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第78話:白銀十字教会本部

 


 ノザリンの西隣にウェスリンの街がある。

 その遥か北西に白銀十字教の本部があるが、緑の深い樹海の中央にあり、司祭以上の者以外の立ち入りは許可されていない。教徒達は、本部は遠い西の国にあり、そこは神が作り上げた自然を損なわないように同化するように建てられているという事しか聞かされていない。

 確かにその教会の建物は樹海に溶け込むように建物には蔦が絡まっているが、よくよく見ると柱という柱に彫刻が刻まれ、見る者が見れば贅沢な作りになっている事が判る。

 教徒達には自然を愛し、謹みやかな生活をするよう教えているとはとても思えない。

 そんな教会にディルクの姿があった。

 彼は教皇の席に鎮座している男に跪いている。入り口から教皇の席まで続く白銀の絨毯は、職人が一糸一糸丹精込めて作られた特注品の為、毛足も長くて柔らかい。よって、長時間素肌で膝を着いても痛む事はない。

 その絨毯の上で教皇の尊顔を見ないように頭を垂れながらディルクは報告した。


「と、いう訳です。残念ながら少女を連れ帰る事が出来ませんでした。ですが、一刻も早く少女を救わなくては邪教の蛮族共に洗脳されてしまう事でしょう」


 だから、もう一度あの地に向かう許可が欲しいと訴えたが、男から帰ってきた言葉は意外なものだった。


「で?何故、お前は魔王を参戦するよう仕向けなかった?」


「は?」


 あまりに予想外の言葉だった為、ディルクは間の抜けた声で問い返した。


「小娘一人を優先するあまり、魔王を参戦させるというまたとないチャンスを棒に振った理由を訪ねている」


 熱のない口調でそう問われ、戸惑いながらもディルクは当然の事のように答えた。


「将来我らの家族になる可能性のある子供を優先させないで他に何を優先しろとお仰せになられるのですか?

 それに、魔王は何があっても参戦しようという意思はありませんでした。ならば子供を優先させるのは当然の事ではないのですか?」


 そう答えると、男は呆れたようにディルクを追い払うように手を振った。


「もういい。下がれ」


「……失礼致しました」


 納得は出来ないが、教皇と呼ばれる男に逆らうわけにはいかない。

 よって、ディルクは退室の礼をとって教皇室から出て行った。

 一人になった教皇は大きな溜息を漏らした。

 すると、別室で控えていた50代位の男が姿を現し、教皇の気持ちを代弁するかのように口を開いた。


「やれやれ、ディルク司教は我等が神を心から崇拝している信に足る男ですが、何分融通が利きませんな」


「だが、そのような男だからこそ救いを求めて信徒達は集まる。今回はあの男に不向きな内容だったが故、仕方が無いと考えるべきであろう。

 それよりもレーベン枢機卿。アレの状況はどうなっている?」


 徐にそう問われ、枢機卿は首を横に振った。


「洗礼にはもう少し時間が掛かりそうです。何やら思い入れが強いようで、どうしてもそれを手放そうとはしません」


「そうか……」


 教皇は暫く何かを考えるように顎の髭を擦っていたが、ややあって口を開いた。


「ならば手荒くやるとしよう。死ぬ限界まで拷問を続けろ。どうせ放っておいても自動回復のスキルで回復する」


「しかし、それでは身体がいくら回復しても精神の方が壊れてしまいます」


 もう既に洗礼という拷問を繰り返して行っているのだ。これ以上手荒くしては使い物にならなくなる。

 そう危惧した枢機卿に、教皇は「仕方がない」と続けた。


「時間がないのだ。精神がやられれば我々の言葉に耳を傾けるようになるであろう。そうなれば、流石にアレも改心するだろう」


「……畏まりました。では、早速始めさせて頂きます」


 枢機卿は逡巡したものの教皇の命令に従うべく部屋を退室した。



 ☆


 光のない世界で男は手足を鎖で縛られていた。

 背中に石のゴツゴツした感覚が伝わる。

 今が何日で何時なのか普通の人間ならば判断出来なくなる環境である。

 だが、男はそんな暗闇の中でも正確に時間を測っていた。

 それは、一日に二度出る食事。そして、三時間毎に訪れる見回りの姿と催眠術のように一日に数回顔に光を当てられ、全てを忘れるように繰り返し囁いたり拷問を楽しむ背中が異常に曲がった酷い猫背の男の姿。

 それだけあれば時間の予測は容易かった。

 何故なら、暗闇の中では視覚は役には立たないが、聴覚や嗅覚は研ぎ澄まされていたからだ。

 そんな男の元に誰かがやってくる気配がして男は首を傾げた。


(オカシイ。この時間に拷問はない筈だが……)


