第32話:それぞれの心の内
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神子の言葉が効いたのか、広場で俄然やる気になった赤龍の男達はまるで奪い合うかのように作業に取り掛かっていた。
理由が『女にモテる』というもので、神子は理解出来ないと頭を抱えていたが、私としてはいい傾向だと判断している。
今までの彼等は食欲のみに支配されていた状態だったが、女の事を考えられるくらいには余裕が出て来たのだから。
人間らしい感情を持てるようになれたのはいい事だ。
「お陰で早く終わった事だし、魚でも釣ってくるとしよう」
神子は海に繋がる洞窟の近くに小屋を建てると言っていたし、洞窟を抜けて魚を採ってきた帰りに小屋の様子を見に行くのも悪くない。
そう思って、魚を釣ってきたわけだが、様子を見に行く事を後回しにした事を私は後悔する羽目となった。
「……私は夕食までには間に合うように帰ってきてくださいと言ったと思うのですが、その状態でどうやって帰ってくるつもりだったのですか?」
小屋の中は岩の破片が散乱しており、その中央で魔力切れを起こしている神子の姿があった。
最初の頃と違い意識はあるようだが、動く事が出来ないらしく岩の破片に埋もれるように倒れていた。
この人には危機管理というものを徹底的に教えた方がいいかもしれない。
誰もいない場所で無抵抗な状態になる事がどれ程危険なのか把握していないに違いない。
「ごめん。つい夢中になっちゃって……限界を見極めるの失敗しちゃった」
力のない声を出しているというのに、明るく答えようとしている姿に私は溜息を吐いた。
やると決めた事には何故か神子は全力投球する傾向がある。
だが、今回のこれは普段とは違う感じがする。
「……抱えて帰るのも面倒ですからいっその事、此処に拠点を移しますか?」
神子の瞳が光ったのを私は気付かない振りをしながら話を続けた。
「此処からなら作業現場に近いですし海にも出られるから魚も捕れる。
私としても都合がいいですし、そうしましょう」
「本当に?そうしてくれると嬉しいよ」
本当に嬉しそうに笑っていたけれど、私は神子がほくそ笑んでいるのをしっかり見てしまった。
やはりそうか。確信犯だな、これは。
「鉄砲玉のようなあなたを見張るのも目的の一つだという事をお忘れなく」
やれやれ、先が思いやられる。
取り敢えず寝床と食事を摂る場所を確保しなくては。
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『鉄砲玉のような』とか言われてしまった。
そんなつもりはないのにな。
本当は動けるのよ。
完全に魔力が切れたワケじゃないからね。
だけど、動くのも怠い状態になっている事は確かだったりする。
まさかパーツを作るのがこんなに辛いとは思っていなかったのよ。
だから、いっそのこと此処で寝起き出来ないかなぁと思っていたらカッツェさんが洞窟の方に行く気配を感じてさ、それで閃いたのよ。
全く動けないフリをしたら面倒見のいいカッツェさんならこっちに寝泊まりしてくれるようになってくれるのでは?と。
そしたらより長い時間作業に取り掛かれるし、治水工事の作業現場に近いからカッツェさんも楽だし、WinWinの状況になるじゃない?
我ながらなんて名案だろう!
まあ、カッツェさんに心配させちゃうのは申し訳ないけどね。
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きっと神子はそんなふうに思っているに違いない。
口元が緩んでいるのがその証拠だ。
それでも知らないふりして彼女の思った通りにするというのは流石に甘過ぎるだろうか?
だが、本来なら神子が龍人族を救う必要なんてないのだ。
それなのに彼女の能力を利用している立場としては彼女が少しでもやり易い環境にしてあげる事ぐらいはやるべきだと思っている。
「神子。食事が出来たが、食べられますか?」
「うん!」
満面の笑みで飛び起き、神子が牢屋で作ったベッドを参考に土魔法を使って作った椅子に神子は飛び乗った。
大人サイズの椅子は神子には大き過ぎるらしく、両足が空中でブラブラと揺れている。
余裕で動ける状態じゃないか。
詰めが甘い。もう少し動けない演技をして徐々に動ける設定にすれば私を騙し切る事が出来たかもしれないのに……
赤龍の民をその気にさせるよう誘導したり、商人と渡り合い見事投資の契約を交わしたり龍神の長達とも渡り合った人物と同一人物には思えない。
いや、待てよ?神子はいつも一度は相手を怒らして感情を昂らせる事でその場で優位に立つようにしてから話を進めるという方式を取っている。
もしかしたら騙し合いが苦手なのか?
いや、そもそも対人そのものが苦手なのかもしれない。
以前、食事をしながら神子は転生時に14歳にされてしまったが、本当の年齢は22歳だと言っていた。
それなのに友人になったのは私が初めてだと言っていた。
社交的な性格なら22歳で友人がいないというのはあり得ない。
もしそうなら神子のアンバランスさにも説明がいく。
「神子。動けるようになったのですね?」
私がそう言うと、神子は「しまった」という表情で、魚の骨と格闘していた手を止めて恐る恐る私を見る。
その表情はまるで悪戯を見付けられた子供のようだ。
「う、うん。なんか前より回復が早くなっているみたい」
……演技はどうやらまだ続いているらしい。ならばそういう事にしておこう。
「それは良かった。ですが、無理はしないで下さい」
「う、うん。き、キヲツケルヨ」
ぎこちなくそう頷くと、私から目を逸らすように再び魚の骨と格闘を始める神子に私は苦笑した。
まぁ、騙されてあげよう。私は神子が心を許せる唯一の友人なのだから。




