第2話「不思議惑星キン・ザ・ザ」
入学式から約1ヶ月。少しづつ新しい環境にも慣れてきて、教室内でしゃべる程度の友達ならできた。スクールカーストというものがあるとしたら僕らはその底辺にいた。時々話をするクラスメイトはアニメオタクの木下、工藤の2人だ。僕はあまりアニメには詳しくはなかったが、オタクという意味では彼らと同類なので少しは波長が合う様だった。
気になっている美少女の加藤真里は僕とは逆にスクールカーストの頂点にあるグループに属していた。見た目の可愛さと明るい性格のおかげだろう。結局彼女とは住む世界が違うのだ。しかし、そんな加藤真里と仲良くなったのは、ゴールデンウィークの最終日だった。この日、僕と悟は最寄駅から電車で30分行った街にある映画館に行く事になっていた。その映画館はいわいる名画座で、過去の名作を上映している今では珍しい映画館だ。僕と悟のお気に入りの映画館だった。この日はロシアSFの傑作『不思議惑星キン・ザ・ザ』を上映するということで僕らはテンション高めに映画館に向かっていた。
「キンザザが映画館で観れるなんてめっちゃテンション上がるなぁ!クゥー!」
「うん、しかも、デジタルリマスター版じゃなくて、フィルムで上映するらしいね!クゥー!」
この映画は悟の家にある映画DVDの中でも特に僕たちのお気に入りで、既に何度も観ている作品だったのだけれど、映画館の大画面で、しかもフィルムでの上映ということで、これはもう行くしかない!となったわけだ。
映画館に到着し、チケットを買ってロビーに入る。
「映画始まる前にトイレ行っとくわ」
そう言うと、悟はトイレに行った。ロビーにはそこそこ人がいる。上映する映画によってはガラガラの時もある映画館だけど、さすがにキンザザは人気があるみたいだ。僕はロビーに貼っているポスターを見たり、これから公開される映画のフライヤーを見ていた。すると、人混みの中に見覚えのある人物がいる。とんでもない美少女だ。あれは間違いなく加藤真里!あっけに取られて加藤さんをジッと見ていると、目が合った。
ヤバイ!
なぜかそう思った僕は慌てた目を逸らしたが、向こうも僕の存在に気付いたらしくこちらに近づいてきた。
「大月くん?だよね?」
制服姿しか見たことがない加藤さんだったが、この日はもちろん私服だ。黒いワンピースがとても似合っていた。
「お、おう。加藤、さんだよね?もしかしてキンザザ観に来たの?」
しどろもどろになりながらも何とか返事を返す。
「キンザザ観に来る以外にここに来る意味ある?」
そうだよ。この日はキンザザしか上映してないんだこの映画館は。なんてバカな質問を!
「そ、そうだよねー。加藤さんってもしかして映画好きなの?」
「うん。好きよ。キンザザは前から一回観たいと思ってたの」
え、映画好きなの?しかも、こんなマニアックな映画を前から一回観たいと思ってたの!?なにそれ!最高じゃん!!
と、ここで悟がトイレから戻ってくる。
「お待たせ〜、ってあ、どうも。どちらさん?」
そうか、悟はクラスが違うから加藤さんの存在を知らないんだ。
「あ、こちらは同じクラスの加藤さん。で、こいつは僕の友達の悟、小林悟」
「加藤真里です。よろしくね」
加藤さんは笑顔でそう言うと右手を悟の前に差し出す。悟は慌てて手を履いているジーパンで拭うと握手を交わしながら照れた様子で挨拶をした。
「こ、小林悟や。よろしく」
って!おい!なんで、悟は加藤さんと握手してんだ!?僕も加藤さんと握手したい!接触したい!!
「大月のクラスにキンザザを観に来るような映画マニアがおったとは知らんかったわ。なんで教えてくれんかったん?」
「いや、僕も知らなかったんだよ。今日ここで会って初めて知ったんだ」
「はぁー、縁やな。そや、加藤さんせっかくやし俺らと一緒に映画観ようや」
おぉ、悟!ナイスだ!ナイスだぞ!!
「そうね、そうしよう」
加藤さんと一緒に映画を観れるのか!?しかも『不思議惑星キン・ザ・ザ』を!!
