114・魔王戦 3
状況は予想に反して俺達が有利だ。
無論この有利な状況を持続させる為には、俺が倒されない事が前提ではある。
こちらにはヒーラーとして参加しているセーラとアニー、リリィが居る。彼女等は本来魔王軍十二将で、その底無しと思える程の魔力は十二分に俺達を有利にしていた。
但し彼女等は強化等の支援はするが攻撃には参加はしない。
問題は本当に魔王が倒れるまで、俺達の仲間のままでいてくれるのか? 俺が魔王なら、自分が本当に倒されそうになったら、「やっぱり無し」と言ってしまうだろうからな。
セーラ達も魔王の配下将なのだから、いくら命令でも本当に主である魔王を倒す手伝いをするとは思えない。
ただ魔族の常識を知らない俺の意見は正しいのかは分からないし、当のセーラ達三人の意志も分からないしな。
アニーとリリィは魔王とは叔父と姪の関係で魔王の血族ではあるし、セーラに至っては魔王ギディオンは父親なのだから、今更ながら信用するのはどうかと思う。
そんな状況で戦ってる俺は、阿保なのではないかと我ながらに思うが……。
そんな事を考えていたのが悪かったのか、剛腕を振り抜いた一撃をまともに食らってしまった。
凶悪な爪は幸いセナとラナのくれた剣を交差にさせて何とか防いだが、ダメージはモロに受けた。
俺は意識が飛びそうなスピードで、すっ飛ばされたのだった。
部屋の角まで飛ばされる事はなかったが、後衛が控えてる場所までボロ雑巾の様に転がって行く。
防御魔法が効いていたものの、強力な魔王の攻撃自体は直撃していた為に、俺は立ち上がる事も出来ずにその場で血を吐いて倒れたままだった。
痛い、苦しい……くそっ息が出来ん。
自分で回復魔法を使おうにも呪文自体が唱えられん。この世界には無詠唱魔法なんて便利なものは存在しないからな。
いよいよ意識が遠くなる直前に急に呼吸が出来るようになった、同時に身体の痛みも引いていく。
回復魔法の最上位魔法【快癒】だ。
死以外であれば毒や麻痺、石化さえも治癒し、当然体力も回復させる超魔法だが、魔力の消費が半端ない魔法だ。
ただ以前言った通り、体力の完全回復ではない。とは、言っても普通の人間なら全回復するし、レベルの高い俺でも全回復近くまで回復するので良しとしよう。
俺を救った【快癒】を使えるのはここに居るメンバーの内、俺ともう一人だけだ。
「ありがとうセーラさん、助かった」
「いえいえ、少し無茶し過ぎでは無いですか?」
「はははっ、セーラさんの特訓で似たような目に遭わされてますからね」
「え~、私そこまで酷い事してないですよ」
プゥと頬を含まらせるセーラ。
魔王に殴り飛ばされた先が、たまたまセーラの目の前だった様だ。どうやら俺はクリティカルを食らったらしい。
俺がふっ飛ばされて盾役が居なくなったので、咄嗟に咲が代わりに盾役を継いだみたいだ。
しかしいくらレベルが上がったとはいえ、咲だったら通常の攻撃なら一度食らえば瀕死、二度目で死確実だ。俺の様にクリティカルなら一発でアウトだろう。
意外にも空と海が何とかフォローしてくれている様だが、何時までもつか分からない。直ぐに戻らないとな。
不意に視界の隅で魔王に襲い掛かる二つの影が横切った。アレはまさか……?
