最悪の展開
次の瞬間、ワイトは叫んだ。
「キーノォォォ! 止まれェェェ!」
そして、ワイトが叫ぶのと全く同時にシロだけが気付いた。
――殺気!
「ダメェェェェェェェェッッ!!」
シロは叫び、キーノを右手で前に突き飛ばした。
次の瞬間、つい先程までキーノの心臓があった位置を、柱の陰から出てきた白刃が突き抜けてゆく。
刀の主は、チィッ! と舌打ちすると、そのまま刃を九十度回転させ、シロの方向に向けた。そして。
シロの胸の下辺りに真っ赤な線が刻まれる。
次の瞬間、そこから真っ赤な血が吹き出した。
「ああああああああああッッッ!!」
――やっちゃったァァッッ!!
キーノを突き飛ばしたせいで、バランスを崩していたシロは躱すことが出来なかった。
突き飛ばされたキーノは地面に倒れてしまったがすぐに振り向いた。
真後ろの光景はまるでスローモーションのように感じられた。
血まみれになりながら倒れていくシロ。
柱の陰でギラリと輝く日本刀を持った顔も分からない黒ずくめの男。
キーノは頭が付いていかなかったが、シロが黒ずくめの男にやられたという事だけはすぐに理解できた。
そして、シロが地面に倒れ込む。
「シロォォォォォォォォ!!」
ワイトが急加速し、シロの元に駆けつける。
同時に、黒ずくめの男は刀を捨てて走り去っていった。
「こんのォォッ!」
キーノが鬼のような形相で黒のカードを取り出した瞬間だった。
「落ち着け!」
ワイトがその手を取り、叫んだ。
「ワイト君!! 何言ってるの?!」
「キーノ! 落ち着け! これは千載一遇のチャンスだ! あいつは謎の男で間違いない! 今奴は奇襲に失敗したんだ! そして今奴はカードを一枚も持っていない! これがどういう事か分かるだろ!」
ワイトは全てを語らなかった。語っている隙がないのだ。
しかし、キーノはそれで察した。
今なら十五階に謎の男はいない。そして、謎の男は加速のカードすら持っていない!
「でも! でもシロちゃんが!」
キーノが泣きそうな表情で振り向くと、ワイトは無言で一枚の白のカードを取り出し、キーノに見せつけた。
「それは!」
完全回復のカード。しかも成功率百パーセントのタイプ。
超激レアカードの一つだ。
しかし、単発型。一回使えば消えて無くなる。
「後は俺に任せろ! 行け! ここから先はアンタにしか切り開けない! 俺達もすぐに追い付く! 行け!」
シロを抱きかかえながらワイトが言うと、キーノは、キッと出口を睨むようにして、箱からカードを取り出した。
「ごめん! 任せた!」
そして、キーノは執行官だけに与えられたカードを解き放った。
――私の全ての力をここに!
赤色のカードを右手に持ち、額に当てる。
――制限撤去!!
次の瞬間、まるでキーノの体がオーラで包まれたように髪が上に向かってなびく。
――全力全開!!
そして、キーノは白色のカードを手にした。
――加速!!