シネコンの様な大きな映画館は指定席だが、この映画館は自由席なので、3つ並んで空いてる席を見つけ、そして、通路側に加藤さん、真ん中が僕、奥が悟といった具合に席に座る。これは、最高のシチュエーションだ!加藤さんの隣で映画を観れるなんて!しかも、『不思議惑星キン・ザ・ザ』をだ!
映画が始まっても気が気でなかった。なにせ隣にはクラス1の、いや学年1の、いや学校1の美少女である加藤真里がいるのだから。
スクリーンを観ながらもチラチラと加藤さんの横顔を見てしまう。スクリーンから反射する淡い光に照らされる加藤さんの横顔はそれはもう美しかった。
映画が終わり3人で映画館の外へ出る。まだ5月だというのに既に夏のような日差しだ。
「これから、どうする?俺と大月はいつも映画が終わったらお茶でもしながら観た映画について熱く語り合うんやけど、よかったら加藤さんも一緒にどう?」
悟!今日はどうした?ナイスだ。ナイスお誘いだ!!
「んー、そうね。用事もないし、2人の熱い話も気になるから、ご一緒させてももらおうかな」
キターーー!!
しかし、どこに行く?悟と2人の時はマクドナルドだが、女子と一緒だし、もう少しオシャレな、カフェ的なところに行った方がいいよな。アメリが働いてる様なオシャレなカフェ。
「チェーン店のカフェでもよければいいとこあるけど?」
悟はそう言うと加藤さんは笑顔で頷く。
「ほな、そこ行こか」
悟はスタスタと歩き出す。駅の近くにあるカフェに入る。先に注文して品物を受け取ってから席に座るタイプのお店だ。外から見るとそんなに広いとは思えなかったが、中に入ると意外と広い店内で、駅から近い割りに空いていた。
「僕が席取っとくから、2人は注文してきなよ」
そう言うと、僕は4人がけのテーブルを1つ確保し、そこに座った。しばらくすると悟と加藤さんがやって来た。
「ありがとう、大月くん。大月くんも注文して来なよ」
そう言うと、加藤さんは僕の向かいの席に座る。悟はさすがに加藤さんの隣に座る勇気はなかったのか、僕の隣に座った。
加藤さんは紅茶のようだ。僕が知ってる紅茶よりもいい匂いがする。
「いい匂いの紅茶だね」
「アールグレイ。好きなの」
アールグレイ、アールグレイってなんだ?紅茶じゃないのか?よくわからなかったが、とりあえず相づちを打っておいた。
「アールグレイね。いいよね。アールグレイ。うん、僕も好きだなアールグレイ」
「大月、お前何回アールグレイ言うねん」
悟につっこまれながら、悟のトレイを見る。なんとコーヒーだ!さ、悟!お前いつからコーヒー飲めるようになったんだ!?僕とマクドナルドに行った時はいつもコーラだったじゃないかー!
「じゃあ、注文してくる。荷物置いとくから見てて」
そう言うと、僕は注文カウンターへ向かう。さて、何を注文しようか。いつもなら、コーラかメロンソーダでも頼むところだが、加藤さんはアールグレイとかいうオシャレな飲み物で、悟はコーヒーという鉄板だ。無難にコーヒーか?いや、しかしコーヒーはいかん。苦すぎる。砂糖を大量に入れるか?アメリカの映画なんか観てるとやたらと大量に砂糖を入れてるシーンがあるし、それほど恥ずかしい事ではないのではないか?
そんな事を考えていると注文カウンターに着いてしまった。
「ご注文は?」
と、笑顔のお姉さんに聞かれ、何も考えずに
「アールグレイ」
と言ってしまった。まぁ、いいか。さっき加藤さんにアールグレイ好きって言ったし、不自然ではあるまい。
アールグレイという飲み物を持って、席に戻る。悟は加藤さんの方をチラチラ見ながらコーヒーをチビチビ飲んでいた。
「おぉ、大月お帰り。何にしたん?」
席に座ると悟が僕のトレイを覗き込む。
「あ、アールグレイにしたよ。アールグレイ好きだからね」
「へー、小1から友達やけど初耳やなぁ〜」
ニヤニヤしながら悟がいらんことを言っている。
「2人は小1からの友達なんだ。凄いね」
加藤さんは僕たち顔を交互に見ながら笑顔でそう言うと、アールグレイを一口飲む。
「そ、そうなんだ。こいつとは腐れ縁ってやつで」
そして、僕もアールグレイを一口飲んだ。
さて、何を話そう。
(つづく)