08 森の異変
村に行ったあの日から半年が経過していた。
レインは以前と比べ物にならないほど成長していた。
討伐にも何度か参加し、実践の経験も積んでいた。
それでもまだシルフィには届かない。
目の前にはシルフィが立っている。
今日もまたシルフィと剣を交えていた。
風が揺れる。
シルフィの次の一撃が来る。
レインは迷いなく剣を構えた。
「──っ!」
振り下ろされる一撃を正確に受け止める。
「いい反応ね」
「これくらい!」
受け止めた剣を流し、そのまま踏み込み反撃する。しかし──
「甘いわ」
軽くいなされた。
「くそっ……!」
シルフィと距離を取る。
足に風を集める。
「はぁっ!」
一気にシルフィとの間合いを詰める。
剣を振る。
「攻めはまだ粗いわね」
シルフィが微笑む。
何度も繰り返す。
踏み込み、流され、崩される。
あと少しで届きそうなのに、そのあと少しが遠い。
(いける……!)
そう思った瞬間、焦りが生まれた。
その一瞬の隙をシルフィが的確についた。
「隙よ」
レインの視界が反転した。
「っ……!」
気づけば地面に叩きつけられていた。
「まだまだね」
上からシルフィの声が落ちる。
「……今日はいい線言ったと思ったのに」
レインに悔しさがにじむ。
「そうね。確実に強くなってるわ」
シルフィは柔らかく笑った。
「今日の午後は少し外に出ましょうか」
「外?」
「村よ。買い出しのついでに」
「……分かった」
少し照れながらレインは立ち上がった。
村に近づくと違和感がすぐに分かった。
「……静かだな」
人の数が少ない。
普段なら外で子供が遊んでいる。その子供の姿が見えなかった。
代わりに、家の中からひそひそとした声が聞こえた。
「空気が重い……」
家畜も落ち着かない様子で鳴いていた。
「何かあったの?」
シルフィが近くの村人に声をかける。
「ああ、シルフィさんか……」
男は疲れた顔で答えた。
「畑がやられたんだ」
「やられた?」
「一部の作物がな……黒く変色してる」
レインの眉が動く。
「病気か?」
「分からねぇ。ただ……」
男は少し声を落とした。
「触れたやつが手が痺れるって言ってた」
「……痺れる?」
「気分が悪くなるってやつもいる」
ただの作物の異変ではない。
シルフィの表情がわずかに引き締まった。
「……分かったわ。ありがとう」
シルフィは短く礼を言い、その場を離れた。
「ボラスだ」
レインが呟いた。
広場の端に傷だらけの男が座っていた。
「ボラス」
シルフィが声をかける。
「……シルフィか」
顔を上げたボラスは明らかに消耗していた。
「どうしたの?」
「森が……おかしい」
低い声だった。
「魔物たちが強くなってる。普段じゃありえねぇ動きをしてた」
「ありえない?」
「ああ。連携してきた」
その一言にレインの心臓が跳ねる。
「それに……」
ボラスは少し間を置き、続けた。
「森の奥で黒い霧を見た」
空気が変わる。
「……どんな霧?」
シルフィの声がわずかに硬くなる。
「黒くて木々も変色していた」
「……異常だ」
レインが呟いた。そのときだった。
「誰か入ったの!?」
シルフィがボラスに詰め寄った。
その勢いにボラスが一瞬たじろいだ。
「あ、いや……誰も入ってねぇ」
「本当に?」
「本当だ。危険だと思って引き返した」
シルフィの手がわずかに震えていた。
だがすぐに息を吐き、力を抜く。
「そう……」
シルフィはその言葉を聞き、少しだけ安堵の表情を浮かべた。
「とりあえず、森には誰もいれないで」
「ああ、分かってる」
ボラスは真剣な顔で頷いた。
「レイン、帰るわよ」
それだけ言ってシルフィは歩き出した。
「買い出しは……」
「後でいい」
即答だった。
家に帰るまではほとんど会話はなかった。
沈黙が重い。
扉を閉めた瞬間、レインは意を決して口を開いた。
「……何が起きてる」
シルフィは答えない。
窓の外、森の方角を見つめていた。
「黒い作物、強くなった魔物、黒い霧……」
レインは言葉を並べる。
「ただの偶然じゃないだろ」
シルフィはまだ答えない。
「シルフィ」
1歩踏み出す。
「知ってるんだろ?」
ゆっくりとシルフィが振り返る。
ほんの一瞬だけシルフィに迷いが見えた。
「……まだ確定じゃないわ」
「でも、予想はある?」
「……ええ」
短い肯定だった。
「だったら──」
「レイン」
遮るように名前を呼んだ。
その声はいつもより少しだけ強かった。
「これは……あなたが思っているより危険なものよ」
レインは黙る。
「もし私の考えが正しければ」
シルフィは小さく息を吐く。
「ただの異変じゃ済まない」
レインの背筋に冷たいものが走る。
「教えてくれ」
シルフィを真っ直ぐに見据えて言う。
「……そう、ね」
シルフィが呟いた。




