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第64話:ユウキとカッツェ

 


 扉が閉じられた状態でも声を張り上げていたせいだろうか?

 エーデルにユウキ達の会話は筒抜けだったらしい。

 そのエーデルは自分の手で扉を開けようとはしなかった。

 だが、よく通る声で訴えた。


「話は聞かせて貰いんした。わちきならその子の夢の中に入ってそこから内部に介入できんす。治癒魔法だって使える事はリン様もご存じの事でありんしょう?」


 確かにそうなのだが、ユウキは躊躇し続けていた。


「だが、相手は同性だ。同性相手にそれを行うのは危険ではないのか?お前に万が一の事があったらと思うと踏み切れないんだ」


 自分を気に掛けてくれている言葉にエーデルの身体は喜びに震えた。


(思っていた通りでありんす。リン様はわちきを気に掛けて下さっていんす)


 自分は愛されているという、この上ない喜びに浸りながらエーデルは続けた。


「心配して下さりありがとうございんす。でありんすが、わちきは大丈夫でありんすぇ。わちきは愛するリン様のお役に立ちたいのでありんす。でありんすから、どうかこなたの扉を開けてわちきにやらせてくんなまし」


 そんな風に言われては首を縦に振らないわけにはいかない。

 ユウキは渋々ながら扉を開けた。


「受け入れて頂きありがとうございんす。早速怪我人に会わせてくんなまし」


 内心は漸く入る事が叶った夫の私室に浮き足立ちながらもエーデルはそれを悟らせまいと、事務的にそう言い美麗と対面した。だがその瞬間、彼女の無残な姿に口元を手で隠しながらその美しい顔を凍り付かせた。

 配下達の言う通り、確かに美しい顔をしていた。

 目を醒ましたら天上の調べのような声で優雅に話をしそうな位極上の美しさを持っている。

 だが、その美しい幼子は、本当に人なのかと思わせる程に無残な姿だった。

 頭部から胸元までの肌を見ると、子供らしい健康的なもち肌でありながら陶器のような白くて艶やかな肌持ち主に違いないというのに、生きているのが不思議な位肌や肉が焼け爛れ、一部が殆ど炭と化している。

 更に、比較的マシな部位でも水泡が出来、それは今にも弾けそうなほど膨らんでいる。それ以外の皮膚らしい皮膚は身体から剥離した乾いた皮膚のみという状態だ。その皮膚でさえ先端部分は黒い鱗の様に小さくポロポロと落ちていき、息を吹きかければそれが宙を舞う。

 幼子にこのような仕打ちを与える人間にエーデルは激しい憤りを覚えた。


「まだ幼い童になんて酷い事でありんしょう!人間といわすのは平気でこなたのような事が出来るのでいんすか!?」


「全ての人間がそうだというワケじゃない。だが、そういった人間もいる事は確かだ。

 エーデル、こいつを治せるか?

 お前は確かに治療の魔法が使える。だが、中級レベルだろう?俺が懸念しているのはこいつの状態があまりにも酷いから、夢の中に入れても魔力切れを起こしてお前まで障る事になるのではという事なんだ。

 とはいえ、俺にとってはこいつは妹のように大切にしていた人間だ。おむつだって俺が換えた事があるほど古い付き合いなんだ。だから、何とかして助けたい気持ちもある」


 未だに揺れている夫に対し、エーデルは安心させるように自分の胸を叩いて極上の笑みを浮かべた。


「それならばなおの事でありんす。リン様にとって妹ならばわちきにとっても妹。大切な家族を助けるのは当然の事でありんす。

 何の心配もござりんせん。これほど美しい子なら処女だとしても恋愛の一つくらいはした事があるに決まっていんす。そこから入り込めば簡単に介入できんすし、魔力切れを起こしそうになりんしたら一度外に出てからもう一度入り込むだけでありんす。

