託した者と託された者
キーノは外に出るとすぐに駅に電話を掛ける。
「警察庁の夢町と申します! すみません! 駅長さんをお願いします!」
すぐにベテランらしき男に代わった。
『もしもし?』
「警察庁の夢町と申します! すみません! ぶしつけな話で大変恐縮なのですが、二十時十八分発の新幹線の発車を十分だけ遅らせて頂けませんでしょうか! 緊急の事件を追っておりまして、どうしてもこの電車に乗りたいのです!」
『それは……。うーむ……』
駅長は考えていた。
当然だろう。
普通に考えて、こんな申し出はありえない。悪戯と考える方が自然なくらいだ。
しかし、相手のこの真に迫る感じは何だ? 駅長は無碍に断ることも出来ず、考えていた。
「お願いします! お願いします!」
『うーむ……。分かりました。出来るだけご要望に答えられるように善処します』
「あ……ありがとうございます! 今すぐそちらに伺います!」
キーノは電話を切り、加速のカードを取り出した。
――ワイト君。ごめん! ちょっとだけカードの力を使うよ!
力を使うはめになってしまった事に罪悪感を感じながらもキーノは念じた。
――加速!
キーノは猛スピードで駅へと向かう。
なるべくひと目に付きたくないので、人通りの少ない道を選び猛ダッシュする。場合によっては忍者のようにビルの屋上から屋上へと飛び移り、ひたすらに駅に向かう。
――二十分あれば駅には着くはず!
キーノは二階建ての比較的低い建物から飛び降りる。そして地面に着く直前、加速のカードを使い、着地した。
加速のような脚力に影響するカードは効果が発現している間、脚が通常では考えられないほど強くなっている事が分かっている。それを応用して高い場所から飛び降りるのは、カード使いにとっては常套手段だった。
裏路地に着地したキーノは、すぐさま再加速する。
――よし。このペースなら!
次の裏路地に入るため、一瞬だけ、表通りを駆ける。そして、曲がる場所を確認した瞬間だった。死角になっていた別路地から四人の家族連れと思しきグループが出てきた。
――やばっ!
このままではぶつかる。かと言ってスピードが乗っているため、止まれない。キーノは大慌てで体を反らす。何とか正面衝突は避けられたが、
べちゃり。
キーノが通過したことによる風で、女の子が持っていたアイスクリームが地面に落ちてしまった。
キーノは加速を止め、振り返る。
女の子はコーンだけを手に持って呆然としていたが、やがて泣き出しそうなほど悲しそうなでその様子を見つめる。
「あらあら」
母親が女の子に寄り添い慰めようとする。
キーノは僅かに息を切らしながら、その様子を見つめていた。
――今、止まるわけには…………。
ありえないほどの無茶を言って新幹線を止めてもらっている。
待ってくれているかも定かではないが、遅れるなど論外だ。
一分の余裕もない。しかし。
キーノは泣き出しそうな女の子の様子を見て、頭を振った。そして、すぐに家族の元へ駆けつける。
「本当にごめんなさい! 急いでいてつい!」
まず母親に謝ると、今度はしゃがんで女の子と目を合わせる。
「ごめんね! ちょっとだけ待っててくれない?」
女の子は困惑しているのか、何も言わない。
キーノはすぐに立ち上がり、母親に向かって再度言い直す。
「すみません! 二分だけ! 二分だけここで待ってて頂けませんでしょうか?!」
「は、はぁ…………」
キーノはそう言うと猛ダッシュで走り去った。
――今のアイスは確か!
この辺りはキーノの管轄だ。土地勘や店の情報などはかなり頭に入っている。
キーノはあっという間に目的の店に着いた。
この間約一分。
普通に走れば五分近くは掛かるが、今のキーノにそんな時間は無かった。加速のカードを使い、出来るだけ目立たない範囲で急ぐ。
そして、キーノはすぐに元の場所に戻ってきた。
右手には先程落としてしまったアイスと全く同じ物が握られている。
キーノは慌てている様子を出来るだけ顔から消して、しゃがみ、女の子と目を合わせる。
「はいこれ」
キーノがアイスを差し出すと、女の子は、ぱぁっ、と明るい表情になり、無言でアイスを受け取った。
「ごめんね。お姉ちゃんのせいで大切なアイス落としちゃって」
「あらあら。良かったねぇ」
母親が女の子に微笑みかける。
キーノは立ち上がり、再度頭を下げる。
「本当に申し訳ありませんでした。ではこれで」
キーノは家族が見ている手前、落ちているアイスをティッシュで拾い、ダッシュでその場を去る。そして近くのコンビニで、ごめんなさい! と呟きながらアイスをゴミ箱に捨てる。
それからすぐに裏路地に入り、スマホを取り出し駅長に電話をかけた。
「大変申し訳ありません! もう五分だけ待って頂けませんでしょうか! お願いします!」
『…………本当に来られるのですね?』
駅長は少し不機嫌そうに言った。
当然だろう。ありえないほどの要求をしてきているのに、自分から言った時間に遅れる、と言っているのだ。いたずらを疑う方が自然だ。
「絶対に! 絶対に伺います! どうかお願いします!」
キーノはそう言うと返事を聞かずに電話を切った。
そして、再度猛ダッシュで駆ける。
――バカだ私!
