再始動と長い一日の終わり
「ワイト君。私、やるよ」
キーノは電話でワイトに告げた。
『いいのか?』
「大丈夫。でも無いんだけど。代わりってわけでもないんだけどキミに一個だけお願いしたい事があるんだ」
『何だ? 出来ることなら何でもするぞ』
「今回キミが依頼してた情報屋さん。事件が解決したら私に連絡方法教えてくれない? あと、キミにも事件の後でちょっと話したいことがあるんだ」
『……そうか。分かった。別に問題ないぞ』
「ありがとう」
キーノは電話を切る。
――手は打った。これで後は好き勝手やってやる! 私は不良なんだ!
キーノはすぐに別の場所への電話番号を取り出す。
――まずは箱だ。
取締局の箱は執行官の権限が無い今、もう取り出せないので、明後日までに最高級の箱を作ってもらう。
これしかない。
しかし、最高級の箱をたった二日で作れるのか……。
しかもまずい事がもう一つある。
最高級の箱は非常に高額であるため、料金をすぐに支払う事が出来ない。執行官でなくなった今、当然経費は使えないし、キーノ自身も色々使ったせいでそこまでの余力は無かった。
どう考えても厳しい気がするが、考えていても仕方ない。当たって砕けろだ。
キーノが使えるつてで、こんな無茶を引き受けてくれる箱作成業者は三つしか思い浮かばなかった。
キーノは人がいない路地裏に入り、電話をかける。
「もしもし。カード取締局の夢町と申します。お世話になっております。緊急で箱を一つ作って頂きたいのですが……」
二千人規模の人間の命を吸うような赤のカードを抑えるほどの箱。それを長くとも二日で。おまけに料金をすぐに支払う事が出来ない。
キーノがそう告げると、
『いやぁ……ちょっと無理じゃないですかねぇ……どれだけ急いでも一週間は掛かりますよ』
「……分かりました。無理を言って申し訳ありません」
人の命がかかっているのに! などと、相手に対する怒りは湧いてこなかった。
自分がどれだけ無茶を言っているか。それは重々承知していた。可能性は限りなく低い。しかし諦めるわけにはいかない。
次の業者に電話する。しかし、
『すみません! 無理です! 本当に申し訳ありません!』
考える余地すら無い様子だった。
――もう後がない……。
キーノは嫌な心臓の鼓動を必死で堪え、最後の一件に電話をかける。
「もしもし。カード取締局の夢町と申します。実は…………」
事情を話すが、
『……厳しいですね。五日はほしい……』
他の業者より少し短くできるようだったが、それでもやはり無理なようだった。
「もう…………御社しか頼れる所が無いんです…………。これが出来なかったら、全てお終いなんです……」
キーノが絞り出すような声で懇願する。
『うーん。何とかしたいのは山々なんですが…………。あ、そう言えば』
電話の男性は何かを探すようにゴソゴソと音をたてる。
「え?」
『別件で一つ箱を作ってまして。それはご要望のありました性能は到底満たせるものではないのですが、これを改造すれば最短なら何とか三日、いや、二日半……』
「そ! それを何とかお願いできませんでしょうか!?」
『ただですね。本日私どもの所長が外出しておりまして……。これを改造などという話になりますと、所長と相談してみないと……』
「何とか今すぐに連絡出来ないですか?」
『やってみますが、本日は外部の研修に行っておりまして……。こういう時の所長は……』
「あぁ……」
キーノは嫌な予感で満たされた。
ここの所長とキーノは知り合いだ。小さな業者なので、いつも所長自らキーノと箱の仕様について打ち合わせをしている。
だからこそ、分かる。
この人は豪快な男性で、面倒事があると思い切り遊びに行く性分なのだ。こと、研修のような、かったるい内容の後だと電話を切って飲みに出かけている可能性が非常に高い。
「お願いします! ダメ元でいいので所長さんに連絡を取ってみて下さい!」
『分かりました。他の者にも協力させ何とか連絡が付くようにしてみます。作業に取り掛かれるようになったらまたご連絡いたします』
