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Vol.7 覚悟ーⅠー


しまったーーー。




廉は瞬時にそう思った。

心臓がばくうち、額や首筋は汗で濡れていた。背中もぐっしょりだった。部屋の鏡を見ると、疲れきって蒼白な顔をした自分が映っている。静かな部屋のなか、チッ…チッ…という時計の音だけが鳴り響いていた。

ベッドに座ったまま、見慣れた白い部屋の壁を見つめながら、廉は深いため息をついた。



戻ってきてしまった。現実こっちに。



くそ、こんな時に、と口のなかで呟くと、廉はようやくベッドから立ち上がった。

顔を洗うために1階に下りると、まだ誰も起きていないらしく、家の中はひっそりと静まり返っていた。廉は洗面所へ行くと明かりもつけずに蛇口を捻って水を出した。バシャッと顔に水をあてると、冷たくて気持ち良かった。

リビングに戻って時計を見ると、いつも起きる時間まであと30分以上ある。どうしようかと迷ったが、夢幻郷のことが気がかりでいてもたってもいられないので、少し早いが学校へ行くことにした。

廉は制服に着替えると、テーブルの上にもう登校するが弁当は必要ないといった内容のメモを残して、家を出た。



* * * * *



誰もいない学校はしんとしていて、どこか空虚な感じだった。

廉は上履きに履き替えると、教室ではなく剣道場に直行した。しかし道場の入り口まで来て、まだ鍵が掛かっていることを思い出した。「あっ、そっか」と思わず間抜けな声をあげてしまったので、(誰も聞いていないのに)廉はあわてて口をつぐみ、一人で顔を赤らめた。


「だっせ……」


と独り言を言いながら、廉は持っていた荷物をその場に降ろして、2階にある体育館へ向かった。無論、そちらも鍵は掛かっているだろうから、体育館の中に入ろうと思って行ったわけではない。ただなんとなく、風にあたりたかった。

2階に着くと、思ったよりも強い風が吹いていた。廉は塀に両腕を乗せてもたれ掛かり、遠くに見える海を見つめた。廉たちの学校は丘の上に建っているので、遠くまでよく見渡せた。


ふと、本当に何の前触れもなく、廉は視線を横に向けた。すると廉からほんの1メートルほど離れたところに、一羽のからすが留まっていた。一体いつの間に来たのだろう。

烏はじっと廉の方を見ている。廉も、ただぼうっと、相手の目を見つめるだけだった。

数秒間の沈黙が流れた後、烏がゆっくりとその真っ黒な翼を広げ、羽ばたいた。そのまま飛び去らずに、廉の頭上をバサバサと飛び回っている。それを黙って見ていた廉は、引き寄せられるように身を乗りだし、塀の上に立った。烏がいっそう激しく羽ばたき、ガァガァとやかましく騒ぎ始めた。


廉は下に広がる雑木林を見た。露に濡れた枝葉が朝日に照らされてキラキラと光っている。

きれいだと思った。


どこからともなく別の3羽の烏が現れ、廉を取り囲んでいるのはいつの間にか4羽になっていた。

風はどんどん強くなっていく。まるで廉の体を押し戻そうとしているかのようだ。

その時、ひときわ強い風が吹いたかと思うと、1羽の烏が突然雑木林の方へ急降下した。それに続いて1羽、また1羽と、猛スピードで烏たちが真下に消えていった。


廉は最後に残った烏を見た。

烏も廉を見た。


そして、ゴウッという突風が廉の全身を打った時、最後の烏が急降下した。すると、それにつられるように、廉の身体がぐらりと前に傾きーーーーーーーーー



ーーーー落下した。






耳元で鳴る風の音を、廉は聞いた。









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