ほんのちょっと注意していれば、十分に防げたロスだった。
ひょっとしたらもう待ってくれていないかもしれない。
待ってくれていなくても一切文句を言う事など出来ない。
無茶を言っているのはこちらの方なのだ。
自分のほんの一瞬の不注意のせいで全て終わってしまう……。
自分を責めながら走っているうちに駅に着いた。
すぐに新幹線乗り場へと向かう。
キーノはただ願いながら走った。
――お願い! 待っていて! お願い!!
階段を登り、やがて明るいホームが見えてきた時だった。
キーノの耳に微かにアナウンスの音が入ってくる。
『…………をお掛けしております』
そして、聞こえてきた停車中の新幹線の音。キーノはそれらの音を聞いて、じわじわと心の中が熱くなってきた。
そして、ホームに着く。
『お客様に重ねてお詫びを申し上げます。二十時十八分発の電車につきまして、ただいま、線路内の安全確認を行っているため、発車を見合わせております。安全が確認出来次第、すぐの発車となります。お急ぎの所、大変ご迷惑をお掛けしております』
駅のアナウンスと共にキーノの目に希望を載せた真っ白な車体が映る。
キーノは思わず涙ぐみそうになったが、すぐにホームを見渡した。
すると、一人の男性が、車掌と話している姿が飛び込んでくる。
服装や様子からすぐに分かった。
駅長だ。
キーノは大慌てで駆けつける。
駅長もその様子に気付き、振り向いた。
キーノは駅長の前で背筋を伸ばし、左手で警察手帳を持ち、右手で敬礼し、言った。
「警察庁の夢町と申します! 遅くなってしまい誠に申し訳ありませんでした! ご協力に感謝いたします!」
そして、右手を下ろすと、疲れ切ったような表情で続けた。
「待っててくれて…………本当にありがとうございます…………」
そう言うと駅長も軽く敬礼し口を開いた。
「こんな若い方だったとは。それにしても焦りましたよ……。もしいたずらだったら私は大目玉で明日新聞に載ってしまうところでした」
駅長がそう言うとキーノは再度敬礼し、口元を釣り上げ、はっきりと言った。
「必ずやそのお名前を響かせてみせます! 稀代の判断を行った英雄として!」
駅長はふっと笑った。
「お急ぎ下さい。すぐに発車させます!」
電車はキーノを乗せ、十五分遅れで発車した。
そして、キーノは心の中で呟く。
――これで、二回目……。
電車に乗り込んだキーノはすぐに所長に電話を掛ける。
「所長さん。運転しているのは所長さんですか?」
『いや、俺じゃねぇ』
「でしたら、大変申し訳無いのですが、所長さんはその場で降りて、もし降りられそうなら高速からも出て、その場で待っていて下さい。私が受け取りに伺います!」
『何だって?! キーちゃん。直接来るってのか?!』
「はい! もう向かっています! 多分、あと三十分掛からずにそちらに着きます!」
『わ、分かった。だったら出来るだけ渡しやすい位置に移動しておく』
そう言うと所長は電話を切った。
程なくして電車は目的の駅に着く。
キーノは電車を降りると再び加速した。
ここは先程までとは違い、周りに人があまりいない。
キーノは人目を気にせず、猛ダッシュで目的地へと走る。
途中で走りながら所長に電話を掛ける。
「もしもし所長さん。今向かってます。詳細な場所を教えて頂けますか?」
『何だって? キーちゃんすまねぇ! ちょっと風の音で聞こえにくい!』
「あ! ご、ごめんなさい!」
キーノは一瞬足を止め、再度所長に問いかけた。
『ああ。えっとだな……。近くにファミレスがあるな』
キーノはその情報を元に地図を確認する。
――ここだ!
場所を特定し、キーノはこれで最後と言わんばかりに急加速する。
やがてキーノは目的地に着き、大慌てで辺りを見回す。
辺りは田舎で、灯りも少なく暗くて見づらかったが、声が聞こえてきた。
「おーい! キーちゃーん!」
その声でキーノは振り返った。
そこには、道の脇で手を振る所長の姿があった。
キーノはすぐに駆けつける。
「所長さん…………」
所長は目の下にくまが出来ていた。
キーノはそんな所長の様子にもはや言葉が出てこなかった。
すると、所長は持っていたバッグから一つの箱を取り出した。
「ほらよ! キーちゃん! ご注文の品だ!」
キーノはそれを両手で受け取る。
銀色の綺麗な箱で、紫色の宝石のようなものが正五角形の位置に五ヶ所埋め込まれている。厚さは三センチメートルほどだが、これは抑え込むカードの事を考えれば驚異的な薄さだった。普通の業者ならこの倍は厚くなっているだろう。
キーノは手にした瞬間、その箱の凄さが分かった。
そして感極まり思わず涙ぐみそうになる。
絶望的な状況からとうとうここまで来た。
「所長さん……。私……。何てお礼を言ったらいいか……」
「キーちゃん。とんでもない事件追ってんだな……。疲れ切った顔してるぜ」
「所長さんもです。ってそれは私のせいですね」
「俺はいいんだよ。キーちゃん、すまねぇ。俺らに出来るのはここまでだ。本当はこの先も手伝ってやりてぇが、どう考えても足手まといだもんな」
「とんでもないです!」
キーノは右手を差し出した。
「皆さんの魂が籠もった箱、確かに受け取りました! 後は私達の仕事です! 見ていて下さい! 必ずやこの箱で事件を解決してみせます!」
所長はふっと笑い、その手を取る。
「頼んだぜ。我らのお姫様」
時刻は二十一時ジャスト。
キーノは大急ぎで駅へと戻っていった。




