奪還。そして……
キーノは猛スピードで上に向かっていた。
七階にいた連中はあまりのスピードに反応しきれず、置いてきぼりになってしまった。
キーノは走りながらサーチを使う。
(謎の男がたちまち追いついて来る気配は無い。当然か)
謎の男は今カードを持っていない。そんな状態でキーノに追い付けば返り討ちだ。
少なくともどこかでカードを補充する手間を取られているはずだ。
――このチャンスは絶対に逃さない!
キーノは七階の連中を撒いた時点で制限撤去を一旦止めていた。
今は通常の加速で駆け登っている。
最初、制限撤去を使ったのは、自分自身の気持ちを高めるためと、加速のように必ずしも効果の最大値を引き出せるとは限らないカードの最大値を引き出すためだ。
階段を駆け上がれば駆け上がるほど、キーノは、はっきりと感じ取っていた。
――なんて禍々しい。
二千人規模の命を吸う赤のカード。
その臨界が迫っている。
ここまで来れば、赤のカードはサーチを使うまでも無い。
はっきりとその居場所が分かる。
頭に直接、響いてくる。
嫌でも入ってくる。
本能が近づきたくないと警鐘を鳴らす。
しかし、キーノは、本能からの警鐘に必死で逆らい、駆け上がった。
そして、ついに。
ついに十五階に着いた。
一時は諦めなければならない程の状況だったのに、とうとう最終ステージまでやってきた。
しかし、感慨にふけっている時間は一切無い。
十五階は共用のラウンジになっており、広々とした空間に机や椅子、大型モニターなどがゆったりと配置されている。
そして、もはや探すまでも無かった。
部屋の真ん中の机に赤のカードが置いてある。
猛烈に嫌な気配を放っていた。発動間近だ。
その周りを六人が囲うように護衛している。六人もあまり近づけないのか、数メートル程の距離を開けている。
キーノが入ってきた瞬間、六人は、一人の女性を先頭に全員キーノに向き直った。キーノはすぐに気付く。
――Dランカーの人だ!
先頭に立った金髪の女性は二人いるDランカーのうちの一人だ。
黒いマントを被っているが、顔は隠していない。
キーノは必死で考える。
(どうする? まともにはやり合えない。何とか隙を突いてカードを奪うしかない。でもこれだけの人達相手にどうやって……)
相手も突っ込んでくる気配は無い。下手に動いて不測の事態を招くよりは確実にカードを守る作戦のようだ。今のままでも負ける要素は無いが、時間を稼げば下から援軍が来る。そうなれば百パーセントだ。
そして、それは当然キーノも分かっていた。
(ゆっくりしてたら謎の男に追い付かれる。時間は無い!)
相手を観察していると、キーノはふと気付いた。
(制限撤去が無い以上、相手もカードに近づけない……)
キーノはじっくりと自分の戦力を分析する。
(制限撤去は残り三十秒くらい。後は認識消去と加速と電撃、腕力強化……)
分析が終わるとキーノは軽く相手を睨んだ。
――行けるかも……。
悩んでいる時間は無かった。
キーノは動く。
――やるしかない!
箱から再び制限撤去を取り出した。
その瞬間、相手も身構える。
――制限撤去!
限界を取り払われたキーノの体から猛烈な力の波動が迸る。
Eランカー達は慌てふためいていた。
「狼狽えるな!」
Dランカーの女性が一喝する。
キーノはすぐに黒のカードを取り出した。
――全力全開! 電撃!
電撃のカードを相手に向けて放つ。
制限撤去が作用しているため、威力はカードが持つ最大値だ。
しかし、相手も高位ランカー。全員、無効化のカードで直撃を避ける。
電撃のカードが消えた瞬間、キーノはすぐに次のカードを使う。
――加速!
まだ無効化のカードを収めてもいないEランカーの懐に潜り込んだ。
――腕力強化!
相手を沈めるべく腹に拳を繰り出そうとするが、Dランカーの女性だけが反応してきた。キーノに向かって電撃のカードを放つ。
キーノはそれを無効化で弾き飛ばすと同時に次のカードを取り出した。
――認識消去!
「ちぃ!」
Dランカーの女性だけは無効化で防いだが、残りの全員には認識消去が入った。
その瞬間、キーノは全員を無視し、赤のカードに向けて加速で猛ダッシュする。
「しまっ!」
Dランカーの女性が叫んだが、時すでに遅し。
キーノは赤のカードを掴み取った。
「動かないで下さい!」
キーノが叫ぶ。
Eランカー達はようやく認識消去が解け、キーノの声が聞こえるようになった。
(この一瞬で六回も最大出力のカードを使うとは……。これが制限撤去の力か……)
唯一、状況を理解出来ているDランカーの女性が心の中でぼやく。
相手が付いていけない程のカードの高速連続使用。しかも全て最大出力。
普段のキーノにはここまでの芸当は出来ないが、制限撤去中ならば可能だ。
「動かないで下さい。もし今動いてきたらこのカードを接触させます」
制限撤去を使っていないEランカー程度では赤のカードに触れればたちまちカードに力を吸い尽くされ、倒れることになる。それ以前に今の赤のカードは猛烈に危険な気配を放っており、近づくことすら容易ではない。そんなカードに無理に触れてしまえば正気を失ってもおかしくない。これは完全な脅しだった。
キーノも制限撤去を使っているためカードに触れることは出来るが、本能が、放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ、と頭がおかしくなるほどに警告してくる。キーノは必死で理性を保っていた。
「私がこの部屋の入口に着くまで、動かないで下さい」
キーノは部屋の入口に向かってゆっくりと移動する。早く移動したくても赤のカードからの精神侵食に耐えるのに精一杯でとてもそんな余裕が無い。
すぐにカードを箱にしまわないのは、しまってしまうとたちまち襲われると考えたためだ。かと言ってすぐに逃げ出すと相手は確実に追いかけてくる。それは時間が限られているキーノにとっては好ましくない。よって、赤のカードを逆に利用し、相手を脅迫し、動きを封じる。これが今のキーノに考えられる最善の策だった。
相手が動きを止める中、キーノは何とか入口に辿り着いた。
そして、すぐに箱にカードをしまう。
箱の性能はやはり別格で、赤のカードを何も無しで持てる程に力を抑え込んだ。
キーノはすぐに制限撤去を解いた。もう力は殆ど残っていない。
――よし! 後は逃げるだけだ!
この時、キーノは完全に勝ちを確信した。
仮に今から目の前の六人が加速で動いてきてもこちらには追いつけない。逃げ切れる。それくらいの力は何とか残っている。
何かのカードを使ってきても無効化で弾き飛ばす。問題無い。
やはり箱の力が大きく影響している。
箱が無ければ、ここから常に制限撤去を発動させたまま逃げることになっていた。制限撤去はせいぜいあと数秒。最後まで持つわけがない。
箱があるからこそ、残る力の全てを加速や無効化など、逃げるために使う事が出来る。
今まではこちらが追いかける側だったため、とにかく不利だった。
しかしここからは、こちらはただ逃げるだけだ。どうとでもやりようがある。
キーノはそれら全ての状況を自然と理解し、勝ちを確信した。
完全に浮足立っていた。
だから気付かなかった。
自分の背後に黒ずくめの男が立っていた事に。




