第74話:龍神国の様子
あれから一ヶ月が過ぎた。
龍神国では治水工事が異常な速度で進んでいた。
それは、現場監督代行のトールの頑張りによってではなく、赤龍の民によるものだった。
彼等は朝は空が白み始めてから働き始め、夜は手元が完全に見えなくなるまで働き続けたのだ。
理由は簡単。
「みなさーん!!食事が出来ましたよ~!!」
女性達の声で作業をしていた男達が集まる。
そして、器を手にしながら女性達と一時の会話を楽しむ。
赤龍の集落は完全に水路が出来上がり、グリックとトールにより山から水が供給されるようになっていた。
今は、各集落にその水が供給されるように、水の少ない黒龍の集落と黄龍の集落の治水工事を優先して行っている。
その様子を見ていた各集落の女性達が食事や水を差し入れに行くという名目で、赤龍の男達と会話を楽しむようになったのだ。
「ミレイ様の言う通りだったな」
「ああ。今まで厄介者だと思われていた俺達に話しかけてくれる人が出来るなんて夢にも思ってなかったぜ」
「だよなぁ?しかも本当に赤龍以外の女達がだぜ?」
「彼女達の期待を裏切らないためにもとっとと作らねぇとな」
「だな。で、完成の暁には俺達は薔薇色のモテ人生だぜ?」
「クウウウウッ!たまんねぇ」
小さい声で話しているつもりのようだが、丸聞こえだ。
グリックとトールは苦笑しながら監督の休憩部屋兼会議室の模型部屋に移動した。
「トール様。神子様は本当に女性にモテると言われたのですか?」
普段のミレイからするととてもそうとは思えない内容だけにグリックは苦笑しながらもトールにそう聞いてみた。
「私は千里眼で覗いていただけだけどね、そんな台詞は出て来なかったよ。まぁ、『厄介者として扱われる事はなくなる』とは言っていたけどね」
答えるトールの表情にも苦笑が浮かんでいる。
「まぁ、何にしろ彼等の働く意欲に繋がっているのですから私としては助かりますが」
「気が合うね。これをミレイさんが知ったら思いきり顔を引きつらせるとは思うけどね。私としては大助かりだ」
そう言って一頻り笑い合うと、グリックは「ところで」と、表情を曇らせた。
「その、神子様ですが、大和国に向かってから一ヶ月が過ぎました。予定ではもうとっくに戻ってきてもいい頃なのですが、もしや、交渉が難航しているのでしょうか?」
「確かに……」
トールも表情を曇らせながら相槌を打った。
「カッツェからの連絡がないのが気になるところだ。もしや、ミレイさんの身に何か起きたのだろうか?」
「……」
心当たりがありそうなグリックの表情に、トールは話すように視線を投げた。
それを受け、グリックは言いにくそうに話し始めた。
「実は、ノザリンで聞いた話なのですが、一月近く前にBランクの冒険者が大和国付近で賊の攻撃に遭い全滅したそうです」
「何だって!?まさか、その場にミレイさんが……!?」
「……信じたくなくて聞かなかった振りをしていたのですが、未だに帰ってこないとなると……」
「……」
静寂が二人を包む。
二人はミレイ達が正体を隠して動いていた事を知っていた。
それだけに、グリックの言葉が真実味を帯びている。
カッツェからの連絡が未だにないから余計である。
ミレイに何かあれば、カッツェが身体を張った可能性が高い。
連絡がない=死んでしまったという図式が二人の脳裏に容易に浮かんできた。
だが、そんなトールの元にタイミング良くカッツェからテレパシーが入ってきた。
「グリックさん!カッツェだ!!カッツェから今テレパシーがっ!!」
「本当ですか!?」
グリックは喜色ばんだ声を上げると、早く話をするようにトールを急かした。
それを受け、逸る気持ちを抑えながら何事もないように話し始めた。
『やぁ、カッツェ。随分遅い連絡じゃないか。どうかしたのかい?』
『すみません少しゴタゴタしていたもので……』
声に張りがある。という事は元気らしい。
トールは千里眼でカッツェを見ようとしたが、グリックにも会話を聞く権利があるだろうと判断し、千里眼の分の魔力をグリックがテレパシーに参加出来るようにする為に使った。
とはいえ、魔力のないグリックには会話自体に参加は出来ない。
だが、内容が理解出来るだけでも構わないというようにグリックが頷いたので、トールはカッツェとの会話を再開させた。
『ゴタゴタとはいったい何があったんだい?』
『まだ暫くは国に戻れそうにありません。で、開拓の方はどうなっているか確認したくて連絡をしました』
何故そこで言葉を濁すのか?こちらの情報などどうでもいい!