 さぁ、では早速行ってきんす」


「え、あ、おい!エーデル」


 ユウキは止めようとしたが一歩間に合わず、エーデルは美麗の中へと消えていった。

 行き場を失ったその手は宙を彷徨うだけ。

 ユウキはその手を見ながらそれをゆっくり降ろした。


「おい……ダメ元で聞くが、美麗は誰かに恋愛感情を抱いていた節はあるか?」


 恐る恐る言うユウキの問いに、カッツェは澱みなく言い切った。


「いや、私の知る限りではない。そもそも彼女は誤解しているようだが、目覚めている時のミレイは」

「人でも殺しそうな悪人面なんだろ?」


 カッツェの言葉が終わらないうちにそう返答すると、カッツェは首を横に振った。


「いや、確かに初めて私の集落に彼女が来た時には『如何にも人を殺しそうな顔』だった為に殺人者の汚名を着せられ、牢屋に投獄されていた程度だったが、現在に至っては残虐性が増し、『飛び散る血を浴びるのが三度の食事より好きそうな顔』に進化している」


「最悪じゃねぇか。ならば、恋愛は絶対不可能だな」


「本人は恋愛に憧れているようではある。以前『恋はいいもんなんだよ。リア充ライフはピンクの二人の世界でウハウハなんだよ?』と憧れ一杯に話していた事があった」


 その台詞にユウキはピクリと反応した。


「こいつが?本当にこいつがそんな事を言っていたのか?」


「何故不思議そうに言う?」


 恋に憧れるのは全ての女性が通る道だと学んでいたカッツェは不思議そうにそう返した。


「実は美麗はコミュ障で、あっちの世界じゃ家族以外とはまともに話せなかったんだ。だから、俺が美麗をしょっちゅう泣かせる事で鍛えあげて、コミュ障を治そうとしていたんだが、益々悪化して完全にボッチになっていたからな。恋愛以前の問題だ」


「それ、お前が悪いんじゃないか。お前が多少優しくしたらコミュ障にはならなかったんじゃないのか?」


 呆れたようにいうカッツェにユウキは開き直るかのように答えた。


「それは、俺の双子の弟の役目だからいいんだよ」


「避けられたに決まっているだろう?お前と同じ顔をしているのだから虐められると考えるに決まっている」


 そこで、ユウキは違和感を感じて首を傾げた。


「おい、ちょっと待て。お前、何故俺と弟が同じ顔していると思った?双子だったとしても二卵性だったら顔は違うだろ?」


 無意識に出た言葉だったが、言われてカッツェは何故そう思ったのか考え始めた。そして、暫く経つと納得したように一人頷き、説明した。


「もし、その弟が違う顔だったら彼から色々学んでいただろうし、そうすれば現在のミレイにはなっていなかっただろう。

 だが、ミレイは私を初めての友人だと呼んでいた。と、なると、ミレイのいた世界ではボッチだった事になる。

 優しくしてくれる他人がいたのにその相手と関わらないという事はお前というトラウマがあったせいだと判断した。よって、双子の弟はお前と同じ顔でしかありえない」


「お前は探偵か?流石に引くぞ、その推理力は。

 まぁ、いい。そんな事よりエーデルだ。恋愛感情さえないなら夢魔としてのアプローチは困難となる」


「その辺りを説明するべきだったな」


 エーデルが失敗すれば、美麗の治療は出来ない事になる。カッツェは眉を寄せてそう呟いた。


「いや、説明してもエーデルには通じない。何故なら、彼女は夢魔という名の淫魔だ。恋愛のない世界を味わった事がない。よって、説明しても理解出来るわけがない。それに、思い込んだら躊躇せずにまっしぐらという性格をしているから余計だ」


「……なんだか、お前の口癖を言いたい気分だ」


「言っても構わんぞ」


 頭を悩ませつつも何故かどや顔で言うユウキに、カッツェは不機嫌さを隠そうともせずに舌打ちしながら答えた。


「死んでも言わん」


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