 耳に聞こえてくる擦るような足音、風呂を嫌っているのか汗と埃と黴が混じったような独特な臭気。

 それは拷問担当の猫背男の物だった。

 猫背男は縛られている男の前に立つと、気味の悪い声で笑いながら話し掛けてきた。


「ゼクス。どうだ?全てを忘れて現状を受け入れる気になったか?」


 そう問われ、男は猫背男に唾を吐き付ける事で意思表示をした。


「理解出来ぬなぁ。貴様が追い求める存在はもう既にこの世にいないとは思わないのか?」


 男は無言のまま猫背男を睨み付ける。その表情は揺るぎのない強烈な意思を持って猫背男の瞳を貫く。

 囚われた手足からは金属が擦れた事によって生じた傷から血が滲み出ている。

 薄い布地の服は男の流した血によって所々赤黒く染め上げ、ボロ布のように男の腰に垂れ下がっている。

 その為男の上半身は殆ど素肌を晒している状態だったが、自動回復スキルで何度も回復しては痛めつけられたのだろう。元の肌の色が判らないくらい夥しい血が身体に張り付いてなんとも痛々しい姿だった。

 だが、傷は回復して塞がっている所為か見た目よりダメージは低いように見える。

 猫背男は今度はどう痛めつけよう。どうすればこの男から気力を奪う事が出来るだろうと考えながらも精神的に追い詰めるように言葉を紡ぎ続ける。


「生きていると信じているような目だなぁ。ならば何故その者は此処に助けに来ない?貴様を大切に思っているならば助けに来ないのはオカシイだろう?」


「オカシクは無い……貴様等が何と言おうとも、俺達の絆が崩れる事はない」


 凛とした瞳でハッキリと言い返す低い男の声に猫背男は面白くなさそうに鼻で笑った。


「いいや。簡単に崩れるさ。今頃恋人を作って面白可笑しく暮らしているに決まっている」


(俺の天使に恋人?それこそあり得ない)


 男が笑みを浮かべるのを見て、猫背男は携えていた携えていた茨で出来た鞭で男を打った。


「ッック!!!!」


 皮膚が破け飛び散る血と共に男が呻き声を短く上げた。

 猫背男はそれでも満足出来ず、何度も何度も男に鞭の雨を浴びせる。

 肉が弾け飛び、猫背男の頬に付着する。それでも鞭を打ち続けてやがて男の意識が朦朧としたところで漸く止めた。

 猫背男は乱れた呼吸を整えながら頬に付いた肉片を掬い取るとそれを咀嚼した。

 クチャクチャと不快な音を立てながら自分の肉が食われる様をぼんやりと眺めながら、それでも男は口を開いた。


「汚ぇ食い方だな。どうせ食うなら上品に食いやがれ」


「フン。そろそろ身体を清めたいと思っているだろう?俺は優しいからな。その望みを叶えてやろう。馳走になった礼だとでも思えばいい」


 猫背男はそう捨て台詞を吐くとその場を後にした。

 外で重い閂が掛けられる音がする。

 そして、暫く一人きりになっていると、聞き慣れない音が響いてきた。


「おいおい、随分な礼じゃないか」


 足下に感じる冷たい感覚、そして勢いよく出る水の音に男は舌打ちをした。

 そう、それは水攻めという新しい拷問が始まった事を意味していた。

 逃げようと思っても外には逃げられないし、囚われた手足はそのままだ。

 嫌でも近いうちに自分は水没する。

 男は、覚悟を決めながら身じろぎする事無く水没していく様子を眺め続けた。

 そして、水が胸の高さから首の高さに上がり、首を持ち上げて息を出来る限り吸って肺に酸素を満たすと息を止めた。

 ついに、全身が水に浸かる。

 身体は浮力で浮き上がろうとする為、手足の金属が擦れて痛みも襲ってくる。

 数分が経過すると、いよいよ呼吸が苦しくなる。

 無意識に手足が酸素を求めて悶える。

 ついに耐えきれなくなって息を吐き出すと代わりに大量の水が体内に流れ込んできた。

 その苦しさに喉を掻き毟ろうと更に手が動き、水を掻き続ける。

 そして、意識が遠くなった瞬間、部屋を満たしていた水の水位が減っていった。

 男は咳き込みながら水を吐き出し、本能が酸素を取り込む。

 だが、暫くすると再び身体が水没し、呼吸が出来なくなる。

 そんな先の見えない拷問を受けながら男は大切な存在を思い浮かべた。


(俺はこんな所で絶対死なない。あいつに会うまでは絶対に死ぬわけにはいかない!だから、美麗。お前はどうか無事でいてくれ!!)


 生き別れになり、この世界の何処かに必ずいる大切な妹の無事を祈りながら男は意識を手放した。



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