「咲、今加勢するぞ!」
「今度は油断せん、行くぞ魔王!」
エリート君とがり勉君だ、あいつ等生きていたのか。
立ち上がる俺にセーラが声をかけて来た。
「あの……陸さん」
「ん?」
「私の証の加護、ロザリオちゃんと持ってますよね?」
「ああ、ちゃんと首から掛けて鎧の下にあるぞ」
セーラからは証の加護としてロザリオを貰ったのだが、「お守りですよ」と言うだけで効果を教えて貰えなかった。鑑定でも『命を救う』みたいな曖昧な表現がされていたしな。
まぁ、聖女でロザリオだから何となく効果は予想できるが。
「それ絶対に離さずに持っていて下さいね……」
「ああ」
「それと……」
「それと?」
「……私は、いえ私達は陸さん達を裏切らないので安心してください」
「……ああ」
「魔王は……父は本当に勇者の手で倒されるのを望んでいるのです」
自分を倒す勇者を育てるなんて、自分の力を過信した酔狂な魔王の道楽かと思っていたが、どうやら違うらしい。
魔王なりの理由があるらしいな。それはアニーもリリィも承知しているって事だ。
さて、セーラのお陰で何とか戦闘を続けられそうだ。
俺とセーラの元に駆けつけ、俺の無事を確認してホッと安堵する少女が俺に声をかける。
「陸さん、これ飲んで下さい! 魔王には私の魔法が効きずらくて、支援魔法を主体にしていたので魔力に余裕がありますし、私の分のポーション余っているので」
そう言って駆け付けたクラリッサが魔力ポーションを俺に差し出した。
「ありがとう、正直言うと結構魔力量と薬品がやばかったんだ、助かる」
心配そうな顔のクラリッサにニッコリ笑ってポーションを受け取ると、それを一気に飲み干す。
セーラの【快癒】とクラリッサの魔力ポーションで戦闘開始に近い状態で戦いに復帰できる。
正直、収納魔法でたんまりとしまい込んであった俺のポーションも底を尽きそうだったので、本当に助かった。
アナは咲のフォローで手を離せない様だ。さっさと戦列に復帰しないと戦列が崩れたら大変だ。
崩れる時は一瞬で崩れるからな。
「陸様、あたしの体力ポーション持って行ってくれよ」
クラリッサの真似だろうか、リタも自分のポーションを数本差しだす。
弓を主体にして、後衛よりの位置にいるリタだが、彼女の体力なら一発食らっても致命傷だ。
だがせっかくだ、俺は一本だけ取り出して後はリタに返し、頭を撫でてやった。
「それだけでいいの?」
「ああ、ありがとう十分だ。自分の分も余分に残しておけ」
そう言ってリタの頭をもう一度頭を撫でてやってから、俺は魔王に向けて駆けだした。
俺自身が生き残る為には、こいつ等を守らにゃならんからな。
俺が魔王の間合いに入りガキンと剣を鳴らし、魔王の爪の一撃を受け流した。
「ありがとう、陸君」
「すまなかったな、変わろう咲」
咲への一撃を俺がいなした後、ポジションを入れ替えた。
さぁ、戦闘再開だ。
……ちなみにエリート君とがり勉君は、また一撃ですっ飛ばされていて、咲の加勢どころか、全く役に立ってなかったようだ。
二人共今度は体が在り得ない方向に曲がっていたので、今度こそ死んだかも……。
俺達が生き残れれば、ハンス王子同様に蘇生させてもらえる可能性があるだろう……生き残れればだが。
魔王の攻撃は多種にわたっていた。
基本は両手の長く鋭い爪だが、ブレスは吐くわ、魔法は使うわで厄介極まりない。
また分身体を出さないのがせめてもの救いだが、二回目が無いという事はアレは魔王にとっても負担になる行動だったのかもしれない。
魔王の体力が受けたダメージに対して、回復が追い付いて来ていない。いよいよ魔王自身の魔力が厳しくなってきたらしい。
だがこちらも決して安心できない。尽きないんじゃないかと思われていたセーラ達十二将三人の魔力も底を尽きそうだ。
魔力回復のポーションもどれだけ残っているか……。
「グオオッ、お、お、おのれ……人間め」
魔王の巨体が遂に膝をついた。そのチャンスを逃さず一気に攻撃の手を増やす。
「オオオオッ食らえぇ――――!」
空が渾身の一撃で魔王の頭を切りつける。
「チャンスです、行きますよ!」
海が体重を乗せた一撃を魔王に食らわせる。
そして俺が、双剣を振り上げる。
「マ、マダ……マダ終ワラン……終ワランゾォーーーー!」
魔王ギディオンが雄叫びを上げる。最後の断末魔となるかと思われた叫びは実は魔王の最後の手段、つまり奥の手だった。
それは……。
「セーラ……さん?」
「アニー?」
「リリィ!!」
十二将である三人が倒れたと思ったら、次の瞬間膝をついていた魔王が立ち上がったのである。
しかも完全ではないが身体の傷が殆んど治っている。
「……ぬう、使うつもりは無かったのだが、無意識のうちに【貢奪】を使ってしまった様だな。まぁいい、これでまだ戦いを続けることが出来るというものだ」
「おいおい、魔王ギディオン……そんなのアリかよ?」
命がけの戦いだ、俺自身アリだとは思うがそう悪態をつかずにはいられないだろ?




