第82話:質疑応答の時間
「という事だ。皆の者どう思う?意見する者は自分の立場と名を名乗ってから話すよう。
また、身分の序列無く発言する事を許す」
凛兄の言葉を受けて、アゲハチョウの化身のような羽を持った美しい男が手を上げた。
「財務官のオスカーと申します。貴殿は我が国に技術提供を求めているようですが、こちらに支払われる賃金は如何程と考えておいでですか?」
「実はまだ決めてはおりません。というよりは、資金に関しては出資者であるグリック商会の長と場所を設けて協議の上で決めたいと思っております。勿論その際は大和国の財務を担当されているオスカー様に同席して頂きたく存じます」
すると、オスカー様は話にならないといった表情になった。
そりゃあそうだろう。協力しろと言っているのに費用が不透明なんて普通はあり得ないもんね。通常ならある程度の見積もりを立ててから交渉するべきなのだから。
だからそれを見越して、回答は予め用意してある。
「オスカー様。どうか違う側面から見ては頂けないでしょうか?この計画は争いをなくす為の第一歩なのです」
その言葉に厳つい紳士がピクリと反応した。
そして、オスカー様は訝しげにあたしを見ている。
ふと、フリューゲルさん達を見てみると彼等もその先の言葉を待っている様だ。
よし、ならばフリューゲルさん達を出汁に使おう。
「人間は人間しか理解出来ない。魔族は魔族しか理解出来ない。そんな風潮が争いの種になる事は少なからずある事でしょう。それは何故なのか?イレイザさん答えられますか?」
いきなり振られ、イレイザさんは車椅子が悲鳴を上げるくらい慌てふためいている。
「あ、あたしのような奴がこんな場所で意見なんて畏れ多い、です!」
「ユウキ様は先程身分に関係なくとおっしゃってました。ならば、当然イレイザさんにも発言権はあります」
カッツェさんがそう答えて凛兄の方を見ると、凛兄もその通りと頷いた。
「許す。話すがよい」
「あ、ありがたきし、幸せにございまする!シュッ、シュヴァイゲンのリーダーをやっておりますイレイザと言いましゅっ」
あ、噛んだ。そして、敬語がオカシクなってるし、悪い事しちゃったかな?
「同族同士でしか理解出来ない理由。そ、それは交流する機会がないからと思います!」
「ありがとうございます。さて、私が、あえてイレイザさんを指名した理由ですが、シュヴァイゲンというグループはメンバー全ての種族が違います。人間、魔族、獣人、リザードマンその4人で構成されていました。彼等はどんな種族でも解り合える事を体現していたチームでした。
私は彼等と共に旅をして、種族の違いは壁にはならないと改めて認識出来ました。
ですが、悲しい事に解り合える機会が乏しいのが現状。
そこで、私はこの観光地を種族関係なく交流出来る場として発展させたいと思っています。
それが浸透するまでは困難な道になるとは思います。ですが、それをやる価値は充分にあると考えてます」
「それが実現すれば素晴らしいですが、多種属の交流など到底不可能な事と思われます」
流石、財務担当。現実主義者だ。
どうするべきか思案していると、カッツェさんが一歩前に進み出た。
「これはこれは、元勇者を魔王に抱く大和国のお方の口から上る台詞とは驚きました」
「な、何ですと?」
ちょ、ちょっとカッツェさん何を言い出してるの!?喧嘩を売ってどうするのよ。
止めようとしたけれど、カッツェさんは構わずに話し続けた。
「そうではありませんか。天敵と言われる存在の方を魔王に据えて受け入れる柔軟な思考をお持ちの方の口から出るとは思いません。
シュヴァイゲンのお二人をご覧下さい。彼等の間に種族間の隔たりがあるように見えますか?私には強い信頼関係が築かれているように見えます。
どうせ無理などと思わず先ずは一歩を踏み出す勇気が大切なのです。
ですが、日常では中々困難です。旅に出る事で違う角度で物が見えるようになってくる為、冒険者同士に種族間の隔たりは低い。
ならば、観光地という日常とは違う世界ならどうでしょうか?