「ありがとうございます!」
電話を切ったキーノはすぐに頭の中で計算する。
ほんの少し光が見えた気もした。しかし、
――どう考えても厳しい。
今この瞬間から改造に取り掛かったとしても、残された時間は二日半に僅かに届いていない。ただ、相手も少しくらいは余裕を見て言っているのだろうから、今すぐ対応し始めてどうかというレベルだ。所長がどのくらいで捕まるのか分からないが、仮に夜に捕まったとしたら残り時間は二日弱、いや、完成がそんな直前の直前ではまずいので一日半強といった所か。
ただし、二日に対して七日掛かると言われていた事に比べればまだ奇跡を信じても良い数値には感じる。
キーノは念のため、ワイトに連絡を入れておいた。
「キーノから?」
「ああ。箱が何とかなるかもしれないってさ」
「良かったじゃない!」
「どうだろうか。正直、藁にもすがるってのはこの事か、って感じだけどな。一応、俺は俺で箱が無い場合の対策を考えとくとするか」
「何とかなりそう?」
「正直言って無理なんだよなぁ。考えつくのは相手の箱を奪うこと。相手も発動直前のカードを運搬するわけだから箱が必須だ。だけど謎の男が相手じゃ奪うのはまず無理だ」
「私とワイトの二人がかりでも無理?」
「どうだろうか。そもそもそれだけ都合良く俺とお前だけで謎の男に挑める機会があるのかって話にもなるからな」
「そっか……」
「俺はちょっと対策と、あとやる事もあるから帰る。それとシロ、お前の道場の中で付いてきてくれそうな奴はいないか? って言っても最低でも前エルメに絡まれた時にいたあいつくらいのレベルは欲しいんだが」
「あの人レベルだと厳しいよ……。あの人、ちょっとした奥義継承者ってレベルでいわゆる師範代クラスだからね」
「まじか! あいつそんな大した奴だったのか! どうりで強いわけだ!」
「でも分かった。頼める人には頼んでみる」
「無理しなくていいからな。命の危険があるって事は絶対に話しといてくれ。本当はこれもキーノの役割だったんだけどな……」
ワイトとシロはそこで別れ、それぞれの帰路についた。
夜、キーノが家に帰るとケイはいなかった。
机に書き置きが残してある。
『ごめんキー姉! アタシ、今日夕食要らない! 不良になったわけじゃないから!』
――ケイちゃん……。
キーノはワイトから、ケイにも事件に巻き込まれている程度の話はした、と聞いていた。ケイが突っ走るような事がなければ良いのだが……。
キーノはそんな心配をしながらも電話の前で待っていた。
箱が出来た、と連絡が来ないか。
キーノは祈るように待っていた。
本当は戦力集めもやりたかったが、執行官でなくなってしまった今、取締局の人間を使うわけにはいかない。それ以前にキーノは自分の部下達とあまり上手くいっていない。そんな信頼関係で命懸けの任務になりかねない今回の件で、付いてきてもらうわけにもいかなかった。
――上の人に相談できたらなぁ……。
最初、キーノは誰かに話すと毒島や謎の男にバレてしまい余計に警戒されると思い、誰にも話していなかった。その後、意図しない流れだったとは言え、今宮に話したらその今宮はなんとグルだった。
――本当に上の人間が信用できるのか……。
もし今宮より上の人間までもがグルだったら……。
そうなったらますます追い詰められる上に、キーノの精神的にもきつかった。
これ以上信頼していた取締局に悪い人がいないで欲しい。
そんな想いもあり、キーノは以前と変わらず誰にも相談出来ずにいた。
電話の前で待っていると、キーノは思わずウトウトとしてきた。
――ああ、今日は色んな事がありすぎた……。
体育座りで机の前に座っていたキーノはこくりこくりと船を漕ぎ始める。
――駄目だ。電話を待っていないと……。
しかし、今日一日の出来事には体力を奪われすぎた。
いくらなんでも限界だ。
――ああ……今日は本当に……長い一日……だったなぁ……。




