50・エリザベート 2
隣国で陸様を発見したとの情報があった。
むむ、隣国とは言え他国、王族の私が勝手に赴くのはマズいか……。
いや、陸様に会うのが先決だし考えていても仕方がない、渡航の際には身分を隠し陸様が現れたというカインという港町に向った。
そして……。
何てことだ。彼は、勇者陸様はここから少し離れた迷宮という場所で命を落としたらしい。
ガックリと肩を落とす私、パーティを組んでいたクラリッサに至っては、膝から崩れ落ち、そのまま気を失ってしまった。
彼が亡くなった事を受け入れられないらしい。私もそうだが立ち直るのには時間が掛かかりそうだ。
獣人のリタという少女は暫し目を丸くしていたが、何の根拠か陸様は死んでないと断言していた。
彼女もまた彼の死を受け入れられないのだろう。彼女は彼に懐いていた様だからな。
そうだ、せめて彼女の奴隷となった姉を探し出し、奴隷から解放してあげよう。それが私のできるせめてもの償いだ。元はと言えば彼女から陸様を引き離したのは、他ならぬ私なのだから。
だが彼女の姉は見つからなかった。彼女を連れた勇者の足取りさえも掴めなかったのである。我が国の諜報機関は優秀ではなかったのか……全く情けない。
数か月後、私はこのリタという少女の言った事が事実だったと思い知った。彼女には彼が生きていることがなぜ分かったのだろう?
信じていたのかもしれない、彼の事を……何たることだ、またしても涙が止まらぬ……グスン。
彼は何と、海を越えた隣国キングスを襲ったアルティメイトモンスターを撃退したというのだ。
流石は将来の私の夫だ。
彼の活躍は我が国が最初から真の勇者だと押している、選ばれた勇者達となんら変わらない、いやそれ以上の働きをしている。
アルメリアの上層部の何と人を見る目が無い事だ。最初から陸様を選んでおけば今頃もう魔王を倒していたかもしれない。
……いやそれは言い過ぎか、だが魔王軍幹部の十二将とか言う奴等の何名かを倒していても不思議ではないと確信している。
現地の諜報機関の情報によると、陸様は王都キングスの隣クインズ公爵領の公都に居るらしい。
陸様が生きていると知って立ち直ったクラリッサと彼を信じていたリタを連れ、再度海を渡りクインズ公都を目指す。
無論今回はちゃんと申告を済ませてあるので、大丈夫な筈だ。
早く陸様に会いたいが、長旅になる為に仕方なく王都キングスに泊まる。ついでにここで陸様の情報収集を行おうとしたのが運の尽きだった。
クインズ公爵令嬢ヴィクトリア・クインズ、彼女が私の前に立ちはだかったのだ。
彼女は陸様がアルティメイトモンスターと戦った際に、モンスターから彼女を助け出したらしい。流石は勇者陸様だ。
だがそれはこの目のつり上がった公爵令嬢ではなく、私が憧れていたシチュエーションだ。
助け出された際に、乙女の憧れお姫様抱っこをされたと自慢げに高笑いした時は、本気で戦争を仕掛けてやろうかと思った程だ。
第一、姫でも無い公爵令嬢が本物の姫である私を差し置いて、先にお姫様抱っこされるなんておかしいだろ!
抜け駆けしようとするヴィクトリアを捕まえ、共にクインズ公都に向かう。
国は違えど私は一国の王女だ。この国の公爵令嬢と言えど邪険には出来ず、渋々私を連れて公都の城へ連れて行ってくれた。ふふふ、礼を言うぞヴィクトリア。
都市に着き城を見上げる。公爵にしては中々立派な城だ……アルメリアの王都にある城より立派で大きい。
……悔しいので絶対に口には出さん!
「ここに陸様が居るのだな」
「ちゃっかり付いて来て、全く……そうですわ、情報によると勇者陸様は現在私の城で御くつろぎになられている筈ですわ」
何たることだ、陸様に癒しとくつろぎを与えるのは我がアルメリア国と決まっているのに、他国に先を越されるとは。
まぁいい、これから陸様に尽くせばいいのだ、待っていてくれ、いや下さい陸様。
そこに居たのは似ても似つかぬ男だった。
一応勇者らしいが生意気そうな顔で、実際生意気だった。
落ち着きのある陸様の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい気分だ。あっ、この言葉もあちらの世界の格言らしい。
勇者空と名乗ったその男は、陸様の代わりにもてなされに来たというのだ。一体どんな了見なんだろう? 馬鹿なのか、馬鹿なんだな?
