
ワイトは何の躊躇もなく、屋上から空中に向かって飛び出した。
「なんだと!?」
カードの力が一切残っていない状況で、高さ百メートルを超えるマンションから飛び出した。
もう日付も変わった大都会の夜。
しかし、そんな時間でも大都会は眠らない。
明るく光り輝く大型の商業ビル。
色とりどりの光を放つ店々。路地の街灯。
まだ眠っていない人の部屋から溢れてくる温かい暖色の光。
マンションの屋上からは下に広がる様々な色の灯りが、まるで巨大な宝石箱のように感じられる。
ワイトはそんな光の海に飛び出した。
――頼むぜ! 情報屋!
ワイトがそう念じた瞬間。
上空から何かが落ちてきた。
「あれは!?」
グレイがカードの力で確認する。
それは先端に錨のような物が付いた、かなりごついゴム紐だった。
空中に飛び出したワイト。
落ちてくるゴム紐。
ワイトがまさに自由落下を始めようかという瞬間、ワイトはそのゴム紐を空中でキャッチした。
「なんだと!?」
グレイは上空を見上げる。
すると、深夜という事もあり普通の人間では確認できないほど遥か上空にドローンが滞空飛行しているのが確認できた。ゴム紐はそこから落とされたようだ。
グレイがようやく屋上の縁まで到着すると、ワイトは既に攻撃の届かない所まで落下していた。
「まさか……」
グレイは、どうする気だ?、という言葉を飲み込んだ。
この状況で考えられる手段は一つしか無い。しかし、そんな事が可能なのか。
落下していくワイトをグレイは屋上から見据える。
ワイトがどんどんと落下していき、二十階辺りを通過した所だった。
「うおら!」
ワイトは錨のような物をマンションに向かって投げつける。
それは正確にベランダの壁に引っ掛かった。
ワイトはバンジージャンプの要領で、ゴム紐を掴んだまま落下していく。
十五階辺りを過ぎた所でゴムが張り、十階、五階と地上に近づくにつれ、落下速度は緩やかになっていく。
そして、ゴム紐が伸び切り、再び上昇を始めようかという瞬間、ワイトは紐から手を離した。
まだ三階分程の高さは残っていたが、ワイトは構わず空中に飛び出す。
バンジージャンプとは違い、垂直に落下してきたわけではないので、ワイトにはまだ前方に向かう力が働いていた。
空中に放り出されたワイトは手を離した場所から数メートル離れた場所に落下する。
しかし、そこにはまるで図ったかのように、黒いマットが敷いてあった。
「な…………」
屋上から超視力でその様子を見ていたグレイはもはや声が出なかった。
マットに体から着地したワイトは、すぐに起き上がり、その場を走り去っていった。
「さっすが情報屋。何もかも完璧だぜ」
そして、間もなく、ワイトの姿は見えなくなった。
屋上に取り残されたグレイはただただ唖然とするしかなかった。
同じように飛び降りて追いかけることも出来たかもしれないが、空中に飛び出した状態は非常に危険だ。もし、ワイトが何かしらの攻撃方法を準備していたら、空中ではそれを躱すのが極めて難しい。たとえその攻撃が致命傷になるようなものではなかったとしても、空中でバランスを崩せば、墜落死は免れない。
「なんということだ……」
グレイの頭に少し前、毒島含め全員で作戦会議をしていた時の内容が浮かぶ。
毒島は声高らかに笑っていた。
『このエクスワイトという男はまるで問題にならん。見てみろ。逃げ足だけはSランカーだと!』
その場にいる全員が一斉に笑い飛ばす。
「あのバカが……!」
『こちらはこのシロという女と夢町という女を抑えてしまえば勝利確定だ。そのために作戦を立てよう。エクスワイト? そのSランカー級という逃げ足を是非とも拝んでみたいものだ! Sランカー級の惨めな逃げ姿を拝めるかもしれんぞ!』
再び全員が笑い飛ばす。
「間違った情報を植え付けやがって!」
『シロという女には常に五人は付けたい。夢町は制限撤去を持っている可能性が高い。そうなると二~三人は付いた方が良い。エクスワイトは一人でも十分過ぎるな!』
カードの力がこの世の全てではない。
まして、戦闘能力がこの世の全てでもない。
物事を成功に導く力。
それこそが最も大事な力だったのだ。
真に警戒すべきは歴代最高と謳われる古流武術の使い手ではなかった。
まして、取締局の若き天才執行官でもなかった。
「この場で唯一Sランカーの称号を持っているあの男こそ真に警戒すべきだったのだ!」
グレイは激高した。
一番警戒すべき人物をフリーにし、それ以外に手厚いガードを付ける。
何なんだこの間抜けな状況は!
結果としてカードは見事に取られてしまった。
当然過ぎる結果だ。
しかし、後悔先に立たず。
グレイ達はほぼ無傷のまま完全に負けた。




