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お狐さまのかえる場所  作者: 杉並よしひと
第二章 お狐様と散歩
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「何か嫌な感じがしますよ、アメ様」

 一人前を歩くホクトが歩みを緩めながらそう言った。

「そうか? 何も感じないけど」

「お前はニブチン野郎だからな。当たり前だ」

「このやろ」

 僕とホクトがそうやって言い合っているのを微笑ましげに見守ってから、アメノヒは

「確かに、この感じは、私たちが最後に感じた時とあまり変わりがありませんね」

 と言った。

 初夏の風が吹き抜けて、陸山稲荷神社の森が揺れる音がする。


 約束した通り、アメノヒとホクトは僕の部屋に居候を続けていた。

「自由にしてて良いよ」と僕が念を押しておいたので(これ大事。念を押しておかないと、アメノヒが遠慮してしまうのだ)、二人とも概ね自由に過ごしてくれているらしい。

 昼間、家に誰もいない時間帯は、階下へ降りて来てのんびりと過ごし、夕方、僕の両親が帰ってくる頃になると、僕の部屋へ上がって行くらしい。潮の満ち引きみたいだな。

 衣食住の「食」に関しても不自由はないみたいだった。いつも七時頃になると、「では、ちょっと食事に行って来ます」と言って、僕の部屋の窓から出て行くのだ。一時間程するとまた窓から入って来て、何食わぬ顔して僕の部屋で寝転んだり、本を読んだり、何か二人で話をしたり、ゲームをしたりして時間を過ごしていた。僕のゲーム機はとうに押し入れの奥で埃を被っていたので、どうやって取り出したのかよく解らないんだよね。ホクトあたりが漁ったんだろうか。

 あまりにも二人がのんびりしているものだから、僕は自分の机の椅子くらいしか落ち着ける場所がない。アメノヒは文句無しに可愛いし、まあ、認めたくは無いけどホクトも見た目だけは、繰り返そう、見た目だけは綺麗な人なので、一緒の部屋にいると何となく落ち着かないのだ。たまにアメノヒが気を効かせて「一緒に将棋でも指しませんか」と言ってくれるから、それ位はしたりするんだけどね。何か趣味が渋いな。

 で、夜になると僕は押し入れに入り、ふたりは同じ布団で寝るのだ。ホクトに頼み込んで、どうにか押し入れに鍵をかけるのは止めさせたけど、ホクトの警戒心は薄れる事はない様で、

「お前が何かいかがわしい事したら、その瞬間、お前はこの世から消えるぞ」

 と脅しを掛けられた。おちおち夜中にトイレも行けないじゃないか。

 

 で、なんやかんやで週末となった今日。

「陸山稲荷を見に行こうと思います。善太朗さんもついて来てくださいますか?」と言うアメノヒの言葉に、暇を持て余した僕はほいほいとついて来てしまったのだ。

 陸山稲荷神社は、陸山駅と駅前の商店街からほど近い住宅街の中にある。神社の林は並び立つ家々の中にこんもりと盛り上がって見え、それがざわざわと風に揺れるのを見るたび、僕は昔から何か不思議な気分を感じていた。

 これが二人の言う「嫌な感じ」なのかなあ。多分違うとは思うんだけど。

 そもそも三百年も前からこの「嫌な感じ」があるなら、僕はその「嫌な感じ」を当たり前のものとして育ってきたわけだ。解らなくて普通なのかもしれない。

 あ、そうそう。不思議な感じと言えば、アメノヒは今日も今日とて十二単を身にまとっていた。道行く人が皆振り返り、人によっちゃあ写真まで撮ってるんだけど、アメノヒは一向に気にしないようだ。と言うか、裾を地面に引きずってるんだけど、大丈夫なのかね?

「でさ。ここまでついて来てなんなんだけど、僕が何かお役に立てるのかな?」

「さあ。立たないんじゃね?」

 ホクトの憎まれ口は留まるところを知らないようだ。アメノヒがあわてて厳しい声を出す。

「ホクト! 私が頼んでついて来て頂いたのですから、そんな事は言わない様に」

「……はい」

 今不思議に思ったんだけど、アメノヒとホクトってどっちが年上なんだろう。見た目は絶対にホクトの方が上だけど、二人のやり取りを見ていると必ずしもそうとは言えなさそうだ。

「狐の話をお話ししたからには、一度ちゃんとあの神社を見て頂きたかったのです」

 アメノヒの言葉に、僕は質問を返した。

「でも、その神社にアメノヒたちは入れないんでしょ?」

「まあ……、そうですけど」

 言い難そうにアメノヒは口籠ると、

「ただの休日の散歩にご一緒した、それだけだった、と言うのでは、ダメでしょうか?」

 と小さな声で言った。

「ダメじゃない!」

 おっと、心より先に口が動いてしまったぜ。

「それどころか、こっちからお願いしたいくらいだよ!」

 アメノヒみたいな子と一緒に街をぶらつけると言うのは、幸せな事なんじゃないだろうか。人生こんな事もそう多くは無いだろう。

 息巻く僕を見てアメノヒは一瞬のけぞると、すーはー、と深呼吸して、

「なら良かったです」

 と言った。アメノヒの後ろで、

「ばーか」

 と呟くホクトの声がそれに続く。

 ほどなく陸山稲荷神社の鳥居が見えて来た。うん。小さい頃から何も変わらない。石造りの鳥居が森への入り口の様に立っていて、その向こうには参道へと続く石段が見える。鳥居の脇の石碑には大きく「陸山稲荷神社」と刻まれている。

 鳥居を境に、時間の流れ方が違う気がする。上手く言えないけれど、小さい頃からそう感じていた。初夏の空気の湿気も、埃っぽさも、鳥居をくぐるともう遠い世界のものの様に感じられるのだ。


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