第10話「バッファロー66」
「はい、カット〜っ」
大きな声を出すのは苦手な僕なりの精一杯なのだけれど、悟は納得がいかないらしい。
「声ちっさいなぁ〜、監督〜」
そう言いながら、台本に目を向けながらブツブツ言っている。セリフの反復をしているのだろう。悟はセリフ多いからな、ご苦労さん。
加藤さんも同じように台本を見てセリフの確認をしている。可愛いな。
絵コンテを描くのに苦労したけど、撮影開始までにはなんとか間に合いこうして撮影に望めている。
加藤さんが書いた脚本は夏休みの2週間前に完成したから、早めにコンテにかかることが出来たのが間に合った要因だろう。加藤さんありがとう。
そして、夏休み直前に、撮影する場所が決まった。それは、僕の祖父の家だ。母方の祖父と祖母はうちから電車に乗って1時間ほどの場所に住んでいる。よく夏休みに“田舎に帰る”とか言うけど、僕の場合は明らかに祖父の家の方が僕の住んでいる街よりも都会だ。だから、あまり田舎に帰るって感じはしない。ただ、祖父母の住んでる街は割と都会なのだけれど、家は古い。最寄駅から歩いて15分ほど行くと突然古い家が何軒が並ぶ住宅地となる。その辺り一体は昔からの家が今も残っている地域みたいで、祖父の家はその中の一軒だ。木造一軒家の二階建てで、階段を上がるとまるで鶯張りの床の様にキュッキュッっと鳴る。
祖父の家の二階にある部屋はまるで小津安二郎の映画の様な佇まいだった事を思い出した僕は撮影にちょうどいいのではないか?と思い立ったわけだ。しかも、僕たちの住んでいる街から電車で1時間ほどで行けるから、気楽に行けるのもいい。
二階の部屋の窓際にこれまた母が子供の頃からあったという木製の机を置き、そこで加藤さんと悟が向かい合って座っている。
「じゃあ次は加藤さんを正面から撮るシーンに入るね」
そう言うと、悟は椅子から立ち上がり、僕のいる方に寄ってきて床に座り込んだ。
僕はさっきまで悟が座っていた椅子を除けて、そこに三脚を立てiPhoneをセットした。
「加藤さん次のシーンのセリフはここね」
僕は、台本を指差しながら説明した。
「うん、わかってる」
そう言うと一つ深呼吸した加藤さんはさっきまでの笑顔を引っ込めて役に入る。
加藤さんの演技は凄かった。演技に関してあまり詳しいことはわからないのだけれど、加藤さんの演技はどう見ても上手い。比べる相手が僕や悟しかいないから上手く見えるって事もあるのだろうけど、普段映画で見てる役者さんと比べても上手い様な気がする。もしかしたら将来とんでもない大女優になったりするかもしれないぞ。
撮影は特に問題なく進んだ。僕が演技をするシーンもなんとかそれなりにはできたのではないかと思う。全ての撮影か終了したのは18時頃だった。
「晴明、晩ご飯作ったから食べてきな」
祖母からの食事の誘いに悟も加藤さんも快く応じてくれた。
「いやー、腹減りまくっててんなー、ありがたいわ」
「あたしもお腹ぺこぺこ」
祖母がさっきまで撮影に使った2階の部屋まで食事を運んで来てくれた。
「おばあちゃんらと一緒じゃ気ぃ使うやろ」
「あ、あたし何かお手伝いします」
そう言う加藤さんを見た祖母はニヤリと笑いながら
「いや、ええよ。ゆっくりしときぃ」
と言ってテキパキと食事の用意をしてくれた。普段はあたり食べないそうだけど、若い子は好きやろ、って事で唐揚げを作ってくれた。
「この唐揚げめっちゃうまい!」
悟もご満悦だ。
食事中は撮り終えた自分たちの映画の話で盛り上がった。あのシーンの悟はなかなか様になってた、とか、あのシーンの加藤さんは素晴らしかったとか、あのシーンの僕の演技は大根だったとか。
「大月くんの描いた絵コンテ見て、小津安二郎みたいな構図がいいなーって思ったよ」
加藤さんがなんとも嬉しい事を言ってくれる。
今回僕たちが作る『アップルパイの午後』はほとんどが机に向かい合っての会話シーンだから、構図は色々迷ったけど、絵コンテを描いている時に『バッファロー66』を観て、テーブルに向かい合って話すシーンが小津安二郎っぽいな、って思い自分も小津安二郎リスペクトで、こんな構図で撮りたいと思ったのだ。
「あの構図、実は『バッファロー66』観て思い付いたんだ」
「おぉー、ヴィンセント・ギャロやな、あの映画ええよなぁ」
「うん、あたしも好きだなー」
食事が終わるとおばあちゃんが皿を片付けながらとんでもない提案をした。
「あんたら今日は泊まっていったらどーなん?」
僕はその言葉に一瞬時間が止まった様に固まってしまった。
「え、いや、僕はいいけど、悟や加藤さんは泊まる準備もしてないし、その、加藤さんは女の子だし、色々とあるだろうし、おばあちゃん、それは、無理じゃないかな」
「下着やなんかはコンビニで買ったらええやろ、なぁお嬢ちゃん?」
おばあちゃん、そんな無茶振りはやめて!
「あー、そうですね。あたしは全然泊まってもいいんですけど、一度親に電話してみます」
え、いいの?そう言うと加藤さんはiPhoneで電話を始めた。
「あ、お母さん、そうそう今大月くんのおばあちゃんの家に来てるんだけど、泊まっていかないか、って言われてて、、、、そう。うん、わかった。じゃあね」
電話を切った加藤さんはおばあちゃんの方を向いて笑顔でこう言った。
「ご迷惑でなければ泊まらせてもらいます」
嘘だろ?夢でも見てるのだろうか?
加藤さんがおばあちゃんの家に泊まる!?
「俺も今オカンにLINEしたら、ええって」
こうして、悟と加藤さんがおばあちゃんちに泊まる事になった。
(つづく)