温泉という同じ目的で集まった者達です。初めは抵抗があっても様々な種族を間近に見続ければそのハードルは低くなり、会話をしてみようと思う者も出てくる事でしょう。
そうなれば、こちらのモノです。
一人が二人になり、二人が四人になり、四人が八人となる。
少しずつでも倍に増え続ければそう遠くない未来に隔たりという壁は無くなっていく。我々が目指している事業はそこを見据えているのです。『不可能』と言う人は早く結果を出そうと急くが故にそう判断します。ですが、時間を掛ければ不可能なんて存在しません。
私達は必ず解り合える。そのきっかけを与える場所が温泉という施設なのです」
「建物を個性的にするのも日常から離れた事を自覚し、癒やしを求めに来たのだと思わせる効果があります。癒やされている時は人の心も寛大になるものです。寛大になれば交流の余裕が出ます。争おうとは夢にも思わない事でしょう。そんな世界の第一歩に是非お力をお貸し下さい」
トールさんも参加し、そう付け加えた。
すると、凛兄が話の間に入ってきて話を終了させた。
「この件は一先ず置いておいて他に質問はないか?」
そう訪ねると、ファティマ様が手を上げた。
「西の魔王、ファティマが意見する。いくつかの疑問に答えてたもれ。
一つ、見事な水道を作られているようだが、水源はどうなっておる?枯れる事はないのか?
二つ、湯の花というのは現物を見る事が出来るのか?
三つ、硫黄というのは爆薬であろう?その湯に浸かって何故肌が綺麗になるのだ?
四つ、巷で噂の消臭水とやらはその地でも購入出来るのか?
五つ、旅行会社が適切な計画を提供するとの事であったが、その会社を通さなくては泊る事は出来ぬのか?」
流石、新しい物好きな魔王。食いつきが半端ない。
だけど、これらの回答も勿論用意出来ている。
「まずは一つ目。水源ですが、観光地に選んだ赤龍の地は硫黄の水源ばかりで飲める水が存在しませんでした。理由は高い山によって雨雲が遮られており、雨が降らないからです。今回の大規模な開拓により、その山に眠る広大な湖より水を引いております。その山は冬は北からやって来る雪雲の水分で潤い、夏はその雪解け水により潤う恵みの山です。よって一年中綺麗な水を飲む事が出来ます。
二つ目。湯の花はこちらになります」
合図と共にトールさんが袋から湯の花を取り出した。
黄白色の結晶からは硫黄の独特な匂いがして、それを嗅いだファティマ様は顔をしかめた。
「なんじゃ、このゴミみたいなものは?これが花だと申すのか?このような臭いものの何処に価値があるというのだ?」
硫黄独特の卵が腐ったような匂いはあたしにとっては癒しの象徴。だけど、知らない人からすれば悪臭を放つゴミにしか見えないのかもしれない。
予想通り、ファティマ様だけではなく殆どの人々が汚いものでも見るような目で湯の花を遠巻きに見ていた。
だけど、あたしの狙いは凛兄だ。
日本人ならこの匂いに惹かれないハズがない!
あたしは、一言断ってから凛兄の前に進み出て、湯の花を頭の上に掲げた。
すると、凛兄はそれを摘まんで匂いを嗅ぎ、そしてそれを舐めた。
周囲はその行動にどよめいたけれど、凛兄はそれが耳に入っていないかのように続けた。
「……本物か。よくぞこれほど完璧なものを……」
「ユウキ様。試してみたくはないですか?」
久しぶりの温泉体験だよぉ。試したいよね?試したいに決まっているよねぇ。
日本人のソウルがメチャメチャ刺激されるよねぇ?
凛兄は生唾でも飲みそうな程、じっと湯の花を見つめている。
「温泉の素晴らしさは浸かってみないと判らないと思うんですよね?
そう思ったからこそ湯の花を用意しました。是非、皆様にも体験して頂きたく存じます」
「うむ。では、早速湯を溜めさせよう。皆の者この者の申すように一度、温泉なるものを体験してみようではないか」
『みんなに体験させる為』というのを強調させているけど、判ってますよ。
久しぶりの硫黄風呂を味わいたくてしょうがないんでしょ?
日本人が温泉をと聞いて素通り出来るわけないもんね。
あたしは、予想通りの展開にそっとほくそ笑んだ。