キーノは、ワイトをも吹き飛ばしてしまうのではないかという程の勢いで駆けていった。
部屋に取り残されたワイトは血まみれになりぐったりと身動き一つしないシロを見て、苛立ちと哀しみを混ぜたような表情で目をつむった。
「くそっ! 情けねぇよ。男である俺がこんな小さな女の子に守ってもらって傷付けてしまって……」
隣にいるケイは何も言わず、血まみれのシロを見てあたふたとしていた。
「シロ。謝り切れるものじゃないけど、すまねぇ」
ワイトは白色のカードをシロにかざす。
「帰って来てくれ、シロ。発動しろ、全回復のカード!」
次の瞬間、真っ白な光がシロを包み込む。
回復のカードは白のカードだが、相手に触れていれば、相手に作用させることが出来る。
「一体何がどうなってるんだ」
回復のカードが入ったのを見計らってケイが口を開いた。
「簡単な事だ。俺達はまんまとこの階に誘い込まれた。謎の男が待っていたこの階にな」
「で、でもあんなヤツ最初いなかった」
「奴はサーチから逃れるために一枚を残し他全てのカードを置いてきたんだ。その一枚は、極限の気配の低下。あのレベルでそんなカード使われて隠れられてたら気付くはずも無い。だけど、ギリギリの所で、シロには気付かれた。キーノを潰すっていう奴の狙いは失敗した」
「そうか。ひょっとしたら今までの階に捨てカードがあったのも、この瞬間のため。一枚だけ存在するカードを怪しまれないようにするための策。もし今までの階に捨てカードが無かったら、ここに来て一枚だけ存在するカードはバレバレだ」
「ああ。そうだな。俺達の考えの裏を突き、大将自らやってくる。俺達は謎の男は十五階で待っていると思いこんでいた。俺達はまんまとその罠に嵌まってしまったわけだが、シロのおかげで失敗した」
「だ、大丈夫なのか?」
「問題ない。このカードなら復活させられる」
「良かった……」
ケイは胸を撫で下ろした。
(しかし俺もよくあの状況で一歩引けたもんだ。自分でも完全に切れたと思ってたのに。頭に血がのぼって飛びかからなかった点だけは自分で自分を褒められるな)
ワイトは自虐的な笑みを浮かべる。
シロは温かい海の中にいるような夢を見ていた。
――気持ち……いい。
足の先から頭の天辺まで。
全身がとろけてしまいそうな感覚。
目を閉じ、ゆっくりとゆっくりと海の中をたゆたう。
どれだけ時間が経ったか分からない。
何も考えたくない。
ゆっくりとゆっくりと海の中を漂っていると、一人の人物が手を差し伸べてきた。
ゆっくり目を開くと、そこには一人の女性がいた。
女性はにっこりと微笑み手を伸ばす。
――おかあ……さん?
シロがその手を取ると、夢はゆっくりと引いていった。
「う…………ん…………」
「シロ。気付いたか?」
「ワイト?」
シロは寝ぼけ眼でワイトを見つめる。
しかし、すぐに、はっと気付き、体を起こそうとした。
「おいまだ動くな。もう少しだけ掛かる」
「ワ、ワイト。私…………。それにそのカード! ダメだよ! そんなカード使っちゃ!」
「余計な事考えるな。もう少しだ」
そして間もなく、シロの傷は完全に塞がった。
同時にカードはふっと消え去った。
シロは身を起こし、座ったまま、視線だけをワイトに向ける。
「ワイト。今のカードってめちゃくちゃ高いヤツじゃないの?」
「だから気にするなって言ってるだろ」
そう言うとシロは拳をギュッと握り、突然ポタポタと涙をこぼし始めた。
「ワイト。私、今回、お金要らない」
「何でそうなる?」
「悔しい。相手に全然気付けなくて。そのせいで切られて。おまけにワイトにとんでもないカードまで使わせて…………」
ワイトは目を丸くし、軽くため息をついた。
「お前さぁ、一体どういう発想をすればそんな結論になるんだ。お前が気付いてなかったら俺達は完全に詰んでたんだぞ。お前のおかげでどれだけの人達が救われたと思ってるんだ」
「でも……気付けなかった」
ワイトはシロの頭にぽんと手を置いた。
「だったらさ! 今は悩んでないでその元凶の謎の男を潰しに行こうぜ。謎の男を潰せばそんなの気の迷いだったって気付くだろ? 悩むのはそれからでもいいだろ?」
「…………」
「俺はこれから上に向かう。お前は一緒に来てくれないのか?」
ワイトはシロに手を差し伸べる。
シロは涙を腕で拭き、その手を取った。
「行く」
「よし! 行こうぜ! わりぃ。まだまだお前の力は必要なんだわ」
ワイトはその手を引いた。




