絶対に上手く行く!
気が進まない中、キーノはちょっと早めの朝食にしていた。
目玉焼き、いちごジャムを乗せた食パン、サラダ、オレンジジュース。
いつもはケイと一緒に明るい食卓を囲み、楽しく過ごしているが、今日は気分がどん底。おまけにケイもいない。ケイは一晩中帰ってこなかったようだ。
まだ新聞も届いていないので、テレビを付けてボーッとしながら朝食を口にしているとまた携帯が鳴り始めた。
キーノは、所長からか?! と大慌てで携帯を見るが、ワイトからだった。
「もしもしワイト君か……」
『悪かったな、業者じゃなくて。しかしその様子だと……』
「うん。ごめん。箱は……正直なんとも言えない」
『それもあって電話したんだ。アンタに一応確認だけしときたかったんだが、無敵タイムのカードは持ってるんだよな?』
「その呼び方止めてっていつも言ってるよね。制限撤去のカードだよね。持ってるよ。本当は返さないといけないんだろうけど。どさくさに紛れて持ってる」
『よし。アンタの力だと持続時間は一分くらいだったよな?』
「そのくらいだね。一分間だけどんな消耗の大きいカードでも使う事が出来るようになる赤のカード」
キーノは制服の内ポケットから箱を取り出す。昨日から着替えていない。
中には赤のカードが入っていた。
制限撤去。執行官だけに与えられる激レアカードだ。
赤のカードだが、比較的普段からの消耗が少なく、任務柄、普段からいつどんな危険なカードを相手にするか分からない執行官に与えられている。
『昨日シロから連絡があった。一応戦力を三人用意できるそうだ。そこで、箱が無い場合の戦略を考えてみた。この場合、アンタにはカードを直接持って脱出してもらうことになる』
「そうだね。制限撤去が無い私以外の人じゃカードに触ることが出来ない」
『そうなると、アンタには途中一切のカードを使わせるわけにはいかない。制限撤去のために全ての力を温存してもらう必要がある』
「うん」
『本当は俺がサーチのカードを使って敵の位置を把握しながらなるべく戦闘を避けて進むつもりだった。そして場合によってはアンタにも戦闘に参加してもらうつもりだった。だけどもうそんな事も言ってられない。だからアンタ以外の五人で一つの矢になってアンタを囲みながらひたすら突進する。それしかないと思ってる』
「なるほどね」
『こうなると、全員が無理して突っ込む関係上、怪我が頻発する。俺は箱があれば、超反応とか加速のカードで戦闘にも参加するつもりだった。だけど今回は回復役に徹しようかと思ってる。全てのカードを捨ててありったけの回復のカードを持ち込むつもりだ。赤のカードはどうせサーチなんか無くても臨界直前なら場所は分かるはず。どうだろう?』
「いいと思う。それでキミが逃げてるなんて思わないから。だけど……」
『ああ。相手の戦力がまだ分からないからな。普通に考えてたった六人程度って事は無いはず。そうなると、やっぱり突撃にはかなり無理が伴う。というか……』
「うん。成功率はかなり低いよね……。相手も精鋭クラスばっかりだろうから。でもやらないわけにはいかない」
『本当に悪いが、もし。もし、だが、どうにもならないって思ったら俺は全員で脱出する方法を考えさせてもらう。二千人の命は大事だが俺も自分が絶対に死ぬと分かってて行動しないわけにはいかない』
「分かってるよ。そうなってもキミのことを責めたりはしないから」
『とりあえずそれだけだ。朝早くから悪かった』
「ってかホントキミ何してるの? 何でこんな朝早くから……」
『ああ。ちょっとやることがあってな。心配しなくても明日の夜までには絶対に戻る。それとシロにも言ってあるんだが、今日はゆっくり休むようにしてくれ。明日の夜に備えてな』
「分かった……」
電話を切ったキーノは考える。
今ワイトが言った作戦の成功率はどのくらいだろうか。
五パーセント。いや、もっと低いかも……。
相手が名もなき雑魚ばかりならいくらでも突進できるだろう。
だが、今回、相手も確実に精鋭ばかりだと推測できるのだ。
雑魚を用意すればシロ達にやられてしまうと逃がすのが非常に面倒だ。かと言って放置して赤のカードの道連れにしてしまえば、謎の男や毒島の今後に関わるだろう。奴らは仲間を平気で見殺しにした、と。
