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第86話:契約が取れるか?

 


 お試し入浴が終わり、再び謁見の間に集合した。

 湯上がりの所為か、最初の空気より少し柔らかい物になっている。

 いや、エーデルさんはカッツェさんとトールさんを睨んでいるけど。


「なんだろう?睨まれている気がするのだけど……」


 あたしにそう耳打ちするトールさんに、あたしは心の中で謝った。


 ゴメンナサイ。あたしの所為です。我慢して下さい。


「さて、皆の者。入浴しての感想を聞きたい」


 凛兄が意見を求めると、オスカーさんが手を上げた。


「風呂から上がってもまだ身体が冷えないのは湯の花の効能ですか?」


「はい。硫黄泉には血流を良くする効果がありますので、ただの湯に浸かるよりは冷えにくくなっております。よって、筋肉痛や冷えで痛む古傷がある方にとっては薬となります」


「ふむ。確かに関節が辛くない」


 アーダルベルト様が腕を回しながら頷いている。


「あくまで今回は湯の花なので効力は弱いですが、これが温泉地ではもっと効果的に体感出来ます。もっともその場合は一週間以上は滞在して頂き、毎日浸かる必要があるのですが」


 そこまで話したところでふとあたしは思いついた。

 お金は出せないけど、代わりに色は付けられるよね?

 会社の株を買うと関連施設を割安で使える株主優待ってヤツ!

 アレって特別感出ていていいよね?

 うん。いいね。それで行こう!


「実は先程説明が抜けていたのですが、もし、建物の建築にご協力頂ければ、その見返りに優待券を発行しようと思っております」


「優待券?ですか?」


 聞き慣れない言葉にオスカー様を始め、その場の殆どの人が首を傾げている。

 あたしは、そのまま説明を続けた。


「はい。温泉は複数建てますので、優待券を掲示して頂ければ温泉の入浴料を無料にさせて頂きます。ですので、優待券をお持ちの方は宿泊料と船の運賃だけ支払う事になります。また、最上級のプランでの滞在の場合、3割引で利用出来、お帰りの際は土産として湯の花を付けさせて頂きます。また、消臭水も一本ももれなく付いてきます」


「なんと!で、その券は何枚貰えるのか?」


「年間にして10枚を予定しております。1枚につき1名様がお使いになれます。1枚の有効期限は1週間。つまり一ヶ月滞在される場合は、4枚使用しますので消臭水は4本ついてきます。また、長期で滞在しても一枚しか使わない場合、一週間後に入浴料は発生しますし宿泊料金も通常の料金となり、消臭水は1本となります」


 すると、オスカー様が更に突っ込んで聞いてきた。


「ちなみに最上級の部屋の宿泊費は?」


「一泊金貨一枚を予定しています」


「では、優待券を使用した場合、銀貨70枚になるのですね?」


「その通りです。更に最上級の部屋には一泊につきお土産として1本消臭水を付けますので、実質銀貨60枚で宿泊出来ますし、優待特典の湯の花と消臭水も付きますので、実質銀貨55枚位で宿泊出来る計算となる予定です」


 いや、本当は銀貨58枚ぐらいだけど、湯の花の値段はまだ決めていないから大きく言ってみた。

 後で詐欺だと言われないように『予定』と付け加えたけどね。


「のう?ミレイ殿。その最上級の部屋だが、持ち帰り用だけではなく滞在中に使う用として置く事は出来ぬのか?」


「ファティマ。そなた、そんなに体臭が気になるのか?」


 凛兄がそう冗談めかしていうと、ファティマ様はジロリと睨み付けた。

 美しさが際立つ恐ろしさと言っていいのだろうか?

 怖ければ怖いほど美しく見える事がこれほど恐ろしくなるというのをあたしは初めて知った。

 そして、思わず身震いせずにはいられなかったけれど、凛兄は戯けた表情を崩す事はない。

 やがて、ファティマ様は露骨な溜息を漏らして凛兄の言葉を一蹴した。


「そんなわけがあるものか。私が欲しているのは消臭水の持つ保湿力だ」


「まことにアレは素晴らしかったでありんす。で、ミレイ様。部屋用に消臭水は設置されてありんすのでありんすか?」


 余程気に入ったのか、エーデルさんまで食い気味だ。

 あたしは苦笑を漏らしながら頷いた。


「勿論です。温泉の効力をより維持出来るよう備え付けてあります。ですが、それは持ち帰る事が出来ないようにしてあります」


 それを聞いて二人は満足そうに笑みを浮かべた。


「私の国で早速契約を交わそうではないか!」


 エーデルさんより先にファティマ様がそう名乗りを上げると、エーデルさんがそれを却下した。


「ミレイ様は我が国に交渉に来られたんでありんす。こなたの件は大和国で契約するのが道理でありんす」


「何を言う。珍しい事業なら私の出番であろうに。それに、貴殿の国の財務官は乗り気ではないではないか。ならば乗り気になっている私の国が着手する方がミレイ殿もやりやすかろう」


「オスカー!構わないでありんすね?我が国が引き受けてもっ」


 いきなり自分に振られて、オスカー様は動揺しながらも首を縦に振った。


「は、はい!」


「聞こえたでありんすね?リン様も宜しいでありんすね?」


 妻の変わりように凛兄も動揺するかと思ったけれど、何故か面白そうに口角を上げている。


「そなたが望むのであれば」


「では、決まりでありんすね!」


 エーデルさんが喜声を上げるのを横目で見ながらファティマ様はなおも食い下がってきた。


「私も、私も是非参加させておくれ!頼むからっ」


 こ、怖い!何で、そこまで拘るのだろう?

 優待って言っても冷静に考えれば全くお得じゃないのに……

 あたしがそう思っていると、アーダルベルト様も気になったのか同じ疑問をぶつけてくれた。


「何故そこまで拘るのだ?そこまで食い下がるほどでもなかろう?」


 すると、ファティマ様はアーダルベルト様をキッと睨んだ。


「北の。そなたには判らぬのか?

 前人未踏の龍神国に入れて、しかも、今まで行われた事のない事業の手助けをし、優待までされるのだぞ!?これほど珍しき催しに参加出来ないのはあんまりではないか!!」


 あぁ、そうでした。

 ファティマ様は『珍しい物好き』でしたっけ。

 確かにこれでもかというほど珍しい物のオンパレードを指を咥えて見逃すなんて出来ないよね?

 さて、どうしよう?

 あたしがそう頭を悩ませていると、トールさんの目が獲物を狙うかのように一瞬輝き、ファティマ様に近付いた。


「そこまで言って下さるなんて光栄の極みです。では、是非ファティマ様も手伝って頂けますか?」


 それを耳にしたカッツェさんも名案とばかりに頷いた。


「私も賛成です。ファティマ様のお力も頂けるなんてどう感謝したらいいのか言葉では上手く言い表せないほどです」


 ちょ、ちょっと、二人とも?


「本当か?私も参加しても良いのか?」


「「是非に!」」


 何で此処で息が合っているの?

 いや、待て。そりゃあ手が多いに越した事無いけどっ


「良かったね。これで費用関係なしに手伝ってくれるから助かるね」


「ミレイ。お前の負担もこれで減る。良かったな」


 怖っ!龍人族ってこんなだっけ?

 狡賢い民族でしたっけ?

 あたしの認識は、武力重視の民族性だったハズなんですけど!!

 もしかして、あたし、とんでもない人達に世話になっているのではないだろうか?

 したり顔でほくそ笑む二人を見て、あたしは身震いせずにはいられなかった。



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