後ろで控えていたクラリッサとリタが空に向かって至極当然な正論を突き付ける。
陸様はそんな横暴で下品じゃないとか、阿保面じゃないとかだ。
良いぞ、もっと言ってやれ、そう思って心の中で煽っていたのだが、奴……空は思いもかけない行動に出た。
私やヴィクトリアの様な貴人ならともかく、冒険者であるクラリッサとリタには何も気をかける必要はないと。
異常を感じた護衛が空の前に立ちはだかる。他国の騎士を褒めるのは何だが、優秀そうな頼りになる騎士達だった。
だが、その騎士達が急にバタバタと倒れ出した。
全ての騎士が倒れた頃、ようやくそれが空の使った何らかの魔法か能力なのだと気付いたのだ。
勇者を見つけたと言う、一緒来た冒険者は二人だけ残って後は逃げてしまっていた。
残った二人も身を寄せ合って頼りになりそうにない。
元はと言えばこいつ等が陸様と間違って、この馬鹿勇者空をここに連れてきたから、こんな大変な目にあっているのだ。
ニヤリと不気味に笑ってこちらに歩み寄って来る、この狂人勇者から私達を守る者は居ない。自分の身は自分で守らねばならないのだ。
私もヴィクトリアも戦う為の術を持っている、ましてや冒険者であるクラリッサやリタなら尚更だ。だがこの勇者を名乗る空という男を前にすると、その自信が揺らぐ。
目の前のこの狂った勇者は他の勇者とは違う。恐らく平気で同族の人間を切ることができる男なのだ。
一瞬だった……空が剣を抜き二人に切りかかるのは。
迂闊にも目を閉じてしまった、共に陸様を探した仲間が惨殺される姿を本能的に見たくなかったのかもしれない。
ヴィクトリアも二人とは会ったばかりで仲が良い訳では無かったが、私と同様に目を伏せていたみたいだった。
ガキンッ、と広い部屋に金属音が響き渡る。目を開くと信じられない光景がそこにあった。
え? 何故彼がここに?
「り、陸さん?」
「あ、陸様だ」
二人が叫ぶ。そう空の凶行を止めたのは他でも無い、勇者陸様だったのである。
……ヤバい、どうしようカッコイイ。
胸がドキドキする。
むむ、ど、ど、どうすれはいいのだ、動悸が止まらない。顔も火照って熱い……。
気付くとヴィクトリアも赤くなった頬に手を当て、落ち着きも無くモジモジしていた。
まさか、いやまさかな……いやそのまさかだ!
彼女も魔法をかけられていたのだ、恋と言う名の魔法を! 思わぬ伏兵が居たものだ。
だが相手が陸様では仕方がない事かもしれない。全く罪なお方だ。
「絶技断空斬!」
空が必殺の一撃を放っても勇者陸様には傷一つつける事は出来ない。
唖然とする空、見たかこれが本物の勇者と勇者を名乗る紛い者との差だ。
気付けば陸様と一緒に来たのだろう無駄に胸の大きな神官と、空の後ろでこの後に及んでも食べる手を止めなかった図太い神経の女とが言い争いをしている。
その後、空と図太い女は分が悪いと判断して、捨て台詞を残して部屋から出て行ってしまった。陸様は追いかけるつもりは無いらしい。
あんな小物、陸様の敵ではないのだ。
……しかしあの陸様と話す牛チチ女は誰だ?
あの牛チ……いや女はセーラと言う名の大聖堂の神官だった、しかも聖女とか呼ばれていて陸様にべったりだ。おのれ聖職者の癖に色香を使って陸様を惑わせるとは。
フン、まぁいい聖女と崇め祭られていても所詮は平民、王族のわたしの敵では無い。
やはり目下の恋敵はこの女、ヴィクトリアか。