よって脱出もしやすく、かつ、やられにくい少数精鋭で来ると思われる。
一人一人がもしワイトと同程度の力を持っていたら、突進どころか、自分達がやられないようにするだけで手一杯になるかも……。
まして、謎の男が出てくれば、キーノが何も出来ない以上、シロに相手をしてもらうしかない。そしてワイトは回復のカードしか持っていないため、戦力にならない。そうなると、たった三人で残りを全員……。
キーノは頭を抱えた。
――箱があれば……。
箱さえあれば、キーノは赤のカードを箱に移す一瞬だけ制限撤去のカードを使えば良いので、キーノも戦闘に参加出来る。キーノが戦闘に参加出来れば、ワイトの負担も減るため、更に楽になる。それでも成功率は低いだろうが。
朝食を終えたキーノはボーッと外を見つめていた。
明日の夜に備えてゆっくり休んでいろと言われても、とてもそんな気分になれない。
所長は必死で箱を作ってくれているし、ワイトやケイも何かしているようだ。シロやシロが連れてくるという三人もきっと修行でもしているんだろう。また情報屋も昼夜問わず奔走しているに違いない。
――それなのに自分は……。
自分がヘマをしてしまったせいで、多くの人に迷惑を掛けてしまった。
それなのに自分は何も出来ない。
最後の最後で赤のカードを持って颯爽と駆け抜ける事が出来れば、十分役割を果たせたと言っても良いのかもしれないが、そんなに上手く行くのか。
気分が凹み、何となく電話に目をやる。
何も反応はない。
時刻は午前九時前だ。
キーノはこの土日は非番だったため、急ぐ必要など一切ない。もっとも、非番でなかったとしても今日明日はさすがに休んでいただろうが。
机の前で体育座りで俯いていると、突如玄関の鍵が開く音がした。
キーノはびくりとして思わず身構えると、
「キー姉、ただいまぁ」
突然、ケイが帰ってきた。
「ケイちゃん! どうしたの!? こんな時間に」
「あの……キー姉……ごめんなさい。こんな時間まで……」
ケイはそれ以上何も言わず、バツが悪そうに上目遣いでキーノを見つめる。
キーノは少しだけ考えていたが、責めるのは止めた。
昔のケイならともかく、今のケイは理由も無しにこんな事をするはずがない。
「ケイちゃん。話せないんだね?」
「その…………。ごめんなさい……」
「……分かった。いいよ」
それを聞くと、ケイは、パァッ、と笑顔を浮かべた。
「ケイちゃんに何もなくて良かった。ケイちゃん、ワイト君から聞いちゃったんだよね? 今私が物凄く大きな事件に巻き込まれてるって」
「うん。詳しくは聞いてないけど」
「そう……。だからケイちゃんが突っ走っちゃわないか心配だったんだ」
「大丈夫だよキー姉。アタシはキー姉に不利になるような事は絶対にしない! 絶対にね!」
それを聞いたキーノはにっこりと微笑んでケイの頭に手を置いた。
「ありがと~。ケイちゃん」
ケイは少しの間、嬉しそうに顔を赤らめていたが、すぐに、ふぁ、と小さな欠伸をした。
「キー姉ごめん。アタシちょっと寝るね」
そう言うとフラフラした足取りで寝室へと向かっていった。
「ケイちゃん大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
そう言って寝室に一歩だけ入った所でケイはゆっくり振り返る。
「ねぇキー姉」
「ん~?」
そして満面の笑顔を浮かべながら言った。
「絶対大丈夫だよ! 絶対に! 絶対に上手く行く!」
それを聞いたキーノは思わず少し呆然としてしまった。
しかし、すぐに、ふっと微笑を浮かべる。
「そうだね。おやすみ、ケイちゃん」
「おやすみなさい」
ケイはそっとふすまを閉じた。
キーノは少しだけ気持ちが晴れた気がした。
そうだ。悩んでいても仕方がない。
悩んでいて何かが解決するわけじゃないのだ。
そもそも赤のカードに辿り着くまでは完全に他人任せだ。そこで自信が無いと言うのは他の人達を信用していないと言っているのも同然だ。
キーノは軽く頬を叩いた。
「よし! もう余計な事は考えない!」