そんな事よりミレイはどうなっているのか?
そう急かしたいのは山々だったが、それも何とか不安と共に抑え込んだ。
『こっちは赤龍の集落に水が引けるようになって、今は水の殆どない黒龍と黄龍の集落を分担して治水工事を行っている所だよ。観光地はミレイさんがいないと進められないからね』
だから早くミレイの様子を教えてくれと言う気持ちを込めると、カッツェは声色に陰りを持たせながら言いづらそうに話し始めた。
『実は……今、ミレイは大和国で意識の無い状態です』
話の始めにそう持ってきたカッツェは大和国の手前で戦闘があり、ミレイは全身に火傷を負い、外部との接触を絶って自分自身の治療に努めている事を話した。
『セ、セレナを至急そちらに向かわせる』
考えたくない最悪な状況に目の前が暗くなるのを感じながらも何とかそれだけを告げたが、カッツェはそれを拒否した。
『必要ありません。と、言うより来て頂いても力になる事は出来ないでしょう』
『何故だ!?』
『先程説明した通りです。外部との連絡を絶っている為、治癒魔法はおろか薬草さえ効果がありません』
こちらから手を尽くす方法がないと言われ、グリックは顔を青ざめさせた。
いつも飄々としているトールでさえ舌打ちを打たずにはいられない。
『で、か、回復はするのか、い?』
感情が抑えきれずに声が自然と震える。
グリックも胸元で手を組み、女神に祈りを捧げながらカッツェの言葉を待った。
『一時は瀕死の重体でしたが、今は峠を越えています。回復には時間が掛かりますが、治り次第交渉を始めます。グリックさん。赤龍の集落の観光化は必ず上手く行きますのでどうか安心して下さい。
それで、今後の事なのですが、治水と平行して湯の花の製作も進めて下さい。交渉に必要になるかと思いますので』
交渉など今はどうでもいい!
そう思ったトールだったが、グリックはいつもの商人の表情になり、カッツェに伝言を頼んできた。
『……グリックさんが、交渉が上手くいく確率を教えて欲しいそうだ』
『10割です。ただ、ミレイ自らが頼めばという条件が付きますので、回復する時期を計算すると後一月は掛かると思われます』
『一ヶ月、長く見積もって二ヶ月と見積もればいいのですね?了解しました。私はこれよりいつでも作業に取りかかれるよう神子様が作ってくださった道に使用する石畳や砂利を用意しておきます。建築用の材木も集めておきますので、遅くても二ヶ月後には戻ってきてください』
トールはこの流れに納得出来ないもののグリックの言葉をそのまま伝えた。
すると、カッツェは最後に個人的に極めて重要な事を告げて通信を終わらせた。
『この件に関しては、絶対に父上には報告しないで下さい。飛んで来られでもしたら喚き回って治るものも治りませんので』
そんな事は言われないでも理解している。それよりミレイについてもっと詳しく聞きたいと言おうとしたトールだったが、テレパシーはもう既に届かないのかいくら呼び掛けても返答はなかった。
「グリックさん。これより現場監督はジェイドとセレナに任せ、私はありったけの湯の花を持ってミレイの様子を見てくる」
「先程来るなと言われていたじゃないですか」
「ジェイドがね。私は言われていない。それに、交渉には湯の花が必要なんだろう?ならば私が届けに行かないとね」
いつもの冗談めかした口調にグリックは仕方ないと苦笑したが、念を押す事は忘れなかった。
「くれぐれも神子様を見て乱心なされないようお願いしますよ」
「判っているさ。私はこれでも老人なんだからさ」
どの口がそう言うのか、グリックは今度こそ呆れた吐息を漏らした。




